side フランツ・ハイネン 1
血なまぐさい内容なので、苦手な方はお戻りください。
俺はスラムで育った。
ゴミ溜めみたいな所で、ゴミみたいに扱われて。
毎日生きるのに必死だった。
親はいない。
5歳くらいまでは母親がいたが、見目の良かった母親はそこらへんの男たちにゴミみたいに扱われて捨てられて…ある雪の降る朝、横で死んでた。
冷たい雪と同じくらい冷たい母親を前に、俺は初めて絶望した。
そしてその日暮らしの毎日は俺の心をどんどん蝕んだ。
モラルも、優しさも無くなっていった。
他人がどうなろうと俺は生き延びる。
いろんな奴らを踏み台にしてきた。
使えるやつは使った。
自分が生き延びるためなら、それこそ女子供も関係ない。
母親似で女受けする容姿を使い、いろんな女を食い物にした。
…その報いが来たんだろう。
俺は雪の積もったある日、スラムの仲間に騙され、囮にされ…警備兵にボコボコにされた。
息も絶え絶えなんとか逃げ出すことには成功したが、道端で動けずに倒れ込んだ。
誰も俺に見向きもしない。
空気になった気分だった。
あぁ、俺も母親みたいにゴミみたいに死ぬんだな…。
頬に当たる雪の冷たさも感じなくなっていた。
母親が死んだ日も雪が降っていた。
雪は、嫌いだ。
雪は、俺から奪うばかりだ。
いよいよ気が遠くなり、目を開いていられなくなって目を閉じたとき…微かに女の声が聞こえた気がした。
「まぁまぁな見た目ね。次はこの男で試しましょう」
******
起きたとき、俺は仄暗い部屋のど真ん中に転がされていた。
地下室なのだろうか?壁も床も天井も石で作られており、窓は無く、木のドアがひとつあるだけだ。
明かりは松明が壁のところどころに掛けてあるだけ。
鼻をつく鉄の臭い。
目が慣れてくると…床に何やら魔法陣のようなものが書かれており、所々血の染みがある。
間違いなく、ここはやべぇ。
俺は軋む体を無理矢理動かして扉を開けようとするも、鍵が掛かっていて開かない。
「くっそ!」
ガツン!ガツン!
扉に体当たりをしてドアを壊そうとするが、満身創痍な状態ではドアを壊す程の力は出せない。
溜息をつきながらズルズルと壁伝いに座り込む。
俺は一体何をされるんだ?
あのまま死んでいれば苦しまずに死ねたのに…。
ガチャガチャ…ガシャン。
錠が外される音がする。
そして…
「さぁ、入れ!」
黒いローブを着た男たちが、手枷足枷を付け、ボロを纏った年齢も性別もバラバラな人間たちを大勢引き連れてきた。
「!!」
ボロを纏った人間の中に、俺を嵌めた男がいた。
あいつらに嵌められなければこんなことにはならなかった。
俺は憎しみを込めてそいつを睨んだ。
その男も俺を見つけ、目を見開き…悔しそうな顔をし、俯いた。
ローブを着た男のひとりが俺に目を留め、蔑むような笑みを浮かべ、俺の耳元で囁いた。
「…起きていたのか。お前は運がいい。材料側じゃないんだからな。まぁ、生き残る可能性がある程度の運だがな」
「おら、お前はここだよ!」
他のローブの男に蹴られ、追い立てられ、魔法陣の真ん中に立たされる。
そして他のボロを纏った人間たちは魔法陣の外円上に等間隔に立たされた。
人数は20人くらいだろうか?
全員顔が恐怖に歪んでおり、震えている者も少なくない。
「う…うわぁぁぁぁああ!!」
その中のひとりが叫び、逃げようとすると…
「うっ…ぐぁっ…!」
「ひっ!」
「!!」
ローブの男が逃げようとした男を躊躇なく剣で切り捨てる。
近くにいたやつらの顔が暗い中でも分かるくらい恐怖で歪む。
「チッ。手間取らせやがって…。他のヤツも分かってるな?お前らの身内が困ることになるぜ?ま、身内がいればな。覚悟を決めな。お前らはどの道死ぬ」
男の死体を乱暴に部屋から引きずり出し、放り投げる。
誰も何も言わない。
誰かの歯がガチガチと鳴る音だけが密かに聞こえる。
「じゃあ、始める」
ローブの男たちが外円の外側に等間隔に並び、呪文のようなものを唱え始める。
すると、ドロドロとした闇が、魔法陣内の足元を漂い始める。
「や……やめ………」
外円上にいた、俺を嵌めた男の顔が恐怖で慄く。
どうやら失禁したようだ。
そして、俺の方を向いて口が動いたのが見えた。
「た す け て」
瞬間、濃い闇が外円を人間たちごと包み込む。
「ぐぁぁあああ!!」
「いやぁぁぁああ!!」
人々の阿鼻叫喚が響き渡る。
「………!!」
俺の周りにも闇がとぐろを巻き、視界を遮る。
息が苦しい。
そして…口から、鼻から、耳から、目の隙間から、闇が入り込んできた。
「ぐ…ぁ………!!」
苦しくて苦しくて、パニック状態に陥る。
何かに侵食される感覚。
『………へぇ』
頭の中で男の声がした。
その声を聞いた瞬間、体が震える。本能が、危険を訴える。
誰の…声だ………?
やがて自分の中に入り込んでいた闇が逆流し、外に出たかと思うと…体がふっと自由になり、がくんと床に膝をついた。
息も絶え絶えで、体の疲労が酷い。
肩で息をしながら顔を上げると…目の前には、地獄絵図が広がっていた。
外円上にいた人間たちは…全員、血だらけで死んでいた。
目を見開き、顔は恐怖で固まっている。
そして、俺を嵌めたあの男も。
見るも無残な状態だった。
ざまぁねぇな。
そう思ってしまった俺は、心底腐っている。
「へぇ、生きてたのか。今回の儀式は失敗しちまったが…こりゃあいい線いくかもなぁ」
そのローブの男の言うことには、これは闇魔法を使えるようにする儀式で、俺はどうやら悪魔の誰かに気に入られた可能性があるらしい。
まだ『可能性』の段階だし、途中で飽きられたりしたらあっけなく殺されることもあるらしいが…なかなか儀式1回目で生き延びるやつ自体が少ないらしい。
儀式1回目って…何回やるつもりだよ。
「成功するか、お前が死ぬまでやるんだよ。スラムの人間も始末できるし、闇魔法を使えるやつを作れるかもしれないし…一石二鳥ってやつだよ。…………儀式以外で死ぬなよ?」
ローブの男たちは死体を荷物のようにぞんざいに荷車に重ね乗せ、運んでいった。
そして他の男がトレーに乗った質素な料理を「ほらよ」と言って俺の目の前の床に半ば投げるように置いた。
成功するまでここから出られない…?
いつか突然死ぬかもしれない…?
俺は目の前が真っ暗になった。
……やはり雪の日は禄なことがない。
*******
あれから何度、儀式を行っただろう?
何人の間が死んだのだろう?
人間的な感覚も失っていった。
始めは血の臭いの籠もった部屋では食欲も進まなかったが、今では全く何も感じなくなった。
ただ、生きている。
何のために生きているのかも分からない、が…
死にたくないから、生きる。
ただ、それだけだった。
なぜそこまで生に固執するのかも、もはや分からない。
正気を保っていられるのも、もはや限界だった。
『おまえに力を貸してやろう』
ある日の儀式でのこと。
いつか頭の中でした男の声が聞こえた。
今回は俺だけではなく、その場にいたローブの男たちにも聞こえたようだ。
男たちのどよめきが聞こえた気がしたが…反応を目で見ることはできなかった。
なぜならすぐに濃い闇が俺を包んだからだ。
「うぁ………!?」
目の前が闇だけになる。
その闇の中から…若い男がぬるりと、俺の目と鼻の先に出てきた。
男は異様なほど整った顔立ちで、黒い髪に血のような赤い目がぬらぬらと光っていて…俺は恐怖で体が動かなくなった。
『おまえに力を貸してやるよ。でも、その代わり…お前の命を少しずつ喰う。そして…最後はお前の魂を全て俺が喰うからな。少しずつ闇に染めた魂は…さぞ美味いだろうなぁ?』
にたにたと嘲るように笑う。
どうやら契約は成立したらしい。
だが、あいつの言葉を聞いた後では成功した喜びはない。
でもまぁ、これで…これで、外に出られる…。
初めての儀式から半年が経っていた。




