side フランツ・ハイネン 2
俺は久々に扉の外に出された。
出て初めて分かったのだが、今までいた場所は森のど真ん中のボロい小屋に作られた地下室だったことが分かった。
森の香りが心地良い。
暗くて狭い部屋にずっと閉じ込められていたため、日の光が目に、肌に堪える。
それでも心は歓喜する。
俺はローブの男に馬車に乗せられた。
するとそこにはすでにひとり、先客がいた。
「あなたが闇魔法習得者ですか。私はブランデル家の筆頭執事です。あなたを拾って下さったのはアマーリア・ブランデル様です。心してお仕えして下さい」
馬車が動き出すと、執事らしき糸目で初老の男がにこやかに言った。
久しぶりにローブやボロではない格好の人間に会ったな…なんて呑気に考えた。
たぶん外に出られて浮かれているたと、ずっと地下にいたから頭が働いていなかったのだろう。
ブランデル家といえば黒い噂が耐えない一族だ。
自分たちの利益のためならなんでもする…そういうやつらだ。
ブランデル家の人間なら闇魔法を使えるやつを作るために何人も犠牲にして儀式をしててもおかしくはない。
…いや、頭はおかしいが。
そんな家の娘に仕えたって禄な死に方をしないだろう。
「もし…嫌だと言ったら?」
「それならそれで結構。ですが、またスラムに逆戻りするだけだと思いますがね」
「………………」
「ですがブランデル家に支えれば毎月お給金は弾みますし、寝るところも住むところも保証します。仕えて下さるならブランデル家の執事になってもらう予定ですから、ハイネン家の養子に入ってもらって身元も保証されます。悪い話ではないと思いますが?」
「……ただし、俺の闇魔法で黒い仕事もしろって?」
「…その分も含めてお給金は相当弾むはずです。………さぁ、どうしますか?」
「………………」
正直、悪い話ではなかった。
悪い話ではない………が。
俺が半年間も苦しんでたのはブランデル家のせいってことだろ?
人間以下の扱いを受けてきたのはブランデル家のせいなんだろ?
そいつらに仕えるなんて。
頭を、下げるなんて………!
「…あなたの闇魔法。一部の人間からすれば喉から手が出る程欲しいでしょうね」
「……なに?」
「闇魔法は精神に直接攻撃や干渉をします。他の魔法よりも証拠が残りにくいし、うまくいけば相手を意のままに動かすことができる。…故に、あなたのことを囲い込もうとする者が出てくるでしょう。…従属の魔法具なんかを使ったりして」
「!」
従属の魔法具は、相手の意思に関係なく従属させることができる魔法具で、法的には禁じられている。
だが未だに裏の世界では高値で取引されており、付けられたが最後、付けた相手には一切抗うことができない…そんな厄介な代物だ。
「ですがあなたがブランデル家に属すれば手を出す愚か者はいないでしょう」
「俺に選択肢は最初から無かったってことか…」
「…………さぁ、どうしますか?」
俺は舌打ちをする。
このじじい、いい性格してやがる。
あたかも『選択する自由』を与えているようで、実は最初からこちらの選べる答えはひとつしか無かったのだ。
「分かったよ…それでいい」
「かしこまりました。あなたの名前を聞いても?」
「フランツだ」
「では今日からあなたの名は『フランツ・ハイネン』です。ビシビシ教育して差し上げますから…お覚悟を」
じじいがさっきまでとは違う笑いを浮かべる。
その笑顔は…言葉にするなら、『にやり』といったところか。
……………選択を間違ったか?
******
じじいはハイネン家現当主で…ヤツも闇魔法習得者だった。
ハイネン家は血の繋がりではなく、代々養子縁組で繋がっており、その条件が『闇魔法が使えること』だった。
…なるほど、常に闇魔法が使えるやつを絶やさないようにしてきたって訳か。
こりゃ、叩けば埃がわんさか出そうだな…。
じじいの執事教育は想像以上のスパルタで、何度殺してやろうと思ったことか…。
しかし行く行くは俺を筆頭執事にするための教育だと思えば…ほんの少しは、感謝もした。
筆頭執事になれば、他人に仕える身とはいえそこそこ身分もいい。
問題は我儘お嬢様、アマーリア様だった。
「フランツ!早くしなさいよ、愚図!」
ヒステリーを起こすのは日常茶飯事。
嫌いなヤツには制裁を加える。
もちろん制裁を加えるのは俺だ。
操ったり、精神に異常をきたしたり…………消したり。
闇魔法を使う度、俺の中の闇が喜ぶのが分かる。
それが悪魔の欠片なのか、俺の一部なのか…もう、分からない。
「なんであんなお嬢様を敬えるんだ?」
一度じじいに聞いたことがある。
じじいは珍しく糸目を見開き、一瞬ムッとした顔をしたが、すぐにいつもの笑顔を貼り付けた。
「ブランデル家の大切なお嬢様ですからね」
あぁ…分かってしまった。
一瞬見開いた瞳はアマーリア様と同じ、碧眼。
確かブランデル現当主の瞳は黒、奥様は緑だ。
それに加えてこの反応。
(…じじい、やるじゃねぇか。)
じじいの年齢は恐らく奥様の10歳上くらい。
昔、言い寄られてうっかり…ってとこか。
お嬢様の瞳の色じゃ現当主も自分の子ではないことに気付いてるだろう。
(なるほど。それでこの対応か)
現当主は領地に来てもご家族とは顔を合わさず、堂々と女遊びに耽っている。
使用人たちもアマーリア様にはよそよそしい。
我儘な性格も状況をより悪化させているように見える。
(敬えはしないが…まぁ、同情はする)
結果的に運良く死ななかったから良かったものの、俺の命を虫けらみたいに扱ったことは許すことが出来ない……が、一応世話になっている義父であるじじいの実の娘ってことと、性格が歪むべくして歪んだってことを鑑みて、まぁ、仕えてはやるよ…今のところは、な。
そして…俺は、運命の出会いをする。
(勇者…ねぇ。またお嬢様の権力主義が出たか)
俺は空き部屋で食後のお茶と媚薬を用意していた。
(捨て身だねぇ…)
男爵家の次男とはいえ見目麗しい勇者様はお嬢様のお眼鏡に適ったらしい。
確かに彼なら将来は約束されているし、夜会に連れて行けば自慢になるだろう。
相手は勇者だ。いきなり黒魔法で心を支配しようとしても妨害されるだろう。
(とはいえ、既成事実とは…)
理性が焼き切れたあたりで俺に黒魔法をかけさせるつもりか?
あのお嬢様だ。そこまで深く考えているとも思えないんだよな…。
本来なら既成事実なんてやめさせるのが有能な執事なんだろうが…。
(めんどくせぇ)
俺は早々に投げた。
正直、お嬢様の貞操観念などどうでもいい。
好きにしろ。
ガチャッ、バタン。
「ふぅーーーーっ」
銀糸の髪をした少女が、いきなり入ってきて、勢いよく扉を閉めて、扉の方を向いたまま、明らかに安心している。
……………怪しい。
鍵を掛けなかった俺もどうかと思うが(だってほら、媚薬のことは秘密にしろとは言われてないし?)、このあからさまな怪しさはどうだ?
「侵入しました!」って言っているようなもんだぞ。
しかも中にいた俺に気付きもしないなんて…。
しかし、珍しい髪色だな…。
安心しきっている背中を見ていたら、俺のイタズラ心に火が付き…気付けば声を掛けていた。
「誰だ?」
「!!」
少女の肩が驚きに大きく揺れ、振り返る。
その時…銀の髪がふわりと広がり、光を反射する。
その色は、まるで…
(雪の、色…)
晴れた日に舞い散る雪のような、キラキラと輝く白銀。
俺に絶望を与えた、色。
なのに……
(美しい…)
髪の色も美しかったが、少女は…全てが美しかった。
瞳は水色で、少し紫が垣間見える。
鼻梁はスッと通っており、唇はピンク色で柔らかそうだ。
陶器のような肌は滑らかで、どこまでも白い。
あの肌に自分の所有痕を残せたなら………。
ゴクリと唾を飲み込む。
俺はすっかり心を奪われて、少女に見入っていた。
この出会いが、俺の人生を変えるなんて…この時はまだ、思いもしないで。




