アランの苛立ち
「我が領の特産品は上質なシルクですのよ。そしてそれを加工して…」
「……………左様ですか」
馬車の中ではアマーリア様がしきりにアランに話しかけていたが、アランの返事は終始淡々としたものだった。
なのにアマーリア様が先程のような高圧的な態度に出ることはなく、常ににこやかな対応だった。
温度差が半端ないな…。
「着きましたわ」
大きい!…え、城!?
そうか…辺境伯ともなると自宅は城なのか!
えぇ~、辺境伯でこのサイズなら…王城ってどんななんだろ!?
ドラゴン入っても怒られないかしら。
「おかえりなさいませ、アマーリア様。…そちらの方は?」
うん、この服にこの態度!この人は絶対に執事だね!
アランと同じくらいの年かな?
緑の髪で、深い緑の瞳。
なかなか整った顔だけど…断然アランの勝ちかな!
「こちらは勇者のアラン・ヴィーゼル様よ」
「勇者の…!大変失礼致しました。わたくしはブランデル家の筆頭執事をしております、フランツと申します。なんなりとお申し付け下さい。ようこそ、ブランデル城へ」
「世話になる。だが何分急いでいるもので…あまり長居はできない」
…っ!!怖っ!!
長居できないって言った瞬間のアマーリア様の顔、怖っ!!
「承知いたしました。ですがまずはどうぞ、サロンにご案内致します」
「…ありがとう」
「では上着とお荷物をお預かり致します」
「「!!!」」
ヤ…ヤバい!!!
そりゃーそうだよ!
マント付けたまま、バッグ持ったままコースの料理なんて食べないよね!!
どどど…どうしよう!?
さすがにこの薄い生地のバッグに生き物入ってたら気付くよね!?
「いや…大切なものなんだ。これは自分で…」
「…大丈夫でございますよ。ブランデル家の威信を掛けて厳重にお預かり致しますので」
ブランデル家を出されると大きく出られない…!
え…ど、どうしよどうしよ!?
私が内心あたふたしていると、アランはマントの奥にバッグをすっとずらした。
…うん、分かったわ!
私はその瞬間、するりとバッグから出てマントの中に隠れる。
そして…小さく詠唱。
「風よ、鳴らせ」
ガタガタガタッ!!!
扉が大きく鳴る。
全員の注意が玄関に向いた瞬間…サッとマントの後ろから低く飛び出し、柱の陰に隠れる。
「い、今の…なんの音!?」
「お嬢様大丈夫でございますよ。恐らく風の音でしょう」
「…ではマントと荷物をお願いする」
「はい、確かにお預かり致しまし…た?」
うん、そうだよね!
あんなに大切そうにしてたバッグが…空なんだもんね!
見るからに中身あったはずだよな?重そうだったよな?って疑問に思うよね!
「…ではサロンにご案内致します」
もう持ち直した…!
フランツさん、執事の鑑だね!!さすがだね!!
しかし、これから私…どうしようね!?
*********
(こんのアマ…)
俺は苛々の頂点にいた。
人が急いでるってときに…優雅に食事だと?
ふざけやがって…。
「どうです?こちらのお肉、ブランデル領の特産ですの。シェフ自慢のオランジュのソースが合いますでしょう?」
「…えぇ、そうですね」
ブランデル家は国境を守る重要な場所だ。
だから王宮においても影響力が大きい。
実家の兄妹に迷惑が掛かるから今まで我慢していたが…いよいよ限界が近い。
(…いや、違うな)
今、イライラしているのはイリーネが居ないからだ。
やむを得ずイリーネをひとりにしたが、今どうしているのか…不安で仕方がない。
『ドラゴンの肉を食べると不老不死になれる』
そんな迷信が横行しているのだ。
もし誰かに見つかったりしたら…想像するだけで恐ろしい。
あぁ、今すぐにでも探しに行きたい。
こんなことなら空の移動を嫌がるんじゃなかった。
「今日はメインディッシュを肉と魚、二種類ご用意致しましたのよ!」
(…縦ロール、バッサリ切ってやろうか)
いよいよ頭の血管か堪忍袋の緒が切れそうだ。
イリーネイリーネイリーネイリーネ…!!!
認めよう。俺はおかしいんだ。
俺は人間の女なんてどうでもいい。
イリーネがいいんだ。
常に一緒にいたいのは地球上でイリーネだけだ。
こんな顔だけの女と食事をとっても何も楽しくない。
豪華な食事を他人と摂るより、質素な食事を狭い宿の部屋でイリーネと一緒に摂る方が何万倍も美味しく感じる。
もう俺はおかしいんだ。
でも…それでいいんだ。
(あぁ…イリーネに会いたい)
俺が思わずテーブルのナイフをグッと握った時だった。
「メインディッシュ二品目、マニテのムニエルでございます」
今、まさに想像していた可憐な声が真横から聞こえ、ハッとする。
一瞬妄想かとも思ったが…振り替えるとそこには、かつて全裸で部屋に佇んでいたプラチナブロンドの娘が…恐らく、人の姿のイリーネが…メイド服を着て立っていたのだった。
*********
「メインディッシュ二品目、マニテのムニエルでございます」
振り返ったアランの目が真ん丸だ。
あ…やっぱバレたかな?
声もそのまんまだし、前に見られたもんね…全裸で。
私はなに食わぬ顔をして料理を給仕し、下がる。
アランも途中で我に返り、サッと前を向いて食事を再開した。
…うん、アマーリア様は気付いてない!良かった。
私がなぜこんな格好でこんなところにいるのかと言うと…聞くも涙、語るも涙…なのである。
…たぶん。
********
「サロンはこちらでございます」
フランツさんに連れられ、アランが遠ざかっていく。
アランが一瞬こちらを気にしていたけど…私なら大丈夫よ!
…たぶん。
柱の陰からそっと周りを伺う。
(まだメイドさんが3人居るな…さて、どうしたものか…)
「ねぇ、さっきの勇者様見た!?」
「見た見た!もう、ちょーーーーーー!!イケメンだったね!」
「あーん、あんなイケメンとお食事だなんて…お嬢様羨ましい~!」
「でもあの勇者様の表情見たでしょ?あれ絶対脅して連れてきてるから!」
「さっすがうちのお嬢様よね~。ホント、やり方がえげつないわぁ」
「ねぇ、知ってる?先週だけでふたりもメイドが首にされたって!」
「え、また!?もう私、新しいメイドの顔覚えられないよ…」
「もともと人数も多いのにこんなに入れ替え激しければしょうがないわよね~」
「早くどこかにお嫁に行ってくれないかしら…」
うわぁ、theメイドの陰口!!
アマーリア様めっちゃ嫌われてるよ!!
しかし…こりゃ酷いご令嬢だわ。
アランが騙されたらどうしよう!?
…うん、ありゃー無さそうだな。
「ねぇねぇねぇねぇ!聞いて聞いて!!」
新しいメイドが駆けてくる。
「お嬢様、今夜決めるつもりよ!勇者様に薬盛るんですって!!」
(!?)
「「「えぇぇーーーーーー!!!!」」」
「ちょ…ちょっと!声が大きい!」
「だって…!」
「え、でも勇者様って男爵家でしょ?お嬢様のプライドが許さないんじゃない?」
「けどもうお嬢様も適齢期でしょ?でもあの性格だから…辺境伯と同じか上の身分の方々からはことごとく拒否されてるのよ。だからって下の身分の家には嫁ぎたくない。それなら勇者として身分が上がることを見込んで…って感じなんじゃないかしら。お嬢様的にも苦渋の決断なんでしょうよ」
苦渋の決断だと…!?
アランはあんなに格好よくて性格もいいのに…苦渋の決断だと!?何様だ!
そうか…だからアマーリア様はあんな態度だったのか!
下の身分に媚びへつらい続けるのは嫌だが自分の身分を落とすのはもっと嫌。
もうこの際、既成事実で縛り付けようと…!
それでいいのか!
貴族の考えることが分からんよ!
とにかく…そんなんじゃアランが可哀想!
私がなんとかしなければ!!




