その気持ちの名は
アラン目線です。
「!」
イリーネが意識を集中力させると、周りに魔方陣が出現する。
それは黄金の光輝く魔方陣で、今まで見てきた魔方陣の中で一番力強く感じる。
(…さすがの魔力量だ)
マルクみたいに魔法にそこまで精通しているという訳ではないが、そんな俺にもイリーネの魔力量が相当大きいことが伝わる。
「我望む場所へ繋げ」
イリーネが唱えると視界が歪み、立ちくらみのような感覚を覚える。
思わずイリーネをぎゅっと抱き込む。
(万が一何かあれば…俺が守らなければ…!)
イリーネがビクリと震えたが気にしない。
固く閉じた瞼の外が一瞬眩く光り…その光が収まると共に不安定で曖昧だった足元がしっかりと地面を踏みしめる。
そっと目を開けると…そこは俺や仲間たちが最後に宿泊したミシムという街の入り口だった。
すごい…。
「あ…ダメだ…」
「イリーネ!?」
抱き込んでいたイリーネの全身から力が抜ける感覚が伝わる。
「…!イリーネ!!大丈夫か!?」
「魔力…切れ…だわ…」
そう言い残してふっと気を失った。
「……っ!」
さっと血の気が引いた。
素早くイリーネを観察する。
顔色は…残念ながら分からないが呼吸は安定している。
どうやら本人が言う通り、魔力切れで眠っているだけのようだ。
俺は張りつめていた息をホッと吐き出す。
今朝のイリスのように特殊な理由ではない限り、魔力切れだけなら明日の朝には目を覚ますだろう。
…覚ますよな?
思えば魔力の器が大きくなったのも今朝だし、イリーネは人間ではなくドラゴンだ。
俺の言う普通がイリーネに通用するかどうかは謎だ。
(なんだかものすごく心配になってきた…!)
俺はイリーネを大きめの肩掛けバッグの中にそっと入れる。
このバッグは布製で柔らかい。
人間に狙われやすいイリーネを隠すために持ってきたものだ。
俺はマントでバッグを隠し、あまり動かさないように足早に街に入っていったのだった。
**********
すやすやとベッドで眠るイリーネを見つめる。
ここは街の入り口から一番近い宿屋だ。
すぐにでもイリーネを布団で休ませてあげたくて、脇目も振らずにここに飛び込んだのだ。
(魔力切れはツラいだろうな…)
自分が遠い昔に魔力切れを起こした時のことを思い出す。
魔力は生命を維持するのに重要だ。
これが少なくなるということは、体のバランスがうまく保てなくなるということだ。
死に至る程の魔力を使い切るということは無意識のうちに体が拒み、イリーネのように意識を失ったり、目眩がしたりするのでまず無いと言っていいだろう。
しかししばらく寝たきりになったり、ダルさが残ったりはする。
だがそれも長くはないが。
魔力は自力で回復できるのだ。
なぜそんなことが分かるのか?
それは俺も魔力を保有しており、魔法を使ったことがあるからだ。
俺が保有する魔力量は人よりだいぶ多い。
しかし多すぎるせいか、コントロールがうまくできない。
これで魔法がうまく使えれば貧乏男爵の次男といえど、魔導士や魔導剣士として爵位など関係なくかなり高い社会的地位が得られただろう。
だがどんなに勉強しても、教わってもうまくコントロールできずに暴走させてしまうのだ。
父親には「家庭教師を付けた費用が無駄だった」と蔑まれ、母親からはゴミを見るような目で見られた。
最初は絶望もしたがそのうちあの愚劣な両親に利用されずに済んで良かったと本気で思えるようになった。
…なのに結局この世で唯一無二の勇者となってしまい、あいつらに甘い密を吸わせる結果になってしまったと思うと…苦々しい気持ちでいっぱいだ。
「すぅ…すぅ…」
そんな気持ちもイリーネに意識を向けるとすぅっと溶けていき、俺の唇が自然と弧を描く。
(愛おしい…)
そんな風に自然と思うのだ。
それが仲間としてなのか、友人としてなのか…失礼な話だがペットのような感覚なのか……それとも異性としてなのか。
それはまだ分からないが、俺がこの白銀のドラゴンを…とても愛おしいと思っているのは確かだ。
*********
「この国は…クラノヴォーグ国は隣のイズベルク国と停戦状態なのね…」
「そうだ。今はどこの国も魔物が増えてしまっているために人間同士戦っている場合ではないからな…」
「なら、魔王を倒したらまた戦争が始まるかもしれないのね…」
「否定はできないな」
俺が洞窟でまだ体を休めていた時。
イリーネはいろんなことを知りたがった。
この国のこと、貴族のこと、平民の暮らし、文化、音楽…。
興味は多岐に渡る。
貪欲に知識を欲したが、教えていて面倒だとかそういった嫌な気持ちにはならなかった。
彼女はとても賢く、そして常に真摯な態度だったからだ。
当たり前だが貴族の娘のような傲慢さは少しもなく、無闇に意地を張ったりもしない。
知らないことは知らないと教えを乞い、教えてもらえば感謝の意を示す。
「そんなの当たり前のことでしょう!」
俺が感心して誉めればそう言って呆れた顔をしたが、貴族の娘は…少なくとも俺の知る女たちはそんな態度はとらない。
身分の高いものは低いものを蔑んで当然。
ましてや礼など間違っても言ったりしない。
「アランはそんな社会で生きてきたから感覚がおかしくなってしまったのね…」
説明すればそう言って憐れまれた。
お願いだから可愛そうな子を見る目で見ないでほしい…。
「いっそ平民と結婚すればいいんじゃない?」
「…貴族は平民と婚姻を結ぶことは許されていないんだ」
「!」
「貴族は尊ばれる存在で…その血を薄めてはならないんだ」
「…でも平民との間に庶子が産まれてしまう殿方もいるんじゃない?」
「その通りだ。その場合は実子として迎えられはするが…迫害される対象となる」
「そんな…」
「俺も…父親とメイドの間に産まれた庶子なんだ…」
「!!」
そう、俺はあの母親の子ではない。
父親が俺の実の母親を無理やり手込めにし、孕ませた子だ。
…どこまでも腐った男だ。
つまりは俺には平民の血が流れており、貴族からしたら穢らわしい、虐げられて当然の存在。
貴族至上主義のなか、平民の血が入った俺が勇者に選ばれたのだから…貴族たちは荒れた。
魔王を倒せば勇者の地位はかなり高くなる。
恐らく伯爵…下手すれば侯爵ぐらいの地位が与えられるだろう。
それは国を守った勇者を尊ぶというより、武力的な実力者がいるのだという他国への牽制と、勇者を他国へ逃がさないための措置だ。
『あんな平民出なんかに国を任せられない!』
『特別な地位を与えるべきではない!』
『平民出のやつに頭を下げるなんて…』
表立っては言われない。
阻止し切れずに後々俺の身分が高くなってしまった時に報復されるのを避けるためだ。
本当に…貴族なんて汚いやつばっかりだ。
「…そんなの間違ってるわ。権力は振りかざすものではなく、守護すべきものを導くための力であるべきよ。弱いものを苛めるために使うなんてもってのほかだわ」
「………」
え、イリーネってドラゴンだよね?
俺が呆けていると、イリーネは我に返ったのかちょっとあたふたしだした。
「よく知りもしないのに…ごめんなさい。でも、やっぱり…アランが虐げられていい理由にはならないと思うの。ううん、そもそも虐げられていい理由なんてありはしないのよ」
「イリーネ……」
イリーネが真っ直ぐに俺の目を見る。
あぁ…なんて澄んでいて綺麗な目なんだろう。
「どうか諦めてしまわないで。あなたは勇者でも、勇者でなくても…そんなの関係ない。とても素敵な人よ」
「!!」
ぶゎっと顔が赤くなったのが分かった。
今までそんなこと言ってくれる人はいなかった。
俺の顔を見て言い寄ってくる女も、俺の身分が低いと分かると態度を覆した。
中には愛人にしてやると言ってきた女もいた。
悔しかった。
女なんて嫌いだ。
あいつらは顔と身分しか見ない。
勇者になって爵位を与えられればそのうち世継ぎを産まなければならない。
あんな奴等の子供?
冗談ではない。
考えるだけで鳥肌が立つ。
たくさんの悪意を笑顔でかわしてきた。
卑屈で弱い自分を見せたくなくて。
見せれば嘲笑われる。虐げられる。蔑まれる。
そんなのはごめんだ。
でも…イリーネには言える。見せられる。
彼女がドラゴンだから?
…何か違う気がする。
水色の瞳が俺を見つめる。
そこに悪意は全く感じられない。
俺はもう…この温もりを手放せないかもしれないな…。
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あれ以来、イリーネが愛しくて仕方がない。
常に触れていたいが我慢している。
でも移動するときはチャンスだ。
『運んであげる』という…若干無理矢理だが理由をこじつけることができる。
だがイリーネは恥ずかしがって抱っこさせてはくれない。
本人は気付いていないようだが恥ずかしかったり照れたりすると顔がすぐに赤くなる。
パッと見では分からないのだが、赤くなると白銀の毛の間からうっすらと赤みが垣間見えるのだ。
…可愛すぎる。
きゅんとする。
もうすでに友人やペットに対する気持ちではないと薄々気付いてはいるのだが、そこをハッキリとさせてしまうといろいろ考えて動けなくなってしまいそうだから…今は気付かない振りをする。
すやすやと眠るイリーネの瞼の奥にある水色に早く自分を写したい。
そんなことを考えて…自分も眠りにつくことにした。
イリーネちゃんの顔色について。
顔色悪いのは分かりづらいけど、赤いのは目立つのでバレてしまうのです。
今までは茶色の毛だったので目立たなかったけど…白銀だからバレてしまうのです。
でもアランは敢えて本人には言わないでひとり秘かに萌えるのです。




