第五十一話 つかの間の休息
テーブルの上の花瓶には、三本の白百合が活けられている。
旅の途中の居酒屋で食事をとった後、ジョシュアは熱心にその花をスケッチしていた。
「ジョシュアは本当に絵が上手いね」
彼の描くスケッチを覗き込みながら、リオは言う。
「ほんの暇つぶしから描き始めたんだが、今では毎日描かずにいられないくらい夢中になっているよ」
ジョシュアは笑う。
「これが描き上がるまでに、彼が目覚めてくれるといいな」
ジョシュアはペンを走らせながら、隣りのソファで寝息を立てているエリアスに目を向ける。彼は未だに眠ったままだ。
「まさかあの薬、全部使ってしまったのかい?」
「あ、うん……どれだけ入れるかよく分からなくて」
リオは頭をかく。
「それなら無理もないな。糧まで言わなかった私も悪いが……」
「エリアスは大丈夫? このまま目覚めないってことはない?」
リオは、食事さえ摂れず眠り続けるエリアスが心配になってくる。
「その心配はないさ、もうじき目は覚めるだろう。毒薬ではないんだから、命に別状はないよ」
ジョシュアは声を立てて笑う。
「しかし、よく眠っているな。よほど彼と薬の相性が良かったんだろう」
リオも微笑みながら、再びテーブル上の白百合に目を移す。
グレイシャスと共にヴェスタを立った時、丘の上の白百合の花は咲いていなかった。あの後、白百合は咲いたのだろうか? 毎年、丘一面に白い花を咲かせていた白百合が咲かなかったことが、リオはとても気になっていた。
グレイシャスは気候のせいだと、特に気にとめていなかったが、白百合の花は平和の象徴、リオには不吉な兆しのような気がしてならなかった。事実、その後イグネイシャが殺されるという不幸が起きてしまった。
「白百合が好きなのかい?」
じっと花瓶の花に見入っているリオに気付き、ジョシュアが問う。
「え?……うん。白百合の花は僕にとってとても大切な花なんだ」
リオの母親が好きだった白百合、そしてダルク家の家紋。何より、グレイシャスと初めて出会った丘の上の白百合畑は、リオにとって印象的で、今も鮮明に瞼に焼き付いている。今年も無事に咲いてくれたことを願うばかりだ。リオは、少し離れた席に座っているグレイシャスを一瞥する。
「少し失礼します」
その同じテーブルについていたシェリーが、そう言って立ち上がる。彼女はグレイシャスの側を片時も離れず、食事の後もずっとグレイシャスに話し続けていた。
テーブルから離れていくシェリーの後ろ姿を見ながら、グレイシャスはようやくほっとする。
「レスター、私も馬の様子を見に行って来る。シェリーが戻って来たら伝えておいてくれ」
自由の身になったグレイシャスは、隣りで手紙を書いているレスターに告げる。オリビエとギリアンは、先に外に繋いでいる馬達に餌を与えに行っていた。
「はい、後で私も行きます」
熱心に手紙を書き綴っていたレスターは、顔を上げて頷く。
「あぁ、良い。レスターはシェリーと一緒にいておくれ」
グレイシャスは素早く立ち上がる。
「少し彼女と離れていたいからな」
「グレイシャスはシェリーの事がお気に召さないようですね」
「いや、そう言うわけでは……」
グレイシャスは軽く咳払いし、話しを変える。
「レスターはゆっくり手紙を書いていれば良いよ。故郷宛に書いているのだろう?」
「あ、はい。この旅で、ウィンスタンにも立ち寄れそうなので、先に手紙を書いておきます。私が帰って来たら、皆驚くことでしょう」
レスターは微笑みを浮かべながら、書きかけの手紙に目を落とす。
「グレイシャスには、どなたか、心に決めた方がおられますか?」
「え?」
「婚約者か、思いを寄せている方。お付き合いをしている女性のことです」
きょとんとしているグレイシャスに、レスターは答える。
「もし、いるのならシェリーには告げておいた方が良いです。彼女はグレイシャスの事をとても気に入っているようですから」
「……そんな者などいない!」
言葉に詰まりながら、グレイシャスは声を強める。
「失礼しました。私はてっきり他に思いを寄せている方がいるのだと……」
「私は女になど興味はないから……」
リオとジョシュアが自分の方を見ていることを気にしながら、彼女は足早に外に出ていった。
いつも読んでくださってありがとうございます!
活動報告にも書きましたが、しばらく(今年の秋くらいまで)更新できないと思います。ずっと読み続けてくださっている方々には申し訳ないです。ごめんなさい。私も馴染んできたキャラ達に会えなくなるのは寂しいです。
時間的に余裕があれば更新したいと思ってます。その日まで、気長に待っていてもらえると嬉しいです。(^_^)