シルティーナとテドラ
「んじゃ、俺ちょっと別行動な」
「え、」
「了解。また後でね」
「おぅ」
「え?」
フィミナンに入った途端にヒラヒラと手を振って人混みに消えたアルハルトにテドラが困惑の声を上げた。
「あの、アルハルトさんは何処へ?」
「何でもこの町に旧知の友が居るみたいで、少しその人と会って来るそうです」
「旧知の友……」
「後で合流するので、それまで私達は買い出しをしておきましょう」
「あ、はい」
手に持ったメモを見ながら人混みの中を進んで行くシルティーナの後を追ったテドラが周りを見渡して首を傾げる。
「昨日に比べて人が減っていませんか?」
「そりゃ、昨日の騒ぎを考えれば当然の事でしょう」
「昨日……」
「クロと私とティルで一計を案じた件ですよ。クロに魔物の姿に成って貰ったやつです」
「あぁ、だからですか」
「建前上聖女様が倒した事になってはいますが、魔物が現れた場所からは早々に離れたいんでしょうね。昨日のアレが偽物だと知っているのは私達だけですから」
そこからは暫く互いに無言であった。
メモに従って次々と買い物を行うシルティーナとそれに付き従うテドラ。
その沈黙が破られたのは買い出しも残り半分を過ぎた頃だった。
「少し休憩にしましょう」
「はい」
大通りから少し入った路地。そこに置かれた木箱に腰かけたシルティーナに習いテドラも一先ず荷物を下ろして近くの木箱に同じ様に腰かけた。
「……あなた達の狙いは何ですか?」
「……」
暫く何か考える様に視線を落としていたテドラが静かにそう問いかけた。
奇しくもそれは前日にフラクトがアルハルトへと投げ掛けた問いと同じであった。
「……何故、そんな事を聞くのですか?」
大した興味もないと言った体で訊ねるシルティーナ。
しかし、その瞳に宿っているのは態度とは裏腹の相手を射殺さんとする様な鋭い光だ。
「ずっと、考えてはいたのです。あなた方が聖女様の護衛を引き受けた理由を」
そんなシルティーナの視線から逃れる様に再び視線を落としたテドラが言葉を紡ぐ。
「"依頼"が来たからですよ」
「はい。それは分かってます。……けど、」
思い出すのは数ヶ月前に王城でされたやり取りだ。
「あなた方は"国王の命"を請けた訳ではない」
「……へぇ」
スッと細められた瞳に剣呑な光が宿る。
「あの時、あの場所で、あなた方は王の御前で誓った。だから怪しむ事もしなかった。けれどよくよく考えてみると、あなた方はあの時、"ギルドに来た依頼"を請けると言いました。それは、"国王の命"を請けたと言う事ではない」
「……」
「言われた内容が同じ"聖女の護衛"だったから気付きませんでしたが、あなた方が今遂行しているのは、"ギルドの依頼"ですよね? なら、それは一体誰からの依頼なのですか? その報酬は? 詳しい内容は? あの時に宣誓された誓いは、一体誰へ向けてのモノだったのですか?」
「ふふ、」
不意にシルティーナが笑った。
「どうやらあなたは聖女様や王子様よりはましな様ですね」
「まし?」
「まだ救いようがある、と言う事ですよ。けれど、」
グッと身を乗り出してテドラへと顔を近づけたシルティーナ。
その顔には笑みが浮かべられているが、瞳は決して笑っていない。
「その疑問を口に出す事で自身にどういう影響が及ぶかは考えなかったのですか?」
「……それは、」
「聞けば私が正直に一つの虚偽もなく答えると思ったのですか?」
「……」
「そういうのが、私達が"愚かだ"と言う所なのですよ」
「……っ、けれど、聞かなければ何も進みません。何れだけの危険が伴っても、例え嘘を並べ立てられようと、聞かなければそこで終わってしまう」
そんなのは御免だと、テドラは拳を握り締めた。
「何も知らないふりして、何も分からないふりして、思考をそこで停止して、ただ流されるだけで……そして後から後悔するなんてもうたくさんです」
「……」
「だから、僕は疑問に思った事があるのなら聞きます。その答えをあなた方しか知らないのなら、どれ程のリスクがあろうと問いかけます。そこで嘘をつかれ、はぐらかされたとしてもそれはそれで受け止めます。そこまでの覚悟で今、僕はあなたに疑問を口にしているのです」
真っ直ぐにシルティーナの瞳を見つめ返して、テドラは言い切った。
そんなテドラと数秒見つめ合ったシルティーナは深く息を吐き、元の場所へと座り直す。
「あなたの覚悟は良く分かりました。愚かだと言った事は取り消しましょう。けれど、残念ながらあなたのその疑問に今、私が言える事は一つだけです」
一つ、と人差し指を立てたシルティーナが再びその顔に笑みを浮かべた。
「何れ分かります」
それだけ言ったシルティーナは話は終わりとばかりに荷物を持って立ち上がる。
「ま、待って下さい! "何れ"って何時ですか!? "分かる"って、その時あなた方は一体何をするつもり何ですか!?」
「ですから、その全てが、"何れ分かる"んですよ。けど、そうですね、"この旅が終わった時に"とだけ言っておきましょうか」
「旅が終わった時に……」
「そうです。そして、あなたはその時に選ばないといけない」
「選ぶ?」
「えぇ。その時、あなたは選ばなければいけないのです」
「何を?」
「あなた自身の事を、です」
「僕自身の事を……?」
「はい。そして、"選べる"あなたはとっても幸運なのだと覚えておいて下さいね」
「え?」
「選択肢すら与えられない方達も居るので。……さて、そろそろアルも合流する頃でしょうし、買い出しの続きをしましょう」
今度こそ話は終わりだと歩き出したシルティーナにテドラも慌てて着いていく。
「あぁ、そうでした。あなたが抱いたその疑問、聖女様や王子様には話されましたか?」
「いいえ。あの方達に話しても正直、ちょっと……」
シルティーナにはテドラが濁した先に続く言葉が容易に想像出来た。
そして、想像出来たからこそ、未だに自分達の愚かさに気付けない彼等に心底呆れるのであった。
「賢明な判断かと」
「あ、あの、最後に一つだけ! あなた方がやろうとしている事は、この国を救う為のモノですか? それとも……」
テドラの問いにシルティーナは足を止めて振り返る。
「私が、この国を救うとでも?」
「……っ、」
無表情で言い放ったシルティーナにテドラが息を詰めて首を左右に振った。
「時が来るまで余計な詮索はしない事です。でないと、あなたもまた、選ぶ事すら出来なくなりますよ」
それは、確かな警告であった。




