フィミナン二日目
「では、私達は買い出しに行って来ますので、残りの皆さんは此処で大人しくしていて下さい」
アルハルトとテドラを従えてそう言ったシルティーナに頷いたのはミリアーネただ一人であった。
「……他の方はどうされましたか?」
「あ、あの、えっと、聖女様が馬車から出てこられなくて、ユト様とフラクト様、後マース君はそちらの方に……」
「そうですか。それで? クロは何時まで拗ねてるの?」
少し離れた木の上に黒猫の姿で座っているクロイツが言葉も無くピシリと尻尾を振った。
雰囲気だけでも不機嫌だと伝わって来るそんな彼の様子にシルティーナが苦笑すれば、再びピシリと振られる尻尾。
「しょうがないじゃない。護衛の私達が全員行く訳には行かないのよ」
「……」
「クロは昨日街の人達に顔を見られたでしょう? 買い出しだから人手がいるし、けど顔がバレてるクロは人の姿では出歩けない。なら留守番してもらうしかないじゃない」
「……」
「なるべく早く帰って来るから、聖女様の護衛は頼んだわよ。後、朝御飯もしっかり食べさせてね。昨日はあの後から何も食べて無いみたいだから。倒れられても困るし」
「……」
自分の言葉にどれも無言で尻尾を振り続けたクロイツにシルティーナは再び苦笑を浮かべて、二人のやり取りを不安気に見ていたミリアーネへと向き直った。
「態度はアレですが、頼んだ事はきちんとやってくれるので、すみませんがクロと二人で聖女様達の事を頼みます」
「ぁ、は、はい。えっと、気をつけて行って来て下さい」
ミリアーネからの見送りの言葉に手を振って応え、三人はフィミナンの街へと向かうのだった。
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心底面倒臭い、と抱え込んだ膝の上に顔を伏せて微動だにしないアカリを前にユトは表に出さずに思った。
馬車から出たくないと言っているアカリを何とかするためにやって来て既に小一時間は経っている。
その間アカリはずっと無言を貫き、ユトを始め、フラクトやマースの言葉にも一切の反応を示さなかった。
いい加減、顔に張り付けた如何にも"心配しています"と言った感じに見える表情が剥がれ落ちそうで気が気ではない。
さて、どうしたものかと小さく息を吐き出したその時、馬車の扉が開かれてクロイツが姿を現した。
「朝食の用意が出来た。早々に食べてしまえ」
「……」
「おぃ、聞いておるか?」
「……いらない」
「は?」
「いらない。食欲ないの……」
アカリの言葉にクロイツの眉間に皺が寄る。
「お前の食欲の有無などどうでもいい。我はシルティからお前にしっかり朝食をとらせろと言われているのだ」
「いらないって言ってるでしょう!! 出てってよっ!! 私に構わないで!! 皆出てって!!」
「……」
「ア、アカリ、落ち着いて」
「うるさいっ!! ど、どうせユトも私が"聖女"だから優しくするんでしょ!? 皆、私の"力"だけが必要で、私自身なんてどうでもいいのよ!」
「アカリ……」
突然怒鳴り出したアカリを宥めようと伸ばした手は振り払われた。
久方ぶりに上げられた顔は悲しげに歪んでおり、その瞳には涙が溜まっている。
「そんな事ないよ、アカリ。ボクは君が、君自身が大切なんだよ。アカリが"聖女"じゃなくても、特別な"力"を持ってなくても、ボクは君を大切だと思うよ。」
「嘘よ、そんなの……」
「どうして?」
「だって、」
「ねぇ、アカリ。ボクがこの旅に同行して得られるモノは何も無いんだよ」
「え?」
「アカリやシルティーナさん達と違って、この旅が無事に済んだからといってボクに何か報酬がある訳じゃない。ボクはギルドの依頼を請けた訳でも、王様に頼まれた訳でもないからね。なのに何で同行してるか分かるかい?」
「……」
「君の事が大切だからだよ。君を守ってあげたいと思ったからだ」
「ユトッ!!」
まるですがる様に抱きついて来たアカリを抱き止め、小さく笑う。
「アカリ! 俺もお前が大切だから共に居るんだぞ!!」
「僕もお姉ちゃん大好きだよ!」
「フラクト、マース……ありがとう!」
そう言って今度は二人に抱きつくアカリ。
瞳に溜まっていた涙が一滴、その白い頬を伝って落ちた。
何とも感動的な場面ではないか。
笑顔を張り付けたまま、ユトは抱き合う三人を見ていた。
心無い民達の身勝手な振る舞いに傷つき疑心暗鬼になっていた聖女を救ったのは、初見で彼女を"特別"だと言った旅人と、彼女に心底惚れている一国の王子と、彼女が救った小さな子供であった。
とてもとても感動的な、何とも綺麗で美しい、下らない茶番劇である。
「……あぁ、馬鹿らしい」
笑顔はそのままに、小さく呟かれた言葉はクロイツにだけは届いた様で、この茶番劇が始まったその瞬間から興味無さ気に扉に凭れて目を瞑っていた彼が僅かにその口許に笑みを作った。
「さぁ、アカリ。ご飯を食べに行こう。君がちゃんと元気じゃないとボク達が心配だよ」
「ユトがそう言うなら」
フラクトに腰を抱かれ、マースに手を引かれてアカリが馬車を出る。
「分からぬな」
馬車の中にユトとクロイツの二人だけとなったのを見計らってクロイツが口を開いた。
「何が?」
「あの娘だ。何故ああも他人からの見返りを欲する?」
「自分が行った行動に対して何かしらの見返りを求めるのが人間だよ」
「だが、あの娘にはこの旅が終わった暁には"相応の報酬が出る"という十分な見返りが当初から準備されている。それなのに更に他の者達に何かしらの見返りを望むのは何故だ?」
「彼女は誰からも愛されたいのさ、きっと。愛され、褒められ、崇められ、感謝されて、必要とされたい。そうして自分という存在が多くの者にとって"唯一"になればいいと思っているんだよ」
自分の"唯一"は決して誰にもやらないのに、他者の"唯一"は自分でないと我慢ならない。
「だから"ユト"という存在に寄りかかりながらも、たまに王子様の所に行っては自分に向けられる馬鹿正直な愛情で自尊心を満たしているんだよ」
自分は誰からも愛され、大切にされるべき存在なのだと思って疑っていないのだ。
だから、自分に敵対心を向ける存在は"間違っている"と思って憚らない。
「彼女は未だにこの世界をゲームの世界だと思っているからね。主人公である自分は当然この世界の全てから無条件に愛され、大切にされると思っている。彼女に決して好意を抱かない双翼の剣の存在がある時点で気付いてもいいのにね。この世界は自分が思っている様な世界じゃないって」
「それが出来る者ならば、そもそもシルティが護衛にあてられた時点で気付いているであろうよ。クラリナが言うには、この旅の面子が既にゲームの世界とはかけ離れた者達で構成されている様だからな」
「えっと、確かゲームの世界だったらジン様とアイトさんと、遅れてレイン君が合流する流れだったっけ?」
「あぁ」
「馬鹿だよねぇ。レイン君は兎も角、一国の王子とギルマスターが高々聖女一人の為に護衛の任務を請け負う筈が無いのに、彼女はそれを信じてた。だからシルティ嬢が護衛に呼ばれたと知った時は結構取り乱したみたいだよ。ミリアーネ嬢が教えてくれた」
「そこで何かに気付いたのならまだしも、それでも自分が主人公であると信じて疑わず、だからこそ自分の思い描いた通りに物事が進まないといちいち取り乱して騒ぎたてるのか……」
「民達は自分に感謝している。だから自分は歓迎され、感謝の印としてあらゆる施しを受けられる。彼女は今回そう信じていたんだろうね。けれど蓋を開けてみれば、歓迎は確かにされはしたけれど、それは彼女が望んだモノとは程遠かった」
「あの娘は未だに、この国の現状を理解出来ていない。最早哀れみすらも浮かんではこないな」
「彼等は互いに求めてばかりさ。愛を求めれば与えられ、救いを求めれば助けてもらえると思っている。"こんなにしてあげたから"、"こんなに酷い目に合ったんだから"、"こんなに苦労してるのに"、"こんなに沢山失ったのに"、って訴えるばかりで他には目もくれない。そんなの言い出したら、ボク等は何れだけの見返りを貰える事だろうね……」
施した分だけの、救った分だけの見返りが貰えると言うのなら……
失った分だけの、傷付いた分だけの救いがあると言うのなら……
「そんな希望に溢れた世界なら、ボク等はこんな所に居はしないよ」
「……そうだな」
施しても救っても、何も返っては来なかった。
失うだけ失って傷付くだけ傷付いても、誰も救ってはくれなかった。
だから自分達はギルドに居るのだ。
何も返っては来ない世界に絶望し、誰も救ってはくれない世界に失望したから……
自分達は自分達の世界を創ったのだ。
「彼等は未だに分かっていない。今、自分達に降り注いでいる不幸や絶望や恐怖なんて、まだまだ優しいほんの戯れだって事を。ボク等の世界の一部を傷付けた彼等に本当の意味での救いなんて無いって事を。それに気付いた時、彼等はやっと世界に絶望するんだよ」
楽しみでしょうがないと笑ったユトがアカリに呼ばれて馬車を出る。
「絶望の果てに何を見る? 愚かな人間達よ……」
絶望の果てに、"ならば自分達で希望を"と、自分達の世界を創った者達が居る。
ならば果たして、その者達により絶望へと突き落とされるこの国の者達は、その果てに一体何を思うのだろう。
「まぁ、そんなものに興味はないのだがな」
絶望に突き落としたその先で彼等が何を思い、何をしようと全く興味はない。
強いて言うのなら、永遠に絶望し続けていろと、それだけだ。
「さて、シルティが戻って来るまで昼寝でもしているか」
聖女の見張りはユトに任せよう、と呟いたクロイツがその姿を黒猫のモノに変えて外へ出る。
誰も居なくなった馬車の中に、扉の閉まる音だけが小さく響いたのだった。
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