そして現実
元居た通りへと戻ったアカリを出迎えたのは、必死な形相の民達だった。
「聖女様!!」
「聖女様何処へ行っておられたのですか!?」
「助けて下さい!! 魔物がっ!!」
「今こそあなた様の力を我等の為に!!」
「ま、待って! 落ち着いて!! 魔物はもう居ないから!!」
アカリの姿を確認した民達が押し寄せて来るのに耐えきれずに叫んだ言葉にその場の空気が変わる。
「おぉ!! 流石聖女様! 魔物を退治して下さったのですね!」
「なんと心強い! そのお力があれば我等は救われる!!」
「聖女様が居て下されば魔物も恐れるに足りない!!」
「あ、いや、退治した訳じゃ……」
喜色満面で盛り上がり始めた民達にアカリの声はかき消される。
「アカリ!!」
「フラクト!! マースも!」
民達の勢いに押され気味だったアカリの耳に自身を呼ぶ声が聞こえた。
振り返ったその先に慌てて此方に駆けてくるフラクトとマースの姿があった。
「フラクト王子だ!! フラクト王子も来て下さったぞ!!」
「神は我等を見捨てなかった!!」
「どうか救いを!!」
「哀れな我等にお恵みを!!」
王子であるフラクトの登場に民達が更に沸き立つ。
「おい、何だお前達!? やめろ! 気安く触るな!!」
「聖女様! お助けを!! 食べる物が無いのです! どうかお恵みを!!」
「王子様! どうか、どうか!! 我等にお慈悲を!!」
「ちょっと、ねぇ!! 痛いっ!! 引っ張らないで!!」
「お姉ちゃん!!」
「マース!!」
我等先にとすがる様に伸ばされる多くの手と押し寄せる民達。
その群衆に呑まれたマースが必死にアカリへと手を伸ばすが、その手をアカリが掴むより早くマースの姿が後方へと消えた。
「ちょっと、いい加減にしてよっ!! 何よお慈悲って!? 私達は穢れを浄化する為に……貴方達のために旅をしてるのよ!! それ以上に何をしろって言うのよ!?」
思わず怒鳴ったアカリにしかし民達は自らの要求のみを口にする。
「作物が実らないのです! どうかその奇跡のお力でお助けを!!」
「父が病に伏せっております……どうか、助けてください」
「マンリーニャが穢れてから外国からの商品が入って来ず商売出来ないんだ! 金ももうない!! このままなら飢え死ぬしかない!! なぁ、どうにかしてくれよっ!!」
「無理よ! 私にそんな力あるわけないじゃない!!」
耐えきれなくなって叫んだアカリの言葉に場が騒然とした。
「どういう事ですか、聖女様?」
「どういうって何がよ?」
「だってあなた様は"聖女"なのですよね?」
「そうだけど、だからって……」
「ならば我等を救ってくださる存在の筈です」
「だから救ってるじゃない! 旅に出て、穢れた土地を浄化してるわ!!」
「それだけじゃぁ何の救いにもならない!!」
「え、」
「土地が戻ったってまた最初から作物を作らなきゃならない!! それじゃ何時まで経っても飢えは凌げない!!」
「今日食べる物すら買えない奴だって居るんだ! 俺達は、穢れで廃れた土地より、金と食料が欲しいんだよ!!」
「そんな事言われたって……だって、土地を浄化しないと魔物は増えるじゃない。最終的にこの国全部が魔物によって穢れるって……だから、私は……」
「だから言ったのだ」
とうとう声を震わせて俯いたアカリの耳に決して大きくはない、それでも凛と良く響く声が届いた。
「あ、」
「なぁ、小娘よ。我が主の言った通りだっただろう?」
小脇に先程群衆に呑まれたマースを抱えたクロイツは、ひしめき合う民達など物ともせずに歩を進め、アカリの前へと立つ。
「人間とはかくも醜く自分勝手な生き物だ。平等に降り注いだ"不幸"のその最たるは自分だと信じて疑わぬ。そして、それを打破するのは常に自分以外の"誰か"なのだ。自らの不幸を存分に嘆き哀しむ癖に、それを自分でどうにかしようとは考えぬ様は見ていて滑稽であるぞ」
「……何が言いたいのよ?」
「今、この国の者達はお前の持つ"聖女"と言う肩書きにすがり付いているのさ。"穢れた土地の浄化"だけでなく、今、自分達が直面しているあらゆる不幸と不条理に対する"奇跡"を願ってな」
「そんなの……奇跡なんて起こせる訳ないじゃない!!」
「だがこの国の者達はそうは思っていない。"聖女"とは即ち、奇跡を起こし自分達を救ってくれる存在なのだと信じているのだ。だからすがる」
「何よそれ……だって私はこの国の為に……」
「浄化により国が救われる未来よりも、今日を生き延びる為の金と食料が今、この場に居る者達には重要なのだ。大衆に向けられた"正義"よりも、自分達自身に利のある"正義"が欲しいのさ」
「何て自分勝手なのよっ!!」
「けれどそれが"人間"なのですよ、聖女様」
いつの間にかクロイツの後ろに現れたシルティーナが一つ指を鳴らせば彼女達と民達の間に見えない壁が立ち塞がった。
「だから言ったではないですか。この国の人間など信じるに値しないと。誰かが救ってくれる事を当然と受け止め、そこに何れだけの犠牲があるのかなど考えもしない人達なんですよ」
突如現れた不可視の壁に困惑を露にしている民達を目深に被ったローブの下から一瞥し、冷たく吐き捨てたシルティーナがアカリの腕を掴む。
「自らの正体を明かすとどうなるか、身を持ってお分かりになりましたか、聖女様?」
「……」
「今日はこのまま街を出て近くで野営します。明日以降の買い出しも私達で行います。今回の様な事を繰り返さない為にも、これから先はなるべく人が居る場所を避けた旅になりますので、ご了承くださいね」
「……どうしてよ?」
ポツリ、呟いたアカリがシルティーナの腕を振り払って壁一枚隔てた民達へと詰め寄る。
「私はっ!! 私は、あなた達の為に……この国の為に危険な旅をしてるのよ!! 何で誰も感謝しないのよっ!? 感謝して、崇拝して、崇め奉りなさいよ!! お金がないなんて知らないわよ! 病気なんて治せる訳ないじゃない! 勝手に飢え死ねばいいのよっ!! こんな、こんな……ッ!!」
「アカリ、ストップだ」
「……ユト」
激情に任せて民達に言葉をぶつけていたアカリの口をいつの間にか傍に来ていたユトが塞いだ。
「ダメだよ」
「でもっ!!」
「ダメだ。彼等はもう手遅れなんだよ。クロイツさんやシルティーナさんが言った様に、施して貰えるのが当たり前だと思ってしまっている。そんな人達に此方側の苦労や憤りを語った所で意味なんて無いんだ。こういう人達はね、もう、"しょうがない"って諦めるのが一番なんだよ」
「諦める……」
「そう。けれど忘れないでね。彼等は国の為に働いて、国はその対価に"繁栄"と"安全"を与えていた。今回、彼等から最初にその内の"安全"を奪ったのは国だ。彼等にはすがっていい"理由"があるんだよ。そして。ねぇ、アカリ。君は今回の浄化の旅に無償で協力してる訳じゃないでしょう?」
「え?」
「旅が終わった暁には何かしらの報償があるはずだ」
「それは、確かにそうだけど」
「無償でやってるならまだしも、国から何かしらの利益が君にもたらされるのなら、君にはすがられる"理由"があるんだ。そういうのも含めて、国は君が浄化の旅に出た事を大々的に発表したんだろうね。アカリ、"聖女"という肩書きには君が思っているよりも遥かに大きな責任が伴っているんだ」
「なに、それ……そんなの知らない……」
「君が何を思って"聖女"という肩書きを背負ったかは分からない
けど、君が"聖女"である限りこの国の民達は君にすがるし期待する。それは心に留めて置いてね。さぁ、行こう?」
話し終わったユトがアカリの腕を取って今度こそ民達に背を向けて歩き出した。
未だに何やら騒いでいる民達の声は、けれどもうアカリの耳に届く事はなかったのである。
ーーー
ー
「これで、街で無駄に聖女様の買い物に付き合わなくて良くなったよ」
そう息をついたのはユトである。
ミリアーネと合流し街から出た一行は近くの森の中で野営をする事となった。
その日の夜、火の番をしていたユトが交代の為に起きたアルハルトへ向けて苦笑を浮かべたのだ。
「お前、態と聖女様に自分の正体を明かさせたな?」
「そうだよ。でも君もシルティ嬢もあの後の聖女様の行動を止めなかったって事はボクの考えに賛成してくれたって事でしょう?」
「まぁな。この先、今までみたいに街や村に寄っていれば何れこの国とルラン王国とが戦いをおっぱじめるってバレちまっただろうしな。人里を離れて旅をするいい口実になると思った。シルティも同じ考えだろうよ」
「まぁ、戦が本格化してくれば自ずとバレるだろうけど、それまでは知らないままで居てくれた方が楽だしね。そう言えば聞いた? シルティ嬢、ファーラに会ったんだって」
「あぁ、聞いた。あいつの隊、今物資調達やってんだろ?」
「みたいだね。一般兵に紛れたファーラに何時気付くかやってるんだってさ」
「相変わらずだな、あのおっさん」
「それが彼のいい所だよ。ミリアーネ嬢からの伝言で明日また会うみたいだし、よろしく伝えといてね」
「あー、お前明日留守番組みか。頑張れよ」
「うーん、まぁ、聖女様は今日の事で大分ダメージ受けてるみたいだから明日は静かだと思うし、王子様は基本無視しとけばいいし、ミリアーネ嬢は元々静かだし……うん。明日は何とか大丈夫だと思うよ」
自分に言い聞かせる様に言ったユトに苦笑したアルハルトがアカリ達が寝ている馬車へと目を向ける。
「最終的にシルティは聖女様の事をどうするつもり何だろうな?」
「……さぁねぇ。どちらにしろ、きっとその時を最後に彼女はもう二度とボク達の前には現れないんだろうね」
「だろうな。あぁ、可哀想な聖女様」
「棒読みで言われてもねぇ……」
顔を見合わせて笑い合った二人が次の瞬間には浮かべていた笑みを消し去って異口同音に言い切った。
「「怒らせた相手が悪い」」
静かに夜の闇に消えて行った言葉は二人以外には届く事は無かった。
大変ご無沙汰しておりました(;´・ω・)
態々メールで応援メッセージを送ってくださる皆さまに本当に支えられています!
書籍化についての追加情報がありますので、よろしければ活動報告をご覧ください。




