希望論
「それで? 聖女様は今度は何をやらかしてくれたの?」
「ご自身が"聖女"であると声高に名乗って下さいました」
「はぁ!?」
思わず足を止めて驚愕の声を上げたシルティーナに周りから奇異の視線が寄越される。
「シルティーナ様、お急ぎ下さい」
「あ、うん。ごめん」
ティルティンクルに急かされて再び走り始めたシルティーナは予想の斜め上を行くアカリの行動に軽い目眩を覚えて頭を振った。
「どういう状況でそうなったの?」
取り敢えず現状把握が必要だと判断したシルティーナがティルティンクルに訊ねれば、彼女自身も僅かばかりの困惑を顔に浮かべて息をつく。
「私達も少し離れた場所に居りましたので詳しい経緯は分かりませんが、聖女様が男と言い争いをしておりまして、それに気付いた主様が仲裁しようと近付いた矢先に聖女様が大声で名乗ってしまったのです」
「うわぁ……」
「生憎と名乗った場所が往来のど真ん中だったので、直ぐに多くの人に囲まれて身動きが取れなくなり……」
「それでティルが私を呼びに来たのか」
「はい」
「て言うか、町の人達もよく簡単に信じたわね。普通は少しくらい疑わない?」
「それがですね、聖女様が名乗った後は確かに疑念の眼差しが多かったのですが、聖女様にそんな視線が向く事が許せなかったのか、その後直ぐに王子様が身分を明かし、王家の紋章入りの剣を掲げてしまいまして……」
「あのボンクラ王子、一回死んでくれないかしら……全くもう、今まで散々聖女様達の正体がバレない様にそれとなく手回ししてたのに全部水の泡じゃない。そもそも聖女様の近くには誰も居なかったの? クロとユトは?」
「クロイツ様は烏のお姿で木の上に居られました。ユト様は近くに居たのですが、傍観を決め込んでおりまして……」
「傍観……」
「はい。主様が咎めたのですが、"これでいい"とただ一言」
「あー、成る程。そういう事か……」
「シルティーナ様?」
ティルティンクルの話で何かに気付いたシルティーナが苦笑を溢した。
「うーん、まぁ、事態の収集が少し大変そうだけど、確かにユトの言う通り"これでいい"のよ、ティル」
「はぁ」
「ふふ。後から分かるわ。兎に角今は急ごう」
そうして走る速度を上げたシルティーナ達が件の場所へと着いた頃にはそこは人で溢れ返り、その中心部に居るであろうアカリやユト、アルハルト達の姿は全く見えない状態になっていた。
「うわぁ……」
「やっと来たか」
ひしめき合う人混みに心底面倒臭そうに声を上げたシルティーナの前にクロイツが降り立つ。
「クロ。問題の人達は?」
「あの中だ」
「やっぱりか……」
烏の姿から人の姿へと成ったクロイツが視線だけで人混みの中を指し示した。
それにガックリと肩を落としたシルティーナは、さてどうしたものかと思考を巡らせる。
「うーん、手っ取り早くこの人達を撒く方法ねぇ……あ!」
「何か思い付いたのか?」
「クロ、ティル、ちょっと耳かして」
おいでおいでと手招きするシルティーナに顔を寄せた二人は聞かされた内容にそれぞれ全く違う感情を含んだ声を上げた。
「流石シルティーナ様です」
と、感心した様に言ったのはティルティンクルである。
対してクロイツはと言えば、
「確かに出来なくはないが……」
何故か心底疲れた様に溜め息を吐き出していた。
「出来るのならばやるに限るわ、宜しくねクロ」
「あぁ、ご随意に我が主よ」
わざとらしく大袈裟に腰を折ったクロイツにシルティーナが苦笑して裏路地へと姿を消す。
「行くぞティル。声の限りに叫べ」
「お任せ下さい」
シルティーナの姿が見えなくなってから一呼吸の後、ティルティンクルにそう声をかけたクロイツの姿は瞬く間に人のソレとは異なるモノへと成っていた。
クロイツの姿が変わっているのを確認したティルティンクルが大きく息を吸い、そして吐き出すと同時に叫んだ。
「きゃーーーーっ!!!! 魔物よ!!」
「……」
「……魔物?」
数拍の沈黙が流れた後、悲鳴の出所へと向いた多くの視線のその先に居たのは、黒い靄を纏った異形のモノ。
その姿を認めた瞬間、その場はパニックへと陥った。
「これぞ正しく"阿鼻叫喚"ですね」
押し合い圧し合いしながら逃げ惑う人間達の姿を上空から眺めていたティルティンクルはそう呟いて先程までその人間達の中心に居た者達へと視線を向ける。
「おやまぁ、聖女様と王子様は子供と同じで何と間抜けなお顔をしているのでしょう」
クスクスと笑ったティルティンクルの視線の先では、状況に着いて行けていないマースと同じ様にポカンと口と目を開き間抜け面を晒すアカリとフラクトの姿があった。
他の、テドラやユト、アルハルトの三名は"魔物"という言葉に反応してかそれぞれの武器に手をかけて辺りを警戒している。
そんな六人が居る場所に一番近い裏路地から外套を目深に被った人影が飛び出して来たかと思えば、素早く彼等の傍へと駆け寄りアカリとフラクトの腕を取って再び走り出した。
「え、ちょっ、なに!?」
「何者だ!? 離せ!!」
「……」
喚く二人を無視して進んで行く人物が誰であるかいち早く理解したのはアルハルトである。
そういう事か、と声が上げられた次の瞬間にはマースの腕を取って同じ様に走り出し、次いで理解したユトも残ったテドラの腕を取って走り出した。
「作戦成功、ですね」
一部始終を上空から見ていたティルティンクルが咆哮を上げる魔物の元へと降りて行きその眼前で大きく丸印を作った数秒後、そこには何も居なくなっていた。
ーーーーー
ーーー
ー
「それで?」
「……へ?」
暫く走り続けて着いたのは町の中心部から少し離れた場所にある小さな広場である。
アカリとフラクトの手を引いていた人物がそこで漸く止まり、肩で息をし始めていた二人も必然的に足を止めた。
そうして投げ掛けられたのが先程の質問であった。
「声高に名乗って満足しましたか?」
「……な、なに?」
「おい……貴様、何者だ!?」
「驚いた。まだ分かっておられなかったのですか」
フラクトの言葉に態とらしく肩を竦めたその人物が被っていた外套を脱ぎ捨てれば、そこには不機嫌そうに眉を寄せたシルティーナが居た。
「王子様も聖女様も鈍感だな。俺達は直ぐに気付いたぞ」
そう言ったのはマースを小脇に抱えたアルハルトである。
その後ろからユトと、彼に手を引かれてやって来たテドラが合流する。
「どういう事よ?」
やっと息の整ったアカリがシルティーナを睨み付けながら問えば、返ってきたのは心底疲れた様に吐き出された溜め息であった。
「あなた様が起こして下さった騒動から皆さんを救い出す為に、私とクロとティルの三人で一計を案じたのですよ」
「?」
「ですから、先程現れた魔物はクロが姿を変えたモノで、一番最初に叫んだ声がティルの物だったのです」
「何で態々そんなことしたの?」
「……あのですね、」
アカリの言葉に一瞬言葉を失ったシルティーナが、ひきつった笑顔を浮かべながら殊更ゆっくりと言葉を紡ぐ。
「あのままあなた方があそこで民達に囲まれていれば、何れ必ず自分勝手な願いを押し付ける者が出てきます。浄化の旅の途中である我々に、いちいち彼等の願いを聞いている時間など無いのです。だから、面倒な事態に陥る前にあの場からあなた方を逃がしたのです。分かりましたか?」
「そんなの分からないじゃない」
「は?」
「もしかしたら浄化のお礼にって何かくれたかもしれないでしょ? それか、ただで宿に泊まらせてくれたりとか、この町の財宝くれたりとか。どうして悪い方にばかり考えるの? この国の人達は、とっても親切で優しい心根の人達ばかりよ。浄化の旅で大変だって分かってるのに、そんな私達に更に何かをさせようとなんてしないわ」
「……」
「口が開いてるぞ、シルティ」
「あら、失礼。聖女様が余りに甘い考えを持っていたもので、つい」
「甘いって何よ! どうして貴女は人を信じようとしないの!?」
「信じてはいますよ」
ニッコリと、シルティーナは笑った。
「あぁ、いいえ。この国の人達に関してだけ言えば、信じて"いました"が正しいですかね」
「いました? 何で過去形なの?」
「……さぁ、何故でしょうね? 少なくとも私の中ではもう、この国の人間は信じるに値しないのです。だから、常に疑ってかかります」
「そんなの可笑しいわ! この国の人達はいい人ばかりなのよ!!」
「……そんなに言われるのなら、」
それまで浮かべていた笑顔を消して長く息を吐き出したシルティーナが、今しがた走って来た方向を指差した。
「もう一度彼等の元へ行って確かめてみられたら宜しい。きっと素晴らしい結果を得られるでしょう」
「分かったわよ! 確かめて来るわよ!! その代わり、もし私が言った様に皆が親切にしてくれたら、皆の前で謝ってよね!!」
「アカリ!?」
「お姉ちゃん!!」
売り言葉に買い言葉。
勢い良くそう啖呵を切ったアカリが早足に来た道を戻り始め、そんな彼女をフラクトとマースが慌てて追い掛ける。
「……」
「……」
「……」
「……あの、ユトさんは行かなくていいのですか?」
「あー、うん。やっぱり行かないとだよね……」
黙って二人を見送っていた一同にテドラが控えめに声をかければ、名指しされたユトがため息と共に歩き出した。
「これであの聖女様も少しは現実って言うモンを分かってくれればいいんだがな」
吐き出されたアルハルトの言葉にシルティーナは肩を竦めただけだった。




