軍靴の男
アルハルト達と別れたシルティーナとミリアーネは馬の交換の為に街中から少し離れた場所に来ていた。
「こんにちは、馬の交換をお願いしたいのですが」
叩いた戸の中から出てきたのは不機嫌顔の男だ。
「今ちょっと手がはなせないから自分達でやってくれ」
そうして男が示したのは小屋の裏手である。
「裏に馬屋がある。向かって右の馬屋にあんた等が連れて来た馬を繋げ。そしたら正面の馬屋から連れて来た頭数と同じだけの馬を選んで最後にまた俺を呼べ。いいか、左にある馬屋には近づくなよ。馬だけ頂いて逃げよう何て考えも無しだ。そうしたらアイツ等があんた等のその綺麗な肌に牙を立てる事になる」
男の言葉に、少し離れた場所で寝そべっていた数匹の犬が応える様に鳴いた。
「分かりました」
頷いたシルティーナが背を向けるより早く、男は小屋の中へと引っ込んでいた。
「接客態度が乱雑過ぎじゃない!?」
閉ざされた扉の外側で軽く悪態をついたシルティーナが馬車で待機していたミリアーネの元へと戻る。
「ど、どうでした?」
心配そうにこちらを伺っていたミリアーネがシルティーナが戻って来た事にホッと息をついて聞いてきた。
「今手が離せないから自分達でやってくれとの事です」
「勝手にいいのでしょうか?」
「向こうが勝手に許可をくれたのでいいんですよ。どうやら騎士様のお相手で忙しいみたいですし」
「騎士様が居たのですか?」
「男が扉を開けた時に王国騎士に支給される軍靴を履いている足が見えました」
「王国騎士……何処の部隊の方でしょう?」
「そこまでは分からなかったですね……あ、そうだ」
「え? シルティーナ様?」
何かに気付いたシルティーナが小屋の裏手へと向かう。
ミリアーネも慌てて後を追った。
「やっぱり居た」
「えっと、この子達は?」
シルティーナが居たのは左の馬屋だ。
そこに居た馬の馬具を見た彼女がその口元に笑みを浮かべた。
「この馬達は"軍馬"ですよ。きっと中に居る騎士達が乗って来たのでしょう……そして、何処の部隊の騎士かが分かりましたよ」
そう言ってシルティーナが指差したのは馬の背にかけられた鞍である。
「王国騎士はそれぞれの部隊に紋章があることを知っていますか?」
「は、はい」
「二輪のカモミールとその前に置かれた盾と剣。この紋章を掲げてるのは"特務遊撃隊"です」
「ファミラス様の部隊ですね」
「面識がおありで?」
「何度か。とても気さくで優しい方でした。……なぜ、居なくなられてしまったのでしょう?」
「何でだってさ、ファーラ?」
「え?」
「それはだなぁ、面倒なガキの御守りをさせられそうになったからさ」
シルティーナが投げ掛けた問いにミリアーネではない声が応えた。
シルティーナ達の後ろから現れたのは大柄な男だ。
櫛など通された事もないと言わんばかりのボサボサの髪を適当に後ろで一括りにし、顔の3分の2は髭で覆われ、辛うじて髪と髭の間から垂れ目がちな茶色の目が覗いている。
一言で言い表すなら"クマ"である。
しかし、そんな男が身に付けているのは王国騎士に支給されている制服であり、服の胸元に馬具にある紋章と同じ物が刺繍されていた。
詰まるところ、クマの様な男は王国騎士の"特務遊撃隊"の人間であると言うことだ。
そして更に言ってしまえば、ミリアーネも、勿論シルティーナも、この男が誰であるかが既に分かっているのであった。
「ファミラス様、ですか?」
「おう、久しぶりだな嬢ちゃん」
ミリアーネの言葉に(たぶん)笑顔で応えたのは名を"ファミラス·カランザート"。"特務遊撃隊"の隊長その人である。
「シルティ嬢もな」
「本当に久しぶりね」
「ぇ、でも"ファーラ"って……」
「ファミラスの愛称ですよ。ところでファーラ、私はてっきり、貴方はもうクーちゃん達と合流してるモンだと思ってたわ。こんな所で何をやってるの?」
「クラリナ達の所にはハインを行かせた。俺はちょっとした遊びの最中だ」
「遊び……まさか一般の騎士に混じって何時になったら気付くか、何て下らないものじゃないでしょうね? だからそんな外見をしてる、とか言わないわよね?」
「お、流石!! ご明察だ」
楽しそうに笑って頭を撫でてくるファミラスにシルティーナがジト目で睨み付けるが効果は薄い。
そんな二人の様子を暫く見ていたミリアーネがおずおずと声をかけてきた。
「ぁ、あの、お二人は親しいのですか?」
「うん? 何だシルティ嬢、言ってないのか?」
「そう言えば忘れていたわ」
「?」
「あー、あのですねミリアーネ様、彼も私達の仲間なんですよ。元々が双翼の剣のメンバーで、今回の"計画"の遂行の為にこの国の騎士になったんです」
「と言うことは、"特務遊撃隊"の方は全員?」
「双翼の剣に所属しているのはファーラと副隊長のハインだけです。まぁ、他の方も所属こそしていませんが、"計画"へは協力してくれています」
「まぁ、元々が"その為に"集めて鍛えた奴等だからな」
「信頼に値する人達ですよ。ファーラとハインが鍛え上げたので腕も確かですし」
「国内にも味方が居たのですね」
「他にもまだ居ますよ。その内会えるかと……で? ファーラは此処には何しに来たの?」
未だにワシャワシャと髪を撫でてくるファミラスの手を鬱陶しそうに振り払ったシルティーナが問えば、ファミラスが何かを探すかの様に辺りをグルリと見渡す。
その行動に対してシルティーナが何かに気付いた様に声を上げた。
「聖女様なら別行動中よ。ここには私とミリアーネ様の二人で来たの。ミリアーネ様には"計画"の事は話してあるから気にしなくて大丈夫よ」
「何だよ、先に言えよな。無駄に警戒しちまっただろ」
溜め息を吐き出し肩の力を抜いたファミラスが懐から一枚の紙を取り出す。
「国王様から特務遊撃隊に下された厳命だ」
「えっと……ふ、ふふ……あはは! ははははは!! て、天下の特務遊撃隊に対しての厳命が物資調達!! あははは!!」
「おいおい、笑うなよな。物資調達も戦をする上では重要な役割なんだぜ?」
「分かってるわ、それ位。だけど、その物資調達を頼まれたのはこの国の最強部隊よ? これを笑わずに何を笑えって言うの?」
「しょうがねぇだろ。国の奴等も必死なのさ。特務遊撃隊の奴等は予てより、俺かハインの命令にしか従わないって国王には言ってある。それでもいいなら特務遊撃隊はどんなに危険で不利な戦場であっても行ってやるという条件で今日までやって来たんだ。それが今、この時、この国にとって最も最悪に近い状況でそうなったのさ。上の奴等はどうにか特務遊撃隊をルラン王国との戦に参加させたいが如何せん、実力はそこらの部隊の隊長よりあるくせに国に対する忠義なんざ小指の先程もない奴等だ。命令というよりはお願い……というかもう寧ろ、拝み倒してやっと物資調達を任せる事が出来たのが現状さ」
「そんな者達を自国の最強部隊として成り立たせていた自身の無能さに早く気づけばいいのにね、国王様も。特務遊撃隊を欠いてどうやって勝利するつもりなのかしらね?」
「さぁなぁ。最終手段として聖女様を供物として献上でもするんじゃないか?」
「ふふ。そうなったらなったであの聖女様がどんな反応をしてくれるか楽しみではあるけれど、残念ながらそうなる前に私達が介入する事になるでしょうね」
「だろうな。国王とは連絡取り合ってないんだよな? 奴等の動き流してやろうか?」
「そうね。いちいち介入されるのは面倒だから浄化の旅が終わるまで連絡は取らないと言ってあるわね。けど大丈夫よ。こっちにはティルが居るから、風を使って情報収集はバッチリ」
そこまで話した所で馬屋の外からシルティーナを呼ぶ声が響いた。
「シルティーナ様!」
「あら、ティルどうしたの?」
「今すぐ来て下さい! 聖女様がっ!!」
「……また問題を起こしたの?」
「はい。それも飛びきりのやつを」
「あー……」
ガックリと肩を落としたシルティーナの頭を再びファミラスがワシャワシャと撫でる。
今度は甘んじてそれを受けたシルティーナは一つ深呼吸をして気合いを入れた。
「よし! それじゃぁ、すみませんがミリアーネ様は当初の目的通り馬の交換をお願いします。カレン以外の馬は全て変えて下さい。ファーラ、申し訳ないんだけどミリアーネ様にいい馬を見繕ってあげて。後、ここの主人との間に立ってくれると助かるわ。たぶんミリアーネ様はまともに会話出来ないから」
「ぁ、は、はい!」
「りょーかい」
「ミリアーネ様は……そうですね、馬の交換が終わったらここに来る途中にあった広場で待ってて下さい。迎えに行きます。宿はその後に探しましょう」
「分かりました」
「あ、おいシルティ嬢!!」
言うだけ言って走りだそうとしたシルティーナの腕をファミラスが掴む。
「どこまで把握してる?」
要点のみの短い問いに、しかしシルティーナはそれに含まれる内容をきちんと理解して答えた。
「今回の戦の事を王政府は口外しないつもりだって事と、国民に戦を感付かせない為に小隊ごとの移動になるって事がリディーラン王国からの情報。そして、ルラン王国の軍は穢れた土地であるマンリーニャを大きく迂回して、リディーラン王国第二の港町"ラカヤン"から上陸を開始するつもりだという事を双翼の剣の人から聞いてるわ」
「よし。それじゃぁ、最新情報だ。王様達もルラン王国は"ラカヤン"を最初に攻めてそこを拠点にするだろうって考えてる。だからこの国の軍は今、ラカヤンに向かって移動中だ。国民達にはもう暫くの間秘密にするつもりらしい。が、国民達もバカじゃねぇ。少しずつ感付き始めている。今はまだいいが、本格的にバレた時、その絶望的な状況に対する"逃げ場所"として確実に聖女の名が上がる。厄介事に巻き込まれない為にも、これから先の道中は今まで以上の注意が必要だぞ、シルティ嬢」
「分かってるわ。だから、ここを経った後はマンリーニャまでなるべく人目を避けて行くつもりよ。まぁ問題は、確実に今まで以上に悪路となるであろう道程を聖女様達にどうやって納得してもらうか何だけどね。そこはユトに上手く聖女様を乗せて貰おうかと思っているわ」
「そうか。ちゃんと考えているならいい。引き留めて悪かったな」
「大丈夫よ。それじゃぁファーラ、気を付けて。また会いましょう」
「あぁ、そっちもなシルティ嬢。ご武運を、ってやつだな」
「えぇ、お互いに」
トン、と合わさった拳が離れたその瞬間、シルティーナはティルティンクルの後について駆け出した。
「元令嬢の華麗なる戦闘記」が書籍化する事になりました!!
詳しくは活動報告の方をご覧ください。




