エギド浄化 下
「シルティーナ様!」
「ティル」
子供の手を引きながら、それでも確実に魔物を倒していたシルティーナの元にティルティンクルがやって来た。
「町の奥から中央にかけての魔物はほぼ殲滅し終えました。主様は、この町の領主である男爵の屋敷に居る魔物の殲滅をミリアーネ様と合流して行うそうです。シルティーナ様の所の魔物の殲滅が終わったら一度聖女様の元に戻る様にと言付かりました」
「分かった。こっちはもう直ぐ終わるから、二人に気を付けてって伝えて」
「承りました」
ティルティンクルを見送ったシルティーナが子供の前に屈み込む。
「時間短縮の為に両手使うから、おんぶしてあげる。乗って」
「うん」
「しっかり捕まっててね。行くよ!」
背に乗った子供が落ちない様にと首に手を回させ、安定したのを確認してから駆け出した。
すれ違う魔物達を右手の剣で切り伏せ、左手の風魔法で吹き飛ばしていけば、ものの数分で辺り一面の魔物が殲滅された。
「ふぅ。粗方片付いたかな? えっと、"探索"」
パチン、と鳴らされた指を合図に瞬く間に風が辺りを吹き抜けて行く。
「ぅわっ!?」
暫くその場で動かないでいれば、町の中を駆け巡った風が戻って来てシルティーナ達へと吹き付けた。
「アハハ。ごめん、びっくりしたかな? 風達にね、町に魔物が残ってないか見て回って貰ったんだよ。アルとミリアーネ様が向かった男爵の屋敷に居る魔物以外は全て片付いたみたいだし、一端戻ろうか」
「うん」
背中から下ろした子供の手を引き町の入り口へと戻ったシルティーナ達の視線の先には、何やら揉めている様子の一行の姿があった。
「クロ、何があったの?」
「あぁ、戻ったかシルティ。あの娘が昨日連れてきた子供が町に飛び出して行ったのだ。お陰で子供を探しに行くと言ってわめきたてる。ユトが宥めてはいるが、何時までもつか……って、お前、そいつは、」
「あぁ、成る程ね。ほら、聖女様が心配してるよ。行っておいで」
「うん」
アカリの元へ駆け出した子供を見送ってシルティーナが息をつく。
「助けてやったのか? どういう風の吹き回しだ?」
「失礼ね、クロ。私だって人助けの一つや二つやるわよ」
「"無条件"にはやるまい?」
「ふふ。ねぇ、クロ。あの子には、世界は……この国はどう見えていると思う?」
両親に捨てられ裏切られ、それでも拾って助けてくれる人が居た。
危ない時に助けてくれる人が居た。
降りかかった"不条理"と、突き付けられた"現実"に涙しながら、それでも未だに無条件に心の底から他人を信じ、その手を取る事を選ぶ。
そんな彼にこの世界は、この国は、自分達は、どう写っているのだろうか……
「あの子はきっと、この国が好きよ。だから……そう、だからこそ、見届けて貰おうと思ったのよ。私達がこれからやる事を。この国の末路を。そして、全てが終わった後、あの子がどういった答えを出すのか知りたいのよ。だから助けた。それだけ」
親しい者からの裏切りに対して、自分と全く違った選択をした子供はならば、大切なモノ全てを他者に奪われた時、一体どんな選択をするのか知りたいと思ったのだ。
恨むのだろうか、憎むのだろうか。
それともやはり、許すのだろうか。
「彼の為に助けたんじゃないわ。私が知りたいと思ったから助けたのよ。そして、彼の選択次第ですぐ"さようなら"よ」
恨むのならば切り捨てよう。
憎むのならば見捨てよう。
許すのならば…………
「恐ろしいヤツ」
「誉め言葉として受け取っておくよ」
笑ったシルティーナにクロイツは苦笑して肩を竦めたのだった。
ーーー
ー
「それじゃぁアカリ、やろっか」
「うん」
シルティーナ達に遅れること数分。無事に男爵の屋敷に居た魔物の殲滅を終わらせたアルハルトとミリアーネが戻り、そこからティルティンクルに頼んで魔物の討ち漏らしがいないか最終確認を終え、残すはアカリによる浄化だけとなった。
ユトに付き添って貰い前へ出たアカリが浄化を始めれば、辺りは淡く輝く光に包まれる。
「きれー!!」
光に包まれたエギドの町から沢山の光の粒子が空へと登って行く。
空へ消え行く光の粒子を見ながら子供が声をあげた。
伸ばした手をすり抜け空へと登って行く粒子にキャッキャッと笑った子供。
そんな子供を見ながら、シルティーナは目を細めた。
「シルティーナ様」
「ティル、どうだった?」
子供に視線を向けたまま、町から戻って来たティルティンクルに問えば首を左右に振られる。
「シルティーナ様がおっしゃった民家へ行きましたが、結果はご想像されていた通り。悲惨なモノでした」
「やっぱりか。ありがとう、ティル。態々ごめんね」
「いいえ。この様な事ならばいくらでも」
礼をしたティルティンクルがアルハルトの元へと戻ったのと入れ代わりでクロイツが隣に立つ。
金の瞳が一度だけシルティーナを見やり、しかし何も言わずに戻された。
「あの子供の他にも置いて行かれた子達が居た様でね」
ポツリ、とシルティーナが言った。
「町を出る選択をしたのはあの子だけだったみたいで、だからあの子はさっき、危険と知っていながらも飛び出して他の子達の安否を確め様としてたんだよ」
「そうか」
「まぁ、そんな事は出来なかった……というか、私がさせなかったんだけどね」
魔物は人を襲う。人だけを、襲う。
あんなに魔物が闊歩している中で、何の力も持たない者の末路など想像に難くない。
「見せても良かったんだけどね」
その"現実"を見せてしまっても、シルティーナにとって何ら不都合はなかった。
「けど、それで"壊れ"ちゃったらつまらないじゃない」
自分が見たいのは全てが終わった後。シルティーナ達が全てを"終わらせた"後の子供の選択だ。
途中で"壊れ"てしまっては楽しみが無くなってしまうではないか。
「直接見ない分には、彼は"それ"を受け止めて、受け入れて進んで行ける様だからね」
楽しませて貰わなければ助けた価値がない。
そう言って笑ったシルティーナの視線の先には、やはり楽しそうにはしゃいで笑う子供の姿があった。
「"情"は湧かぬのか?」
「"同情"くらいなら、してあげてもいいわ。けど、それ以外をこの国の人間に抱く事などもう二度とないよ」
全ての"情"は2年前、彼等に踏みにじられ、切り裂かれ、ぐちゃぐちゃにされて捨てられた。
今更それらを拾って綺麗に繋ぎ合わせる事などしない。
今の自分は、それらを更に踏みにじり、切り裂き、ぐちゃぐちゃにしてから火をつけた結果だ。
かつて抱いていた"情"の全てを"憎しみ"という炎の糧にした。
だから、あの子供にも何も抱かなかった。
もしここに、かつての"公爵令嬢"だった頃の自分が居たならば、無条件に慈愛を振り撒き、"愛情"を注いで笑いかけ、"この子の為に"と動き回っていただろう。
けれど、そんな"シルティーナ・バルラトナ"はもう居ない。
今の自分が出来るのは"同情"が精一杯で、"自分が楽しみたいから"助けるだけなのだ。
「こんな主でごめんね、クロ」
「そんなお前だから我は契約したのだぞ、シルティよ」
「そうだったね」
笑ったシルティーナが光の粒子へと手を伸ばす。
当たった感触すらせずにすり抜けて行く粒子に笑みを深くしたシルティーナがポツリと呟いた。
「後、3ヶ所」
まるでカウントダウンの様に言われたそれは、隣に立つクロイツにだけ届いて消えたのだった。




