エギド浄化 中
ジッと真っ直ぐ、菫色の瞳がシルティーナへと視線を注ぐ。
昨日アカリが拾って来た子供は"マース"と名乗り、アカリが面倒を見ると決まってからずっと、事ある毎にシルティーナへと視線を向けていた。
「私、何かしたかな?」
「まぁ、第一声が"返して来い"だと印象は最悪なんじゃねぇか?」
「え、もしかして睨まれてるの? 嫌われたの?」
「と言うか、警戒されてるのだろう」
「警戒、ねぇ……いやだなぁ、あの瞳。苦手」
陽の光を浴びてキラキラと輝く菫色。
汚れを知らない、純粋で真っ直ぐな、裏切りも欺きも偽りも知らない、ただただ綺麗な瞳。
綺麗な、ココロ。
「彼には世界はどう見えてるんだろうね?」
「さぁなぁ。俺達にもあんな頃があった筈なんだが、今じゃさっぱり思い出せねぇな」
"汚れた"とは思わない。ただ、自分達は多くを"知った"のだ。それに合わせて自分達も変わるしかなかったのだ。
ーーー
ー
子供を背に庇いながら魔物を切り伏せ、シルティーナは今朝のやり取りを思い出していた。
自分に向く綺麗な菫色の瞳。
あの瞳が嫌で嫌でたまらなかった。
自分が随分と昔に捨てたモノだ。
本当なら、捨てなくてもいいモノだった。
無条件に誰かを信じる心も、伸ばされた手を何の疑いも無く握れる綺麗さも、本当なら全て、自分は持っていた。持ったまま生きていける筈だった。
「……所詮、戯れ言ね」
自嘲気味に笑ったシルティーナが最後の魔物を切り伏せて息をつく。
裏切られた時の絶望を、伸ばされた手の奥にある企みを、自分は知ってしまった。
知ってしまったからには、綺麗なままでは居られなかった。
そうして選んだのが今のこの場所だ。
この場所に居る自分に後悔も無ければ、過去の綺麗な自分に対する未練もない。
「だから、助けるつもりなんて無かったのよ」
「……ぇ、」
泣きじゃくる子供を見下ろしてシルティーナは顔を歪める。
「無力なくせに何をしに来た? 誰かが助けてくれるとでも思った? 聖女様みたいに。残念ながら、この世の中そんなに甘くはないのよ。弱い者は、守ってくれる者が居なければ死ぬだけよ」
「……」
涙に濡れた菫色がシルティーナを見上げる。
その瞳と目があって、シルティーナは更に顔を歪めた。
「あなたのその瞳が嫌い。綺麗で純粋で、汚いモノなんて知らなくて、ただただ真っ直ぐに光を宿すあなたの瞳が大っ嫌い。見ているだけで吐き気がする。見られていると分かると抉り取ってしまいたくて仕方ない」
ギリッ、と噛み締めた奥歯から音がした。
感情の昂りに伴って体から溢れた魔力がシルティーナの髪を揺らす。
「泣いていないで立ちなさい!!」
「ッ!!」
シルティーナの言葉に体をビクつかせ、それでも慌てて立ち上がった子供が袖で涙を拭う。
「家族に捨てられそれを理解しても尚、その瞳から光が消えないのなら、誰かを無条件に信じられるというのなら、」
感情に任せて早口に言った後一度言葉を区切ったシルティーナは大きく深呼吸して、そしてひどく優しい声音で吐き出した。
「あなたはそのままで生きなさい」
「……え?」
そうだ。本当は理解していた。
この子供に対して感じる嫌悪や怒りは、自分が諦めて捨てたモノを、家族に裏切られたと知っても尚捨てなかった彼に対しての羨望の裏返しだったのだと。自分が決して出来なかった事を、この子供はやってのけたのだ。
選んだ今に後悔はない。
過去の自分に未練もない。
それは偽らざる本心だ。
けれど、思ってしまうのだ。思ってしまったのだ。この子供と出会って。
もしかしたら自分も、この子供の様に綺麗に真っ直ぐ生きられたのかもしれないと。そんな選択肢があったのかもしれないと。
「まぁ、でも。それを選ばなかったのが今の私だから、やっぱり後悔も未練もないのは本当。だけど、ねぇ、だからこそ、あなたはそのままで生きなさい。歪まず汚れず穢れず真っ直ぐに」
家族に捨てられ裏切られても、世界に虐げられ奪われても、真っ直ぐに、光を宿して。
「裏切られたら傷付いて、虐げられたら泣いて、利用されたら怒って、助けられたら感謝して、守ってもらったら礼をして、笑って貰えたら笑い返しなさい」
「……」
裏切られる前に裏切って、虐げられたら倍にして返して、利用されたら利用し返して、助けられても疑って、守ってもらっても警戒して、笑って貰えても無で返す。
そんな、自分みたいな選択は決してしないように。
「さて、勝手な希望はこのくらいにして。あなた、一体何しに来たの?」
「……ぁ、あの、」
「ん? 君の家?」
「うん」
急な話題の切り替えに若干着いていけていない子供が戸惑いながらも指差した先には民家が一つ。
「僕の他にも置いて行かれた子がいて、みんなでどうしよっかって話して、僕だけが父ちゃん達が行った方に行くって町を出て、他の子達はここに残ったんだ」
「……そう」
つまりは、この子供以外にも口減らしとして置いていかれた子供が居たということだ。
その子達と今後どうするか話し合った結果、彼だけが両親の後を追うと決意して町を出たのだろう。
だから彼は、変わり果てた町の様子に居ても立ってもいられなくなってアカリ達の元から飛び出した。
けれど、きっともう、その残った子供達は……
「……」
シルティーナは子供の手を引いて歩き出した。
半ば引き摺られる様にして歩き出した子供は、十歩ほど歩いた所で鼻を啜り出し、十五歩程でしゃくりあげ始めた。
それでも決して立ち止まろうとはせず、先程自分が指差した民家の中を見たいとも言い出さなかった。
それが、まだ幼い子供の前に突き付けられた現実であった。
「現実を受け止めなさい。現実を受け入れなさい。そうして、自分で道を選ぶのよ。後悔しないように。二度と繰り返さないように」
「……うんっ!!」
涙ながらに頷いた子供の頭をシルティーナが優しく撫でた。




