国内戦線
カツン、と広い廊下に靴音が響いた。
中庭を囲む様に伸びる廊下の一角を、見るからに上等だと分かる服を着てジンは歩いていた。
濃紺色の髪と瞳に映える白を基調とした装いは、胸に"ルラン王国"の紋章が刺繍されている。
手に持っている紙の束に目を通しながらも、その足取りは真っ直ぐで危なっかしさの欠片もない。
そうして、長いコンパスを惜しみ無く活用しながら歩いていたジンが不意に顔を上げ前方を見据えた。
廊下の前方。ジンの進行方向に、まるで行く手を阻むかの様に廊下を占領する一つの集団。
その先頭に立つ男の着る服の胸にはジンと同様に"ルラン王国"の紋章が刺繍されている。
「これはこれは、お前が王宮に居るとは珍しいな、我が親愛なる義弟よ」
「ご無沙汰しております、愚兄様」
集団を引き連れて寄って来た男にジンが頭を下げた。
発せられた言葉に当てられた意味など理解出来ていない目の前の男に、ジンは顔を下げたままほくそ笑んだ。
目の前の男の名は"リオル・ルランバルド"。
"ルラン王国"の第一王子である。
名義上ジンの"兄"に当たるのだが、勿論彼等に血の繋がりなど一切ない。
他の王子、王女は少なくとも"父親だけ"は同一人物であるはずだが、事ジンに関してだけ言えば"ルランバルド王家"との関係性は正しく"赤の他人"であった。
「王族ともあろう者が共もつけずに出歩くとは。いかな王宮内とて安全とは言い切れないのだぞ。何時何処でその命が狙われるかも知れんのに」
「それは例えば、」
リオルの言葉に口元だけ笑みを浮かべたジンが視線を中庭へと向け、
「あそこの木の上や、」
次いで背後へと視線を移す。
「そこの物陰から私を狙っている者達の様な存在の事ですか? それとも、」
正面に戻した瞳に僅かに顔を強ばらせるリオルが映った。
「今にも剣の柄に手をかけそうなあなた様の護衛の者や、明らかに雰囲気が侍女の其れではないそこの女の事ですか?」
「なっ!?」
走った動揺にジンの瞳が剣呑に光る。
あぁ、愚かしい。
「ふっ、」
「何が可笑しい!?」
「ご心配には及びません、愚兄」
「は?」
「私の付き人達はとても優秀なのです」
パチン、と鳴らされた指の音が広い廊下に響いた。
「……」
「? なにを……」
響いて、それだけだった。それだけに思えた。
ジンの指が鳴る前とその後では何も変わっていなかった。
目に見える部分では何も変わっていなかった。
けれど……
「ご安心を、愚兄。我等の命をこそこそと狙う不届き者は今しがたその存在を消しました」
「なっ、」
「雇い主を調べ上げ、彼等の骸はその者に返却致しましょう」
「ま、待て!」
「何も心配はいりませんよ。今後二度と同じ様な事が起こらないように最善を尽くしますので。例えどの様な者が雇い主であったとしても、ね」
クスクスと楽しそうに笑ったジンにリオルの顔からみるみる血の気が引いていく。
「っ、行くぞ!!」
グッと一拍言葉に詰まり、次いでリオルから発せられた言葉は子供の駄々と似たような色を含んでいた。
「ふ、はは。何処までも愚かしい。あれならまだ、アイツに付き従っている者達の方が幾らかましだな。俺が示唆した後からだが、お前達の気配に気づいていた。どう思う?」
早足に去っていく集団を一瞥し再び歩き始めたジンがそう問えば、その後ろに音も無く一人の男が現れた。
「どうも何も、自らの雰囲気すらまともに偽れないのであればまだまだです。そもそもジン様に言われるまで気付きもしないなど、"その道の者"としては論外です」
黒いローブを目深に被り、平淡な声音で話す男の表情は窺えない。
「辛辣だな。お前等の存在に自ら気付ける者など世界広しと言えど一握りしか居ないだろうに」
「それでも我等の本業はあくまで"傭兵家業"。それを"本職"の者達が気付けないなど……」
呆れます、と。やはり平淡な声音で言われてもその呆れはあまり伝わって来なかった。
そんな男に肩を竦めたジンは、再び手に持っている紙の束へと視線を落とす。
傭兵ギルド"双翼の剣"内に置いて、そのメンバーは個々が持つ戦闘スタイルによって幾つかのグループに分類されていた。
攻撃距離を問わず、主に武器を使って戦闘を行う"戦士"。
主に魔法を使って戦闘を行う"魔法使い"。
後方にて知略、戦略、策略を巡らせる"指揮官"。
そして、諜報や潜入、暗殺を得意とする"暗殺者"。
ギルド総出で事に当たる時には、この4つのグループを基本としてバランスと効率を考えたチームや作戦が組まれるのだ。
そのグループ分けに置いて、黒いローブの男を始めとした、未だに姿も気配も現さずに待機している数名の者達は"暗殺者"に所属していた。
「あの者達はどうします? あなたの言う通り、雇い主に返すことも可能ですが」
「それが"そいつ"と分かる物を一部だけ返してやれ。後はお前達に任せる」
「分かりました」
ローブの男が一つ頷いて瞬く間に姿を消す。
それに伴って更に一人分の気配が消え、二人分の気配がジンの側に残った。
「カミーナに報告を。こちらの準備は整った、と。あぁ、後これを持って行け。今回の戦で"双翼の剣"に割り当てられたそれぞれの配属先だ」
バサリ、と無造作に背後に差し出されたのはジンが持っていた紙の束だ。
それを、先程の男と同じく音もなく現れた人物が受けとった。
「上手いことバラバラに配属してくれたな」
「当然だ。俺の意見がこの国に置いて通らない事は先ずない。その為に十年以上もこの国の為に動いてやったんだからな。"双翼の剣"の戦力の約半数を貸してやると言ったら喜び勇んで飛び付いて来たぞ。それぞれ大体4、5人ずつで分けられている。メンバーは此方の希望を通しておいた。配属先まで希望すれば流石に怪しまれるからな、そこは向こうの好きにさせた。後はカミーナに任せる」
「了解。ジン様の配属は?」
「中央軍、総司令部の"警護部隊"だ。俺だけ単体で"第二王子"として王の側に控えとけとのお達しだ」
「王様のお側かいな。えらい警戒されてんなぁ」
「"第二王子"は信じていても、"双翼の剣"は信じきれないんだろう。半数以上の力を借りるならば、"もしもの時"の為に"人質"を側に置いときたいという心積もりだろうな」
いつ裏切るやもしれない"敵"を"味方"として抱え込まないと勝てない戦をこの国はしようとしている。
隣国である"リディーラン王国"の緑豊かな土地と多くの恵みをもたらす穏やかな海。寄航しやすい海流に囲まれた港はあらゆる国の貿易船が行き来する。そんな、多くの富を持つ国が欲しくて欲しくてたまらなかったのだ。国土の半分が砂漠に覆われ、海に面している地の殆どが断崖絶壁であるこの"ルラン王国"は。
しかし、小国で魔法はそこまで発展していない国ではあるけれど、その代わりに抱える兵士達の剣の腕は中々の物であり、特に5年程前に騎士団長が変わってから新たに作られた平民出の騎士達で構成された騎士団長直属部隊"特務遊撃隊"の実力は他のどの部隊をも凌ぐと言われている。
そんな国に同じく小国に数えられ、しかしその兵力差は歴然としている"ルラン王国"がいくら挑もうが無謀というものであり、けれど欲しいものは欲しい。さてどうしようか、という所で入ってきた吉報。
"リディーラン王国に魔物が現れ国の治安が乱れ、王政が崩れ始めている"という報告にルラン王国の王は今が好機と挙兵した。
しかし、だからといって勝てる程に弱い国ではない。ならば、と彼等が欲した力の先に居たのが、自国の第二王子が所属している傭兵ギルド"双翼の剣"であった。
そもそも、リディーラン王国に関する吉報を持ってきたのは他の誰でもないジンであり、だからこそ王は彼に戦に勝つ為に力を貸すようにと言ったのだ。
王の言はすんなりと受け入れられ、ならば"双翼の剣"の半数以上を貸してやると言われた。
報酬は戦に勝ってから、ギルドを代表して一つだけジンが請求すると言う事で話は纏まり、ルラン王国は個人で一騎当千以上の実力を持つ者達を40名近く自国の戦力にすることができたのである。
上手い話には裏がある。とはよく言ったもので、だからこそ王も警戒は怠っていなかった。
力を借りると言っても彼等は無国籍ギルドの者達であり、必ずしも全面的な"味方"である訳ではないのだと言うことは十分に理解していた。
故に、"第二王子"として王家に名を連ねているジンを戦の間は自分の側に置き、彼等が下手に手出し出来ない様にしたのだった。
「アイト達もそろそろ戻って来る頃だろう。エレインに動き出す準備を整えていろと伝えろ。こちらと共に動く者達は後日迎えが来るだろう。あいつ等の事だ、抜かりはないだろうが最終確認はしっかり行っておけと」
「はいよ」
「さぁ、精々楽しませてくれよ」
言われた言葉は果たして"どちら"に対してのモノだったのだろうか。
カツン、と響いた靴の音が消える頃には広い廊下にはジンの姿も無くなっていた。




