エギド浄化 上
最悪だ、とシルティーナは内心で呟いた。
眼前に立ち並ぶ複数の魔物。
自分の後ろにはぐしゃぐしゃな泣き顔の子供。
最悪だ、と再び心の中で呟いた所で状況は変わらない。
「あぁ、本当に最悪だ……」
言葉にして呟いたその一瞬後、シルティーナは地を蹴った。
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一行が"エギド"の町を視認出来たのは太陽が真上に差し掛かった時だった。
河沿いに数キロ広がる町を囲む外壁は民達が逃げる時に崩そうとしたのだろう、所々ヒビが入り欠けている。外へと繋がる外門は壊され、全く意味を成していなかった。
「うわぁ、こりゃまたウヨウヨと御大層なもので」
町の外に居た魔物を先に殲滅し、周りに結界を張ってから外門ーだったものーの前に立つ。
視界に捉えられるだけでも軽く30は越えている魔物の数にアルハルトか精気のない声で呟いた。
「俺もシルティも今回は"複合魔法"使えないからな。すっげー面倒だが、地道に殲滅していくしかないか……」
「な、なんで使えないんですか?」
「"町"と"村"ではその広さもそうですが、そこにある建物の数や建っている間隔が違います。流石の私も、"町"程に建物が多く、建物同士の間隔が狭い場所での"複合魔法"だと、ある程度の損害を視野に入れないといけないのですよ」
「まぁ、別にそこまで気を使ってやる必要も無いんだが、それで後からヒステリー持ちの聖女様にグチグチ言われる方が面倒臭いし、そこから更にまた面倒な事になるのはごめんだからな」
またどこぞへ逃げられたら今度こそぶん殴ってしまいそうでな、と笑うアルハルトに同意を示すクロイツ。
「"魔物が壊した"って言えればいいんですけど、不思議な事に彼等は人間以外には見向きもしないですからね……」
「じゃ、じゃぁ、アルハルトさんの"複合魔法"は?」
「あー、俺のはもっとダメだ。俺はシルティみたいに魔力コントロールが上手くないし魔力も多くないからな、ここら一帯の目に見える物全てを細切れにして、その後5日間程寝込む事になっちまう」
「と言う諸々の理由から、今回は地道な方法で行きます」
「俺とティルは町の奥から殲滅していくからな」
「了解」
風を足に纏わせて屋根伝いに町の奥へ向かって行ったアルハルトを見送り、シルティーナはさて、と息をついた。
「クロは聖女様を守ってね。ミリアーネ様は私と一緒に魔物の殲滅をお願いします。聖女様はクロから離れないでそこで大人しくしていて下さい」
「了解した」
「わ、分かりました」
「別にあなた達に守って貰わなくても私にはユトが居るわ! ね、ユト?」
「そうだねアカリ。君はボクが守ってあげるよ」
「……どうでもいいので、取り合えずそこで大人しくしててください。ユトさんも、聖女様を守りたいのでしたら好きにしてくださって結構ですが、私達の邪魔はしないようお願いします」
シルティーナ達に気付いた魔物達が距離を詰めてくる中で行われたどうでもいい茶番劇を流して、シルティーナは剣を抜く。
飛びかかって来た一匹の魔物を切り伏せたのが合図だった。
次々に襲いかかる魔物を時には魔法で、時には剣で、撃ち抜き貫き叩きのめして、気付いた時には動ける魔物は一匹も居なくなっていた。
「ふぅ……私はちょっと町の中を見て来るから、クロは聖女様をお願いね」
「ぁ、なら、私は反対の方向を見て回ります」
「お願いします。くれぐれも気を付けて」
「はい」
互いに頷き合い、逆方向へと駆け出したシルティーナとミリアーネ。
町の奥からはアルハルトとティルティンクルによるものと思われる竜巻が立ち上っていた。
「まったく、無駄に数が多いわね……人口と関係があるのかな? うーん、"魔物"については情報が少ないからなぁ……」
町の中を走りながら襲い来る魔物を切り伏せてシルティーナはぼやく。
"魔物"について分かっている事と言えば、国が荒れると人の住む場所に何処からともなく現れ、人間に害をなし、"穢れ"を振り撒くという事だけ。
それにより穢れた土地は向こう数十年はあらゆる生命の宿らぬ土地となる。
と言っても、魔物がまだその土地に"居る"状態ならば穢れは完全ではなく、生身の人がその土地に踏み入ろうとも何ら問題はない。
しかし逆に、魔物が既に"消えた"状態の土地であったなら、踏み入れた人間はその穢れにより死に至るのだ。
「穢れを振り撒いているくせに、そこだけ聞くとまるで穢れを抑制しているみたいなのよね……はぁ、一匹くらい捕獲出来ればいいのに」
悩ましげに息をつきながらも魔物を切る事は忘れないシルティーナ。
剣についた魔物の血……と言うには黒ずみ、まるで墨の様なソレを振り払い、今しがた切り捨てた魔物へと視線を落とせば、端から霧散していくソレにやっぱりか、と再び息をついた。
魔物は突然現れる。そして突然消えるのだ。
生きているモノは、まるで最初からソコには何も無かったかのように。
死んだモノは、体の端の方からまるで消滅するかのように。
切り捨てた時についた血ですら魔物と共に霧散していくのだ。
「そりゃ文献も少ない訳よね。ここまで綺麗に"無く"なられちゃ、調べる事も出来ないわ」
シルティーナが居る場所とは反対側で光の柱が登った。
「ミリアーネ様は流石ね。普段はあぁなのに、戦闘となると積極的で驚いちゃった」
飛びかかって来た魔物を風の刃で吹き飛ばし、シルティーナは歩みを進める。
「ふぅ、丁度町の中央って所かな……って、え!?」
町の広場が見えた事で大体の位置を憶測したシルティーナの視界の端を小さな影が横切った。
「…………冗談、でしょ」
シルティーナの見間違いでなければ、その影はつい昨日アカリが拾って来た男の子であった。
「何で此処に居るのさ!?」
自分がクロイツ達の元を離れる時は確かにアカリの後ろに隠れて縮こまっていた。
ならば何故、彼は今此処に居て、あまつさえ自分を追い抜いて町の奥へ向けて駆けて行ったのか。
「はぁ、知らないよ……面倒は見ないって言ってるし、この場合、あの子供に何かあっても双方とも"自業自得"でしょ」
自分で"守る"と言っておきながら、こんな場所に子供に一人で来させるアカリも。
危険が待っていると知りながら、こんな場所にその身一つで来た子供も。
どちらも"自業自得"である。
思考を切り替える様に目の前の魔物へと意識を向けたシルティーナの耳に、恐怖に彩られた叫び声が入って来た。
「…………あぁ、もう!! まったく!!」
苛立った様に叫んだシルティーナが声の聞こえて来た方へと身を翻す。
途中すれ違う魔物達を切る事も忘れず、それでも全力で駆けたその先に先程自分を追い越して行った子供の姿と、彼に牙を剥く魔物を確認したシルティーナは内心で舌打ちした。
最悪だ。
何から何まで全てが。
これから自分がとる行動も含めた全てが最悪だ。
「ふざけんな」
思わず口からついて出た悪態は、子供に襲いかかる魔物を切り伏せる事で向ける矛先を無理矢理変えた。
「……」
苛々と収まりのない心境は深呼吸を繰り返して静め、それでももう一度だけシルティーナは内心で呟いた。
本当に最悪だ、と。




