残された子
「元居た所に戻してきなさい」
仁王立ちでそう言ったシルティーナの厳しい視線から逃れる様にユトの後ろへ隠れたアカリ。
そのアカリの右手には、小さな手がしっかりと握られていた。
「どうして水を汲みに行っただけで子供を拾って来れるんですか? 今の私達に子供の面倒を見る余裕なんてありません。返してきなさい」
「ま、まぁまぁ、シルティーナさん。扱いが犬猫のそれと同じになってるよ。ちょっと落ち着いて」
「犬猫より質の悪いモノを拾って来といて落ち着けとはどの口が言うのですか、ユトさん。何で止めなかったのです?」
「いや、一応反対はしたんだよ。けど、どうしてもって言われちゃって……」
「どうしてもと言われて子供一人を連れ帰る物好きがこの世に居たとは驚きです。出来れば、その物好きはもう少し私達の役に立つ所で発揮して欲しかったですがね」
吐き出された溜め息にユトの後ろへ隠れていたアカリが不機嫌を露にした顔を覗かせる。
「そんな言い方しなくたっていいじゃない。こんな小さな子供が河辺に一人でポツンと座ってたら話しかけるのが普通でしょ。親が居ないって言うから連れてきただけじゃない。返してこいなんて、あんまりよ」
「アカリの言う通りだ。この国の民を助けるのが俺達の役目。子供一人救えず聖女の護衛とは甚だ可笑しな話ではないか」
「可笑しいのはあなたの頭です、フラクト様。ちょっと黙っててください。邪魔です」
「なっ!! 俺を誰だと思っているのだ!?」
「今更ですか? リディーラン王国第一王子様。けど残念ながら、私達はギルドの者ですので、あなた様がどこの誰であろうが関係ないんですよ。そもそも私達の役目はあくまでも"聖女様の護衛"だと何度言わせるのですか。いい加減覚えてください。鳥頭ですか? 3歩歩いたら忘れるんですか?」
「……っ、」
シルティーナの淡々とした毒舌にフラクトが押し黙る。
その様子を少し離れた場所から見ていたアルハルトとクロイツは同時に長い溜め息を吐き出した。
「あー、シルティの奴相当頭にきてんな、あれ」
「ここまでの道中を考えれば致し方あるまい」
「まぁな。うわぁ、面倒臭いけどあのままじゃ話進まなそうだしな……行くか」
心底面倒臭そうに進み出たアルハルトを見送ったクロイツはルフハナ村を出た後からこれまでの道中を振り返る。
ルフハナ村を出たのは20日程前の事だ。次の目的地は"エギド"と呼ばれる河沿いにある漁業と穀物の栽培を主な収入源とする男爵領であった。
途中にある村を幾つか中継し、旅慣れしていない者達のためにゆっくりとした速度で進んで行き、やっと明日には目的地に着くという段になって持ち込まれた問題。
ルフハナ村を出てからこれまで、ユトにべったりなアカリに対して一番に不満を露にしたのはフラクトだった。と言うよりも、フラクトのみが不満を露にした。
しかし、ユトにケチを付けようものならアカリがユトを庇い、そのアカリをユトが宥めるのだ。フラクトの不満は溜まる一方である。
そして、その溜まった不満を発散する対象として矛先が向けられたのが他の旅のメンバー。特に2年前国外追放にまで追いやったのに、平然と自分の前に姿を表しあまつさえ元婚約者の自分に対して無関心と言っても過言ではない態度をとるシルティーナへとその矛先は大きく向いた。
何かにつけてはシルティーナの行動に対して文句を言い、適当に聞き流せば癇癪を起こして所構わず喚き散らす。
終いには剣を抜いてシルティーナに勝負を挑み素手で簡単に捩じ伏せられ、その直後何事か喚いたかと思えば攻撃魔法を狙いもつけずに打ち始める。
喚く度にテドラが何とか静めようとし、シルティーナに向いていた矛先がテドラへ向く事もしばしば。
完全に情緒不安定。寧ろ、頭が可笑しくなってしまったのではないかと半ば本気で思ったシルティーナ達が、これから先の事を考えれば今の内に消しといた方がいいのではないかという話し合いをし始めた時に待ったをかけたのはアカリであった。
彼女曰く、
「慣れない旅で疲れが溜まってきただけなのに、見捨てるなんて酷いじゃない! きっと彼なら乗り越えられるわ!!」
だそうで。
この時ばかりはシルティーナが思わず自身の剣の柄に手を置いても誰も止められなかった。
理性という理性をフル動員させて何とか剣の柄から手を放したシルティーナがそれはそれは良い笑顔で、
「流石聖女様はお心が広い」
と言った時、アカリとフラクト以外のメンバーは内心冷や汗が止まらなかった。
そんなこんなで、フラクトの傍若無人な態度にシルティーナ達は耐えて耐えて耐え続けて来たのだ。
その間、シルティーナ達が考えた"事故に見せかけたフラクトの消し方"はとうとう50を越えた。
シルティーナに至っては、"元"がつくとはいえフラクトと婚約を結んでいた事が黒歴史へとなった程である。
そうしてやっと目前まで辿り着いた次の穢れた土地"エギド"。
魔物の殲滅を行う時に本気でフラクトを消してしまおうかと目論んでいたその矢先、まるで先手を打つかの様にアカリが拾って来た子供。
シルティーナのアカリやフラクトに対する対応が底冷えするくらいに冷たくなってしまっても致し方ないというものである。
「人間とは良く分からぬ生き物だ……」
そう呟いたクロイツにミリアーネが無言で頷いた。
ーーー
ー
「よぅ、坊主」
シルティーナ達の元へとやって来たアルハルトは、剣呑な雰囲気漂うその場に縮み上がってしまっている子供へと声をかけた。
「……」
背後から突然かけられた声に驚きで固まった子供の前へ回り込み、視線を合わせるべく屈む。
その段になって漸く、子供は自分の目の前に来たアルハルトの存在に目を瞬かせたのだった。
「お前、親が居ないって孤児か?」
アルハルトの言葉に子供が左右へと首を振る。
「父ちゃんと母ちゃんどこ行った?」
「……」
再び左右に首を振った子供にアルハルトは首だけで振り返りシルティーナと目を合わせた。
「口減らし、か」
「まず間違いなく、ね」
ついて出た溜め息は重い。
「どういう事?」
今一事情が掴めていないアカリの問いには答えず、頷き合った二人は視線を子供へと戻す。
「坊主、お前今幾つだ?」
「4つ」
「上に兄ちゃんか姉ちゃんが居るか?」
「うん、兄ちゃんがいるよ」
「兄ちゃん幾つだ?」
「6つ」
「兄ちゃんも母ちゃん達と一緒に居なくなった?」
「うん……」
「坊主、お前の家があるのはどこだ? ここから近いか?」
「うん。"エギド"ってところ。ここずっと向こうに行くの」
"向こうに"と言って指差されたのは、シルティーナ達がこれから向かう方角であった。
「確定、だな」
「そうね」
「ねぇ、どういう事なの?」
再び頷き合った二人に今度は少し強めに問うて来たアカリ。
そんなアカリに向けられた二人の視線は、呆れがふんだんに含まれていた。
「ここまで情報が出揃ってまだ分からないのか?」
立ち上がったアルハルトが視線だけでなく態度にまで呆れを含ませて肩を竦める。
「私達がこれから向かうのは"エギド"の町です。その子供の家がある町です。けど、そこはもう穢れにより人の住めぬ土地となっている」
「さて、ここで坊主の言ってた事を思い出せ。坊主は言ったな? 親が居ないと。けど、それは孤児という意味じゃなかった。つまり、親はエギドを出て何処かに避難したんだ」
「じゃぁ、その時に親とはぐれちゃったの?」
「あー、違う違う。どんだけ平和思考なんだよ。はぐれたんじゃない。置いて行かれたんだ。口減らしとして」
「口減らし? なに、それ?」
「おぃおぃ、そこからかよ? まぁ、今回みたいな件で使うなら、"自分達が生きる為に家族の誰かを切り捨てる"って事さ。そして、この坊主はその"切り捨てられる"方に選ばれた」
「何でそんな……」
「何でも何も、自分達が生きる為ですよ。以前の山賊達も言っていたでしょう? 穢れにより住んでいた土地を離れないといけなくなった人達を受け入れてくれる場所なんて無いに等しいんですよ。どの村も町も自分達の食い扶持を得るだけで手一杯なんです。他人になど構ってられない。なら、少しでも人数を減らすしかないじゃないですか。自分達が食べられる量を増やす為に。受け入れてくれる場所を増やす為に。そうやって"減らされる"方に選ばれたのが彼です」
「何で? だって、自分達の子供じゃない……」
「自分達の子供だから、ですよ。それに、彼は二人兄弟の末っ子です。上に、この子よりも大きく働き手になる子供が居れば、こういう時、下の子は必ずと言っていい程切り捨てられます」
「そんな……」
「この世界はな、聖女様。決して綺麗じゃない。美しくも、優しくも、慈悲深くもない。ただただ醜く、残酷で不条理で無慈悲だ。けどな、これがこの世界さ。あんたは今まで安全で暖かな城の中から、自分が思い込んだ理想の"世界"を見ていただけなんだよ。いいか、良く見ろ。目の前に居るその存在はな、あんたが拾って来たその存在はな、この国の"現状"だ」
「……」
「まぁ、まだ命があるだけいい方だけどな。その坊主の親は、最後の最後で"優しさ"を残した。"生きてさえいれば"という希望にすがった。それが、その坊主が最後に親から貰えた"愛情"だろうな」
「私、どうすれば……」
「拾ったからにはそれなりの責任を持て。ただし、連れては行けない。意味、分かるか?」
「……め、面倒は私が見るから!!」
「は?」
「ご飯も私のを分けてあげる。だから、連れて行く! いいでしょ?」
「連れては行けないって言っただろーが……」
「……私達の旅に何れだけの危険が伴っているか分かっていてそれを口にしているのですか?」
「分かってる! けど、いいじゃない!! 私のやる事に口だしする権利はあなた達には無い筈よ!」
「……確かに。いいでしょう。ただし、待遇はそこの王子様や騎士様たちと同じです。私達はその子を守らないですし、あなたを守るのに少しでも邪魔だと感じたなら、その時点で切り捨てます。いいですね?」
「分かったわ」
まだ汚れを知らぬ純粋な瞳が、目の前で疲れた様に息を吐くシルティーナをただ真っ直ぐに見つめていた。




