未来視の魔女
「到着!」
久方ぶりに降り立った大地にクラリナはグッと伸びをして笑顔を浮かべた。
「何か久しぶりに来たっスけど、ここからじゃあんまりはっきり見えないっスね、"マンリーニャ"」
「うーん、うちも2年ぶりだけど、前ならここからでもはっきり町の出で立ちが分かったんだけどねぇ。穢れのせいで黒い靄がかかっちゃってるね」
数キロ先に視認出来る町。
しかしその町はまるでそこだけ影がかかっているかの様に薄暗くボヤけている。
「リディーラン王国最大の港町、"マンリーニャ"が今や魔物の巣窟で穢れた土地か……」
「まぁ、人が居ないなら手っ取り早く制圧出来ていいっスけどね」
「その代わり魔物の殲滅と穢れをどうにかしないといけないけどね」
「それはそれで面倒っス」
「ま、何はともあれ"マンリーニャ"は手中に納めとかないといけない場所だったし、チャチャッと終わらせようか。マイラ」
クラリナの呼び掛けに彼女の眼前の空間が歪みそこから赤と青に燃え立つ炎を纏った巨大な鳥が現れた。
クラリナの使い魔である"不死鳥"の"マイラ"だ。
「何用ぞ?」
「あの町の魔物を一掃してほしいんだけど」
「意のままに、我が主殿」
クラリナの言葉にまるで人間の様に恭しく礼をとったマイラがバサリ、と力強い羽ばたきでマンリーニャへ向かう。
「さて、じゃあマイラが帰って来るまでちょっと待ってようか」
「そんなのんびりしてていいんスか?」
「いいんだよ。マイラは優秀だから、きっと魔物を一掃した後に結界を張る事までしてくれるからね。私達の出番は今回は無いよ」
「マイラさんパネェっス」
「うちの使い魔だからね」
そう胸を張ったクラリナ達の先、マンリーニャの方で幾度か爆発音が響いた。
「始まったみたいっスね」
「複合魔法でやれば早く片付くんだろうけど、あれ疲れるからねぇ」
「あー、分かるっス。複合魔法やった後って何にもしたくないっスもん」
「もうちょっと主に優しい魔法が欲しかったよ」
「広範囲で威力大の魔力消費量の少ない魔法っスか……無い物ねだりっスね」
二人揃ってため息をついた所で一際大きな火柱がマンリーニャから上がる。
「そういえば、ここって2年前にシルさん迎えに来た場所っスよね?」
「お、覚えてたか。そうだよ。まぁ、正規の港じゃないから普通は停泊禁止の場所なんだけど、2年前も今も、やんごとなき事情により、ってね」
「まぁ、今は穢れで港に停泊どころじゃないっスし、2年前は2年前で国外追放された令嬢さんの"お迎え"だったっスもんね」
「あー、あれは酷かったよねぇ。こっちはちゃんと追放船の人達を丸々雇って後は連れて来られたシルティを乗っけて"止まり木の盾"まで行けばいいって所まで準備してたのに、まさかのシルティを港にまで送り届けないで自国内にほっぽり出すなんて流石のうちでも読めなかったよ」
「焦ったっスよね、マジで。俺もクラさんもジン様も、他の"二つ名持ち"は全員依頼を請けてて不在だったからどうにも出来なかったし、マスターはマスターでルラン王国の王様達にお呼ばれされてる最中だったっスもんね」
「本当、リディーラン王国の中でシルティが作ってた"味方"の人達が国にバレない程度に手助けしてくれ無かったから彼女死んでたかもね……」
「そしたら俺達がジン様に殺されてたっス……」
「だね……満身創痍のシルティを見ただけでルラン王国にある支部を半壊したからね、あの人。けど、うん。あの時は本当に、シルティには悪いことしたと思うよ。もうちょっと先を読んどくべきだった。"先見の魔女"の二つ名が泣くよまったく……」
そう言ってクラリナはその綺麗な黒髪を乱雑にかき上げた。
"クラリナ・ハミューリー"に付けられた二つ名は"先見の魔女"である。
それは、世界の多くの者が知っている事実であり、実際に彼女を知っている者からしてもその二つ名は彼女にこそ相応しいと言える程であった。
けれど、その"多くの者"は知らないのだ。
彼女の"能力"はあらゆる場面の先を予測し、推測し、憶測し、それに対する数多の対策を提示し、執行し、実行するだけのものでは無いのだと。
彼女、クラリナ・ハミューリーの本当の"能力"は"先見"ではなく、"未来視"である。
視る未来の選択は出来ないが、彼女に関わる物事、人の未来を視る事が出来るのだ。
そんな彼女が視たシルティーナの"未来"は何とも哀れなモノだった。
「幼い頃からの婚約者に、血を分けた兄弟。心を許せる従者に、敬愛していた国王。笑いあった友に、慈しんできた国民。それら全てをたった一人の異世界から来た"余所者"に奪われる。それまでずっと、あらゆるモノを犠牲にして築き上げて来た"公爵令嬢"としての全てを、何の犠牲も払わずに、ただ"異世界人"というだけで庇護され、容認され、愛される者に持ってかれる。それは、この上ない屈辱だろうね」
それでも、その"結末"は変えられないと分かっていた。
例えば、大敗するという"未来"が視えた闘いなら、クラリナは自身が持ちうるあらゆる力と頭脳を駆使して大勝へとその"結末"変える事が出来る。
例えば、共に戦地を駆け抜けた友の死という"未来"が視えたなら、クラリナは自身が持ちうる全ての人脈と戦略を巡らせてその命を救う"結末"へと変える事が出来る。
けれど、シルティーナの"未来"ではそれが出来なかった。
「うちがどんなに力を誇示し、頭を働かせて、あらゆる人を頼ろうと、人の気持ちまでは動かせない。シルティにも言ったけど、彼女の"未来"には人の気持ちが関わりすぎてた。だから私は"提案"したんだよ」
「"提案"っスか?」
「そう、"提案"。不思議な事にね、シルティの未来には二つの"結末"があった。一つは、王家に対する裏切りと反逆を企てる危険因子とされての"死刑"。もう一つは、被せられた罪は同じだけれど"国外追放"となるモノ。だから取り合えず、もう"それまで築いて来た全てが無になる"って未来は受け入れて、せめて"結末"だけはこちらの望んだモノに出来るように画策する事を"提案"したんだよ」
最悪な事にならない様に。
そこでシルティーナの命が終わらない様に。
生き残る事を優先した。
「けど、まぁ、沢山の手回しをしながらもね、彼女は……シルティは"そうならない"事を願ってた。"未来"に関わる沢山の人達を信じてた。自分がそれまで築き上げて来たものを信じてた」
突きつけられた"未来"は余りに残酷だったけれど、それでもシルティーナは一縷の望みを捨てきれなかったのだ。
「ねぇ、レイン君、想像できる? 裏切ると分かっている人達を、それでもその瞬間まで心の底から信じて、けれど、裏切られた時の為に手は回しておかないといけない。そうして、信じて、信じて、信じて、画策して、暗躍して、奔走して、疲れきったその心を信じたその者達に粉々に砕かれる。そうされた人の気持ち、想像できる?」
「……」
「うちは、全く想像出来なかった。"未来"を教えた時にね、シルティはただただ悲しそうに目を瞑っただけだった。"提案"をした時は、何かを諦めた目をして頷いただけ。 視た"未来"の通りになってこの国の者達に裏切られた時は、静かに深い溜め息をついただけ。シルティは何も言わなかったから分かる訳もなかった……うちは"未来"が視えても人の心が視える訳じゃないから。だけどね、シルティが深く傷付いたのは分かったよ」
知らされた"未来"に絶望して、信じ続けた者達に裏切られた"結末"に傷付いた。
そして、それでもシルティーナは選んだのだ。
「きっとシルティの中ではずっと前から覚悟は決まってたんだろうね。だから、本当に裏切られた時に彼女は深く傷ついて、そして同時に諦めたんだ。"リディーラン王国の者達と共に歩む未来"を……」
諦めてしまえば、後はもう早かった。
それら全てを"過去"として、そこから先の"未来"の為に動き始めた彼女は、やはり何も言いはしなかった。
「愛は、憎しみに変わる。その憎しみを抱いた本人が、それを晴らす気なんて無くても……否、無いからこそ、うち等は逆に彼等を許す事なんて出来ないんだよ」
いっそ、自分達にでもいいからあたってくれたなら、そうやって少しでも彼女が心の内を吐き出して彼等の事が許せないのだと溢したのなら、自分達はここまで彼等を目の敵にすることもなかったのだろう。
仲間を裏切った者達として、きっと目の前でどんな窮地に立っていても笑って傍観する位だった。
けれど、シルティーナは何も言わなかった。
何も言わず、ただ受け入れた。
だから自分達は許せないのだ。
仲間を裏切り傷付けた者達として、自分達でその人生を終わらせてやろうと滅び行く彼等を傍観するのではなく、手を下した。
「まぁ、最初はうちだってシルティが望まないなら何もしないつもりだったんだけどね」
無事に"国外追放"という"結末"を迎えたなら、後は自分達の元に迎え入れ、そこからはただの"シルティーナ"として生きて行く。
最初は、そう、シルティーナに"未来"を話して"提案"をした当初は確かにそこで彼女とリディーラン王国との関わりは終わる予定だったのだ。
「まぁ、ジン様にバレた時点でそれは無理だったけどね」
「あー、成る程っス。俺等に話したのはジン様にバレたからなんスね」
「そうだよ。ジン様にバレて、自分に考えがあるからギルドの皆に全部話せって言われたのさ。そこからはレイン君も知ってる通り。あのジン様がシルティの"国外追放"っていう"結末"で終わらせてくれる筈もなく、"計画"が立てられた。」
シルティーナが望まないのならば復讐などしないつもりだった。
けれど、それは自分の気持ちに反する事であるのも確かだった。
「シルティが望まないならって、そう考えていたのも事実だよ。けどね、シルティを傷付けたリディーラン王国の人達に人並みの幸せなんて与えてやるものかっていう思いもあった。だから、その思いが実行出来る"計画"に乗った」
乗ったからには徹底的に貶めてやると決めた。
シルティーナが手回しはしても自分は決して"計画"の実行には関わらないと言ってもそれは揺らがなかった。
「まぁ、結局はなし崩し的にシルティも"計画"に参加する形になったし、こうなったらもう、"計画"が成功するように精一杯動くだけだね」
「"計画"の失敗なんてあり得るんスか?」
「あり得ないよ。万に一つもあり得ない」
キッパリとクラリナは言い切った。
「さて、マイラの方も済んだみたいだし、うちはこれからマイラとこの国をぐるっと回って町とか村とかに結界張って来るからさ、レイン君はこれからここに集まって来る人達の事をお願いね」
「この国に居る"味方"の人達の事っスね? 大体のメンバーは聞いてるっスけど、彼等もこのまま"計画"に参加させるんスか?」
「そうだよ。目には目を。歯には歯を。絶望には絶望を。裏切りには裏切りを。ってね」
マンリーニャから戻って来たマイラがクラリナの横へと降り立つ。
その身に纏う炎をものともせずにマイラの頭を撫でたクラリナがニッコリと笑った。
「信じていた者に裏切られ、貶められ、追い詰められる絶望と恐怖を彼等も等しく味わえばいい」
それでもまだ足りないのだと。
言葉は無くともそう言ったクラリナの言葉をレインは確かに聞いた。
「うちのギルドの人は怒らせない方が身の為っス」
マイラの背に乗り飛び立ったクラリナを見送りながら、レインは息をつく。
「この国の人達は可哀想っスね」
そう言ったレインの顔には小さな笑みが浮かんでいた。




