アイト・ブルランテ
『と言う訳でユトは私達と共に行動することになりました。クーちゃん達には連絡済みです。』
そう書かれた手紙がアイトの元へ届いたのは、丁度見つけたギルドメンバーの首根っこを掴んで"双翼の剣"の移動型本部船、"止まり木の盾"に連行している時だった。
「うーん、どうもうちのギルドのメンバー達は自由気ままな子が多いなぁ。まぁ、シルティーナさんがちゃんとやってくれるだろうし、ユトさんの事は任せよう」
「マスター、俺は何時までこのままなんスかぁ?」
アイトに首根っこを掴まれたままの男が嘆く。
「あぁ、ごめん。忘れてたよ」
「ひでぇ。てか、シルティさん達の方がまだかかるなら、俺達もう暫く自由にしててもよかったんじゃねぇんスか?」
「2ヶ月前からかけてる召集令をまるっと無視して僕に直接迎えに来てもらってる人が何言ってんの?」
「いや、だって……」
「だってじゃないよ、もう。"二つ名持ち"の子達が先頭きってやってくれてるからいいけど、只でさえ人数少ないんだからね、"双翼の剣"は。特に今回の"計画"は今後の"双翼の剣"にとって凄く重要になってくる事なんだから、皆にも手伝って貰わないと」
「はーい」
気のない返事をし、それでも彼がギルドの為ならきちんとやることをやってくれる事が分かっているアイトは小さく笑った。
"アイト・ブルランテ"がマスターを務める傭兵ギルド、"双翼の剣"は無国籍ギルドである。
だからこそ、所属している者も何処の国にも籍を置かない無国籍の者ばかりだ。
そんな自分達の元に10年と少し前、珍しくも国籍持ちの貴族令嬢がやって来た。
「初めまして。"シルティーナ・バルラトナ"と申します。お見知りおきを」
まだまだ幼いその子は、見るからに粗野で野蛮な自分達にそう言って淑女の礼をとり笑顔を向けた。
確かその時のシルティーナは6、7歳位だったと記憶している。
そんなシルティーナの横を当たり前の様に陣取っていたジン。彼が本気で動くと、こうも容易く国政に関わる者達との繋がりが出来るのかと、戦慄したのを覚えている。
それでも、当時の自分はまだそれまでの現状で満足していたのだ。
自身達が無国籍だからこそ、ギルドの本部も世界を航る船であり、時々どこかの大陸国家に立ち寄って物資の調達をする。
世界中のあらゆる国や種族から、あらゆる内容の依頼を請け、少数だからこそギルド内の結束も固い。
各個人の力も申し分なく、世界中で名を知られるまでとなった"双翼の剣"。
何処かの地にしっかり足をつけて立ちたいと思った事が無い訳ではないが、それでも当分はこのままでいいと思っていたのだ。
しかし、そんな自分の考えを変えたのは、やはりと言うか何と言うか、シルティーナとジンを中心とした、今では"二つ名持ち"と呼ばれるまでに成長した若者達であった。
「私をあなた方の仲間にしてください」
8年程前、シルティーナはそう言ってアイトに頭を下げた。
僅かに震える声で、それでも確固とした決意を宿した瞳で。ただただ強く、それを望んでいたのだ。
勿論、それまで"双翼の剣"に国籍持ちの者が居た前例は無く、そもそも"国籍"というものは彼等にとっては只の枷でしか無かった。
故に、シルティーナのギルド登録に関しては多くの意見が交わされた。
そもそもシルティーナは王家の次に権力を持っている"公爵家"の令嬢である。そんな彼女がギルド登録をし、依頼を請け、もし、万が一の事があったらどうなる?…………そんなの考えるまでもない事だ。
いくらそれまでに幾度となく交流を交わし、その存在がギルドメンバーと同じくらいに大切なモノになっていたとしても、それとこれとは話は別であった。
なかなか首を縦に振らず、逆に考え直す様に説得するアイトにシルティーナはある日全てを語った。
その頃既に"二つ名持ち"となっていた"先見の魔女"が視たという、これから先……"未来"についての事を。
「これから起こる事が分かっているなら、それを防ぐ事もできるんじゃない?」
勝手に宛がわれた"未来"を、何故大人しく感受し"その後"の対策など練らないといけないのか。
分かっているなら変えればいい。その"未来"が望まないモノなら変えればいい。ただそれだけではないかと……
けれど、そう言ったアイトに当のシルティーナはただ小さく笑って首を振った。
"人の気持ちまではどうする事も出来ない"と。
「クーちゃん……クラリナが視た"未来"にならない様にあらゆる手は尽くすつもりです。けれど、話を聞く限りどうも絡んでくるのは"戦略的な何か"ではなく、"誰かを思う人の気持ち"の様なのです。そうなってしまえば、私にはもうその"未来"に関わってくる人達を信じる事しか出来ません」
自分の持ちうるあらゆるモノを生かし、多くの"味方"を作る事は彼女にとっては造作もないのだろう。
けれど、それでも個々が持ちうる人としての"気持ち"まではどうにも出来ない。
そして面倒な事に、クラリナが視た"未来"はそのどうにも出来ない"人の気持ち"が重要になってくるのだ。
だから、と。
「いずれ私は今持っている全てを失う事でしょう。どれ程味方を作り、どれ程手を尽くしたとしても、人の気持ちまではどうしようもありません。数年後にリディーラン王国にやって来る"異世界の者"が人の気持ちまでをも掴み、動かしてしまう人ならば私にはもう手の打ちようがない。私はいずれ、愛し、信じ、慕っていた者達に貶められ裏切られる。出来る事と言えば、せめてこの命が奪われるという最悪の形にはならない様にするだけです。それでも私は、"今の私"を早々に放棄する事など出来ないのです」
この先にどんな"未来"が待っていたとしても、それを理由に"今"を捨てる事など出来ない。
いずれ捨てられるからと切り離してしまえる程に浅はかな関係は築いていないのだ。
裏切られる可能性がどれ程高くとも、"そうならない"事に賭けてみようと思ってしまう程にはシルティーナは周りの者を信用していたし、愛していた。そして、周りの者もまた、同じくらいの信用と愛情を返してくれていたのだ。
「簡単に切り捨てられるモノだったらどんなに良かった事でしょう……」
人も、国も、気持ちも、夢も、理想も、過去も、未来も、そして今ですら。全て、彼女は捨てられなかったのだ。
簡単に捨ててしまうには、余りに無条件に愛し、愛され、信じ、信じられてきたのだ。
「だから、"そうなった後"の自分の居場所を"双翼の剣"に求めるの? ギルドはそんなに甘い所じゃないよ」
「分かっています」
意識して冷淡に投げ掛けた言葉に彼女は笑った。
笑って、"それでも"と続けた。
「帰る場所が無いのは悲しいです。信じられる人が居ないのは辛いです。居場所が無いのは嫌です。これは、私の勝手な都合で、私の勝手な理由です。それでも、独りになるのだけは嫌なんです。……だから、これから先の"未来"で"そう"なるのなら…………"そう"ならない様にするのが不可能に近い事なら、私は"そう"なった後の私の居場所を、信じられる人を、帰る場所を、今のうちに作っておこうと思います。そして、"そこ"はあなた方の所がいい」
「……本当に勝手だね」
「それくらい、あなた方の事が好きって事ですよ」
ニッコリと、悪びれる風もなく笑って言った彼女に思わず笑みが零れる。
「君は我が儘だ」
「"利己主義者"って言って欲しいです」
「誉め言葉じゃないよ、それ」
「知ってますよ。けど、いいじゃないですか。如何にも"人間"って感じで好きなんですよ"利己主義者"。下手に偽善者ぶって"他人の為"何て言葉を口にする人よりは、よほど正直である意味裏表の無い"人間らしい"人間じゃないですか」
「まぁ、確かにそうだね」
結局人は皆、自己中心的な生き物なのだ。
当たり前だ。生きる為には先ず、"人の為"などより"自分の為"を考えなければいけないのだから。
彼女はそれを隠す事をせずに明言した。
"自分は利己主義者"だ"と。
何と潔い。
「ハハ。うん、いいね。いいよ。気に入った。迎えてあげるよ、"シルティーナ・バルラトナ"さん。君が今の居場所を失った時、"双翼の剣"がそれになってあげよう」
「ありがとうございます」
笑顔を浮かべて深々と下げられた頭。
それから6年後、彼女はただの"シルティーナ"となって本当の意味で僕らの仲間となった。
けれど、ただでは起きないのもまた彼女だ。
そもそもあのジンに、シルティーナが深く傷付けられるであろう"未来"を知られてしまった時点で、何事もなく"その後"が迎えられるとは思っていなかった。
シルティーナを待ち構えている"未来"を知った後、たいして時間を開けずに今自分達が実行に移している"計画"を練ったジン。
それの実行自体には関わらないと言っておきながらも協力を惜しまず、内側からじわじわと手回ししたシルティーナ。
立てられた"計画"は、成功すれば今のギルドの形を変えてしまうものではあるが、それに賛同を示したのは他でもない自分達だ。
そこに至るまでにジンやシルティーナ、アルハルトにクラリナといった面々からの様々なアプローチがあったのだが、それらも引っ括めて一言で言ってしまえば、ただただ"大切な仲間の為なら"であった。
どこの国にも籍を置かない無国籍ギルド。
どこの国にも居場所を持たない無国籍の者達。
だからこそ、そんな自分達の唯一の居場所である"双翼の剣"は……ギルドの仲間は、何よりも大切でかけがえのないモノなのだ。
その仲間が願うのならば力を貸す。
その仲間が傷付けられたのならば、その傷は倍以上にして返す。
それが"アイト・ブルランテ"が築き上げたギルド、"双翼の剣"であった。
「さて、一旦支部に戻ろうか。君は支部の方でカミーナさんとエレインさんを手伝ってね」
「了解っス」
アイトの言葉に頷き船内へ消えた男と入れ違いにイルーサがやって来て彼の横へ並ぶ。
「漸く集まりましたね」
「そうだね。予想以上に時間がかかったなぁ。ジンさん怒ってないといいけど」
「元々マスターはギルドメンバーの収集に駆り出される予定だったので何の問題もないと思いますよ」
「それはそれで複雑かなぁ。集まらない事を見越されてたとか、ちょっと悲しいよ。"時間厳守"って新しくギルドの掟に加えようかな」
「今更でしょうに」
「そうだね、今更か」
カラカラと笑ったアイトは、吹き付ける風にその金の髪を靡かせながら本格的に動き出した"計画"の成功を祈るのだった。




