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終 月夜の蜜その2

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 長屋に着くなり少女は膝を折って崩れた。青い顔で泣きじゃくる少女を、加羅は腕を組んで見おろした。

 確か吉村楓という名だったか。楓は頬を伝う涙も拭わず、拓也の名を何度も呼んでいる。

 拓也が住まいとしていた長屋である。差し込む月光以外に灯りは無く、濃密な夜の気配がひしめいていた。

 ぐす、と洟を啜り上げ、楓は腫れた目で加羅を見上げた。

「……あなたは、何者なの」

 最初から楓を連れてくるつもりではあったのだけれども、今更にそれを問うのかと、加羅は少しばかりおかしな気持ちになった。

「瀬川の同僚さ」

「……同、僚」

「そう。以前彼が勤めていた店の」

「そう、なんだ……」

 楓の顔から懸念の色が消える。

 素直なものだ。もう少し人を疑う事を覚えた方が良いと、騙している本人が心配になる程である。

「でも、……何で、あなたが」

 小首を傾げる楓に、加羅は薄く微笑んで言った。

「おれは、きみの復讐に力を貸してあげられるよ」

 楓がぱちりと瞬く。大粒の涙が頬を滑り落ちた。

「復、讐」

「そう。彼が憎いだろう? きみの、大切な人を殺した彼が」

「大、切、……な」

 楓は呟き、暗い部屋にゆっくりと首を巡らせた。拓也の痕跡を探しているようだった。

 そして涙を拭い、ぎりりと音を立て歯を噛みしめた。瞠った目には、色濃い怒りが見てとれる。

「……私は、どうすれば良いの」

 低い声で楓は言った。声はもう震えていない。

 加羅は片膝をつき、楓に視線を合わせた。

「まずは手紙だ」

「手紙」

「そう。友人や家族、近しい人に別れを告げる手紙を書く」

「別れ……?」

「ああ。友人も家族も全部捨てて、そしておれについて来て欲しい。そうすれば、おれはきみに復讐の場を与えてあげる。きみの手で、瀬川を殺した彼を屠る事だって可能だ」

「……」

「せっかくこれから、二人で幸せを築くつもりだったのにね。もう二度と叶わない。瀬川は戻ってこない」


 彼が憎いだろう?


 潜めた声で、耳元で囁く。

 楓の目から溢れた涙が、床に零れ落ちぽたりと音を立てる。

 楓はしゃくりあげた。肩を震わせ咽び泣く。

 加羅は楓の涙を指で拭い、立ち上がった。

「瀬川が大切だったんだよね。よく知ってるよ」

 楓は頷いた。

「そう、だよ。大切、だった……。今も、今だって」

 涙の染みが広がっていく。加羅はそれを見つめていた。

 と、裏口をこつりと叩く音がした。

「ここにいて」

 楓の肩を軽く叩き、加羅は裏口へと向かう。

 長屋の裏には男がいた。戸を閉める加羅に男は一礼する。

 男は肩に、拓也の遺骸を担いでいた。逆の手には赤く濡れた小刀が有る。

「瀬川は如何いたしましょうか」

「連れて戻る。先に帰っていてくれ」

「は」

 答えるなり、彼の姿は闇に紛れ見えなくなった。

 加羅は裏口の戸に背を預け、小さく息を吐いた。月明かりに伸びた己の影をぼんやりと眺める。

「……大切、ね」

 足元に転がる小石を爪先で玩ぶ。

 加羅は鼻で嗤い、小石を蹴った。

「浅薄な言葉だな」

 低く吐き捨てた声を、風が攫った。


 夜の瑠璃は、まだ静謐を保っている。



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