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21 静夜

*********************************************


 紫呉は莉功と共に華芸町に在った。

 隣を歩く莉功は、手帳を捲くりながら報告を続ける。

「で、お客たちのかけ金だけど、報告のあった人らには後々かけ金返還予定。闘技場に有った金箱は押さえてあるから。で、怪我人は調書取って保護、治療中。須桜と影虎が手伝ってくれてます。軽症者は解放、重傷者は引き続き保護中。で、……つか、何か機嫌悪くね?」

「……そんな事ないです」

「嘘つけー、目つき怖ぇもん。いやまあそれは元からだけどねー……って、ちょ、睨んじゃいやーん」

 妙なシナを作り、莉功はいやいやと首を振った。

「気持ち悪いです」

「やだ辛辣ぅ。……そんな心配しなくても、青官長のお子さんがたは軽症だぜ?」

「……別に」

「心配してませんって? やーだもー、分かりやすいウソつくなよー」

 笑いながらばしばしと背を叩かれた。

 莉功は先程から妙に高揚している。いつも以上に軽佻浮薄で、いつも以上に掴めない。疲れている時の莉功はいつもこうだ。

  誇天の連中の捕縛、その後は連続して調書を取り、部下達からは報告の連続だ。疲れるのも無理は無い。

 だから、市中見回りの共には紫呉を選んだのだろう。上下の関係の部下と一緒にいるより、如月云々はさておき、同僚という枠組みに分類される紫呉の方が、まだ気が楽だとの判断か。

 叩かれた背中がひりひりと痛む。

 莉功の言う通り、確かに自分は機嫌が悪い。それに、どうにも気が晴れない。

 雪斗も紗雪も軽症との事だが、それでも心配なのには変わりない。

 それに、あの場に雪斗を連れ出したのは自分だ。自分が誘わなかったら、雪斗が怪我をする事はなかっただろうにと思う。

 大きく息を吐く紫呉の背を、もう一度莉功は力強く叩いた。

「あとそれから、お子さん方二人ともさ、別にお前さんの所為とか思ってないと思うけど?」

 に、と笑う莉功をじっと見上げる。眼鏡の向こうの灰色の目は真剣だ。

 紫呉は「あ」と「え」の間の、意味を成さぬ母音を長く漏らして視線を逸らした。

 お見通しか。年の功、というやつなのだろうか。

「……すみません」

「何が」

「気を使わせましたね」

 分かりやすく不機嫌を外に漏らした自分が恥ずかしい。慰めや援護の言葉をねだった様で、そんな幼さを見せた自分が嫌だ。

「……良いねー素直だねー洋の奴にも見習わせたいわ」

 莉功はふざけた調子で、うんうんと何度も頷いた。

「あんたはさあ、抱え込まんで良いもんまで抱え込んじゃうきらいが有る気がする気がするから以下略。で、報告の続きだけど」

 と、莉功は手帳をめくる。やや無理やりな話題変更に、紫呉は思わず吹き出しそうになった。どうにも莉功は「良い人」の位置に立つのを嫌う。

「誇天の組名は不明。ってか組名が無いらしい。名に捕らわれないーそれが俺たちー、みたいな感じだとさ。まあそれは良いとして、ここ最近入隊? 入部? 何だっけ、何か言うよなこいつら特有の……」

「入天」

「それそれ、入天。入天者が増えた、と。自死の意志も固いし断る理由もない。で、その最近の入天者に調書取ってみた」

 莉功は手帳をめくる。内容はおそらく全て記憶しているのだろうが、手帳が無いと手持ち無沙汰になるようで、報告の際莉功は無意味にぱらぱらと手帳をめくる。

「そしたら、この最近の入天者たちはさ、だいたい皆繋がってんだ。死にたーい、でも怖ーい、でも皆で死んだら怖くなーい、みたいな感じの集まりの奴らだ」

「……なるほどね」

 だからか。

 一部の者からは、誇天特有の狂気を感じなかった理由。

「で、こいつらはまあ大体言うんだ。金髪の男に言われたって。ただ死ぬよりも、死花を咲かせたくないかってさ。そんで入天して今日の件に至る、と」

「金髪の男?」

「そ。捕らえた連中の中にゃあいなかったけど。で、こいつの目星はついてない。分かってるのは、金髪で赤い目してるって事。んな奴が里に何人いるんだよって話だ。絶対数は少なくても、片っ端から当たるには多い。絞り込めねえよ」

 莉功は肩を竦め、手帳を制服の衣嚢に仕舞った。そして紫呉の肩に腕を回し、にやりと意地の悪い笑みで覗き込んでくる。

「……何ですか」

「死のうぜ会の中にさあ、めっちゃ怒ってる奴いたぜ? 手ぇ怪我してる奴」

「ああ……」

 あいつか、と目星をつける。

「そいつがさ、めっちゃ騒ぐの。ぼくちんのお手々刺した奴を何で捕まえてないんだー壱班の無能めー役立たずめー! みたいな。で、そいつが言う加害者の外見があんたそっくりなんだけど?」

「さあ……。知りませんね」

「そりゃもうお怒りのご様子だぜー? 壱班の無能! 絶望した! こんな里には絶望した! 死んでやる!! みたいな」

「まだそんな事を言ってるんですか?」

「あっははやっぱお前さんじゃんか!」

 莉功は腹を抱え、大口を開けて笑う。自分の失言に紫呉は口を押さえた。その仕草にまた莉功は笑う。

 思い出したらまた腹が立ってきた。が、顔には出さないように気をつける。莉功にいらぬ気を使わせたくはない。押さえた手の下で、紫呉はこっそりと嘆息した。

 何が「死ぬ覚悟は出来てる」だ。不愉快で仕方がない。反吐が出る。

 彼は死に引きずられた事がないのだろう。手指すら動かせない、声も出せない、視界がだんだん狭くなり、声も遠くなって、ずるずると沼に引きずりこまれるような、あの恐怖を知らないのだろう。

 動きたいのに、名を呼びたいのに、顔を見たいのに、なのに。

 なのに何も出来ない。ひたすら呑まれるだけだ。

 しかし意識を手放す瞬間脳裏に有ったのは、近しい者の名でも、憎い男の名でもなかった。

 助けてくれ。助けてくれ。助けてくれ。

 ただそればかり。

 意識を取り戻し、まずは自己嫌悪に忙しかった。骨壷だの怪我を負った二影だの涙を浮かべた家族を見て、自分本位な己に虫唾が走った。

 死に呑まれる恐怖も、あの自己嫌悪も、三度目は無いと信じたい。

 紫呉は衣服の上から傷痕を押さえ、長く息を吐いて心を鎮めた。

「……ところで」

 と、紫呉は黒の袷の袂を指先で摘まんで袖を広げた。

「本当に良かったんですか? 着替えなくて」

 本来壱班として見回りに参加する際には、制服に着替える必要がある。

 莉功はひらひらと手を振りながら言った。

「良いの良いの。面倒くせえだろうし、誰も気にしちゃいねえっしょ。一般人はふつーに、協力中の民間人かなーくらいにしか思わんだろうしさ」

 まあそうなのだろうが、仮にも部隊長が果たしてこれで良いものか。

 だが、本職の壱班ではない紫呉が口を挟む義理も無ければ権利も無い。彼が良いと言うならば良いのだろう。

 ふと聞こえた足音に、紫呉は足を止め振り返った。莉功も振り返り、駆け寄ってきた部下に片手を上げて合図する。

 部下は脱帽し、慌てた様子で一礼した。

「どうしたよ」

「すみません部隊長……。あちらで酔漢が暴れていて……」

「えー? とりあえず捕縛しときゃ良いじゃん」

「いえ、それが……。責任者を呼べの一点張りで……」

「えー……うっぜえ……。行きたくねー……」

「し、しかし……っ」

「あいあい行きますよーめんどくせー。ってなわけで」

 ちょっと待てと部下に身振りで示し、莉功は紫呉を見た。

「一通り報告もすんだし、見回りもう良いよ。あとは俺が報告書作成します」

「良いんですか?」

「良いんですよ。臨機応変だいじー」

 それじゃ、と莉功は手を振り背を向けた。紫呉に目礼する彼の部下に紫呉も目礼を返し、どうしたものかと腕を組む。

 このまま帰っても支障は無いだろう。もとより莉功が受け持っていた見回り区域は、あと少しで折り返し地点だったわけだし。

 紫呉はこくりと首を捻って考える。

 あと少しで折り返し地点に到達する。ならば一応、キリの良いそこまで行くとしよう。何も無いならそれで良い。

 そこまで行ったら、少し足を伸ばして雪斗の家まで様子を窺いに行こうか。いや、夜半だし止めておいた方が良いか。また日を改めるとしよう。

 その後は一度闘技場を覗いて、莉功がいたなら一応報告して、いなかったら壱班まで戻る事にしよう。

 導き出した答えによしと頷き、紫呉は歩を進めた。

 どこか遠くの家で赤子が泣いている。赤子には昼も夜も無いのだろう。子の親は大変だな、と感慨深いようなそうでもないような、無責任なような事を何となく考えた。

 それ以外に聞こえる音は、己の足音だけだ。夜半の華芸町は依然として静かなものである。

 土埃やら何やらで少し汚れた足袋の爪先を眺める。そういえばまだ須桜から足袋を奪っていない。

 ざ、と踵が土を掻く。そして紫呉は歩みを止めた。

 右側の小路に視線を送る。

 そこから感じる人の気配は、どうにも穏やかではない。

「何か御用ですか?」

 暗がりと同化していた人影が、ぬるりと形を成す。

 ゆっくりとこちらに歩み寄る彼には、見覚えがあった。

 闘技場で本命となっていた闘士だ。話した事は無い。しかし、彼の勇ましい戦いぶりはよく覚えている。

 彼は無言のまま、手にした小刀の鞘を払った。鞘を懐に収め、ゆっくり、ゆっくりとこちらに向かってくる。

「……何故僕を?」

 壱班の制服は着ていないから、壱班に恨みがあるという筋でも無いだろう。

 ならば個人的な恨みか。しかし彼と面識は無い。

 紫呉の問いには答えず、彼は勢いよく踏み込んだ。逆手に持った小刀を真横に薙ぐ。

 彼は小刀を逆の手に持ち替え、紫呉の腹部を目がけて突いた。それを躱し距離を取る。

(何だって言うんだ)

 意味が分からない。彼の意図が掴めない。

 ただ分かるのは、彼が自分を殺そうとしているという事。

(……落ち着け)

 昼間得た頬の傷に爪を立て、じりりと音を立てて焼けていく理性に言い聞かせる。

「何が、目的なんです」

 彼は答えない。

 紫呉は舌を打った。苛立ちが募る。

 意味も分からぬまま殺されてやるつもりなど無い。しかし、意味も分からぬままに彼を手にかけるつもりも無い。

 だから避け続けた。斬撃も突きも、避けるだけでこちらから攻撃は加えない。一度相手の肉の感触なり血のにおいなりを感じると、理性を保てる自信が無かったから。

(壱班を呼ぶべきか?)

 指笛を鳴らそうと紫呉は指を咥えた。

 だがしかし彼の意図が掴めぬ以上、無闇に増員させて良いものか悩む。もし誰かを呼んで、その所為で、その誰かが凶刃に伏してしまったら?

 紫呉は首を振り、指を口から離した。斬撃を避け、彼に背を見せぬようにして一定の距離を保つ。

 彼の使う闘術は訓練されたものだ。的確に急所を狙い、相手の命を奪う為の戦い方。戦闘に従事した事のある者の戦い方だ。

 隙を見て、紫呉は一撃で彼を昏倒させるつもりでいた。一撃で、かつ命を奪わずに致命傷を与える。

 玄人相手に困難だがしかし、徒に背負う命の数を増やすのは嫌だ。

 落ち着けと心中で繰り返し、隙を窺う。

「誰かの命令ですか」

 個人的な恨みでも無い、壱班への恨みでもない、ならば思いつく可能性はこれくらいしかない。

 紫呉が問うと、彼の目が僅かに揺らいだ。図星か。

 彼の動きがにぶる。何か言いたげな目が紫呉を捕らえた。

 その時だ。

 ざわりと背が震えた。第三者の視線を感じたからだ。

 周囲を探るが出所が分からない。

(どこだ)

 視線は確かに不穏だ。

 だがそれは紫呉に向けられてはいない。だとすると、目の前に立つこの男にか。

 彼が何か言おうと口を開く。

 その一瞬後、ど、と鈍い音がした。

 彼の口から血が一筋、ツゥと流れる。

「……ぁ……?」

 彼は訝しげな目で、己の胸元を見おろす。

 彼の胸元に、切っ先が見える。

 彼はぎこちない動作で背中を見ようとして、見る事は叶わず、どさりと倒れた。

 月の光が、動かない彼を照らす。

「……何故」

 紫呉は呆然と漏らした。

 赤く濡れた彼の背には、小刀の柄が生えている。彼はぴくりとも動かない。

 いったい、何者が。

 先程まで感じていた、不穏な視線はもう感じない。気配はまだある。だが漠然としており、位置を掴めない。

 泣いていた赤子は、いつの間にか泣き止んだようだ。しんと静まった夜は耳に痛いほどである。

 開いた彼の瞳孔に、生者の輝きは見られない。

 紫呉は彼の背に手を伸ばし、小刀を引き抜いた。銘を確認するも無銘だ。視線の正体は掴めそうもない。

 濡れた小刀を見る紫呉の耳に、足音が跳び込んできた。

 はっと顔を上げる。

 足音の主は、びくりと肩を揺らして立ち止まった。

 闘技場で、影虎と紗雪と共にいた少女だ。この闘士の将来の伴侶だと、確か影虎が言っていた。

「……何で?」

 少女の喉から震え掠れた声が漏れる。彼女は震えながら、じりっと後ずさりをする。

 彼女の視線は、倒れた彼と、紫呉と、紫呉が手にする小刀を行き来している。

 大きく瞠った目は慄き、涙の膜が張っていた。

 何と声をかけるべきか。せめてこの凶刃だけでも彼女の目の届かぬ場所にやるべきかと、紫呉は考えた。

 途端に彼女は息を呑み、身を翻し走り去る。

「待て!」

 付近にはまだ、先程の視線の主がいるはずだ。

 その主が、彼を狙っていたのだとしたら、彼の伴侶となる彼女も狙っているかもしれない。

 ただの憶測だ。しかし、彼女を一人にさせてはまずいと紫呉は思った。

 追いかけようと足に力を込める。だが、足首を掴まれ紫呉は歩を止めた。

 倒れた彼が、紫呉の足首を掴んでいる。

「……ぇ……で」

 ヒュウと喉が鳴る音に混じり彼は何か言った様だったが、紫呉には彼が何と言ったかは分からなかった。

 足首を掴む手が緩み、力無く落ちる。

 痛ましい思いで、紫呉は彼の瞼を下ろした。

 紫呉は指笛を鳴らし、小刀を捨てる。彼女が走り去った後を追った。まだそう遠くへ行っていないはずだ。

 だが彼女の姿は見当たらない。

「……くそ……っ」

 どこだ。

 辺りを見回し、小路の奥を見るも、彼女の姿は見つからない。

 紫呉の指笛に応える壱班の指笛と、足音が聞こえる。やがて集った壱班が異変に気付くだろう。

 彼女の姿は見当たらない。視線の主の居場所も掴めない。紫呉は舌を鳴らした。

「何だよ、どうした?」

 やってきた莉功が、面倒臭そうにのんびりと言う。

「どうしたじゃない! あっちに死体が在っただろう!?」

「は? 死体?」

 胸元を掴む紫呉の手を離させて、莉功は首を捻った。その表情はいかにも訝しげで、彼が嘘を言っているともふざけているとも思えなかった。

「ぅお、ちょ、おい! 待てって!」

 呼び止める莉功を置き去りに、紫呉は走った。彼が死んだ場所まで戻る。

「……嘘だ」

 しかし、そこに彼の姿は無かった。

「何なに、何なの? 何なんだよ」

 紫呉に追いついた莉功が疑問を口にするも、その声は紫呉の耳に届いていなかった。

 紫呉は呆然と見おろす。先程まで彼が倒れていた場所には何もない。

 彼の死体を照らしていた月の光は、今はただ白茶けた地面を照らすばかりである。



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