第7話 それぞれの考え
結局、トールを叱る者は、一人もいなかった。
噴水の件は、マックスが「あれはあれで、なかなか良い木であった」と言い、クレイが「噴水は直せばいいよ。木はそのまま残そう」と言って、それで決まった。
「トールさん」
コレーティアが、玉座の前にしゃがみこんだ。
「これから、どうしたい? わたしたちと一緒に帰る?」
トールは、長いこと考えていた。それから、首を横に振った。
「ここに、残りたいです。この世界は、ぼくが初めて自分で創った世界なので。今度は逃げないで、ちゃんと育ててみたいです」
「ぼく?」
クレイが、首をかしげた。
「さっきから、ぼくって言ってるね。最初は、わたくし、だったのに」
トールは、はっとした顔をした。それから少し考えて、まっすぐに言った。
「ぼく、にします。これは、誰かの記憶からもらったものじゃありません。ぼくが、自分で決めた呼び方です」
「じゃあさ」
フルーリアが、腕を組んだ。
「あんた、男なの? 女なの?」
トールは、少しだけ笑った。
「ぼくは、ぼくです」
フルーリアは、しばらくトールを見ていた。それから、ふん、と鼻を鳴らした。
「……いい答えじゃん」
こうして、黄色い扉の向こうの世界は、トールのものになった。
塔を出る前に、トールが俺たちを呼び止めた。
「あの、みなさん」
羽根飾りの冠を両手で抱えて、トールは言った。
「たまには、会いに来てくれますか?」
「もちろん!」
「うむ。約束しよう」
「毎週来るよ」
「……来る」
「おう。たまにな」
口々に答えるなかで、俺の返事がいちばん軽かった。
そのことに、このときの俺は、気づいてもいなかった。
◇
帰りは、フルーリアが大型の輸送ヘリに化けて、七人をまとめて運んだ。マックスの翼が、窮屈そうに座席からはみ出していた。
「ソーマ。さっき、『こいつは、俺だ』って言ったね」
隣の席のクレイが、にこにこしながら言った。
「……忘れろ」
「忘れないよ」
クレイは、胸ポケットのペーパーナイフに、そっと触れた。
「巻き戻せないしね」
◇
黄色い扉をくぐって広場に戻ると、太陽はまだ高かった。
「え、まだお昼?」
コレーティアが目を丸くする。密林で丸一日半を過ごしたのに、広場では四時間も経っていなかった。
その夜の夕食は、静かだった。
焚き火を囲んで、七人で座った。マックスが肉を焼いても、フルーリアは焼き加減に文句を言わなかった。トールの泣き顔が、たぶん全員の頭に残っていた。
「明日、噴水を直すとしよう」
マックスが、ぽつりと言った。
「あの木を、囲むようにな」
誰も反対しなかった。
「あのね」
口を開いたのは、コレーティアだった。
「提案が、あるんだけど」
いつもの元気な声ではなかった。膝の上で、手鏡をぎゅっと握っている。
「これから、大事なことを決めるときは、全員一致にしない? 一人でも反対したら、やらない。みんなが賛成したときだけ、やる」
「なんでまた」
フルーリアが聞いた。
コレーティアは、手鏡を見つめたまま答えた。
「……みんなが同じ気持ちじゃないと、怖いんだ」
誰も笑わなかった。
「賛成」
最初に言ったのは、クレイだった。それから、マックス。雪葉。フルーリア。クゥーが、小さく頷いた。
俺も、手を挙げた。反対する理由が、特になかったからだ。
全員一致で、全員一致のルールが決まった。
「じゃあ、次は」
雪葉が、並んだ扉を見やった。
「これからの方針ね。ファースト・ワールドは七人の世界。黄色はトールの世界。残る扉は、五つ」
「一人ひとつ、自分の世界を創るっていうのはどうかな」
クレイが言った。
「一人ひとり、本当に住みたい世界を創ってみる。似たものを創りたい人は、組めばいい。それで一年後に、どこに住むかを選ぶ」
それもまた、全員一致で決まった。
「で、みんなは何を創りたいんだ?」
フルーリアが、身を乗り出した。
「うちは、でっかい演習場!」
「我は……そうだな、考えておこう」
「わたしは、まだ内緒〜」
「ぼくは、いくつか候補があるんだ」
「私は、パス」
にぎやかに声があがる中で、俺は焚き火を見ていた。
何を創りたいのか。
敵のいる世界。倒すべき魔王がいて、救うべき姫がいて、エンディングのある世界。それしか思いつかなかった。そしてそれは、たぶん、俺が四十七回捨ててきた世界だった。
俺には、創りたい世界がなかった。
「……あの」
小さな声がした。
焚き火の向こうで、細い腕が、まっすぐに挙がっていた。
クゥーだった。
ここに来てから、クゥーが自分から手を挙げたのは、これが初めてだった。長い前髪の奥で、瞳が火を映して揺れていた。
「あたし……学校を、創りたい」




