第6話 古塔にて
古塔を見つけたのは、翌朝のことだった。
『みんな、来てくれるかな。見てほしいものがあるんだ』
クレイの声がした。雪葉が【創造術】で出したトランシーバーを、班ごとに一台ずつ持たされていたのだ。
合流地点では、雪葉とクレイが宙に浮かんでいた。マックスの頭には、クゥーがしがみついている。一晩で、すっかりそこが定位置になったらしい。
「あれよ」
雪葉が指さした先に、塔が建っていた。
密林の緑を突き破って、黒い石の塔が空へ伸びている。外壁の半分ほどを苔と蔦が覆っていて、何百年も前からそこにあったように見えた。実際には、建ってから三日と経っていないはずなのに。
「……人工物ね。どう見ても」
「トールが建てたんだろうな」
『横付けするか?』
「いいえ。フルーリア、戻っていいわ」
雪葉が指を振った。とたんに、体がふわりと軽くなった。ヘリがぐらりと傾き、フルーリアはあわてて人の姿に戻る。
七人が、ふわふわと空中に浮かんだ。
「私を中心に、半径百メートルは無重力にしてある。そこから出ると真っ逆さまだから、気をつけて」
そのときだった。
塔のあちこちの窓で、光が瞬いた。
次の瞬間、無数の光の弾が、俺たちめがけて降りそそいだ。
「【グレート・シールド】!」
「【白き聖壁】!」
俺とコレーティアの防壁が、ほとんど同時に展開した。半透明の壁に、光の弾が次々とぶつかっては砕け散る。
窓の奥に、小さな影が見えた。
兵士だった。手のひらに乗るくらいの、人形のような兵士たちが、窓という窓から小さな槍を突き出して、光を放っている。
「なにあれ、かわいい」
「かわいいけど撃ってきてるぞ!」
反射的に、俺は腰の剣に手をかけていた。
敵だ。塔に立てこもって、こっちを撃ってくる。なら、突っこんで、斬って、終わらせればいい。今までずっと、そうしてきた。
「うぬう。我が突っこんで、蹴散らしてこようか」
「必要ないわ」
雪葉が、両手を前にかざした。
「重力の向きを、ちょっと変えるだけ」
彼女が指先を、くいと返した。
降りそそいでいた光の弾が、一斉に空中で止まった。そして、くるりと向きを変えて、来た道を戻りはじめた。
光の雨が、塔の窓に吸いこまれていく。
ぱちん。ぱちん、ぱちん。
窓の奥で、小さな兵士たちが、しゃぼん玉のように弾けて消えた。
塔が、静かになった。
「……今のは、いったい」
「下に落ちるはずのものを、横に落としただけ。重力は、向きを変えられるのよ」
雪葉は、眼鏡の位置を直した。息ひとつ乱れていない。
この人だけは怒らせないようにしよう。俺は固く誓って、柄にかけたままだった手を、そっと離した。
◇
塔の中は、がらんとしていた。
螺旋階段が、壁に沿ってどこまでも上に続いている。兵士たちの姿は、もう一人もない。弾けたあとには、何も残っていなかった。
「あの兵士さんたち、生きてたのかな」
コレーティアが、不安そうにつぶやいた。
「分からない。でも、話はできなさそうだったね」
クレイが答える。
階段を上るうちに、壁に何かが描かれていることに気づいた。
絵だった。木の実の汁で描いたような、赤や紫の、つたない線。
焚き火があった。その周りに、人の形が七つ並んでいる。一つは、ずいぶん大きい。翼があるのはマックスだろう。ツインテールのフルーリア。眼鏡の雪葉。ラケットを抱えたクゥー。長い髪のコレーティア。胸にナイフを差したクレイ。
そして、コップを持った一人。
七つの人の形から少し離れた場所に、もっと小さな丸いものが描かれていた。二頭身の、小さな影。焚き火の輪の、外側に。
上るにつれて、同じ絵が何度も現れた。七つの人の形と、離れたところの小さな丸。何度も、何度も。
誰も、何も言わなかった。
◇
最上階は、広い円形の部屋だった。天井に開いた穴から、光が射しこんでいる。
部屋の真ん中に、玉座があった。
そこに、トールが座っていた。
頭には、色とりどりの鳥の羽を挿した冠。首には、木の実を連ねた首飾り。二頭身の体には大きすぎる、深緑のマント。部族の族長のような格好だった。ただし、部族はどこにもいない。
だだっ広い部屋に、小さな族長が一人きり。
「……ようこそ、いらっしゃいました」
トールの声は、震えていた。
「トールさん!」
コレーティアが駆け寄ろうとすると、トールは玉座の上で身をすくませた。
「来ないでください。ごめんなさい、ごめんなさい。噴水のことは、ほんとうに、ごめんなさい」
ぎゅっと目をつぶって、トールは縮こまった。叩かれるのを待っている子どもの格好だった。
コレーティアの足が、止まった。
「……トール」
俺は言った。自分でも驚くほど、静かな声が出た。
「なんで、逃げたんだ」
トールは、おそるおそる目を開けた。
「……あの夜、ソーマさんに聞いたでしょう。どうして世界を捨てるのか、って」
「ああ」
「答えてもらえなかったので、自分で考えようと思ったんです。みなさんが、ファースト・ワールドを捨てたくならないように。何か、お手伝いがしたくて」
トールの声が、だんだん小さくなっていく。
「【創造術】を使ってみたら、使えました。噴水のところに、木を一本、植えようとしたんです。きれいな木があったら、みなさんが喜んでくれると思って。でも、止まらなくなって。大きくなって、大きくなって、気がついたら、噴水が割れていました」
玉座の肘掛けを、小さな手が握りしめた。
「怖くなりました。叱られる、って思いました。そうしたら――」
トールが顔を上げた。つぶらな瞳から、涙がこぼれていた。
「みなさんの記憶の中で、みなさんはいつも逃げていました。嫌になったら、全部リセットして。次の世界へ行って、また最初から。だから、ぼくも逃げたんです。叱られる前に」
誰も、何も言えなかった。
コレーティアが、口元を押さえた。フルーリアが、そっぽを向いた。マックスのたてがみが、わずかに揺れた。雪葉は、眼鏡の奥の目を伏せた。クゥーは、ラケットを抱きしめていた。クレイだけが、まっすぐにトールを見ていた。
「ここで、新しい世界を創りました。今度こそ、上手くやろうと思って。でも、仲間を創ろうとしても、あの兵士さんたちしかできなくて。話しかけても、返事をしてくれなくて。ちょっとぶつかっただけで、消えてしまって」
トールは、しゃくりあげた。
「みなさんが来てくれたとき、うれしかったのに。怖くて。叱られると思って、撃ってしまいました。ごめんなさい」
ぐらり、と足元が揺れた気がした。
無重力のせいではなかった。
小さな族長が、一人きりの玉座で泣いている。仲間を創ろうとして、上手くいかなくて。上手くいかないと分かったら、次の場所へ逃げて。自分で建てた塔にこもって、近づいてくる者を撃つ。壁には、自分を置いていった者たちの絵を、何度も何度も描きながら。
知っていた。俺は、この姿を知っていた。
「……こいつは、俺だ」
声に出していた。
隣で、誰かが小さく息をのんだ。
「うちもだよ、ソーマ」
フルーリアだった。そっぽを向いたまま、ぽつりと言った。
いつの間にか、「さん」が取れていた。
俺は、玉座の前まで漂っていった。トールがまた、びくりと身を縮める。
「叱らねえよ」
言ってから、少し笑ってしまった。
「……叱れるかよ。俺が」




