第5話 休憩しよう
密林は、どこまでも続いていた。
上から見下ろすと、緑の絨毯だ。ところどころで巨木が突き出し、川が銀色の糸のように蛇行している。人工物らしきものは、何ひとつ見えない。
「ねえ、ソーマくん。これ、食べる?」
隣の座席で、コレーティアが包み紙を差し出してきた。中身は、焼き菓子だった。
「どうしたんだ、これ」
「このあいだの夜、作ったの。わたしと、雪葉ちゃんと、クゥーちゃんと、フルーリアちゃんで」
「女子で?」
「うん。女子会。クゥーちゃんね、生地をこねるの、すっごく上手なんだよ。フルーリアちゃんは、焼く係。火力の調整が職人技なの」
『火器の扱いは任せとけって』
スピーカーから、得意げな声がした。火器ではないと思う。
かじると、バターの香りが口の中に広がった。美味かった。
「男子は? 何かしてないの?」
「……してない」
クレイとはあれからまともに口をきいていないし、マックスは石を磨いているだけだ。
「ソーマくん、クレイくんと、まだ喧嘩してるでしょ」
「してない」
「してるよ〜。ごはんのとき、目、合わせないもん」
コレーティアは、窓の外を見ながら言った。
「わたしね、みんながばらばらになるの、ちょっと怖いんだ」
冗談めかした声だった。でも、窓ガラスに映ったコレーティアの顔は、笑っていなかった。
『むさ苦しい男子の話はあとだ。トール探しに集中しろよー』
フルーリアの声で、話はそこで途切れた。
日が傾きはじめても、トールは見つからなかった。
密林の中に開けた川原を見つけて、今夜はそこで野営することになった。ここでの一晩は、広場の一時間ちょっと。雪葉いわく、「このまま探し続けるより、休んでから探すほうが効率的」らしい。
◇
女子四人は川原の上手で火を起こし、何やら甘い匂いのするものを作りはじめた。男子三人は、下手で別の火を囲んだ。
誰が決めたわけでもない。自然と、そうなった。
上手の火のまわりは、にぎやかだった。コレーティアが鼻歌を歌い、フルーリアが軍服の上からエプロンをつけて鍋を振り、雪葉が「あと十二秒」と火加減を指示している。クゥーは黙々と、ラケットのガット越しに粉をふるっていた。あのラケット、そういう使い方もあるのか。
一方、下手の火のまわりは、静かだった。
マックスは、小さな鍋をタワシで磨いていた。もう十分ぴかぴかなのに、まだ磨いている。クレイは膝を抱えて、火を見ていた。
気まずい。
塔の上での一件以来、クレイとまともに向き合うのは、これが初めてだった。
「……なあ、マックス」
沈黙に耐えきれず、俺は言った。
「なんでいつも、何か磨いてるんだ」
「うむ」
マックスは手を止めずに答えた。
「ぼ――」
言いかけて、マックスは咳払いをした。
「……我は、手を動かしていないと、落ち着かぬ性分でな」
今、何か言いかけなかったか。
聞き返そうとしたが、マックスはそれきり、黙々と鍋を磨きつづけた。たてがみに隠れて、表情は見えなかった。
「ソーマ」
クレイが、火を見たまま言った。
「このあいだは、悪かったね。言い方がよくなかった」
「……別に」
「ぼくもね、同じなんだ。自分のことを棚に上げて、君に聞いた」
クレイは、胸ポケットのペーパーナイフを、指先でなぞった。
「ぼくの力は、時間を巻き戻すことだろう? どんな失敗でも、なかったことにできる。最高の力だと思ったよ。でもね、巻き戻してやり直すたびに、少しずつ、悪くなっていったんだ」
「悪く?」
「理由は、今でもよく分からない。やり直せばやり直すほど、世界がおかしくなっていく。最後は手の施しようがなくなって、その世界を諦めた。次の世界でも、その次でも、同じだった」
クレイは、小さく笑った。
「だから、ロルちゃんが七人全員でしか使えないようにしたって聞いて、少しほっとしたんだ。一人じゃ、もう巻き戻せない」
ぱちり、と火が爆ぜた。
何か言わなきゃいけない気がした。
「……俺はさ」
口が、勝手に動いていた。
「何を創りたいのか、分からないんだ」
クレイとマックスが、こっちを見た。
「城も街も、創ってるときは楽しかった。でも、できあがったら、どうでもよくなった。次の扉のことしか考えられなくなった。昔から、そうなんだ。ゲームも、転生も」
言ってから、恥ずかしくなった。何を言ってるんだ、俺は。
「そうか」
マックスが、鍋を置いた。
「我も、よく分からぬ。自分が何を創りたいのか」
「ぼくもだよ」
クレイが笑った。今度は、ちゃんとした笑顔だった。
「男子〜! お菓子焼けたよ〜!」
川上の火のほうから、コレーティアの声が飛んできた。
三人で顔を見合わせて、なんとなく、同時に立ち上がった。
◇
その夜、俺はなかなか寝つけなかった。
川原の石の上に寝転がると、木々の切れ目に夜空が見えた。星はない。トールは、星までは創らなかったらしい。
少し離れた岩の上に、人影があった。
雪葉だった。膝を抱えて、缶ジュースを片手に、星のない空を見上げている。
「眠れないのか」
「……ソーマ」
雪葉は、こちらを見なかった。
「夜は好きなの。誰にも、何も期待されないから」
ぽつりと、それだけ言った。
どういう意味か聞こうとして、やめた。缶を傾ける雪葉の横顔が、ひどく遠いものに見えたからだ。
俺は黙って、また石の上に寝転がった。




