第4話 捜索
最初に気づいたのは、雪葉だった。
朝いちばんにファースト・ワールドへ入った彼女は、フローレアタウンの中央広場で足を止めた。
噴水の真ん中から、木が生えていた。
ただの木ではない。幹は大人三人でも抱えきれないほど太く、根は石畳を割って四方に這い出している。噴水の水盤は真っ二つに裂けて、あふれた水が大通りを川のように流れていた。
そしてガイア城のどこにも、トールの姿はなかった。
「……木を、創ったのかな」
裂けた水盤のそばにしゃがみこんで、クレイがつぶやいた。
「トールがか?」
「ほかに誰がいるんだい」
生まれたばかりの知的生命体が、【創造術】を使える。そんな話は、誰も聞いていなかった。
マックスが空から、フルーリアが偵察機に変身して、ファースト・ワールドを隅々まで探した。城の地下倉庫も、街の井戸の底も、山の洞窟も。
どこにもいなかった。
「ロルに聞こうぜ。おーい、ロル!」
広場に戻ったフルーリアが、空に向かって叫んだ。返事はない。
「ロルちゃーん!」
「ロル殿ー!」
「女神さまー、緊急事態でーす!」
返事はない。
雪葉が、白衣のポケットから懐中時計を取り出した。【創造術】で出したものらしい。
「七時四十二分」
それから十八分間、俺たちは交代で女神の名前を叫びつづけた。マックスが叫ぶと森の鳥が一斉に飛び立ち、クゥーは耳をふさいでいた。
午前八時、ちょうど。
「はい、おはようございます」
ロルが現れた。いつもの深衣をぴしりと整え、片手には湯気の立つマグカップを持っている。
「……今まで、なんで無視してたんだよ」
「定時です」
「は?」
「私の勤務は、午前八時から午後六時まで。時間外は、対応しておりません」
女神にも、就業規則があるらしい。
「トールさんがいなくなっちゃったの。ロルちゃん、どこに行ったか知らない?」
コレーティアが詰め寄る。ロルはマグカップに口をつけてから、首を横に振った。
「知っていても、教えません。自分の頭で考えなさい」
「ケチ!」
「なんとでも」
ロルは澄ました顔で手近な椅子に腰を下ろし、足を組んだ。どうやら、見物するつもりらしい。
自分の頭で、と言われても。
ファースト・ワールドは、城と街と山しかない小さな世界だ。探せる場所は、もう全部探した。
「……他の扉よ」
雪葉が言った。
「トールは、青の扉を通って広場に出られる。ソーマ、昨日の夜、焚き火のところで会ったんでしょう?」
「ああ。会った」
「広場に出られるなら、他の扉にも入れる」
七人の視線が、並んだ扉に向いた。
青の隣。黄色い扉が、ほんのわずかに開いていた。
「鍵は?」
クレイが言った。
「ロルちゃんから鍵束をもらったよね。誰が持ってる?」
全員の目が、コレーティアに集まる。
コレーティアはポケットから鍵束を取り出した。じゃらりと、七本の鍵が鳴る。
ぴかぴかだった。一度も使われていないことが、ひと目で分かるくらいに。
「……一回も、かけてない」
コレーティアの声が、小さくなった。
「いや、コレーティアのせいじゃない」
俺は言った。本当にそうだった。鍵を渡されたとき、七人全員がその場にいた。誰一人、かけようと言わなかった。
「ま、そういうことね」
ロルが、マグカップを傾けながら言った。
◇
黄色い扉の向こうは、密林だった。
むっとする湿気が、顔にまとわりつく。見上げるほどの巨木が空を覆い、蔓が幾重にも垂れ下がり、名前も知らない花が、毒々しいほど鮮やかな色で咲いている。
鳥の声がしない。虫の声もしない。ただ植物だけが、どこまでも、ひたすらに茂っている。
「これ……一晩で?」
コレーティアが、呆然とつぶやいた。
「一晩じゃないわ」
雪葉が懐中時計を見ながら言う。
「黄色は十倍。トールが夜中に入ったとすれば、広場の八時間は、こっちでは八十時間。三日と少しね」
「三日で、これを……」
果てが見えなかった。ファースト・ワールドを二週間かけて創った俺たちが、少しだけ惨めになった。
「急いだほうがいいわ」
雪葉が懐中時計をしまう。
「こっちで一日探すあいだに、広場では二時間半しか経たない。でも、トールにとっての一日も一日よ。ぐずぐずしてたら、どんどん遠くへ行く」
この密林を歩いて探すのは、どう考えても無理だ。
「空から探そうぜ」
フルーリアが、胸を張った。
「飛べるやつ、手ぇ挙げて」
挙がった手は、四本だった。フルーリア、マックス、雪葉、そして俺。
「一応言っとくと、俺の浮遊魔法は、そんなに上手くない」
「じゃ、ソーマさんは運ばれる側な」
話し合いの結果、班分けはこう決まった。フルーリアがヘリに変身して、俺とコレーティアを運ぶ。マックスがクゥーを背負う。雪葉が重力を消して、クレイと一緒に浮かぶ。
「では、ゆくぞ、クゥー」
マックスが、ひょいとクゥーを持ち上げて背中に乗せた。
「え、ちょっ、待っ――」
抗議の声は、翼の羽ばたきにかき消された。黒い翼が空気を叩き、巨体が一気に舞い上がる。
「おーろーしーてー……」
クゥーの声が、あっという間に遠ざかっていく。あいつ、あんなに大きな声が出たのか。
「行くわよ、クレイ」
「よろしく頼むよ」
雪葉が指を振ると、二人の体がふわりと浮いた。クレイが空中で一回転して、子どもみたいな声をあげる。
「すごいな、これ! 無重力って、こんな感じなんだね!」
「はしゃがないで。落とすわよ」
二人も、ゆっくりと上昇していった。
「んじゃ、うちらも行くか」
フルーリアが、くるりとその場で回った。次の瞬間、そこには灰色の軍用ヘリコプターが一機、ローターを回していた。
俺とコレーティアが乗りこむと、機内のスピーカーから、フルーリアの声がした。
『シートベルト締めろよー。うちの操縦、荒いから』
嘘ではなかった。




