第3話 知的生命体、誕生
十四日目の朝、ロルが告げた。
「今日から、知的生命体を創れるようにしてあげる。ただし最初の一人は、七人全員で創ること。手を重ねて、力を注いでちょうだい」
ガイア城の大広間で、七人は輪になった。
マックスの大きな手のひらに、一人ずつ手を重ねていく。クゥーの手は、冷たかった。雪葉の手は、意外と温かかった。クレイの手の上に、俺は少しだけためらってから、自分の手を置いた。
手の甲の下で、何かが脈打った。
光があふれた。
輪の真ん中に、小さな生き物が立っていた。
二頭身。つるりとした頭に、つぶらな瞳。簡素な布を一枚、体に巻いている。男の子とも女の子ともつかない顔立ちだった。
その生き物は、ぱちりと瞬きをして、七人を順番に見回した。それから、深々と頭を下げた。
「みなさん、はじめまして。わたくしの名前は、トールと申します。以後、お見知りおきを」
よく通る、中性的な声だった。
「トールくん……トールちゃん? どっちかな」
コレーティアが、しゃがんで目線を合わせた。
「わたくしの性別は、とくに設定されていないようです。みなさんの、お好きなように」
「そっか。じゃあ、トールさんで!」
トールは、こくんと頷いた。それから、コレーティアの顔をじっと見つめた。
「コレーティアさん。異世界転生師。魔法のある世界によく転生されますね。そこでいつも、騎士団長さんと、王子さまと、宮廷魔術師さんと、それから――」
「ストップストップストーップ!」
コレーティアが、真っ赤な顔でトールの口をふさいだ。
「な、なんで知ってるの!?」
「分かりません。生まれたときから、知っていました。みなさんのことを」
大広間が、しんと静まりかえった。
「フルーリアさんは、戦争に勝つたびに、最後に自爆を――」
「おい」
フルーリアの目が、据わった。
「こいつ、始末していい?」
「だめだよ!?」
コレーティアがトールを抱えて逃げる。その腕の中から、トールは健気に続けた。
「クレイさんの自由帳の三冊目には、自作の世界地図と、『蒼穹の聖戦記』という題の――」
「あはは。それは、なかなか恥ずかしいね」
クレイだけが、笑っていた。笑ってはいたが、耳が赤かった。
俺の背中を、冷たい汗が伝った。
こいつは、俺たちのことを知っている。ということは、俺のことも。数えきれない世界での、数えきれない失態。崩壊したハーレム。去り際の捨て台詞。そして、トラック。
「……ロル」
俺は虚空に呼びかけた。
「はいはい、なにかしら」
「こいつ、俺たちのこと、どこまで知ってるんだ」
「さあ。正直、私たちにも分からないのよ。こんなこと、初めてだから」
ロルは、少しだけ困ったように眉を寄せた。女神にも、分からないことがあるらしい。
俺は、トールを見た。
トールも、俺を見た。
「ちょっと、ソーマさん」
ロルの声が、鋭くなった。
「トールさんを殺しちゃだめよ」
「まだ何もしてねえだろ!」
「目が本気だったわよ」
……否定はできなかった。自分の黒歴史を全部知っている相手が目の前にいたら、誰だって殺意の一つや二つは抱くだろう。
「とにかく。その子は、あなたたちが生んだ、この世界の最初の住人なんだから。大事にしなさいよ」
ロルはそう言い残して、消えた。
◇
その夜、俺はなかなか寝つけなかった。
小屋を出て、広場へ向かう。焚き火は、一日じゅう燃え続けている。どういう仕組みなのかは知らない。
火のそばに、小さな影が座っていた。
トールだった。膝を抱えて、じっと炎を見つめている。
「……眠れないのか」
「ソーマさん」
トールが顔を上げた。つぶらな瞳に、火が映っていた。
俺は、少し離れた椅子に腰を下ろした。ぱちり、と薪が爆ぜた。
しばらく、どちらも何も言わなかった。
「ソーマさん。ひとつ、聞いてもいいですか」
「……なんだ」
「みなさんの記憶の中の世界は、どれも、きれいでした。お城があって、街があって、仲間がいて。みなさんは、そこで英雄でした」
トールは、膝を抱えた腕に、ぎゅっと力を込めた。
「なのに、みなさんは、どうしていつも世界を捨ててしまうんですか?」
焚き火が、ゆらりと揺れた。
答えようとした。魔王を倒したら、やることがなくなるからだ。仲間と、上手くいかなくなるからだ。次の世界のほうが、きっといいからだ。
どれも本当で、どれも答えになっていなかった。
「……もう寝ろ。明日も早いぞ」
それだけ言って、俺は立ち上がった。
背中に、トールの視線を感じた。振り返らなかった。
◇
翌朝。
トールが、いなくなっていた。
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