第2話 世界創造、開始
翌日から、本格的な世界創造が始まった。
最初の目標は、城だった。言い出したのはコレーティアだ。
「だって、お城があると、世界って感じがするでしょ?」
問題は、【創造術】で出せるのが一戸建ての大きさまでだということだ。城は出せない。
「なら、部品を組み立てればいいんじゃないかな」
クレイの一言で、方針が決まった。
塔を一本ずつ出す。城壁を一区画ずつ出す。門、跳ね橋、屋根。一つひとつは家ほどの大きさで、それを並べて、組み合わせていく。
これが、思った以上に面白かった。
「マックス、その塔、もうちょい左!」
「こうか?」
「行きすぎ! 戻して戻して!」
「重いなら、私が軽くするわよ」
雪葉が指を振ると、塔がふわりと浮かんだ。重力を操る力、というやつらしい。宙に浮いた塔を、マックスが片手で押して定位置に据えた。
「……我の筋肉、いらなくないか?」
マックスが肩を落とす。その背中を、フルーリアが笑いながらばしばし叩いた。
屋根が一枚足りなくなった。窓の数を数え間違えた。城門の向きが、なぜか内側を向いていた。そのたびに誰かが叫び、誰かが笑った。クゥーは誰とも話さずに、城壁の石の一つひとつに、細かな模様を彫っていた。
「ソーマくん、楽しそうだね」
コレーティアに言われて、俺は自分の口元が緩んでいることに気づいた。
「……別に」
「え〜、ぜったい楽しんでたよ〜」
楽しかった。認めるのは癪だが、城を組み立てるのは、魔王を倒すのと同じくらい楽しかった。
作っているあいだは。
五日目の夕方、城は完成した。
白い世界に、灰色の石の城がぽつんと建っている。塔の高さはばらばらだし、城壁は少し傾いている。不格好だ。でも、七人で創った城だった。
「完成、おめでとう!」
フルーリアが、両腕に缶ジュースを抱えてやってきた。
「どこで手に入れたんだ、それ」
「雪葉が出したんだよ。あいつ、なんでか知らないけど、こういうのを出すのがめちゃくちゃ上手いの」
受け取った缶は、ひんやりと冷たかった。日本の自販機で、よく見かけたラベルだ。プルタブを引くと、懐かしい音がした。
雪葉のほうを見る。彼女は城壁に背をあずけて、一人で缶を傾けていた。その横顔は、少しだけ、ここではないどこかを見ているようだった。
◇
城の次は、街だった。
石畳の大通り。噴水のある中央広場。パン屋、鍛冶屋、宿屋。山から川を一本引いてきて、街の真ん中を流した。
十日目、ロルが動物を解禁した。川に魚を、森に鳥を放つ。街にはまだ誰も住んでいないが、鳥の声がするだけで、ずいぶん世界らしくなった。
名前も決めることになった。
マックスの「暗黒要塞ブラッディ・ケルベロス」と、フルーリアの「第一機甲師団司令部」は、それぞれ六対一で否決された。丸一日かけた会議の結果、城はガイア城、城下町はフローレアタウン、そしてこの世界そのものは、ファースト・ワールドに決まった。
一番目の世界だから。以上。
◇
十二日目の昼だった。
ガイア城のいちばん高い塔から、俺たちはフローレアタウンを見下ろしていた。石造りの家並み。中央広場の噴水。川面が陽の光を跳ね返している。
整っていた。少なくとも、俺の目にはそう見えた。
「なあ」
俺は言った。
「これ、もうクリアだろ。次の扉いこうぜ」
何気ない一言のつもりだった。
隣で、クレイが振り向いた。いつもの穏やかな笑顔のままだった。
「クリア、って?」
「城も街もできた。川も流れてる。形はできたんだから、次に行ったほうが効率いいだろ。扉はまだ六枚もあるんだし」
「住む人は、まだ一人もいないよ」
「それは、そのうち創れるようになるんだろ」
「そうだね」
クレイは、少しだけ首をかしげた。
「ソーマ。君はどうして、異世界転生師になっているんだい?」
息が詰まった。
「……どういう意味だよ」
「そのままの意味さ。世界を救うたびに、次の世界へ行く。それを繰り返して、ここにいる。違うかい?」
「お前だって同じだろ」
「うん。だから聞いてるんだ」
責める口調ではなかった。むしろ、心から不思議そうだった。だから余計に、腹が立った。
言い返そうとして、言葉が出てこなかった。塔の上を、風が吹き抜けていく。
「はい、そこまで〜!」
コレーティアが、俺とクレイのあいだに割って入った。
「喧嘩はだめ。仲良く、ね?」
俺は舌打ちをして、塔の階段を降りた。背中に、クレイの視線を感じていた。
◇
ここでの生活には、奇妙な習慣がいくつかあった。
一つ目は、朝食だ。
毎朝、目を覚ますと、小屋の机に朝ごはんが置かれている。白いご飯、わかめと豆腐の味噌汁、焼き魚。まだ湯気が立っている。
誰が作っているのかは分からない。ロルに聞いても「さあ?」としか言わない。この空間では食べなくても死なないらしいのだが、俺は毎朝残さず食べた。日本の朝ごはんなんて、何度転生ぶりだろう。味噌汁をすすると、なぜか胸の奥がむずがゆくなった。
二つ目は、夕食だ。
いつからか、夕食だけは七人で焚き火を囲んで食べるようになった。誰が言い出したわけでもない。気づいたら、そうなっていた。マックスが肉を焼き、フルーリアが焼き加減に文句を言い、コレーティアが笑い、クレイが話を回す。雪葉は黙って缶ジュースを飲み、クゥーは黙って話を聞いている。
俺は、たいてい黙って食っていた。クレイとは、あれからまともに口をきいていなかった。
一度だけ、焼けた肉の皿が、黙って俺の前に置かれたことがある。顔を上げると、クゥーがもう自分の席に戻るところだった。前髪に隠れて、表情は見えなかった。
礼を言いそびれたまま、その夜は終わった。




