↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生師たち ~転生し過ぎたら、女神様にブチ切れられた件~  作者: いおにあ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
27/32

第26話 願い


 灯守の家は、高層の建物の谷間にあった。


 神殿の裏手から、細い路地を下っていく。道は古い石畳のままで、両側には小さな店が軒を連ねていた。高い建物に見下ろされながら、そこだけが、八千年前の街の形を残しているようだった。


 歩きながら、俺たちは、自分たちの痕跡をいくつも見つけた。


 雑貨屋の店先に、タワシが山のように積まれていた。札には、『聖タワシ 家内安全』とあった。マックスが、黙ってその一つを手に取り、しばらく見つめてから、そっと戻した。


 路地の角の看板には、八本の腕を広げた、丸い生き物の絵が描かれていた。『八腕さまのお守り』。雪葉が、眼鏡を押し上げて、目をそらした。


 学校帰りらしい子どもたちが、すれ違いざまにしゃべっていた。


「明日の試験、ムリゲーすぎない?」

「ムリゲーは神さまの試練なんだから、越えられるって、うちの婆ちゃんが言ってた」

「古っ。そんなの信じてるの、年寄りだけだよ」


 子どもたちは笑いながら、高い建物のほうへ走っていった。


 別れ際に、一人がもう一人に手を振った。


「じゃあね。仲良くしてね〜」


 コレーティアが、足を止めた。口元を手で押さえていた。笑っているのか、泣いているのか、分からなかった。


 八千年。俺たちが何気なくこぼした言葉が、タワシが、タコが、この世界では、朝の挨拶になり、守り札になり、子どもの口ぐせになっていた。それだけ大事にされていたのに、俺たちは一度も、ここに来なかった。


◇


 灯守の家の居間で、俺たちは小さな画面を囲んだ。


 画面の中では、再誕派の指導者たちが、装置の説明をしていた。首都の外れに建てられた、白い塔。その地下に、巨大な球体の核が埋めこまれている。完成の式典は、二十日後。式典の日、核が起動し、世界は白紙に戻る。


「……こいつ、本物だ」


 フルーリアが、画面に顎を近づけて言った。設計図らしきものが、一瞬だけ映ったのだ。


「中心に全部の力を集めて、いっぺんに解き放つ。……うちが自爆するときと、同じ理屈だよ。誰かに教わったんじゃない。最初から、知ってたみたいな作り方だ」


 最初から、知っていた。――創られたものは、創ったひとの当たり前を受け継ぐ。フルーリアが百回くり返した、美しい終わり方も。


「二十日」


 雪葉が、懐中時計の蓋を開けた。


「この世界の二十日は、広場の二秒にも満たない。……逆に言えば、もし私たちがこの世界を出たら、広場の一分ごとに、ここでは二年が過ぎる。少しでも出たら、戻ってきたときにはもう、何も残っていないわ」


 誰も、何も言わなかった。


 雪葉は、懐中時計の蓋を閉じた。そして、静かに言った。


「……損切りしましょう」


 居間の空気が、止まった。


「この世界は、八千年分の空気でできている。私たちが今さら何を言っても、変わらない。装置を止めても、また誰かが作る。……緑の世界と同じよ。空気は、消えない」


 雪葉の声は、冷たかった。冷たすぎた。


「扉を閉めて、鍵をかけて、二度と開けない。あとは、この世界の人たちが決めることよ。白紙に戻るなら、それもいい。残りの二十五日で、私たちは別の世界を――」

「この人たちは、損じゃない!」


 居間が、震えた。


 コレーティアだった。立ち上がって、拳を握りしめていた。彼女が声を荒らげるのを、俺は初めて聞いた。


「灯守のおじいさんも、あの男の子も、さっきの子どもたちも。八千年、ずっと、わたしたちを待ってたんだよ。損とか、得とかじゃない。……わたしたちが、来なかっただけじゃない!」


 雪葉は、何も言い返さなかった。


「……雪葉よ」


 マックスが、低い声で言った。


「お主の計算なら、手が見つかるのではないか。装置を止める手が」

「そうだよ。雪葉ちゃんの重力なら、あの核だって持ち上げられるかもしれない」


 クレイが続けた。


「雪葉なら、できるっしょ」


 フルーリアが言った。


 六人の視線が、一人に集まった。トールの視線も。灯守の老人の視線も。


 雪葉の顔から、血の気が引いていくのが分かった。


「……やめて」


 かすれた声だった。雪葉は、一歩、後ろに下がった。椅子が倒れて、大きな音を立てた。


「私に、期待しないで」


 次の瞬間、雪葉の体がふわりと浮いた。重力を消したのだ。そのまま窓から夜空へ飛び出し、神殿のほうへ一直線に飛んでいく。神殿の階段の上には、俺たちが入ってきた灰色の扉がある。


「雪葉ちゃん!」


 窓に駆け寄ったときには、白衣の背中は、扉の向こうへ消えていた。


 扉の向こうは、広場だ。広場の、焦げ茶の扉の隣だ。


◇


「……逃げた、のか」


 マックスが、呻《うめ》くように言った。


「逃げたんじゃないよ」


 クレイが言った。いつもの穏やかな声ではなかった。


「……ぼくたちが、追い詰めたんだ」


 雪葉ならできる。――俺たちは、五人がかりでそう言った。一人に、八千年分の重さを載せようとした。


 沈黙を破ったのは、クゥーだった。


「……あたし、再誕派の中に入る」


 制服の胸の校章を、手で押さえていた。


「誰にでも、化けられるから。再誕派の巫女になって、装置のそばまで行ける。……たぶん」

「装置は、うちが見る」


 フルーリアが、拳で自分の胸を叩いた。


「あれは、うちの兵器だ。うちが一番よく知ってる」

「我とコレーティアは、神殿を守ろう」


 マックスが言った。


「灯守殿たちを。待ち続けた者たちを。……再誕派の中には、荒っぽい連中もおろう」


 コレーティアが、黙って頷いた。手鏡を握る手に、力がこもっていた。


「ぼくは、記録するよ」


 クレイが、自由帳を開いた。


「この世界で、今、起きてることを。全部。……消さずに、描く」

「ぼくも、手伝います」


 トールが、小さな身体で胸を張った。


 全員の持ち場が、決まっていった。誰も、全員一致だとは言わなかった。決める前に、もう動きはじめていた。


 残ったのは、俺だけだった。


「……雪葉は、俺が行く」


 口に出してから、自分で驚いた。


「あんたが?」


 フルーリアが、また目を丸くした。紫の扉のときと、同じ顔だった。


「一番、暇だろ」


 俺には、持ち場がなかった。剣を抜いて、装置を叩き壊すことならできる。でも、それをしたら、この世界の半分の人間にとって、俺は魔王になる。八千年放っておいた神さまが、いきなり来て、彼らの願いを叩き壊す。そんなものは、勇者でも何でもない。


 だから、行く。逃げたやつのところへ。俺がいちばん、よく知っている場所へ。


「……行っておいで、ソーマ」


 クレイが、自由帳から顔を上げずに言った。


「こっちは、もたせる。……急がなくていいよ」


 急がなくていい。装置の完成まで、あと二十日しかないというのに。


 俺は、灯守の家を飛び出した。夜の路地を駆け抜け、神殿の階段を駆け上がり、灰色の扉を開けた。


 広場は、夜だった。焚き火が、さっきと変わらずに燃えていた。


 隣の焦げ茶の扉が、わずかに開いていた。


 俺は、迷わずにその扉をくぐった。広場での一歩は、灰色の世界の何日分にもなる。だから、ためらわなかった。十五分もためらった、緑の扉のときとは、違った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。