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異世界転生師たち ~転生し過ぎたら、女神様にブチ切れられた件~  作者: いおにあ


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第24話 もう一度


 二十二日目から二十六日目にかけて、俺は何度か、緑の扉をのぞきに行った。


 広場で半日もすれば、向こうでは二か月が過ぎる。のぞくたびに、向こうの時間は、ずいぶん先へ進んでいた。


 最初にのぞいたのは、九月のはじめの図書館だった。


 窓辺の読書席に、ひょろりと細い背中があった。湊だ。その前に、二メートルの巨体が、居心地悪そうに立っていた。


「……はじめまして」


 マックスが言った。湊が、びくりと身をすくめた。無理もない。顔も知らない獣人の転校生が、いきなり頭の上から話しかけてきたのだ。


「詩は、好きか」

「え……あの……」

「僕は、好きだ」


 マックスは、書架から詩集を一冊抜いて、湊の前に置いた。それから、向かいの席に、巨体を押しこんだ。


「この人の、三番目の詩がいい。……気が向いたら、読んでみてくれぬか」


 詩の話をするときだけ、マックスは「僕」と言うようになっていた。それ以外のときは、あいかわらず「我」だったが。


 次にのぞいたのは、体育祭の朝だった。図書館の入り口に、手書きの貼り紙があった。


『詩の会 昨日できました 来る者、拒まず』


 字は湊のもので、隣に小さくタワシの絵が描いてあった。


 校門には、やはりあの横断幕が掛かっていた。文化部の部は、やはり昼休みに押しこまれていた。権藤先生は、やはり湊を見ると「バスケ部」と口にした。


 空気は、消えなかった。巻き戻しても、消えなかったものが、巻き戻さなくても消えるはずがない。


 ただ、文化部のテントの隅に、手作りの小さな旗が一本、立っていた。『詩の会』。その下に、大きな背中と細い背中が、並んで座っていた。


◇


 クゥーは、小春のそばを離れなかった。


 朝は坂の下の駅で待ち合わせて、一緒に坂を上った。昇降口で靴を履き替えるときも、教室で弁当を広げるときも、隣にいた。トイレに行くときも、クゥーは必ず一緒に行った。


 小春は、不思議そうに笑っていた。「クゥーちゃん、さみしがり屋さんだね」。クゥーは、「うん」とだけ言った。理由は、言わなかった。


 ひそひそ声は、今度は六月のうちに聞こえはじめた。


 廊下の角で。昇降口の靴箱の前で。あの子、制服の転校生とばっかりいるよね。――前の一年と、ほとんど同じ言葉だった。違うのは、制服の転校生が、もう一人だけではなくなったことだ。新しい制服は、二学期から全校で着ることになっていた。胸に、三枚の葉の校章。クゥーはもう、教室でただ一人の制服ではなかった。


 それでも、ひそひそ声は、ひそひそ声のままだった。


 一度だけ、渡り廊下で、女子が三人、小春の前に立ちふさがったのを見た。


 クゥーは、何もしなかった。変身もしなかったし、怪物にも魔王にもならなかった。ただ、小春の隣に立って、前髪の奥から、三人をまっすぐに見ていた。小さな手が、小春の制服の袖を、ぎゅっとつかんでいた。


 三人は、しばらくして、つまらなそうに去っていった。


 空気は、消えない。でも、今度は、一人にしない。


 四つめの校則を、クゥーは自分の足で、毎日守っていた。


 十二月にのぞいたとき、坂道の銀杏は、また葉を落としていた。


 校門の前で、小春が紙袋を差し出していた。中身は、手編みのマフラーが二本。


「おそろい。こっちが、クゥーちゃんの」


 小春が、クゥーの首に巻いたのは、えんじ色のほうだった。


「なんでか分かんないけど、クゥーちゃんは、この色だと思ったの」


 クゥーは、しばらく動かなかった。それから、マフラーに顔をうずめて、小さく頷いた。


 巻き戻しで消えたものは、消えたままだ。小春は、何も覚えていない。それでも、同じ色を選んだ。


 春にのぞいたとき、二人は三年生になっていた。昇降口のクラス分けの貼り紙の前で、小春がぴょんと跳ねた。


「三年生も、一緒だね」


◇


 雪葉だけは、自分の世界を創ろうとしなかった。


 焦げ茶の扉は、一度も開けられていない。昼間は、誰かの世界を手伝うでもなく、広場の岩に腰かけて、懐中時計を眺めている。誰かに計算を頼まれれば、答えを一つだけ言って、また黙る。


 そして夜になると、広場のいちばん隅で、一人で缶ジュースを飲んでいた。


 二十五日目の夜、小屋へ戻る途中で、俺はその背中を見つけた。


 岩の上に膝を抱えて座り、夜空を見上げていた。片手には、いつもの缶。黄色の密林でも、こんなふうに一人で座っていたのを思い出した。


 声をかけようかと思った。


「……何よ」


 先に言われた。振り向きもしないで。


「いや、別に」

「そう」


 それきりだった。俺は、何を言えばいいのか分からないまま、小屋へ戻った。用もないのに、誰かのそばに居る。そのやり方を、俺はまだ知らなかった。


◇


 二十三日目の夜から、三日間。


 誰も、灰色の扉を開けなかった。


 フルーリアは、橙の世界で花火の練習に夢中だった。クレイとコレーティアは、動きはじめた紫の世界の続きを、二人で見守っていた。橋は、本当に一度落ちたらしい。騎士たちが、自分たちで架け直したのだと、コレーティアは嬉しそうに話した。マックスとクゥーは、緑の世界の二度目の一年に付き添っていた。俺は、そのあいだを行ったり来たりしていた。雪葉は、夜ごと広場の隅で、一人で缶を傾けていた。


 二十五日目の夕食は、にぎやかだった。


 フルーリアが、焚き火の上に、手のひらほどの小さな花火を打ち上げてみせた。ぱち、ぱち、と小さな光が弾けて、コレーティアが手を叩いた。クレイは、自由帳の新しいページを回して見せた。焚き火を囲む八つの椅子の絵だった。マックスは、湊の詩を一行だけ、低い声で読みあげた。誰も茶化さなかった。クゥーは、えんじ色のマフラーを膝に載せて、黙って聞いていた。


「そういえば、灰色のほうは、どうなってるかな」


 コレーティアが、ふと言った。


「放っておいても育つっしょ。四千年であれだぜ」


 フルーリアが笑った。


「次にのぞいたら、ロケットくらい飛ばしてるかもしれないね」


 クレイも、笑った。


 俺も、笑った。雪葉だけが、笑わずに、懐中時計の蓋を閉じた。


 誰も、忘れていたわけではない。


 放っておいても、育つ。四千年で、あそこまで来たのだ。鍵もかかっている。心配することはない。――みんな、そう思っていた。俺も、そう思っていた。


 ファースト・ワールドにも、あれから一度も行っていなかった。落ち着いたら行く。そう言ったまま、俺たちは一度も、落ち着いたことがなかった。


 広場の一分で、向こうでは二年近くが過ぎる。俺たちが夕食の肉を焼いているあいだに、向こうでは王朝が一つ起こって滅びる。俺たちが一晩眠っているあいだに、千年が過ぎる。


 その計算を、誰も口にしなかった。計算の得意な雪葉でさえ。


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