第22話 変身
「うちさ、転生すると、いつも兵器になるんだ」
広間の高い窓から、橙色の光が差しこんでいた。
「最初は戦車だった。次は爆撃機。戦艦のときもあったし、山みたいな巨大ロボットのときもあった。どの世界にも戦争があってさ。うちは、勝つほうの最終兵器だったんだ」
フルーリアは、得意げに言った。得意げなのは、声だけだった。
「でさ、勝つじゃん。戦争が終わるじゃん。みんな、泣いて嬉しがってさ。花とか投げてくれんの。最初の一か月くらいは。……それで、半年もすると、誰もうちのこと見なくなるんだよね」
「……」
「平和な世界に、戦車の置き場所なんてないだろ。広場の真ん中に、でっかい大砲つけたまま置かれてさ。子どもが、怪しいもんを見る目で見るんだよ」
フルーリアは、ツインテールの先を指に巻きつけた。
「だからさ。用済みになる前に、自分で終わらせてきたんだ。最後の敵を倒したら、そのまま空に上がって、自爆。派手に。きれいに。で、次の世界へ」
「何回、やったんだ」
「百回。……くらい。数えてねえけど」
百回。俺の四十七回より、多い。
「平和が来るとさ、怖かったんだよ。うち、用済みになるんだって」
玉座の骸骨の上で、フルーリアの指が止まった。
「日本にいたころも、たぶん似たようなもんだった。うち、戦車とか戦闘機のプラモが好きでさ。第三中で戦史研究会を作ろうとしたら、先生に言われたんだよ。女子がそういうのは、ちょっとねって。……ちょっとね、ってなんだよな」
笑った。しかし目は笑っていなかった。
「それから、放課後は、商店街の模型店に入り浸ってた。学校より、そっちのほうが、居場所っぽかった。そのうち、学校のほうには行かなくなってさ」
フルーリアは、広間の高い天井を見上げた。
「最後の日も、模型店の帰りだった。M4シャーマンの新しいキット、買ったとこでさ。踏切で、袋から箱が落ちたんだ。警報が鳴ってたのに、拾おうとして、しゃがんで。……それだけ。ただのドジだよ。ダサいだろ」
「……ダサくねえよ」
言ってから、他に言うことがないか探した。見つからなかった。
かわりに、口から出てきたのは、自分のことだった。
「俺も、同じだな」
玉座の前の階段に、腰を下ろした。魔王の前で腰を下ろすのは、四十七回の転生で、たぶん初めてだった。
「魔王を倒すまでは、いつだって上手くいくんだ。倒したあとが、上手くいかない。敵がいないと、何をしていいか分かんないんだよ。だから、次の敵を探しに行く。次の世界へ」
敵のいない世界を創ろうとして、二人がかりで魔王城を建てた。一人は、敵がいなくなると用済みになるのが怖くて。もう一人は、敵がいないと、何をしていいか分からなくて。
俺たちは、同じだった。
「……なあ、フルーリア」
「ん」
「お前の変身って、兵器にしかなれないのか」
フルーリアは、きょとんとした顔をした。
「……なったこと、ない。ほかのもんには」
「じゃあ、試してみろよ」
俺は、広間の高い窓を指さした。橙色の空が見えていた。
「ここには、撃つ相手もいないんだしさ」
◇
城のいちばん高い塔の上に、二人で登った。
眼下に、川と草原と橙色の屋根が広がっていた。山の麓には、鉄の兵士たちが、誰もいない草原に向かって整列している。
「……何になればいいんだよ」
フルーリアが、塔の縁に立って言った。風で、ツインテールが横に流れた。
「兵器じゃないもんって、何。うち、分かんない」
「……爆発するのは、得意なんだろ」
考えて言ったわけではなかった。昔、どこかの世界の戦勝祭りで見た光景が、不意に浮かんだだけだった。夜空に打ち上げられて、ひらいて、散っていく光。誰もが見上げて、歓声をあげていた。
「爆発して、誰も死なないやつだよ。……花火とかさ」
フルーリアが、振り向いた。
しばらく、何も言わなかった。それから、塔の縁で、橙色の空に向き直った。
「……失敗しても、笑うなよ」
蹴った。
小さな体が、まっすぐに空へ昇っていった。高く、もっと高く。橙色の空の、いちばん深いところまで。
そして、ひらいた。
赤と金の、大きな菊だった。空いっぱいに光の花びらが広がり、遅れて、どん、と腹に響く音が届いた。花びらの先が、柳の枝のようにゆっくりと垂れて、橙色の空に溶けていった。
山の麓で、鉄の兵士たちが、いっせいに空を見上げていた。
光の粒が、塔の上に降りてきた。粒は集まって、人の形になった。
フルーリアは、塔の石畳の上に、大の字になって寝転がっていた。
「……痛くねえ」
呼吸が、荒かった。
「爆発したのに。どこも、痛くねえ」
笑っていた。泣いてもいた。どっちなのかは、橙色の光のせいで、よく分からなかった。
「もう一発、いけるか」
「……いける」
その日、橙色の空には、日が暮れるまで花火が上がり続けた。
◇
次の朝、フルーリアは広場から、M4シャーマンを橙の世界へ運びこんだ。
最初に創った戦車。彼女がいつも腰かけていた、一戸建てほどもある鉄の塊。川のほとりに止めて、砲塔のハッチを開けた。
「土、入れるぞ」
「……ほんとにやんの?」
「お前が言い出したんだろ」
川沿いの土を、二人でハッチの中へ運んだ。【創造術】を使えば一瞬だったが、なぜか二人とも使わなかった。バケツを創って、手で運んだ。汗だくになった。
砲塔の中が土でいっぱいになると、フルーリアが花の種をまいた。橙色の小さな花だ。名前は知らない。橙の世界の時間で三日もすると、芽が出た。一週間で、花が咲いた。
砲塔のハッチから、橙色の花があふれていた。
「……変なの」
フルーリアは、花だらけの戦車を見上げて、鼻をこすった。
「でも、うち、この子のこと、前より好きかも」
橙色の世界で過ごしたのは、三か月少しだった。扉を出ると、広場では二時間と少ししか経っていなかった。
広場へ戻る途中、灰色の扉の前を通りすぎた。
一瞬だけ、あの小骨が、喉に引っかかった。けれど、足は止まらなかった。




