↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界転生師たち ~転生し過ぎたら、女神様にブチ切れられた件~  作者: いおにあ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
20/32

第19話 ロル


 広場に戻ると、まだ朝だった。


「……九時半」


 雪葉が、懐中時計を見て言った。


 緑の世界で三日近くを過ごしたのに、広場では、一時間も経っていなかった。


「ロルに、聞かなきゃ」


 コレーティアが言った。


「偶然よ、って言ったよね。あのとき」


 七人で、ロルを呼んだ。


 定時内のはずだった。けれど、何度呼んでも、ロルは現れなかった。


 かわりに、一枚の紙が、ひらひらと空から落ちてきた。


『ただいま会議中です。 ロル』


 それきりだった。


 ロルを待つあいだ、広場はしんと静かだった。


 クゥーは、第三中の制服を着たまま、十五分おきに緑の扉をくぐった。向こうで一日を過ごして、小春に「また明日」と言い、広場に戻ってくる。ロルが来ていないのを確かめると、また扉をくぐる。広場の十五分は、緑の世界の一日だ。明日も来る、という約束を、クゥーはそうやって守っていた。


 昼前、扉から戻ってきたクゥーに、コレーティアがおにぎりを差し出した。


「クゥーちゃん。ちょっとだけでも、食べよ?」


 クゥーは、首を横に振って、また扉をくぐった。コレーティアは何も言わずに、扉の前に座った。おにぎりの包みは、扉の前に置かれたまま、夕方までそこにあった。


 フルーリアは、何度か冗談を言おうとして、そのたびに途中でやめた。


 雪葉は、焚き火からいちばん遠い岩の上で、懐中時計の蓋を開けたり閉めたりしていた。何を計算しているのかは、聞かなくても分かる気がした。あと何日。あと何時間。


 クレイは、自由帳を開いては、閉じた。


 俺は、何もしなかった。何をすればいいのか、分からなかった。


 昼が過ぎ、夕方になった。誰も、どの扉も開けなかった。マックスは、朝からずっと、タワシで広場の石を磨いていた。夕食の肉は、誰も焼かなかった。


 定時の六時を過ぎても、ロルは来なかった。


◇


 夜更けだった。


 焚き火の向こうの暗がりが、ふっと揺れた。


「……今日は、残業よ」


 ロルだった。


 ただし、いつもの深衣ではなかった。水色のパジャマに、カーディガンを一枚羽織っているだけ。髪はほどけて、あちこちが寝ぐせのように跳ねていた。手には、もう湯気の立っていないマグカップ。


「ロルちゃん、その格好……」

「着替える気力が、なかったの」


 ロルは、空いている椅子に、どさりと腰を下ろした。背の低い、トールの椅子だった。膝が、ずいぶん高い位置にきた。


「会議だったのよ。朝から、ずっと。上層部と」


 ロルは、マグカップを両手で包んだ。


「まず、謝らせて。……偶然よ、って言ったわね。あれは、嘘」


 焚き火が、ぱちりと爆ぜた。


「あなたたちが、別々の世界線で、同じ中学から逃げ出したことは、知っていたわ。最初から。……だから、わざと、一つの班に集めたの」

「わざと?」


 フルーリアが、身を乗り出した。


「同じ場所から逃げた子たちなら、一緒にいれば、何かが変わるかもしれない。そう思ったのよ。私が、上に掛け合った」


 ロルは、目を伏せた。


「黙っていたのは、先入観を持ってほしくなかったから。……結局、いちばんつらいところを、あなたたちに自分で掘り起こさせることになったわね」

「それだけじゃ、ないんでしょう」


 雪葉が言った。


「会議が一日かかったのは、別の理由」


 ロルは、少しだけ笑った。疲れた笑い方だった。


「察しがいいわね」


 それから、マグカップを足元に置いた。


「緑の扉での、巻き戻し。上層部は、あれを『リセットの再発』とみなしたわ。更生の見込みが薄い、って」


 誰かが、息をのんだ。


「期限を、縮めるそうよ」


 ロルは、七人の顔を、一人ずつ見た。


「あと、三十日」


 ――期限は状況によって変わることもあるから、そのつもりで。


 最初の日に、ロルはそう言っていた。状況は状況よ、と。


「……一年が、五十一日になったのね」


 雪葉が、すぐに言った。


「一日でも多く、と粘ってはみたのよ」


 ロルは、膝の上で拳を握った。


「私の力不足よ。……ごめんなさい」


 女神が、頭を下げた。水色のパジャマのまま、背の低い椅子の上で。


「……なんで、そこまでしてくれるんだよ」


 気づくと、俺は聞いていた。


「上に掛け合ったり、粘ったり。俺たちなんて、クリアしたらポイの常連だろ」


 ロルは、少しだけ顔を上げた。


「……仕事よ」


 それだけ言って、ロルは足元のマグカップを拾い上げた。


 それから、ロルは立ち上がった。


「定時は、とっくに過ぎてるの。……おやすみなさい」


 ロルが消えたあとも、しばらく、誰も口をきかなかった。




 最初に口を開いたのは、雪葉だった。


「……関係ないわ」


 冷たい声だった。


「昔の学校なんて、今の私たちには関係ない。名前を思い出したからって、何が変わるの。あと三十日。やるべきことを、やるだけよ」

「関係なくは、ねえだろ」


 フルーリアが、笑った。


「なあ、いっそさ、第三中を創って、ぶっ壊そうぜ。こっちで。校舎も、横断幕も、あの校章も。うちが戦車になって、全部まとめて吹っ飛ばしてやるよ」


 笑っていた。目だけが、笑っていなかった。


 クレイは、何も言わなかった。自由帳を膝に載せたまま、表紙を開こうとはしなかった。


 マックスは、黙って、タワシで広場の石を磨いていた。ごし、ごし。朝からずっと磨いている石は、もう、焚き火の光を映すほどになっていた。


 クゥーは、第三中の制服のまま、膝を抱えていた。


 俺は、何も言えなかった。放っておけばいい、とは、もう言えなかった。けれど、ほかに何を言えばいいのかも、分からなかった。


「……全員一致なんて」


 ぽつりと、声がした。


 コレーティアだった。膝の上で、手鏡を握っていた。


「ただの、怖がりのルールだった」


 顔を上げずに、コレーティアは続けた。


「みんなが同じ気持ちじゃないと怖いって、わたし、言ったよね。……ほんとは、誰かに反対されるのが、怖かっただけなんだ。反対されないように、みんなに合わせて。合わせられないときは、何も決めない。それって、逃げてるのと同じだよね」


 手鏡に、焚き火が映っていた。


 しばらくして、コレーティアは顔を上げた。


「……ねえ」


 六人の顔を、一人ずつ見た。


「みんなで住める世界を、創ろうよ」


 声が、少しだけ震えていた。


「学校じゃない場所。誰か一人の理想じゃなくて、七人で、最初から。……灰色の扉で」


 灰色の扉。最初の日に、俺が何も考えずに指さした、右から二番目の扉だった。


 雪葉が、すぐに計算した。


「灰色は、百万倍」


 眼鏡の奥で、瞳が焚き火を映していた。


「広場の一日で、二千七百四十年」




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。