第17話 よみがえったもの
二日後の朝、五人がやってきた。
「おっそ……って、うちらが遅いのか」
校門の前で、フルーリアが頭をかいた。
「広場で、三十分」
雪葉が、懐中時計を閉じた。
「こっちでは、二日ね」
コレーティアが、クゥーに駆け寄って抱きついた。クゥーは目を白黒させながら、されるままになっていた。
クレイが、俺の前で足を止めた。
「……来たんだね」
「うるせえ」
「ソーマくんが行っちゃったから、みんなで行こうって、なったんだよ」
クゥーを抱きしめたまま、コレーティアが言った。
「全員一致で」
マックスは、少し離れたところから、図書館の窓を見上げていた。窓辺の読書席に、ひょろりと細い背中が一つ、見えていた。
「……あとで、声をかけてみるとしよう」
マックスが、ぽつりと言った。
「はじめまして、からな」
その日は、全校集会の日だった。
◇
体育館は、蒸し暑かった。
六百人の生徒が、学年ごとに並んで床に座っている。色とりどりの私服の背中の中で、俺たち七人も、転校生らしく隅のほうに固まっていた。クゥーの隣には、小春がいた。
「それでは、お待たせしました」
壇上で、生徒会長がマイクを握った。
「新しい制服を、発表します」
体育館が、わっと沸いた。
舞台袖から、モデル役の生徒が二人、歩み出てきた。男子と女子が一人ずつ。
灰色がかった紺のブレザー。男子は深緑のネクタイで、女子は同じ色のリボン。スカートとズボンは、細かなチェック柄。
そして、胸ポケットに、校章。
三枚の葉を、輪の形に組み合わせた紋。その下に、小さく「第三」の刺繍があった。
「校章の『第三』には、特に意味はありません」
生徒会長が、照れくさそうに笑った。
「委員会で案を出しあったら、なぜか、これがいちばんしっくりきたので」
体育館に、笑い声が広がった。
俺たち七人は、誰も笑わなかった。
隣で、クゥーが青ざめていた。
唇から、色が消えていた。ラケットを握る指が、白くなっていた。
クゥーの輪郭が、ぶれた。
紺色のブレザーが、灰色がかった紺に変わった。えんじ色のリボンが、深緑に変わった。スカートの柄が、細かなチェックに変わった。胸ポケットに、三枚の葉の輪が浮かび上がった。
壇上のモデルと、同じ制服だった。
ただ、クゥーのそれは、新品ではなかった。袖口が少しすり切れて、襟には、アイロンの跡がついていた。長いこと着て、それからずっとしまわれていた服のように見えた。
「……え」
クゥーは、自分の体を見下ろした。
「なんで……あたし、変身なんて、してない……」
声が、震えていた。
周りの生徒は、誰も気づいていなかった。みんな、壇上の新しい制服を見ていた。小春だけが、不思議そうにクゥーの横顔を見ていた。
俺は、クゥーの胸の校章から、目が離せなかった。
知っている。
この校章を、俺は知っている。
合格発表の日。掲示板の前で、自分の受験番号を見つけて、声をあげた。あのとき見上げた掲示板の、いちばん上に、この紋があった。三枚の葉の、輪。そして、その横に書かれていた名前。
隣で、誰かが息をのんだ。コレーティアだった。クレイが、口元を押さえていた。フルーリアのツインテールが、小刻みに揺れていた。マックスのたてがみが、逆立っていた。雪葉は、眼鏡の奥の目を見開いていた。
俺も入れて六人が、同じものを見ていた。
名前は忘れても、見たものは覚えている。
擦り切れて、消えかけていた名前が、校章の輪の中から、一文字ずつ浮かび上がってきた。
「……県立、第三中学校」
誰が最初に言ったのかは、分からない。
七つの声が、重なっていた。
◇
夕暮れの屋上には、誰もいなかった。
フェンスの向こうで、銀杏並木の坂が、町のほうへ下っていく。坂の下の駅に、二両編成の路面電車が止まっていた。
七人で、コンクリートの上に座った。
クゥーは、まだあの制服を着ていた。元に戻そうとしても、戻らないらしい。あるいは、戻したくないのかもしれなかった。
しばらく、誰も口をきかなかった。遠くのグラウンドから、運動部のかけ声が聞こえていた。
「……答え合わせを、しましょう」
最初に言ったのは、雪葉だった。
「入学した年。部活。覚えていることを、全部」
「俺は、四期生だ」
口に出すと、それも一緒に戻ってきた。開校して四年目の新入生。
「部活は、入ってない」
「ぼくも、四期生だよ」
クレイが言った。
「……は?」
「美術部だった。クラスは、一組」
「俺も一組だぞ」
顔を見合わせた。
同じ学年の、同じクラス。なのに、俺はクレイを知らない。クレイも、俺を知らない。
「わたしは、二期生」
コレーティアが言った。
「文芸部だったよ。……でも、男の子の部員なんて、一人もいなかったけど」
「……僕は、いた」
マックスが、低い声で言った。
「三期生だ。文芸部の男子は、僕一人だった」
「え……」
コレーティアは、目をしばたたいた。
「わたしが二年生のとき、文芸部に入ってきた一年生は、女の子ばっかりだったよ。男の子なんて、いなかった」
二期生と三期生。同じ部室にいたはずの二人が、互いを知らない。
「うちは……五期生、だったと思う」
フルーリアが、指を折って数えた。
「部活は、なし。戦史研究会を作ろうとしたら、却下された」
「……こっちの学校と、同じじゃねえか」
「だろ? 笑えるっしょ」
フルーリアは笑った。誰も、つられなかった。
「私は、四期生。理科学部」
雪葉は、それだけ言って口を閉じた。それ以上は話さない、という顔だった。
「四期生の理科学部に、お前みたいなやつがいたら、覚えてると思うんだけどな」
「私も、あなたたちなんて知らないわ」
最後に、クゥーが言った。
「……五期生。テニス部、だった」
膝の上のラケットに、指先で触れた。
「下手だったから。一か月で、行けなくなった」
テニス部。
【創造術】で、クゥーが一番最初に創ったもの。どうしてラケットだったのか、俺は一度も考えたことがなかった。
入学した年も、部活も、食い違っていた。同じクラスなのに、会ったことがない。同じ部室にいたはずなのに、知らない。それでも、校門の場所と、銀杏の坂と、胸の校章だけは、七人とも同じだった。
「世界線が、違うのよ」
雪葉が言った。
「私たちは、それぞれ別の世界線の日本で、それぞれ別の第三中に通っていた。……そう考えるしかないわ」
「パラレルワールドってやつか」
「呼び方は、なんでもいいわ」




