第11話 詩
十月のある昼休み、図書館で、俺はそれを見た。
窓辺の読書席に、一年生の男子が座っていた。湊という名前だ。背は高いが、ひょろりと細い。どの部にも入っておらず、昼休みになると、いつもここにいる。読んでいるのは、決まってあの書架の本だった。マックスが「飾りだ」と言った、詩集の棚の。
その向かいに、マックスが座っていた。
二メートルの巨体を読書席に押しこんで、湊のノートをのぞきこんでいる。
「……ここの、行の切り方が良い」
マックスが、太い指でノートの一行を指した。
「『放課後の体育館の音が/ぼくの心臓より大きい』。ここで切るから、心臓の音が聞こえる」
「……分かります?」
「分かる」
湊が、耳まで赤くなった。マックスは咳払いをして、そっぽを向いた。
どうやら、二人の昼休みは、今日が初めてではないらしかった。
そのとき、図書館の扉が乱暴に開いた。
「おい、湊。やっぱりここか」
ジャージ姿の男が、大股で入ってきた。体育の権藤先生だ。バスケ部の顧問でもある。
「昼休みに、なんで図書館なんだ。背があるんだから、バスケ部に来いって言ってるだろう」
「あ……でも、部活は、入っても入らなくてもいいって、校則に……」
「校則は校則だ。男子なら運動部。常識だろう」
権藤先生は、湊のノートをひょいと取り上げた。
「なんだこれ。……詩?」
鼻で笑った。
「男が昼休みに、詩なんか書いててどうする。文武両道って、校門にも書いてあるだろう。体を動かさないやつは、勉強だって伸びないぞ」
湊はうつむいた。膝の上で、握った拳が震えていた。
がたん、と椅子が鳴った。
マックスが、立ち上がっていた。
「……返すがよい」
低い声だった。
「なんだ、転校生。お前、柔道部だったな。そういうやつが、文化部の肩なんか持って――」
「文化部の肩を持って、何が悪い!」
図書館の窓ガラスが、びりびりと震えた。
「男子たるもの運動部だと? そんな決まりが、この学校のどこにある! 詩を書く男は、一人前ではないとでも言うのか!」
マックスの声が、裏返った。
「僕だって、詩が好きだった!」
しん、と図書館が静まり返った。
マックスは、はっとしたように口を開けたまま、固まっていた。それでも、言葉は止まらなかった。
「……僕だって、文芸部だった。毎日、毎日、廊下で呼び止められた。いつ運動部に来るんだって。男のくせにって。背の低い、ひょろひょろの一年生だったのに。それでも、やめなかった。僕は、やめなかったんだ。やめなかったのに――」
大きな肩が、震えていた。
「最後には、学校に、行けなくなった」
たてがみが、力なく垂れていた。二メートルの体が、そのときは、ひどく小さく見えた。
権藤先生は、何か言いかけて、やめた。ノートを机に置くと、舌打ちをひとつ残して出ていった。
扉が閉まる音がして、それきり、誰も動かなかった。
最初に動いたのは、湊だった。机の上のノートを拾い、両手で胸に抱えた。
「……あの」
マックスが、ゆっくりと振り向いた。
湊は、何を言えばいいのか分からない顔をしていた。マックスも、同じ顔をしていた。
「……詩の会を、作らぬか」
しばらくして、マックスが言った。いつもの口調に戻っていた。
「部では、ない。会だ。届け出も、いらぬ。昼休みに、ここで書いたものを読みあう。それだけの会だ」
「……二人で、ですか」
「二人からで、良い」
湊は、ノートを抱えたまま、こくりと頷いた。
書架の陰で、俺は詩集を一冊、棚に戻した。マックスがこっちを見た。見つかっていたらしい。
「……ソーマ。今のは、聞かなかったことにしてくれぬか」
「なにを?」
マックスは、少しだけ目を見開いた。それから、ふん、と鼻を鳴らした。
「……良い会に、なると良いのだが」
その日から、図書館の窓辺には、昼休みごとに、大きな背中と細い背中が並ぶようになった。




