第六話 名前の重さ
県予選の会場は、練習試合で来たことのある天井の低い体育館だった。照明のひとつが点滅している。
スタメン表が読み上げられた。五十嵐、高瀬、小早川、堀内、蜂谷——そしてライト、真鍋。
俺の名前は呼ばれなかった。
対面のベンチがざわついた。「藤原いないの?」「去年の怪物だろ」。声の端が聞こえる。名前だけが先に届いている。
メモ少年がコートに向かう前に振り返った。「先輩の分もやってきます!」。声が裏返りかけていた。
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ベンチから見る試合は初めてだった。直の背中が遠い。
序盤は取れた。ハチのAクイックが抜ける。タカがレフトから打ち抜いて「よっしゃ!」と着地した。片桐の「ナイス!」が後衛から飛ぶ。
だが相手が慣れると構図が変わった。四番がセンターに寄り始めた。ライトに張り付く理由がないから、自由に動ける。ハチのクイックにブロックが二枚揃った。タカのレフトにも二枚。
12-10。四番の足がよく分かる。サーブのたびにセンターを見て、レフトを見る。ライトには目もくれない。
腕が鳴っている。あそこに立てば、あの足が止まる。
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監督がこちらを見た。
「藤原、行け」
立ち上がった。メモ少年がコートから出てくる。すれ違いざま「お願いします先輩!」と頭を下げた。息が上がっていた。
コートに入った。四番が振り向く。
「十一番に付け!」
四番の足が止まった。さっきまでセンターに寄っていた足が、ライトを見たまま動かない。
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次のラリー。直が背中越しに指を二本立てて、ハチが頷く。
ライトに入って、打てる構えを取る。四番がこっちを見ていた。
直のトスはタカに上がった。四番はトスが出てから慌ててセンターに寄ったが、もう遅い。タカの前にはブロック一枚。振り抜いた打球が突き刺さる。
「よっしゃ!」
タカが吠えて、ハチが走り寄ってハイタッチする。片桐が「ナイス!」と飛ばす。俺もハチの手を叩いた。バチンと鳴る。
直がセッター位置に戻りながら言った。
「ね?」
一音。俺がここにいる限り、あの足はセンターに寄れない。
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ハチの速攻が二本続けて抜けた。どちらもノーブロック。
「先輩のおかげっす! ブロック遅いっすよ!」
「お前が決めてんだろ」
「いやマジで楽っすよ、こんなの初めて」
同じ構図が続いた。俺がライトにいるだけで四番が張り付き、空いた場所を誰かが打つ。ハチが決めるたびにハイタッチを求めてくるので、俺の右手だけが赤くなっていった。
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相手の監督がタイムアウトを取った。
ベンチに戻った。腕が鳴っている。一度も振っていない腕が張り詰めている。
「藤原」
直がドリンクを渡しながら言った。
「効いてる。お前がいるだけでレフトが動けなくなってる」
「知ってる」
「怒ってる?」
「怒ってない。ただ打ちたい」
直がストローを噛みながら笑った。目は笑っていない。配球を組み立てている時の目だ。
「もうちょっとだけこのまま行かせて。ハチが乗ってる」
「好きにしろ」
ホイッスルが鳴った。直は「ね」と言ってコートに戻る。
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タイムアウトが明けた。片桐のレシーブが直に返り続ける限り、速い配球が選べた。ハチのクイック、タカのレフト。ブロック一枚で打てる構図が崩れない。
25-17。第一セットを取った。ハチがコート中央に走る。タカと片桐が手を合わせて、ベンチからメモ少年の「ナイスです!」が飛んだ。俺もハチの手を叩いた。一本も打ってないけど、チームは勝ってる。
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第二セットも同じ構図だった。相手が俺のレシーブを狙い始めたが、腕の角度だけで直の頭上に上げた。片桐の「ナイスレシーブ!」が飛ぶ。打ちたい腕で守る。ちょっと悔しくて、ちょっと面白かった。
25-19。ストレートで勝った。
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整列して挨拶する。相手の四番が、まだこっちを見ていた。一本も打っていない相手を最後まで警戒していた目。
ベンチに戻ると、メモ少年がスコアブックを広げていた。指が俺の列を辿って止まる。攻撃決定本数の欄にゼロが並ぶ。
「藤原先輩」
指先がゼロの数字を押さえている。
「一本も打ってないっすね」
悪気はない。数字をそのまま言っているだけだ。
「でも相手はずっと見てましたよ。打ってないのにレフトが張り付いてたとか、やっぱ才能っすよね」
才能。ゼロの列を才能と呼ぶのか。
ハチが横から覗き込んだ。
「マジだ。先輩、一本も打たないで勝っちゃいましたね」
「お前が全部打ったからだろ」
「いや俺だけじゃないっすよ。タカ先輩もめちゃくちゃ打ってたし」
「そうだな」
「でも先輩いると楽なんすよね。ブロック遅いし」
「立ってるだけで褒められるのは複雑だぞ」
ハチが笑った。俺もつられて口の端が上がった。
ゼロ。名前が作った隙間を他の誰かが打つ。それで二セットとも勝った。
直がベンチの端でドリンクを飲んでいた。目が合う。
「ね」
答え合わせが終わった時の静かな目だった。
名前が武器になった。悪くない。チームが勝つなら使えるものは何でも使う。
——でも、次は打つ。
腕がまだ鳴っている。




