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第6話 警告

朝になると、ガレスの家の空気は昨夜よりずっと軽くなっていた。


少なくとも、死んだ仲間やハイヒューマン、それから正体の分からない古い印について話している人はいない。


僕にとっては、それだけでもかなりの進歩だった。


ガレスは小さなテーブルにパンとチーズ、それから干し肉をいくつか並べていた。


父さんはというと、昨夜あれだけ重い話を何時間もしていたとは思えないくらい、普通に朝食を食べている。


僕はそこまで切り替えが早くなかった。


頭の中には、まだアレンのノートが残っている。


無詠唱魔法。


変わっていった感覚。


説明できない声。


そして、数日前に母さんから聞かれた質問。


めまいはない?


痛みは?


他に、説明できないようなことはなかった?


そのときは、あまり気にしなかった。


でも今は。


一つの疑問だけが、他の全部より大きくなっていた。


母さんは、どうしてそんなことを知っていた?


「そんな顔してると老けるぞ」


父さんの声で顔を上げた。


「僕、四歳なんだけど」


「早くから始めるほうが悪い」


ガレスがカップをテーブルに置いた。


「お前はその年のころ、もっとひどい顔してたぞ」


父さんが眉を上げる。


「朝っぱらから喧嘩売ってるのか?」


「違う。お前を家から追い出そうとしてる」


「まだ朝飯が終わってない」


「お前の分は終わった」


父さんは皿に残っていた最後の肉を口に入れた。


「今終わった」


ガレスが僕を見る。


「毎日これと暮らしてるのか」


「慣れようとしてる」


「慣れるな」


父さんが僕とガレスを交互に見た。


「ここで俺に対する同盟ができてる気がするんだが」


「気づくのが遅い」


ガレスが言った。


父さんが何か言い返そうとしたところで、ガレスは少し椅子にもたれた。


「アレンがいたら、とっくにこっち側だった」


テーブルの空気が一瞬変わった。


でも今度は、アレンの名前が沈黙を連れてくることはなかった。


父さんの口元が少しだけ上がる。


「アレンは、誰の側につくかを食べ物持ってる奴で決めてただろ」


「お前から学んだんだよ」


「名誉毀損だ」


ガレスが僕を見る。


「お前の父親は昔、行方不明になったヤギを探す依頼で、自分は追跡が得意だと言い張ったことがある」


父さんがすぐ口を挟む。


「言い張ってない。できたんだ」


「二時間、自分たちの足跡を追いかけてた」


父さんが数秒黙った。


「天気が悪かった」


「晴天だった」


「地面が紛らわしかった」


「何もない平原だった」


父さんが僕を見る。


「ガレスは年を取るほど、どうでもいい細かいことばかり覚えるようになった」


ガレスが笑う。


「アレンは二時間ずっと、お前のことを『偉大なる追跡者』って呼んでたぞ」


「尊敬してたんだ」


「絶対違う」


思わず笑ってしまった。


父さんは首を横に振った。


でも本人も笑っていた。


昨夜、アレンについて聞いた話を思い出すと、こんなふうに想像するのは少し変な感じだった。


好奇心が強くて。


少し頑固で。


魔法に夢中で。


それでも、仲間をからかったり、最後のパンを巡って揉めたりする普通の人だった。


死んだ人について話すときって、だいたいどう死んだかばかり語られる。


でもガレスと父さんは、アレンがどう生きていたのかを見せてくれていた。


僕は、そのほうが大事だと思う。


ガレスはさらに別の話をした。


洞窟で見つけた古い碑文の前に座り込み、何一つ読めないくせに何時間も動かなかったらしい。


「三時間だ」


ガレスが言った。


父さんは首を横に振る。


「二時間」


「三時間」


「二時間半」


「三時間」


「なんで時間まで分かるんだよ」


「三時間、腹減らしてたからだ」


「俺も腹減ってた」


ガレスが目を細めた。


「最後のパン食ったの、お前だろ」


「だから俺は、お前より少し腹が減ってなかった」


父さんは、まったく悪びれずに言った。


母さんにはこの話を聞かせないほうがいい。


いや。


やっぱり絶対に聞かせよう。


朝食のあと、出発の準備をしている間に、ガレスと父さんは外で少し話していた。


何を話していたのかは聞こえなかった。


聞こうともしなかった。


数分後。


父さんが馬のところへ来ると、ガレスもついてきた。


「本は持っていけ」


ガレスが言った。


父さんは手に持っていた『魔法の基礎 第一巻』を見る。


「いいのか?」


「もともとお前の本だろ」


「印のことだ」


「だから持っていけって言ってる」


ガレスが僕を見る。


「ルーカス」


「はい?」


「昨日言ったこと、忘れるな」


何を言いたいのかは分かっていた。


「無詠唱魔法は使わない」


「試すこともしない」


「うん」


ガレスは数秒、僕の顔を見た。


「本当に言うこと聞くんだな」


父さんが馬具を確認しながら鼻を鳴らす。


「俺に似たんだ」


ガレスの表情は一ミリも変わらなかった。


「違う」


「一回くらい味方しろよ」


「真実を大事にしてる」


父さんが僕を見る。


「俺、どうやってこいつと何年も友達やってたんだろうな」


「俺は知ってる」


ガレスが言った。


父さんが振り返る。


「どうして?」


「アレンがいたからだ」


父さんが一瞬止まった。


それから笑った。


今度はガレスも笑った。


出発するとき、ガレスは家の前に残った。


父さんは少し進んでから振り返る。


「次に来たときは家に入れてくれるか?」


「嫌だ」


「よし。じゃあまたな」


「しばらく来るなよ」


父さんが手を上げる。


ガレスも返した。


僕たちが背を向けようとした、そのとき。


ガレスの声がまた聞こえた。


「ラルフ」


父さんが止まる。


「何だ?」


ガレスの顔から笑みが消えていた。


「その子をちゃんと見てろ」


父さんはまず僕を見る。


それからガレスへ。


「もう見てる」


ガレスは小さくうなずいた。


「分かってる」


それ以上は何も言わなかった。


父さんも冗談を返さなかった。


帰り道の最初は静かだった。


今日は空が晴れている。


薄い雲の間から差し込む日差しが道を照らし、弱い風が畑の長い草を揺らしていた。


昨日ガレスから聞いた話のせいで、周りのことをいつもより意識している気がする。


いや。


たぶん自分自身を確認しているだけだ。


誰かが近づいたら、先に分かる?


耳鳴りはする?


普通なら聞こえないものが聞こえたりする?


何も起きなかった。


安心するべきだった。


でも、あまり安心できなかった。


しばらくすると道が広がり、小さな町へ入った。


木造の家の多くは、一階が店になっている。


中央の広場には市場が立ち、人々が店先で値段を交渉していた。


荷車が細い道を通り抜けようとし、子供たちは大人の間を走り回っている。


ある屋台には鉄のフライパンが並んでいた。


その横で男が手のひらに小さな炎を出し、肉を焼いている。


しばらく見つめた。


魔法。


人間が自然の法則へ直接手を出せる力。


男がソーセージをひっくり返す。


そして当然、ソーセージを焼くために使う。


考えてみれば、そっちのほうが自然かもしれない。


少し離れたところでは、小さな子供が両手の間に水の玉を保とうとしていた。


何度やっても形が崩れて地面に落ちる。


それでも子供は諦めず、また作り直していた。


母親はまったく気にせず、店主と値段交渉を続けている。


僕が初めて紙切れを動かしたときは、新しい時代でも始めた気分だったのに。


あの子は今、泥を作っている。


父さんが僕の視線に気づいた。


「何見てる?」


「あの子」


父さんも見る。


「水魔法の練習だな」


「分かってる」


「お前と同じくらいか」


「僕より上手くない」


父さんが笑う。


「もう競争か?」


「違う」


子供がまた水を落とした。


「今のところは」


そのまま歩き続けた。


町の反対側で、二人の冒険者を見かけた。


一人は長い槍を背負っている。


もう一人の腰には、前腕ほどもある長い柄の剣があった。


近くの子供たちは二人を見るなり、興奮してあとを追いかけ始める。


「父さんも昔、あんな感じで歩いてたの?」


父さんは二人を眺めた。


「もっといい服着てた」


「そこじゃない」


「もっと格好よかった」


「それも聞いてない」


「もっと強かった」


「父さん」


「はいはい。そうだよ」


しばらくして、町の最後の家も後ろに消えた。


「ガレスとはいつ知り合ったの?」


父さんは考えるふりをした。


「ずっと昔」


「すごく分かりやすい」


「ありがとう」


「何歳だった?」


「十四」


「アレンは?」


「俺より二つ上」


「ガレスは?」


「俺たちの中で一番年上だった」


「じゃあ、四人目は?」


父さんが僕を見る。


「まだ気にしてるのか?」


「四人だったんでしょ」


「算数が得意だな」


「ありがとう」


父さんが笑う。


「そのうち話す」


目を細めた。


「この家の人たち、その言葉好きだよね」


「どの言葉?」


「『そのうち話す』」


「便利だからな」


便利じゃなくて、腹立つ言葉だ。


しばらく黙って進んだ。


本当に聞きたいことを、父さんに聞こうかと思った。


どうして母さんは、アレンが経験したことに似た質問を知っていたんだろう?


でもやめた。


まず父さんが、ガレスから聞いたことを母さんに話す必要がある。


二人なら、何か分かるかもしれない。


それとも。


家に帰っても、また僕には何も教えてくれないかもしれない。


なぜか、そっちのほうが現実的な気がした。


家の屋根が遠くに見えたとき。


自分でも気づかないうちに、体の中の緊張が少し抜けた。


一晩しか離れていなかった。


それでも、近づくにつれて、ここを恋しく思っていたことに気づいた。


今でも少し変な感じだ。


前の人生では、「家に帰る」というのは建物へ戻ることだった。


今は。


扉の向こうに、僕を待っている人がいる。


馬から降り、家の扉へ向かった。


父さんが手を伸ばしかけた、そのとき。


中から誰かが近づいてくるのを感じた。


数秒後。


足音が聞こえた。


扉が開く。


母さんが僕たちを見て笑った。


「おかえり」


父さんが両腕を広げた。


「会いたかった?」


母さんはまず父さんを見る。


それから下へ。


泥だらけのブーツ。


父さんの腕が、ゆっくり下がっていった。


「今回は気づいた」


母さんの笑顔が大きくなる。


「本当に成長したわね」


父さんは扉の前でブーツを脱ぎ始めた。


「学んでるんだ」


「四年もかけてね」


「エリサ……」


母さんは返事をせず、僕のほうへかがんで抱きしめた。


「あなたは元気だった?」


「うん」


そのまま抱き上げられた。


もちろんそうなる。


四歳児の最大の問題の一つは、周りの大人が好きなときに持ち上げられることだ。


でも。


また母さんに抱かれるのは、思っていたほど悪くなかった。


それは言わないけど。


ミリアが廊下から出てきた。


「おかえりなさいませ」


父さんはまだ、もう片方のブーツと戦っていた。


片足を壁に当て、引っ張る。


ミリアが数秒見ていた。


「旦那様、お手伝いしましょうか?」


「必要ない」


ブーツは抜けなかった。


父さんがさらに引っ張る。


「本当に必要ない」


母さんが僕を下ろす。


二人で黙って父さんを見る。


数秒後。


父さんが止まった。


「ミリア」


「はい、旦那様?」


「手伝ってくれ」




夕食のころには、家が完全にいつもの空気へ戻っていた。


母さんは僕の向かいに座っている。


ミリアは料理を運び、父さんはガレスが自分をどれだけひどく扱ったかを訴えていた。


「あいつ、俺が老けたって言ったんだぞ」


母さんがスプーンを置いた。


「間違ってる?」


父さんが信じられないという顔で見る。


「俺、お前の夫なんだけど」


「それと年齢に何の関係があるの?」


「俺の味方するべきだろ」


母さんが父さんの髪を見る。


少し長く。


ほんの少しだけ長く。


父さんが反射的に頭を触った。


「何だ?」


「別に」


「エリサ」


笑わないように口を押さえた。


父さんが今度は僕を見る。


「お前もか?」


「何も言ってない」


「顔が言ってる」


「顔は止められないよ」


「覚えろ」


母さんが落ち着いて口を挟む。


「四歳よ」


「俺は四歳のとき、自分の顔くらいちゃんと制御できた」


母さんが眉を上げた。


「四歳のころ、ニワトリを追いかけて井戸に落ちたそうだけど?」


父さんの顔が固まった。


僕はスプーンを置いた。


「え?」


「エリサ」


母さんの笑顔が大きくなる。


父さんが慌てて口を挟んだ。


「話題変えよう」


「嫌よ。絶対に変えない」


父さんが僕を見る。


「ルーカス」


「なんでニワトリは父さんから逃げてたの?」


母さんが笑った。


父さんは今度、母さんを見る。


「こいつに話す必要あったか?」


「もちろん」


「なんで?」


「面白いから」


ミリアがパンを置こうとして止まった。


「その……ニワトリは無事だったのでしょうか、旦那様?」


一瞬、沈黙。


父さんが目を閉じた。


「お前ら全員、俺の敵だな」


「ニワトリは?」


もう一度聞いた。


父さんが長く息を吐く。


「……ああ。無事だった」


「父さんは?」


「俺も無事だ」


「どうやって出たの?」


「引き上げてもらった」


母さんが付け足す。


「泣きながら」


父さんが振り返る。


「そこは覚えてない」


「私は覚えてる」


「お前、その場にいなかっただろ」


「お義母様から聞いたの」


父さんが黙った。


僕は笑い出した。


ミリアも顔をそらしていたけど、肩が動いている。


最後には、父さんまで諦めた。


「この家にはもう俺の威厳がない」


もともとあったっけ?


これは口に出さないほうがいい。


珍しく正しい判断をした。


夕食を続けながら、ガレスから聞いた話もいくつか母さんに話した。


ヤギの足跡。


アレンが父さんを『偉大なる追跡者』と呼んでいたこと。


母さんが笑うたび、父さんはガレスへの友情が減っていくと言っていた。


数分間。


他のことを何も考えなかった。


アレンでもない。


印でもない。


無詠唱魔法でもない。


ただ。


この人たちだけ。


母さん。


父さん。


ミリア。


そして僕。


家に帰ってきた。


それが、こんなにいいものだなんて。


前の僕は知らなかった。


夕食のあと。


眠くないと言い張ろうとした。


最後まで言い切る前に、あくびが出た。


父さんが笑う。


「説得力あるな」


「眠くない」


母さんが階段を指さした。


「寝なさい」


「まだ早いよ」


「ルーカス」


二回目の呼び方で分かった。


これは交渉じゃない。


父さんが後ろから声をかけてきた。


「おやすみ」


「おやすみ」


階段を上がる途中で止まり、振り返る。


「ニワトリの話、明日続きを聞くから」


父さんの笑顔が消えた。


「聞かなくていい」


「聞く」


母さんが笑った。


部屋へ戻る。


ベッドに横になった瞬間、自分が思っていた以上に疲れていたことに気づいた。


天井を見つめる。


ガレスの言葉が、また頭に戻ってきた。


アレン。


ハイヒューマン。


印。


そして。


母さん。


どうして、あんな質問を僕にした?


一度、下へ行って直接聞こうかと思った。


でも、まぶたが重くなってきた。


明日でいい。


この家はみんな、何でもあと回しにする。


僕まで慣れてきている。


よくない。


いつ眠ったのか、自分でも分からなかった。


ラルフ


ルーカスの部屋の扉が閉まってから、かなり時間が経っていた。


家はようやく静かになった。


ミリアは台所を片づけて自分の部屋へ戻り、エリサもテーブルに残っていた二つのカップを片づけた。


ラルフは椅子に座ったままだった。


ガレスの家から帰ってきてから、ずっと本題を先延ばしにしていた。


ルーカスがそばにいる間は、この話をしたくなかった。


あの子はもう十分すぎるほど聞いている。


エリサがカップを台所へ置き、戻ってきた。


ラルフは二階を見る。


「もう寝たかな」


「旅で疲れたのよ」


エリサが向かいの椅子に座った。


ラルフは数秒、どう切り出すか考えた。


やがて腕をテーブルに置く。


「それで、エリサ……どう思う?」


エリサの穏やかな表情が少しだけ消えた。


「ガレスは何て?」


予想していた質問だった。


「色々」


「アレンについて?」


「それもだ」


エリサは黙って待った。


ラルフは最初から話した。


アレンが何年も無詠唱魔法を研究していたこと。


最初はずっと失敗していたこと。


そして、ある日ついに成功したこと。


しばらくは何も起きなかったこと。


それから、少しずつ変わっていったこと。


ガレスから聞いたノートの内容を、できる限りそのまま伝えた。


アレンは周囲の魔力を前より感じ取れるようになった。


後ろにいる人間にも気づくようになった。


それから時々、説明できないものまで聞こえるようになった。


エリサの表情の変化は、ほんのわずかだった。


でもラルフは見逃さなかった。


「やっぱり、その部分が気になったんだな」


エリサが見る。


「何が?」


「声だ」


しばらく答えなかった。


ラルフは続ける。


「ルーカスの耳鳴りもある。見えてないものに先に気づくことも……」


エリサはテーブルの上で指を組んだ。


「同じものだとは限らないわ」


「分かってる。ガレスも分かってない」


エリサが顔を上げる。


「でも、二人とも同じことを考えてる」


ラルフがため息をつく。


「考えないほうが難しい」


エリサは目をテーブルへ落とした。


ラルフはしばらく彼女を見る。


「今なら、どうしてこの話がお前をあそこまで不安にさせたのか分かる」


今度はエリサがまっすぐ彼を見た。


「ラルフ……」


「昔、お前が話してくれたことを覚えてる」


少し間を置く。


「叔父さんのことだ」


エリサは目をそらさなかった。


「私も思い出したわ」


ラルフは少し姿勢を正した。


「いつ?」


「ルーカスが耳鳴りのことを話したとき」


「それで、他のことも聞いたのか」


エリサが小さくうなずいた。


ラルフはしばらく黙っていた。


「そのとき言ってくれてもよかっただろ」


責めるつもりではなかった。


でもエリサは少しだけ眉を寄せた。


「あなたに隠していた秘密じゃないわ。叔父のことは、もう知ってるでしょう」


「知ってる」


「ただ、関係があると思っていいのか、自信がなかったの」


エリサが短く息を吐く。


「今でも自信はないわ」


ラルフは急かさなかった。


しばらくして、エリサが自分から続けた。


「私はまだ小さかった。叔父のことを思い出したとき、一番最初に浮かぶのは病気の人じゃないの」


口元に、ごく小さな笑みが浮かぶ。


「むしろ逆。家族の中でも特に強い魔法使いだった。みんな尊敬してたし、子供にも優しかった。私にも時々、こっそり小さな魔法を見せてくれたわ」


「お義父さんに怒られてたって言ってたな」


「すごくね」


エリサの笑みが少しだけ大きくなる。


「一度、間違ってカーテンを燃やしたことがあるの。それで私に、猫のせいにしろって」


ラルフが眉を上げた。


「叔父さんとは気が合いそうだな」


エリサが鋭く見る。


「ラルフ」


「冗談だよ」


笑みはすぐに消えた。


エリサの目がまた重くなる。


「でも、そのうち変なことを言うようになった」


ラルフは声を落とした。


「どんな?」


エリサは数秒考えた。


「最初は誰も気にしてなかった。家の中で声が聞こえるって言ってたの。夜、廊下で誰かが話している気がするって……」


「耳鳴りか?」


エリサは首を横に振った。


「違う。少なくとも、私はそう覚えてない。本当に誰かの声が聞こえるって言ってた」


ラルフの表情が真剣になる。


「何を言ってるか分かったのか?」


「分からないこともあった。でも時々、誰かが自分の名前を呼んでるって言ってた」


ラルフは何も言わなかった。


エリサは続ける。


「それから、声だけじゃなくなった。何かが見えるって言い始めた」


「何が?」


エリサは少し肩をすくめる。


「分からない。大人たちは子供の前で話したがらなかったし、私もあまり聞けなかったから」


一度、言葉を切る。


「でも一回だけ、自分で見たことがある」


ラルフの意識が完全に彼女へ向いた。


「何を?」


「叔父を」


エリサの声が少し小さくなる。


「部屋の扉が開いてた。私は廊下を歩いてたの。叔父はベッドの端に座って、部屋の隅をずっと見てた」


「そこに誰かいたのか?」


「いなかった」


エリサはすぐ答えた。


「部屋には誰もいなかった」


ラルフは待つ。


「私がいることにも気づいてなかった。ずっと隅を見つめてた。それから突然――」


エリサは、あのときの言葉を思い出すように言った。


「『そこに、いるはずのない誰かがいる』って」


ラルフの眉が寄る。


「お前に?」


「違う。たぶん、自分に言ってたんだと思う」


エリサは自分の手を見る。


「怖くなって、その場から逃げた」


ラルフは彼女の顔を見ていた。


この話自体は、何年も前に聞いている。


でも、その細かい部分は聞いていなかった。


「家族はどう思ってた?」


「最初は、働きすぎだって。それから魔法をやめるように言った」


エリサは短く黙る。


「最後には、正気を失ってきてると思うようになった」


ラルフの声が少しやわらかくなる。


「お前もそう思ってた?」


「子供だったもの」


エリサが小さく肩をすくめる。


「大人の言うことを信じてた」


ラルフがうなずく。


「それから?」


エリサの視線が少し遠くなる。


「ある朝、ベッドで死んでるのが見つかった」


ラルフは、その部分を知っていた。


それでも、もう一度聞くと表情が強張った。


「治癒術師も原因を見つけられなかったんだよな?」


「ええ」


エリサがうなずく。


「傷はなかった。病気もなかった。前の夜に自分の部屋へ入って、そのまま朝になっても起きなかった」


「無詠唱魔法を使ってたって話は?」


「聞いたことない」


今度は、はっきり答えた。


「だから、アレンと同じことが起きたなんて言ってないの。そう言える証拠は何もない」


ラルフは黙って彼女を見る。


エリサが続ける。


「でも、ガレスの話を聞いて、叔父のことを思い出した。それだけ」


ラルフは顎に手を当てた。


「アレンも最後のころ、声について何か言ってたらしい」


エリサの目が少し細くなる。


「どんな声?」


「ガレスも正確には分からない。アレン自身もうまく説明できなかったらしい」


ラルフが少し間を置く。


「本人にも分かってなかったのかもな」


エリサは椅子にもたれた。


「ルーカスは、そんなこと言ってない。声が聞こえるとも、何かが見えるとも」


ラルフがうなずく。


「今のところは、耳鳴りと妙な感覚だけだ」


エリサはしばらくテーブルを見る。


「だったら、もう今から二人の死んだ男と同じ道をたどるみたいに考えるのはやめましょう」


「そんなふうには考えてない」


エリサが見る。


ラルフは数秒耐えたあと、ため息をついた。


「分かった。少しは考えてる」


「私も」


ラルフは少し意外そうな顔をした。


「よかった。すごく安心した」


エリサが軽く睨む。


「嘘をついたほうがよかった?」


「今は少しくらい、そのほうがよかったかもな」


今度はエリサの口元が少し上がった。


ラルフはテーブルの本を指さした。


「それだけじゃない」


『魔法の基礎』をエリサの前へ置き、印のあるところを開く。


エリサは長く見つめた。


「これ、見たことあるか?」


ラルフが聞いた。


エリサは指を印の近くまで伸ばした。


でも触れない。


単純な輪。


真ん中を縦に通る一本の線。


「ないわ」


ラルフは彼女の顔を注意深く見た。


エリサが顔を上げる。


「本当に見たことない」


ラルフは信じた。


「ガレスは間違いないと言ってる」


「ハイヒューマンが身につけていたの?」


「ああ」


「アレンが死んだとき?」


ラルフの顎が少し強張る。


「ああ」


エリサは本を閉じた。


「それで今、同じ印がルーカスの初心者向けの本にある」


「そういうことだ」


しばらく二人とも黙った。


やがてエリサが口を開く。


「色んなことが重なりすぎてる」


「俺もそう思ってる」


「でも、重なっているからって、全部同じ原因だとは限らない」


ラルフが見る。


「俺に言ってるのか? 自分に言ってるのか?」


エリサは答えなかった。


それで十分だった。


ラルフは椅子から立ち上がり、部屋の中を少し歩く。


「ガレスは、ルーカスに無詠唱魔法を完全にやめさせろって言ってる」


「賛成」


ラルフが止まって見る。


エリサは迷っていなかった。


「そこまで即答するとは思わなかった」


「無詠唱魔法が絶対に危険だって言ってるわけじゃない」


エリサの声は穏やかだった。


でもはっきりしている。


「分からないことが多すぎるの。アレンのこと。私が子供のころに見たこと。ルーカスに起きてること。それが本当に全部つながってるのかも分からない」


「なら?」


エリサは二階を見る。


「なら、四歳の息子に、正体も分からないものを何度も試させたりしない」


ラルフには言い返せなかった。


正しかったからだ。


「もうやらないって約束した」


「よかった」


「でも、ルーカスは好奇心が強い」


エリサが見る。


「あなたに似たのね」


ラルフが眉を上げる。


「なんで悪いところは全部俺なんだ?」


「いいところの大半は私だから」


ラルフは数秒黙った。


「ひどいな」


エリサは笑った。


でも目はまだ階段に向いている。


ラルフもその視線を追う。


二階からは何も聞こえない。


ルーカスは寝ている。


少なくとも、そう願った。


ラルフはゆっくり、また椅子に座った。


「エリサ」


「なに?」


「叔父さんが死ぬ前……最後のころ、お前に何か言ったことはあるか?」


エリサは考えた。


しばらく答えなかった。


「私に直接は、何も」


ラルフは待った。


エリサが少し眉を寄せる。


「でも、亡くなる数日前に、母と叔父が話してるのを聞いたことがある」


ラルフは黙って聞く。


「叔父はまた、何かが見えるって話してた。母は、部屋には何もいないって言った」


エリサは少し間を置いた。


「そしたら叔父が……」


ラルフを見る。


「『俺も、もうそれが本当か分からない』って言ったの」


ラルフの表情が変わった。


エリサはすぐに付け足した。


「ラルフ。これがルーカスと関係あるって言ってるんじゃないわ」


「分かってる」


「アレンと同じことだったかどうかすら分からない」


「分かってる」


エリサはじっと彼を見る。


ラルフは首を横に振った。


「でも、今夜眠るのには全然役に立たなかった」


今度はエリサが本当に笑った。


「ごめんなさい」


ラルフも少しだけ笑う。


それから。


もう一度、二階へ視線を向けた。


ルーカスの部屋。


ガレスの最後の言葉が頭に浮かぶ。


その子をちゃんと見てろ。


ラルフは、もうそうしている。


ずっとそうしてきた。


でも。


初めてだった。


何から守ればいいのか分からない。


それが。


ラルフは、ひどく気に入らなかった。

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