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第17話 — 三度の鐘

翌朝、昨夜作ったものをもう一度手に取ってみたけれど、やっぱり何なのか分からなかった。


小さな木片が三つ。


それぞれがしっかりとはまり込んでいて、簡単には外れそうにない。ダレンは、この三つを組み合わせられると言っていた。その点については正しかったわけだ。


ただ、完成したものが何の役に立つのかと聞かれたら、うまく答えられる自信はなかった。


テアに見せれば、何か分かるかもしれない。


木片を、誕生日にガレスからもらった鞄にしまい、僕は階下へ降りた。


朝食の席には父さんとガレスが座っていた。母さんはミリアと一緒に、台所で何かを準備している。


「おはよう!」


父さんが顔を上げた。


「おはよう、ルーク。ほら、座れ」


僕は自分の椅子に腰を下ろした。


ガレスが目の前の鞄に視線を向ける。


「昨日作ったものは持ってきたのか?」


「うん」


「結局、それが何なのか分かった?」


僕は首を横に振った。


「まだ」


ガレスが微笑んだ。


「ダレンに聞いてみたらどうだ?」


「まずは自分で見つけるよ」


父さんがパンをちぎりながら口を挟んだ。


「昨日の夜も同じことを言ってたな」


「でも、昨日はちゃんと組み立てられたよ」


「少し手伝ってもらってな」


僕は父さんを見た。


「父さんは持ってただけじゃないか」


「それがかなり重要な仕事だったんだぞ」


ガレスが笑った。


「ラルフ、子供の手柄を横取りするなよ」


父さんは首を振った。


「お前たちが二人そろうと、どうしていつも俺が悪者になるんだ?」


母さんが席に着きながら答えた。


「あなたがそうしやすくしているからでしょう?」


今度はガレスが声を上げて笑った。


一方、父さんは目の前のパンに集中することにしたらしい。


僕も笑いながら朝食を食べ始めた。


昨日、父さんとガレスはほとんど一日中、書斎にこもっていた。古い手帳を調べていたけれど、何を調べているのかはあまり教えてくれなかった。


今日もその続きをするつもりらしい。


正直、少し不満だった。


ガレスが数日間泊まっていくと聞いたときは嬉しかった。けれど、滞在中ずっと父さんと一緒に部屋に閉じこもっていてほしくはない。


一緒にできることは、ほかにもあるはずだ。


特に、剣のことなら。


ガレスは父さんが昔所属していた冒険者パーティーのリーダーだった。どれほど剣が強いのか、前から気になっていた。


ちょうどその話を切り出そうと口を開いたとき、外から低く響く鐘の音が聞こえた。


ゴォォン!


僕は手に持っていたパンを下ろした。


町の鐘だ。


でも、いつも聞く短い鐘の音とは違っていた。


音が途切れた。


数秒後、再び響き渡る。


ゴォォン!


父さんが顔を上げた。


ガレスも食べる手を止めていた。


三度目の鐘が鳴ったとき、父さんはもう椅子を引いていた。


ゴォォン!


「何があったの?」と僕は尋ねた。


父さんが立ち上がった。


「町の外の街道から、緊急の救援要請だ」


「何が起きたの?」


「まだ分からない」


父さんは壁に掛けてあった剣を手に取った。


母さんが台所から出てきて、父さんのそばに寄る。


「お仕事に行くの?」


「エドリックが隊員たちを集めているはずだ。確認してくる」


ガレスも立ち上がった。


「俺も行こう」


父さんは剣を腰に差しながら、ガレスに向き直った。


「今はここに残ってほしい」


「助けが必要になるかもしれないぞ」


「そうかもしれない。でも、何が起きたのかさえ分かっていないんだ」


ガレスは少し考え込んだ。


父さんが続けた。


「俺が戻るまで、エリサとルーカスと一緒にいてくれないか? そのほうが安心できる」


「ラルフ」と母さんが口を挟んだ。「ここは町の真ん中よ。私たちに何か起こるわけじゃないでしょう?」


「分かってる」


父さんは母さんを見た。


「それでも、ガレスにはここにいてほしいんだ」


ガレスがうなずいた。


「分かった。だが、何か必要になったら知らせを寄こせよ」


「そうする」


僕も椅子から降りた。


「父さん、僕も行っていい?」


「駄目だ、ルーク」


「でも――」


「今回は駄目だ」


声は厳しくなかった。それでも、考えを変えるつもりがないことは分かった。


父さんは僕のところへ来て、頭を撫でた。


「何があったか分かったら教えてやる」


「いつ帰ってくるの?」


「分からない。あまり長引かなければいいんだが」


それから父さんは母さんに別れを告げた。


ガレスが玄関まで見送りに行く。


出ていく直前、父さんはもう一度振り返って僕たちを見た。


「みんな、気をつけてな」


「あなたもね」と母さんが答えた。


扉が閉まった。


僕は窓のところへ行き、外を眺めた。


父さんは足早に町の中心へ向かっていた。通りにはほかにも何人かの姿があった。同じ方向へ歩いている人もいれば、家の前に立って話し込んでいる人もいた。


三度の鐘。


この町で、こんな呼び出しを耳にしたのは初めてだった。


ガレスが隣にやってきた。


「心配か?」


少し考えた。


「ちょっとだけ」


「お前の父親は、自分の仕事をちゃんと分かっている」


僕はうなずいた。


それは知っている。


それでも、何が起きたのか気になって仕方がなかった。


ガレスはしばらく僕と一緒に外を眺めてから、肩に手を置いた。


「朝食を済ませろ。そのあと、よかったら庭で少し稽古でもしよう」


僕はガレスに顔を向けた。


「剣の?」


「まずは剣だ。そのあとは考えよう」


それは興味を引かれる提案だった。


僕は食卓に戻った。


父さんがどんなことに遭遇するのかは分からない。


けれど、少なくともガレスの剣の腕前を見ることはできそうだった。


ラルフの視点


衛兵詰所に着くと、エドリックが外で待っていた。


鎧を身につけ、剣も腰に下げている。


そばには衛兵が二人、御者が一人、それから町の治療師の一人がいた。


エドリックは俺の姿を見ると話を切り上げ、こちらへ歩いてきた。


「よし、来たか」


「何があった?」


「ロタス街道で商隊が襲われた。少し前に知らせが届いたところだ」


「盗賊か?」


「いや。魔物だ」


俺は眉をひそめた。


「場所は?」


「古い採石場への分かれ道を少し過ぎたところだ。馬車なら三十分もかからない」


あの辺りなら知っている。


町へ近づく前に、街道は低い丘の間を通っている。片側にはまばらな木々があり、反対側には広い岩場が続いていた。


「負傷者は?」


エドリックの表情が険しくなった。


「知らせを持ってきた男によると、死者が二人。負傷者は少なくとも三人だ」


「いつ襲われた?」


「今朝早くだ。生き残った一人が馬でここまで来た」


エドリックは詰所の前にある長椅子を指さした。


そこには毛布を肩に掛けた男が座っていた。両手を固く組み、足元の地面を見つめている。


「魔物の特徴は聞けたか?」


「四本の手足を使って走っていたそうだ。腕がかなり長く、一度は二本足で立ち上がったとも言っていた」


「大きさは?」


「自分と同じくらいの背丈だったらしい」


エドリックと視線を交わした。


「長腕(ながうで)かもしれないな」


「俺もそう思った」


俺は一瞬、あの丘陵地帯を思い浮かべた。


長腕は岩場に生息する、俊敏な肉食の魔物だ。普段は群れで行動し、広い洞窟をねぐらにしている。


だが、人の往来が多い街道まで下りてくることは珍しい。


「何匹見たと言っていた?」


「一匹だ。ほかにいたかどうかは分からないそうだ」


「本人に話を聞こう」


俺は男のところへ向かった。


男は俺を見ると、体を起こそうとした。


「座ったままでいい。いくつか聞きたいことがある」


男は再び腰を落ち着けた。


「衛兵の方ですか?」


「ああ。ラルフという。商隊に残された人たちを助けるために、襲撃の様子を詳しく知りたい」


男はうなずいた。


「荷馬車は三台でした。小麦粉や穀物、干し肉なんかを積んで……この町へ向かっていたんです」


「襲撃はどう始まった?」


男は数秒間黙った。


「最初は動物たちが落ち着かなくなりました。先頭の馬車を引いていたラバが、どうしても進もうとしなくて」


男は水の入った器を両手で握りしめた。


「それから、丘のほうから何かが下りてきたんです。気づいたときにはもう馬車の横にいて……何が起きたのか、誰にも分かりませんでした」


「ラバを襲ったのか?」


「最初はそうです。それで、護衛の一人が魔物に向かって走っていきました」


男の声が少し小さくなった。


「みんなが叫び始めて、二台目の馬車を引いていた動物たちが暴れたんです。それで馬車が横倒しになって……」


「そのあと、魔物はどうした?」


「護衛たちと戦っていました。それから、またラバのところへ戻りました」


「お前はどうやって逃げた?」


「三台目の馬車につながれていた馬が一頭、逃げ出していたんです。それに乗って、ここまで来ました」


男は言葉を詰まらせた。


「向こうに残った人たちは……」


最後まで言えなかった。


「救援に向かう」と俺は言った。「だが、もう一つ教えてくれ。お前が逃げたとき、魔物はどこにいた?」


「道の脇です。そのあと、岩場のほうへ離れていくのが見えました」


「怪我をしていた可能性は?」


男は少し考えた。


「護衛の一人が剣で斬りつけました。でも、どのくらい傷つけたのかまでは分かりません」


俺はうなずいた。


「助かる。話してくれたことは役に立つ」


男が俺を見上げた。


「あの人たちを……助けられますか?」


「できる限りのことはする」


立ち上がり、エドリックのところへ戻った。


「話を聞く限り、長腕の可能性がかなり高い。それも、小型の個体らしい」


「若い個体か?」


「おそらくな。だが、実際に見るまでは断定できない」


エドリックは準備中の馬車に目を向けた。


「治療師の用意もできた。これ以上時間を無駄にはできん」


タリンとレンもこちらへやってきた。


タリンは三十代前半だった。衛兵としての経験が長く、口数こそ少ないが、現場で何をすべきか分かっている男だ。


一方、レンはまだ十九歳。


衛兵になってから日が浅い。訓練の成績はよく、腕を磨くことにも熱心だった。


ただし、実戦経験はまだ十分ではない。


エドリックは俺たちを集めた。


「最優先は負傷者の救助だ。現場に着いたら、俺は治療師と救助を指揮する。ラルフ、お前はタリンとレンを連れて周囲を調べてくれ」


俺はうなずいた。


「魔物を見つけたら?」


「状況に応じて判断しろ。近くに群れがいる可能性も忘れるな」


「心配するな」


エドリックが俺を見た。


「お前には特に言っておきたいんだ、ラルフ」


「どうしてだ?」


「昔から、厄介なことを簡単に考えすぎるところがあったからな」


俺はかすかに笑った。


「お前も昔は、そこまで口うるさくなかったぞ」


「昔は今ほど責任がなかった」


その点については、エドリックの言うとおりだった。


エドリックは長年、衛兵を務めてきた。若い頃も決して並の戦士ではなかった。今では町の安全を任され、その責任を真剣に果たしている。


準備が整うと、俺たちは出発した。


エドリック、タリン、レン、そして俺は馬に乗った。治療師と御者は救急用の物資を積んだ馬車に乗っている。


町には衛兵を二人残した。


最初の区間は速い速度で進んだが、馬車が遅れないよう、しばらくしてから速度を落とした。


畑が後方へ遠ざかるにつれ、辺りの景色が変わり始めた。


前方には岩だらけの丘が続いている。


タリンが馬を寄せてきた。


「ラルフ、本当に長腕だとしたら、こんなところで何をしているんだろうな?」


「分からん。群れから離れたのかもしれない」


「こんな下まで来ることは滅多にないぞ」


「腹を空かせて、普段より遠くまでさまよった可能性もある」


レンは俺たちの会話を聞いていた。


「そんなに強い魔物なんですか?」


タリンが彼に顔を向けた。


「何がだ?」


「長腕です」


「成体は危険だな」


レンは少し考えた。


「戦ったことはありますか?」


「何度かな」


「勝ったんですか?」


タリンは俺を見た。


「話すと長くなる」


レンは興味津々で続きを待っていた。


タリンは再び前を向いた。


「それに、あまり面白い結末でもない」


レンの表情が変わった。


「負けたんですか?」


「逃げた」


「本当に?」


「四匹いたからな」


レンは黙り込んだ。


少しして、タリンが付け加えた。


「逃げるだけの賢さが必要なときもある」


今度は若い衛兵も何も言わなかった。


俺は馬の速度を少し落とし、二人に視線を向けた。


「今日も同じだ。まず相手が何なのかを確かめる。必要なら引き返すぞ」


レンはうなずいた。


「了解です」


残りの道のりでは、あまり会話をしなかった。


前方の曲がり角に近づいたとき、壊れた馬車の車輪が見えた。


その直後、ほかの荷馬車も姿を現した。


そして、襲撃の痕跡も。


道端に止まっていた三台の荷馬車のうち、一台は横倒しになっていた。


別の一台は前輪が壊れている。最後の一台は少し先の道の真ん中に放置されていた。


袋が破れ、穀物が辺り一面に散らばっている。折れた木材やいくつかの木箱が、道の両側に転がっていた。


馬車の一台のそばには、数人が座り込んでいた。


俺たちの姿を見ると、彼らは立ち上がろうとした。


「衛兵さん! こっちです!」


声を上げた男は、横倒しになった馬車の縁につかまって立ち上がった。


エドリックはすぐに馬から降りた。


「負傷者はどこだ?」


男は道端を指さした。


「あそこです。馬車の後ろにも一人います。治療師は連れてきてくれましたか?」


「ああ、いる」


エドリックが後ろを振り返った。


「まず重傷者を診てくれ。ほかの者の状態も確認するんだ」


治療師は鞄を手に取り、足早に駆けていった。


俺も馬から降りた。


道の少し先には、布を掛けられた三人の姿があった。


エドリックもそれに気づいた。


「三人なのか?」


男はうつむいた。


「はい」


「知らせを持ってきた男は、死者は二人だと言っていたが」


男は答えるまでに数秒かかった。


「あの人が出発したあと、また戻ってきたんです」


エドリックの表情が険しくなった。


「魔物がか?」


「はい」


俺は二人に近づいた。


「どうなった?」


男は岩の多い斜面を指さした。


「最初の襲撃のあと、あそこへ上っていったんです。もう行ってしまったと思って……俺たちは負傷者を馬車の陰へ運んでいました」


男は唾を飲み込んだ。


「そうしたら、また戻ってきたんです。先頭のラバのところへ向かっていました。姿が見えた途端、みんな叫び始めて……」


「襲いかかろうとしたのか?」


「いいえ。ほとんどの者は馬車の陰に逃げました。でも、ハルヴェンが……」


男は言葉を止めた。


少しして、続きを口にした。


「ハルヴェンはみんなに知らせようと、前に出たんです。そしたら魔物に襲われて……俺たちは助けられませんでした」


エドリックは、布を掛けられた三人へ短く目を向けた。


「そのあと、魔物はどうした?」


「しばらくその場にいました。それから動物の肉を持って、丘のほうへ上っていきました」


俺は斜面へ顔を向けた。


つまり、魔物は最初の襲撃のあと、完全にこの場所から離れたわけではなかった。


獲物を求めて戻ってきたのだ。


長腕なら、不思議な行動ではない。


だが、人間が大勢いる場所へ二度も近づくということは、相当飢えているか、自分の力にかなりの自信を持っているということだろう。


「それはどのくらい前だ?」


「そんなに時間は経っていません。皆さんが来る少し前です」


エドリックが俺を見た。


重要な情報だった。


魔物は、俺たちが考えていたよりも近くにいるかもしれない。


「分かった」とエドリックが言った。「もうお前たちをここに残しておくわけにはいかん。負傷者を馬車に乗せて、町へ送り届ける」


男は疲れ切った様子でうなずいた。


エドリックはすぐにほかの者たちへ指示を出し始めた。


治療師が負傷者の手当てをしている間、御者は俺たちが乗ってきた馬車の中を整えていた。商隊の無事な馬車も使えるかもしれない。


タリンとレンが俺のところへやってきた。


「周囲を調べるか?」とタリンが尋ねた。


「まずは足跡を見よう」


俺たちは先頭の馬車へ向かった。


襲撃が始まったのはここだろう。


地面にはラバが横たわっていた。周囲の土はひどく荒らされている。


動物の近くには、大きな足跡がいくつかあった。


俺はしゃがみ込んだ。


長い指。


深い鉤爪の跡。


前脚と後脚が残した足跡は、それぞれ形が違っていた。


タリンも隣にしゃがんだ。


「長腕だな」


「間違いない」


レンは足跡を熱心に調べていた。


「本当にこんなに指が長いんですか?」


「見てのとおりだ」


若い衛兵は手を伸ばし、自分の指と足跡を比べた。


「爪もかなり大きいですね」


タリンが彼を見た。


「だから、あまり近づかないほうがいいぞ」


レンは手を引っ込めた。


俺は足跡の続きを追った。


魔物は最初の襲撃でラバの周りを動き回り、そのあと岩の多い斜面へ向かったらしい。


しかし、足跡の中には違う方向を向いているものもあった。


斜面を上るものもあれば、下っているものもある。


二度目に戻ってきた際、同じ場所を何度も通ったのだろう。


少し先の岩に、暗い色の滴がいくつか付着しているのを見つけた。


近づいて調べる。


血だ。


商隊の護衛の一人が、魔物を傷つけたのかもしれない。


それなら追跡もしやすくなるだろう。


ただ、出血がどのくらい続いたかは分からなかった。


エドリックがやってきた。


「何か見つかったか?」


「長腕で間違いない。斜面を上っている。それに、怪我をしている可能性もある」


エドリックは血痕を見た。


「護衛の一人が斬りつけたという話は本当だったようだな」


「そうらしい」


「どうする?」


俺は上を見上げた。


木々がまばらになる辺りには、大きな岩の突起がそびえていた。


「近くにいるかもしれない。少なくとも、どちらへ向かったのかは確かめたい」


エドリックは少し考え込んだ。


「こちらは負傷者の搬送準備を進める。お前たちは周囲を確認してくれ。ただし、居場所が分からなければ深追いするなよ」


「分かった」


「特にレンには注意してやってくれ」


俺の視線が若い衛兵へ向いた。


エドリックは、本人にも聞こえる声でそう言っていた。


レンは少し居心地が悪そうだった。


「気をつけます、隊長」


エドリックはうなずいた。


「よし、行ってこい」


俺はタリンとレンを呼び寄せた。


三人で岩の多い斜面を上り始めた。


ルーカスの視点


ガレスは手に持った木剣を何度か回した。


それから僕の正面に立つ。


「まずは、お前の父さんが何を教えてきたのか見せてもらおう」


僕は剣を構えた。


「分かった」


「準備ができたら攻撃してこい」


数歩近づき、右側から斬りかかった。


ガレスは簡単に受け止めた。


すぐに引いて、今度は左側から試す。


それも防がれた。


ただ、ガレスは僕に剣を振るうのではなく、攻撃を受け止めるだけだった。


しばらくすると、僕は彼の動きをもっと注意深く観察するようになった。


右足が後ろにある。


剣もとても自然に構えていた。


僕が一歩近づく。


ガレスも位置を変えた。


今度は剣を高く掲げ、上から振り下ろすふりをした。


そして最後の瞬間に方向を変え、脇腹を狙った。


ガレスは剣を回して攻撃を防いだ。


でも、今度は少し素早く動かなければならなかったようだ。


「いいぞ」


僕は笑みを浮かべた。


すぐにもう一度攻撃する。


ガレスは横へ避けた。


僕も追いかける。


けれど三度目の攻撃では、剣を前に伸ばしすぎてしまった。


ガレスは自分の剣を少し下げ、僕の剣を横へ押し流した。


体勢を立て直す前に、肩を軽く叩かれていた。


「いったんここまでだ」


僕は剣を下ろした。


「どうだった?」


「年齢を考えれば、かなりいい」


それを聞いて嬉しくなった。


「本当に?」


「父さんがしっかり鍛えているようだな。特に、剣を振ったあとに体勢を戻せるようになっている」


僕は手の中で剣を回した。


「たくさん練習してるからね」


「それは分かる」


ガレスは僕の前の地面を指さした。


「ただ、最後の攻撃では体重を全部前に乗せていた。気づいたか?」


僕はうなずいた。


「少し」


「俺が避けなければ、もっと強く打てただろう。だが、避けられたときに体勢を戻すのが難しくなった」


ガレスは自分の構えを見せた。


一歩前へ踏み込み、剣を振る。


そして、その動きのまま滑らかに後ろへ下がった。


「強く打つために、わざわざ体勢を崩す必要はない」


僕はしばらく彼の動きを見ていた。


それから試してみた。


一度目は足の置き方を間違えた。


二度目は少しよくなった。


三度目には、思っていたよりも簡単に後ろへ下がることができた。


ガレスがうなずいた。


「そうだ」


そのあともしばらく稽古を続けた。


やがてガレスは剣を下ろし、庭の端へ歩いていった。


「ところで、魔法を使いながらでも同じように動けるか?」


僕はそのあとを追った。


「どういうこと?」


「剣で攻撃しながら魔法を使えるか、ということだ」


少し考えた。


「できるよ」


「動きながらでも?」


「うん」


ガレスがこちらへ向き直った。


「なら、少し試してみよう」


僕たちは再び庭の真ん中へ戻った。


「俺は防御に徹する。お前は剣と魔法を両方使って、俺に一撃当ててみろ」


面白そうだった。


「どの魔法を使えばいいの?」


「自分で選べ」


驚いた。


「何でもいいの?」


「自分で制御できる魔法なら何でもいい。ただし、本気で怪我をさせようとするなよ」


僕はうなずいた。


「分かった」


「準備ができたら始めよう」


剣を構えた。


しばらく考える。


土の手を使ってもいい。


ガレスの足首をつかめれば、動きを封じられるはずだ。


でも、さっき彼がどう動いていたかは見ている。足を捕まえるのは、思ったほど簡単ではないだろう。


ほかにも選択肢はある。


水球。


囁く風。


それに火の魔法だって……。


ただ、庭でガレスに火を放つのは、あまりいい考えとは思えなかった。


まずはもっと簡単なことから試すことにした。


僕は前へ踏み込んだ。


ガレスが剣を受け止める。


二度目の攻撃では横へ避けた。


僕は向きを変えて追いかけ、再び斬りかかりながら魔法に意識を集中させた。


「囁く風!」


柔らかな風がガレスの横へ向かって流れた。


ガレスはそれに気づき、剣の構えを変えた。


風の力で彼の剣がわずかに動いた。


けれど、僕の攻撃を防ぐ妨げにはならなかった。


むしろ逆だった。


魔法に集中している間に、ガレスは僕との距離を詰めていたのだ。


木剣の切っ先が、僕の胸の前で止まった。


「一度目はここまでだ」


僕は眉をひそめた。


「風は感じた?」


「感じたぞ」


「でも、剣を動かせなかった」


「少しは動いた」


「それじゃ足りないよ」


ガレスが微笑んだ。


「問題は魔法の威力だけじゃない。魔法を使っている間、剣で何をするべきか考えるのをやめていた」


僕は手に持った木剣を見た。


そのとおりだった。


魔法を使うことに気を取られ、剣の攻撃を最後まで続けるのを忘れていた。


ガレスが数歩後ろへ下がった。


「もう一度やってみろ」


今度は焦らなかった。


剣を構え直し、向かい合う。


まずは普通に攻撃を仕掛けた。


ガレスはそれを防ぐ。


しばらくして、彼の動きを観察しながら後ろへ下がった。


どちらへ避けるのかを見極めようとしていた。


右へ動くときは、左足に体重を乗せている。


左へ移るときは、剣を少し高く構えていた。


これを利用できるかもしれない。


一歩近づき、右側から攻撃する。


ガレスが剣を受け止めた。


僕はすぐに引いて、今度は少し低い位置を狙った。


ガレスが足を後ろへ引く。


待っていた動きだ。


「土の手!」


彼の足元で土が盛り上がった。


太い土の突起が二本、足首を挟み込むように伸びていく。


ガレスはそれに気づくと、すぐに足を引いた。


でも、今回は魔法が成功するかどうかを待たなかった。


彼が足を持ち上げた瞬間、僕は剣でもう一度攻撃した。


ガレスの目が一瞬だけ見開かれた。


素早く剣を回し、僕の一撃を防ぐ。


しかし、そのために一歩後ろへ下がらなければならなかった。


僕も追いかけた。


さらに攻撃しようとした瞬間、ガレスは自分の剣を僕の剣の下へ滑り込ませた。


剣を横へ押し流す。


そして、肩を軽く叩いた。


「そこまで」


息が上がっていた。


でも、笑っていた。


「今度はよかったでしょ!」


ガレスも笑った。


「ああ、間違いなくな」


僕が作った土の突起へ目を向ける。


「足を捕まえられないと分かっても、そのまま攻撃を続けたな」


僕はうなずいた。


「魔法を使ったら、ガレスが動くと思ってたから」


「よく考えたな」


そう言われると嬉しかった。


ガレスは再びこちらへ向き直った。


「ただし、一つ見落としていたぞ」


「何を?」


ガレスは剣を持ち上げ、僕が最後の攻撃で立っていた場所へ移動した。


「俺が下がったとき、お前は追いかけてきた。剣も前にあった。だが、二度目の攻撃を準備している間、左側が完全にがら空きだった」


自分の剣でその場所を示した。


「俺が防御だけでなく反撃もしていたなら、そこを狙えた」


少し考えた。


確かに最後の動きでは、彼に追いつくことばかり考えていた。


「つまり、魔法を使っている間も、剣で防御することを考えないといけないんだね」


「考えるだけでは足りない。体に覚え込ませるんだ」


僕は再び剣を構えた。


「もう一度やってみてもいい?」


ガレスが笑った。


「少し休もう」


「まだ疲れてないよ」


「俺が疲れたんだ」


僕は驚いて彼を見た。


本当に疲れたのだろうか?


ガレスは笑顔のまま続けた。


「そんなに簡単に信じるな」


僕はため息をついた。


まあ、少しくらい休んでもいいかもしれない。


庭の端にあるテーブルへ移動した。


しばらくすると母さんが出てきて、水を持ってきてくれた。


「二人とも、どう?」


「ガレスと剣と魔法の練習をしてるんだ!」


母さんはガレスを見た。


「ルークが無理をさせていない?」


ガレスは首を横に振った。


「ラルフが教えたことを、よく身につけていますよ。今はそれらを組み合わせて使う練習をしているところです」


母さんが微笑んだ。


「それならよかった。でも、あまり夢中になりすぎないでね」


それから僕に顔を向けた。


「ルーク、もう少ししたら食事を作るわ。お腹が空いたら教えてね」


「うん、母さん」


母さんが家の中へ戻ったあと、僕とガレスはしばらく庭で座っていた。


手に持ったコップを眺めながら、父さんのことを考えた。


今頃、どこまで行ったんだろう?


もう襲撃のあった場所に着いたのかな?


ガレスは僕が黙っていることに気づいた。


「父さんのことを考えているのか?」


僕は顔を上げた。


「ちょっとだけ」


「戻ってきたら、今日覚えたことを見せてやればいい」


僕は微笑んだ。


「ガレスと稽古したって聞いたら、父さんは何て言うかな?」


ガレスは少し考えた。


「まず、どんな稽古をしたのか聞くだろうな」


「それから?」


「いくつか間違いを見つけるだろう」


簡単に想像できた。


僕も笑った。


「きっとそうだね」


ガレスは水を飲み干して立ち上がった。


「さあ、あと何度か試してみよう」


僕は剣を取りに、そのあとを追った。


今度は魔法に集中しても、防御をおろそかにしないようにしよう。


ラルフの視点


岩場へ向かって登るにつれ、地面の様子が変わり始めた。


最初は柔らかな土の上を進んでいたので、魔物の足跡を追うのは難しくなかった。


だが、数百歩ほど進むと土が少なくなった。


代わりに硬い岩や低い茂みが増えていく。


ここから先は、足跡を追うのにも一層注意が必要だった。


タリンが前を歩いている。


レンは俺たちの後ろだ。


「レン、背後の確認を忘れるなよ」


「はい」


「来た道だけじゃない。上の岩場にも注意しろ」


若い衛兵は顔を上げ、周囲を見回した。


「了解です」


俺たちは歩き続けた。


風が斜面を吹き下ろしてくる。


大きな岩の間を抜けるたび、ときおり低いうなりのような音が聞こえた。


しばらくすると、タリンが手を上げた。


俺たちは立ち止まった。


タリンは前方の地面を指さした。


「ここに足跡がある」


そばへ行った。


魔物の前脚の一本が残した、深い足跡が見えた。


少し先にも同じようなものがある。


しかし、向いている方向が違っていた。


上へ続いているものもあれば、下へ向いているものもある。


俺はしゃがんで調べた。


タリンも隣に身をかがめる。


「何度も通っているな」


俺はうなずいた。


「商隊のところへ戻るときも、同じ道を使ったのかもしれない」


「この辺りをよく知っているみたいだな」


「少なくとも、道に迷ってはいないようだ」


立ち上がり、周囲を確認した。


斜面には大きな岩がいくつも突き出している。その間には背の低い草や、ところどころに小さな茂みが生えていた。


人間にとっては歩きにくい場所だ。


だが、長腕にはかなり都合のいい地形だった。


長い腕で岩につかまり、強い後脚を使って簡単に跳び移ることができる。


タリンが数歩先へ進んだ。


「こっちにも血痕があるぞ」


俺は隣へ行った。


小さな石の上に、暗い色の滴がいくつか付着している。


魔物が怪我をしているのは確からしい。


だが、血の量を見る限り、深手ではないかもしれない。


俺はタリンへ顔を向けた。


「この先へ進んだようだ」


タリンが上を見上げた。


「あとどのくらい追う?」


少し考えた。


「あの尾根を確認しよう。それから判断する」


後ろからレンが声を上げた。


「どうしてもっと上まで行かないんですか?」


俺は振り返った。


「追っている相手が何なのかは分かっている。だが、どこにいるのかは分かっていないからだ」


「足跡は上に続いています」


「一部はな。だが、下へ戻った足跡もある」


レンはしばらく地面を見た。


それからうなずいた。


「なるほど」


タリンが彼の横を通りながら言った。


「一番役に立つ足跡ってのは、どこで立ち止まるべきか教えてくれる足跡だったりするんだ」


レンが眉をひそめた。


「どういう意味ですか?」


「歩きながら考えな」


俺は思わず笑みを浮かべた。


三人で再び歩き始めた。


やがて木々はほとんど見られなくなった。


斜面の上部は、さっきまでより開けている。


しかし、大きな岩が視界を遮っていた。


前方には二つの道があった。


一つはさらに上へ続き、もう一つは岩の間を回り込みながら、下の街道のほうへ向かっていた。


タリンが上へ続く道を指さした。


「そっちへ行ったと思うか?」


答える前に、周囲を調べた。


道の入り口では、いくつかの石が動かされていた。


少し先には折れた小枝もあった。


だが、それらを魔物が残したと断言することはできない。


俺はもう一方の道に目を向けた。


そちらには土が多かった。


しゃがみ込んで足跡を調べる。


長い指が残した浅いくぼみが見えた。


上へ向かうものも、下へ向かうものもあった。


タリンが隣へ来た。


「また同じか」


「ああ」


「ここを何度も行き来したんだろうな」


俺はうなずいた。


商隊の男が話していたことを思い出す。


魔物は最初の襲撃のあと、獲物を残して岩場へ引き返していた。


そして、再び戻ってきたのだ。


おそらくこの辺りに安全な場所を見つけ、そこへ餌を運んでは、また取りに戻っていたのだろう。


だが、周囲には大きな洞窟の入り口が見当たらなかった。


長期間使っているねぐらではなく、一時的な隠れ場所を利用している可能性がある。


俺はタリンに顔を向けた。


「下の道を調べよう」


タリンがうなずいた。


レンへ声をかける。


「近くへ来い」


若い衛兵が数歩進んできた。


「何か見つかりましたか?」


「魔物はこの辺りを何度も通っている。近くには身を隠せる場所もある」


レンはすぐに岩場を見回した。


「まだここにいるかもしれないんですか?」


「その可能性はある。だから周囲から目を離すな」


レンはうなずいた。


「はい」


俺たちは進み始めた。


その道は、二つの大きな岩の間を通っていた。


右側には高い岩がそびえ、左側は低い斜面へと続いている。


タリンが先頭を歩く。


俺は真ん中。


レンは数歩後ろだ。


しばらくの間、誰も口を開かなかった。


足元の小石がときおり動き、小さな音を立てていた。


岩の間を吹き抜ける風が、その音の一部をかき消している。


道の中ほどに近づいたところで、タリンが立ち止まった。


身をかがめ、足元の土を指さす。


「ラルフ」


俺はそばへ行った。


岩の根元に、はっきりとした足跡が残っていた。


前脚が残した深いくぼみだ。


すぐ隣には、もう少し小さな跡もある。


俺はしゃがんだ。


「ここで立ち止まったようだな」


タリンが上を見上げた。


「跳ぶ前か?」


「かもしれない」


指の跡が向いている方向を調べた。


魔物は下のほうを向いていたように見える。


タリンが反対側の土の上へ移動した。


「こっちにもいくつかあるぞ」


彼のところへ向かいながら、俺は背後を確認した。


レンは道の入り口近くに立ち、周囲を警戒していた。


今のところ問題はない。


俺は再び地面へ目を落とした。


足跡の間には違いがあった。


深いものもあれば、浅く踏み込まれたものもある。


魔物はここで速度を落とし、そのあと急に加速したのかもしれない。


だが、なぜだ?


岩の上部を見た。


大きな出っ張りがあった。


その上には背の低い茂みがいくつか生えている。


さらに上の岩場からなら、この道を簡単に見下ろせるはずだ。


長腕が周囲を見張るには都合のいい場所だった。


嫌な予感がした。


「タリン」


彼が顔を上げる。


「どうした?」


「ここに長居はしない。最後の足跡を確認したら引き返そう」


タリンはうなずいた。


そのとき、背後からレンの声が聞こえた。


「ラルフ、こっちにも何かあります!」


振り返った。


レンは少し横へ移動していた。


道の入り口にある大きな岩の根元で身をかがめ、地面の跡を調べている。


片手は剣の柄に置かれていたが、その視線は完全に足元へ向けられていた。


「レン、持ち場を離れるな!」


若い衛兵が顔を上げた。


「この足跡をちょっと――」


最後まで言えなかった。


岩の上部で何かが動くのに気づいた。


灰色の長い腕が、出っ張りの縁から下へ伸びてきた。


続いて頭が現れる。


細い目が、まっすぐレンを見つめていた。


俺は剣の柄に手をかけた。


「レン! 左へ避けろ!」


魔物が跳んだ。


すべては数秒のうちに起こった。


まず強靭な後脚で岩を蹴る。


次に長い前脚を二本とも広げ、下へ飛びかかってきた。


レンが顔を上げたときには、魔物はすでに目の前へ迫っていた。


若い衛兵は後ろへ下がろうとした。


しかし、岩の間の狭い場所では十分に素早く動けなかった。


魔物の片腕がレンの肩にぶつかった。


爪が服を引き裂き、レンは体勢を崩して地面に倒れた。


同時に、俺も前へ踏み込んだ。


剣を抜き、魔物の二度目の攻撃を遮る位置へ差し込む。


鋭い衝突音が響いた。


魔物は素早く腕を引いた。


そして四本の手足で地面に着地すると、後ろへ跳び退いた。


俺はレンに手を伸ばした。


襟をつかんで後方へ引き寄せる。


「タリン!」


タリンはすでに近くへ来ていた。


レンの腕をつかみ、立ち上がるのを助けた。


「下がれ!」


二人が数歩離れる間に、俺は魔物の前へ出た。


長腕は四本の手足を地面につけていた。


ようやく、その姿をはっきりと見ることができた。


体の大きさは、おおよそ人間と同じくらいだ。


だが、その姿は人間とは大きく異なっていた。


長い腕に、前かがみの胴体。そして力強い後脚。灰色の皮膚は、ところどころ色が濃くなっている。


幅広い顎の上には細い目があった。頭を動かすたびに、肩の周りの筋肉が盛り上がる。


長腕だ。


しかも、まだ成体ではない。


体の大きさと骨格から判断すると、群れから離れた若い個体だろう。


それなら、商隊を一匹だけで襲った理由も説明できるかもしれない。


だが、今はそんなことはどうでもよかった。


目の前にいる魔物は、自分のしていることを理解していた。


レンの注意がそれた瞬間を狙って襲いかかってきたのだ。


しかも最初の攻撃が失敗したからといって、慌てて逃げ出すこともなかった。


その目は俺と、背後にいる衛兵たちの間を行き来している。


タリンの声が聞こえた。


「ラルフ! レンが肩をやられた!」


俺は魔物から目を離さなかった。


「そいつをあの岩の後ろへ連れていけ! 傷を確認しろ!」


タリンはすぐに動いた。


レンは立ち上がろうとして、よろめいた。


「歩けます……」


「だったら急げ」とタリンが言った。


二人は俺の右後方にある大きな岩の根元へ退いた。


魔物の目がその動きを追う。


一歩、右へ移動した。


俺も同じ方向へ動き、進路を塞いだ。


魔物が止まる。


わずかに首をかしげた。


口から低く、くぐもった声が漏れた。


俺は剣を両手で握り直した。


魔物が再び動き始める。


まず左へ。


続いて素早く右へ。


俺もそれに合わせて向きを変えた。


俺をかわし、負傷した衛兵のところへ向かおうとしている。


そうはさせない。


背後から、レンの苦しそうな呼吸が聞こえた。


タリンは傷の状態を確かめながら、いつでも剣を取れる位置に置いていた。


魔物が突然、上体を起こした。


二本足で立つと、長い腕が体の両側に垂れ下がった。


数秒間、俺をじっと見つめる。


そして再び四本の手足を地面につけた。


今度は、さらに低く体を沈める。


前脚を少し左右へ開いた。


跳びかかるつもりだ。


俺は右足を後ろへ引いた。


剣先をわずかに下げる。


魔物の視線が、俺の左側にできた隙間へ移った。


そこを通り抜けられると思っているらしい。


俺は一歩後ろへ下がった。


隙間が少し広がる。


魔物は動かなかった。


待っている。


俺も待った。


互いの距離は、ほんの数歩しかない。


岩の間を風が吹き抜け、短いうなり声のような音を立てた。


魔物の頭がわずかに動いた。


そして前脚へ体重を移す。


次の瞬間、全力で飛びかかってきた。


狙いどおりの場所へ。


俺は剣を振り上げた。


今度は、ただ攻撃を止めるだけで終わらせるつもりはなかった。

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