第18話 ― 二太刀
### ラルフ視点
長腕は、俺が左側にわざと作った隙を狙って飛びかかってきた。
二本の長い腕を前に突き出している。
予想どおりだ。
俺は右足を横に踏み出し、体をひねった。
魔物はすでに宙にいた。攻撃に全体重を乗せており、今さら方向を変えることはできない。
俺は一振りで剣を薙いだ。
突き出された二本の腕を、同時に斬り落とした。
長腕は跳躍の勢いのまま前へ進み、地面に落ちた。後ろ足で体勢を立て直そうとする。
だが、その隙は与えなかった。
一歩で間合いを詰める。
二度目の剣を、今度は首へと振り下ろした。
魔物は二度と動かなかった。
ほんの数秒前まで俺たちに襲いかかろうとしていた長腕が、今は地面に倒れ、ぴくりとも動かない。
俺はしばらくその様子を確かめた。
それから周囲を見渡す。
岩の間に、ほかの動くものは見えなかった。だが、一体倒したからといって、近くに別の長腕がいないとは限らない。
剣を下ろし、タリンに振り向いた。
「タリン、レンの様子はどうだ?」
タリンは大きな岩の根元にしゃがみ込んでいた。レンは岩に背中を預け、負傷した肩を押さえている。
「意識はあります。ただ、肩は診てもらったほうがいいでしょう」
俺は二人のところへ歩み寄った。
レンが顔を上げる。
まず俺を見て、それから俺の背後に倒れている長腕へと視線を移した。
「たった……二太刀で倒したんですか?」
「ああ」
若い衛兵は何か言いかけたが、結局口を閉じた。
タリンはレンの肩の傷を確認し続けていた。
「運がよかったな。もう少し遅れていたら、もっとひどいことになっていたぞ」
レンは視線を落とした。
「すみません。足跡を調べているときに……」
「周囲への注意を怠ったんだな」
俺がそう言うと、レンはうなずいた。
「はい」
「足跡を追うのは大切だ。だが、魔物を追跡しているときに地面ばかり見ていたら、自分の身を守れない」
レンは今度はまっすぐ俺の顔を見た。
「二度と繰り返しません」
「そう願っている」
タリンが立ち上がった。
「歩けます。ただ、治療師に傷を診てもらったほうがいいですね」
「なら、戻ろう」
俺は剣を鞘に収めた。
レンは立ち上がりながら、もう一度だけ長腕を振り返った。
俺は来た道の岩場へと向き直る。
今は隊商のところへ戻るのが最優先だった。
岩の間の道を抜け、斜面を下り始めた。
登るときには慎重に追っていた足跡も、帰りはそれほど気にしなかった。ただ周囲を警戒しながら進んでいく。
レンの負傷で、歩く速度は少し落ちていた。
若い衛兵は自分の足で歩けていたが、右腕をなるべく動かさないようにしていた。タリンはその数歩後ろを歩いている。
「肩はどうだ?」と俺は尋ねた。
「動かさなければ、あまり痛みません」
「治療師に診てもらうまでは無理をするな」
「わかりました」
しばらく無言で歩いた。
斜面の下のほうに差しかかったとき、タリンが俺の隣に来た。
「近くにほかの長腕もいると思うか?」
「可能性はある。だが、今のところ別の足跡は見つかっていない」
「それでも、周辺を調べさせる必要がありそうだな」
「エドリックに伝えよう」
木々の間から街道が見え始めると、下のほうから人の声が聞こえてきた。
隊商のいた場所に戻ると、最初に到着したときよりも辺りは少し片づいていた。
負傷者を運ぶために連れてきた荷馬車は、もうそこにはなかった。
数人の男たちが散乱した袋を拾い集め、無事なものを道端に積んでいた。別の男は横転した荷馬車のそばに膝をつき、車輪の取り付け部分を調べている。
エドリックは隊商の一人と話していた。俺たちに気づくと話を切り上げ、こちらへ歩いてきた。
「どうだった?」
「長腕を見つけた。もう脅威にはならない」
エドリックはうなずいた。
「一体だけだったか?」
「俺たちが遭遇したのは一体だけだ。まだ若い個体だった。近くにほかの長腕がいる痕跡は見つからなかったが、断言はできない」
「そうか」
彼の視線がレンへ移った。
「その肩はどうした?」
レンは少し背筋を伸ばした。
「自分の不注意です、隊長。足跡を調べているときに、魔物に飛びかかられました」
エドリックは負傷した肩を見た。
「歩けるか?」
「はい、隊長」
「よし。町に戻ったら治療師に診てもらえ。それまでは腕を無理に動かすな」
「了解しました」
エドリックは俺に向き直った。
「負傷者は少し前に送り出した。治療師も一緒に行かせた」
「容体は?」
「応急処置は済んでいる。町に着けば、もっとしっかり手当てしてもらえるだろう」
俺はうなずいた。
「それで、積み荷はどうする?」
エドリックは無事だった荷馬車を指さした。
「回収できるものは大体集めた。一部はもう積み込んである。だが、三台のうち使えるのは一台だけだ」
俺は横転した荷馬車を見た。
「起こしてみたのか?」
「これから試すつもりだ。ただ、車輪の一つも壊れている。ここで修理するには時間がかかるかもしれない」
「町から新しい荷馬車を呼ぶのか?」
「負傷者を送り出すとき、御者に空の荷馬車を二台手配してくれと頼んでおいた。到着まで少しかかるだろうが、今日中には片づけられるはずだ」
俺は道端に集められた袋を見た。
「夕方までに終わりそうか?」
「大きな問題が起きなければな。町からそれほど遠いわけでもない」
そのとき、男の一人が破れた袋を持ち上げようとして、中から穀物をこぼしてしまった。
エドリックが声をかける。
「それをほかの袋と一緒にするな! まず無事なものを分けろ!」
男はうなずき、袋を脇へ移した。
エドリックは再びこちらを向いた。
「傷んだ積み荷もある。全部は回収できないが、できるだけ多く持ち帰るつもりだ」
「隊商の連中はどうしている?」
「ほとんどはまだ動ける。ただ、皆少し休む必要があるな」
彼は一度言葉を切った。
「亡くなった三人も、ここに置いていくわけにはいかない。町まで連れて帰る」
俺はうなずいた。
エドリックの視線が、再び岩山へ向けられた。
「街道の安全も考えなければならない。長腕を一体倒したからといって、ほかに危険がないとは限らないからな」
「遭遇したのは若い個体だった。おそらく群れからはぐれたんだろう」
「そうだといいが」
タリンも話に加わった。
「帰り道でも周囲を確認できます。少なくとも、この街道沿いの岩場は見ておけるでしょう」
「それは助かる」とエドリックは言った。「実は、もう少し手を貸してもらおうと思っていたところだ」
「何をすればいい?」と俺は尋ねた。
「荷馬車が来るまでは俺がここに残る。お前たちは周囲の警戒を頼む。積み込みが始まったら、そちらも手伝ってもらうかもしれない」
「わかった」
エドリックはレンに向き直った。
「お前はどこかに座って休め。手伝おうとするなよ」
レンは反論しかけたが、エドリックの顔を見て思い直した。
「了解しました」
タリンは若い衛兵のそばへ行き、座れる場所を教えた。
俺は道の反対側へ渡り、岩山を見上げた。
先ほど長腕と遭遇した場所は、ここからは見えない。
木々の間を風が吹き抜けていた。
今のところ、周囲に別の動きはなかった。
町から荷馬車が来るまで、街道から目を離すわけにはいかなかった。
待っている荷馬車は、まだ到着していなかった。
俺は道端にある大きな岩の上に登り、周囲を見渡した。
そこからは町へ続く道と、襲撃が起きた岩場の斜面の両方が見えた。
丘の上に動くものはない。
しばらくすると、下からエドリックの声が聞こえた。
「ラルフ!」
俺は振り向いた。
「どうした?」
「何か見えたか?」
「いや。今のところ異常はない」
「よし。荷馬車が来るまで、そこで見張っていてくれるか?」
「もちろんだ」
エドリックは再び男たちのところへ戻っていった。
下では作業が続いている。回収できる袋は一か所に集められ、傷んだものは別の場所に分けられていた。
途中、隊商の男が無事そうに見える袋を持ち上げた。だが、底から穀物がこぼれ始めたため、すぐに地面へ戻した。
隣の男と二言三言交わし、袋の口を縛り直そうとしていた。
この襲撃で失われたのは、人の命だけではなかった。
隊商が運んでいた商品の一部も、使い物にならなくなっていた。
俺はそのまま周囲の警戒を続けた。
やがて、町の方角から車輪の音が聞こえてきた。
顔を向けると、道の向こうに空の荷馬車が二台見えた。
それぞれ一人ずつ御者が乗っており、その横には武装した町の男が二人、馬に乗って付き添っていた。
荷馬車の一台が近づいてくると、エドリックが迎えに出た。
「よし、来たな。荷馬車はあそこに寄せてくれ」
男たちは指示に従った。
俺も岩から下りて、彼らのもとへ向かった。
「道中はどうだった?」と尋ねる。
御者の一人が答えた。
「静かなものでした。町を出るときに気をつけるよう言われましたが、途中では何も見かけませんでした」
「それはよかった」
エドリックは地面に積まれた袋を指さした。
「まず無事な荷物から積み込む。重いものは下に置いてくれ。傷んだものは別に確認するぞ」
皆が作業に取りかかった。
俺もしばらく袋を運ぶのを手伝った。
タリンは無事だった隊商の荷馬車のそばにいた。荷物がきちんと積まれているか確認し、必要に応じて男たちを手伝っている。
一方、レンは道端の石に腰かけていた。
途中で一度立ち上がり、こちらへ来ようとした。
エドリックがそれに気づいた。
「レン、どこへ行く?」
若い衛兵が足を止めた。
「手伝えるかと思いまして、隊長」
「もう肩は治ったのか?」
「いえ。でも、反対の腕なら使えます」
「その腕まで怪我をする前に、座っていてもらいたいな」
レンは一瞬ためらった。
それから、再び元の場所に腰を下ろした。
タリンは彼を見て、軽く笑みを浮かべた。
「心配するな。お前の分の袋も運んでおいてやる」
レンは何も答えなかったが、その表情を見る限り、あまり納得していないようだった。
作業が進むにつれ、道端に積まれていた袋の山は小さくなっていった。
荷物の大半を積み終えたころ、エドリックが隊商の男を一人呼び寄せた。
「足りない分は数えられたか?」
「正確にはまだです。ただ、傷んだ袋は分けてあります。町に戻ってから全部数え直せると思います」
「そうしよう」
男はうなずいた。
そのあと、彼の視線は少し離れた場所に横たわる、布をかけられた三人へと向かった。
表情が変わる。
「あの人たちも……連れて帰ってくれるんですよね?」
エドリックは迷わず答えた。
「もちろんだ。そのための場所も確保してある」
男は黙って頭を下げた。
しばらくすると、タリンが俺のところへやってきた。
「荷物はほとんど積み終わりました」
「思ったより早かったな」
「エドリックの指示が的確でしたからね」
俺は無事だった隊商の荷馬車を見た。
そちらも荷物の積み込みが終わっていた。馬具の確認が行われ、最後の準備が進んでいる。
エドリックが俺たちを呼び寄せた。
「ほぼ準備はできた。あと少しで出発できる」
「帰りはどういう隊列で進む?」と俺は尋ねた。
「俺が先頭を行く。タリンは荷馬車のそばについてくれ。ラルフ、お前は最後尾を頼む。レンは荷馬車に乗せよう」
レンがすぐに顔を上げた。
「隊長、歩けます」
「わかっている。だが、乗っていてほしい」
今度は反論しなかった。
最後の準備では、亡くなった三人も丁寧に荷馬車の一台へと運び込まれた。
隊商の男たちは、しばらく無言で立っていた。
全員の準備が整ったのを確認すると、エドリックは馬にまたがった。
「出発するぞ!」
荷馬車が一台ずつ動き始めた。
俺も馬に乗り、最後尾についた。
最後にもう一度、岩山を振り返った。
朝の出来事が嘘のように、今はすべてが静かに見えた。
だが、道にはまだ折れた木片や、こぼれ落ちた穀物が残っていた。
あとで誰かをよこして片づける必要があるだろう。
俺は馬を進ませた。
目の前には、町へ続く道が伸びていた。
今度は急ぐ必要はない。
それでも、誰もが一刻も早く家に帰りたがっているに違いなかった。
### ルーカス視点
ガレスの木剣が、また俺の肩に軽く触れた。
「また左側ががら空きだぞ」
俺は剣を下ろした。
「でも今度は、魔法を使いながら攻撃するのを忘れなかったよ」
「そうだな。ただ、守るのを忘れただけだ」
反論しようと口を開いたものの、何も言い返せなかった。
ガレスが笑った。
「今日はもう十分練習しただろう。どうだ?」
俺は庭の真ん中を見た。
《大地の手》で作った土の突起の跡が、まだ残っていた。いくつかはきれいに盛り上がっていたけれど、ほかのものはかなり不格好だった。
朝、練習を始めたときは、ガレスの防御を突破するのなんて簡単だと思っていた。
だけど今は、一度だけ後ろに下がらせるのが精いっぱいだった。
しかも、ガレスは俺に攻撃すらしてこなかったのに。
「もう少し練習しない?」
「明日もここにいるぞ、ルーク」
「約束?」
「約束だ」
俺は木剣を庭の端に置いた。
ガレスも自分の木剣をその隣に置き、テーブルの椅子に腰かけた。
俺は座らずに、家の正面へ向かって歩いた。
太陽はもう、朝ほど高いところにはなかった。
父さんが出かけてから、ずいぶん時間が経っていた。
昼食のときにも帰ってこなかった。母さんはそれについてあまり何も言わなかったけれど、何度か窓の外を眺めていた。
俺も気になっていた。
朝、町の鐘が三回鳴った。父さんは緊急の救援要請だと言っていた。
でも、何が起きたのかはまだわからなかった。
庭の門のそばまで来たとき、通りを歩く二人の男の会話が聞こえた。
「荷馬車は戻ってきたのか?」
「何台かは見たぞ。ほかも向かってるらしい」
「怪我人は?」
「治療師のところに運ばれたってさ」
男たちはそのまま歩いていった。
荷馬車の話をしていたのかな?
もっと聞こうと門に近づいたけれど、二人はもう角を曲がってしまっていた。
「ルーク?」
後ろからガレスの声がした。
「何をしてるんだ?」
「通りを歩いてた人たちが、怪我人の話をしてたんだ」
ガレスの顔から、少し笑みが消えた。
「なるほど。救援要請はそのためだったのか」
「父さんもそこにいるのかな?」
「おそらくな」
ガレスはしばらく通りを眺め、それから俺に向き直った。
「さあ、中に入ろう。戻ってきたら話してくれるさ」
そのときだった。
通りの向こうに、見覚えのある人影が見えた。
父さんだ。
馬に乗って、家のほうへ向かってきていた。朝出かけたときと同じ服を着ていて、腰には剣を下げている。
「父さん!」
俺は手を上げて呼びかけた。
父さんが顔を向けた。
俺を見ると少し笑い、馬の速度を落として庭の門の前で止まった。
「ルーク!」
父さんが馬から下りると、俺は門を飛び出して駆け寄った。
「帰ってきた!」
「見てのとおりだ」
近くで見ると、父さんは少し疲れているようだった。でも、どこにも怪我は見当たらなかった。
「何があったの? どこに行ってたの? 町のみんなが何か話してるよ」
父さんは一瞬言葉を止めた。
「全部一度に聞くつもりか?」
「まず何があったのか教えて」
父さんは小さく笑った。
「街道で商人の隊商が襲われたんだ。俺たちは救援に行ってきた」
「何に襲われたの?」
「長腕だ」
その名前は前にも聞いたことがあった。
長い腕を使って岩場を移動する、危険な魔物だと知っていた。でも、実際に見たことはない。
「本当に?」
父さんはうなずいた。
「ああ。幸い、もう危険はない」
「父さんが倒したの?」
「タリンとレンと一緒に足跡を追った。それで、ようやく見つけたんだ」
「それで?」
俺は答えを待った。
「それで、倒した」
まるで朝ご飯に何を食べたか話すみたいに、あっさりと言った。
「どうやって?」
「あとで話してやる。まずは中に入ろう」
ちょうどそのとき、ガレスが庭の門から出てきた。
「ラルフ! 帰ったのか」
「今戻ったところだ」
ガレスが近づいてきた。
「救援要請は何だったんだ?」
「ロタスへ続く街道で、隊商が長腕に襲われた。若い個体だったが、もう片づけた」
ガレスはうなずいた。
「怪我人は?」
父さんの表情が真剣になった。
「三人が命を落とした。ほかにも何人か負傷している。俺たちが戻る前に、怪我人は町へ運ばれていた」
一瞬、誰も口を開かなかった。
三人が死んだ。
朝、父さんが家を出ていったとき、何が待っているんだろうとは思っていた。
でも、こんなことになるなんて想像していなかった。
「それで、ほかの人たちは?」と俺は尋ねた。
「町に戻ったよ。怪我人は治療師が診ている」
「父さんは怪我してないよね?」
父さんは俺を見た。
「ああ、ルーク。俺は大丈夫だ」
そう言って、俺の頭を撫でた。
「それで、お前は今日は何をしていたんだ?」
その質問を待っていた。
「ガレスと練習したんだ! 剣と魔法を一緒に使えるようになったよ!」
「ほう?」
「《大地の手》を使いながら攻撃もできたんだ! ガレスを後ろに下がらせたんだよ!」
すぐにガレスが口を挟んだ。
「それを言うなら、そのあと何回隙を突かれたかも話さないとな」
「そこは言わなくてもいいでしょ!」
父さんが笑った。
「ずいぶん頑張ったみたいだな」
「よかったら見せてあげるよ!」
父さんは庭の真ん中に目を向けた。
「見せてもらおう。ただ、その前に少し休ませてくれ」
「うん!」
父さんは馬を庭の門の横にある柵につないだ。
俺たち三人は家へ向かった。
扉を開けると、母さんがこちらに気づいた。
「ラルフ!」
母さんは近づいてきた。
「やっと帰ってきたのね。どうだった?」
「話すことはいろいろある。でも心配するな。俺は大丈夫だ」
母さんは一瞬、父さんの様子を確かめるように見つめた。
それから、ほっとしたように息を吐いた。
「まずは着替えてきて。ミリアと一緒に食事を用意したの」
「それはありがたいな」
父さんが家の奥へ進んでいくのを、俺も追いかけた。
朝からガレスとどれだけ練習していても、父さんが帰ってきたら真っ先に何を見せようかと、ずっと考えていた。
だけど今は、すぐに庭へ連れ出そうとは思わなかった。
だって、父さんはちゃんと帰ってきたんだから。
父さんが着替えを済ませると、俺たちはみんなで食卓を囲んだ。
ミリアが用意してくれた料理は、とてもいい匂いがした。
朝、慌ただしく家を出ていった父さんが、今こうして目の前に座っている。
それだけで安心できた。
「今日はガレスとずいぶん練習したそうだな」と父さんが言った。
「うん! 剣も魔法も使ったよ!」
ガレスがパンを一切れちぎった。
「特に、二つを同時に使う練習をしたんだ。なかなかいい動きもあったぞ」
父さんが俺を見た。
「そうか。どんな魔法を使ったんだ?」
「最初に《囁く風》を試したんだ。それから《大地の手》も」
「結果は?」
「最初は負けた」
ガレスが口を挟んだ。
「二回目も負けたな」
「でも、今度はガレスを後ろに下がらせたんだから!」
父さんが笑った。
「なら、ちゃんと上達してるじゃないか」
「もちろん!」
母さんは微笑みながら、俺のお皿に料理を少し追加した。
「それなら、明日もそんなに練習するつもりなら、しっかり食べないとね」
俺は反論しなかった。
食事を続けながら、父さんを見た。
朝、どれほど急いで家を出ていったかを思い出していた。
「父さん、明日も仕事に行くの?」
「今のところ、その予定はないな。どうしてだ?」
「ガレスに教わったことを、父さんにも見せたいんだ」
「それなら明日まで待たなくてもいいぞ。少し休んだら見せてくれ」
ガレスが首を横に振った。
「まずは休ませてやれ、ラルフ。今日はもう十分練習したんだ」
「まだ練習できるよ!」
「もちろんできるだろうな。でも、休むことも覚えないといけないぞ」
父さんが俺を見た。
「その点はガレスに賛成だ」
俺は二人を交互に見た。
さっきまでお互いをからかい合っていたのに、今度は二人で俺に反対している。
「ずるいよ」
母さんが笑いながら言った。
「文句は明日まで取っておきなさい、ルーク」
どうしようもなかった。
食事の残りの時間は、主にガレスと父さんが昔一緒に行っていた訓練の話になった。
ガレスが、父さんは若いころから人の言うことをあまり聞かなかったと話すと、母さんはずいぶん楽しそうだった。
一方、父さんは話が少し大げさになっていると言い張っていた。
どちらを信じればいいのかわからなかった。
でも、ガレスの話のほうがずっと面白かった。
しばらくして、食事が終わった。
母さんに寝る時間だと言われたときも、あまり反論しなかった。
一日中続けた練習の疲れが、ようやく出てきたみたいだった。
俺は父さんとガレスにおやすみを言った。
「明日も続けるんだよね?」と尋ねた。
ガレスはうなずいた。
「約束しただろう?」
俺は笑って二階へ上がった。
ベッドに横になると、今日覚えた動きを思い返した。
明日はどうすれば、ガレスの防御を突破できるだろう?
今度は《水球》を使ってみようかな。
でもその前に、攻撃するときに左側をがら空きにしないようにしないと。
そんなことを考えているうちに、だんだんまぶたが重くなっていった。
### ラルフ視点
ルーカスが自分の部屋へ上がってからも、俺とガレスはしばらく席に残っていた。
一日の疲れが、ようやく体に出始めていた。
ガレスは杯に残っていた飲み物を飲み干した。
「今日は思ったより長引いたみたいだな」
「少しな。隊商の荷物を片づけるのに時間がかかった」
「魔物は若い個体だったんだろう?」
「ああ。群れからはぐれたように見えた」
「近くにほかの足跡は?」
「見つからなかった。だが、エドリックがしばらく街道を警戒させるそうだ」
ガレスはうなずいた。
少しして、俺は彼に顔を向けた。
「そういえば、今日はあの手帳を調べる時間はあったか?」
「いや、ほとんどなかったな。ルーカスとの訓練が終わってからも、手をつける暇がなかった」
「俺も一日中外にいたからな」
「今夜、少し見てみるか?」
俺は少し考えた。
疲れてはいたが、まだ眠るには早い気がした。
「そうだな。昨日の続きから、もう一度確認してみよう」
俺たちは一緒に書斎へ向かった。
アレンの手帳は、机の上に置かれたままだった。
ガレスは椅子を引いて腰を下ろした。
俺も向かい側に座った。
「昨日、いくつかの記述を照らし合わせるつもりだったな」と俺は言った。
「覚えている。特に、内容が食い違っている箇所がいくつかあった」
俺は手帳を引き寄せた。
アレンが急いで書いた文字が、再び目の前に広がった。いくつかの言葉には取り消し線が引かれ、その横には別の説明が書き加えられていた。
ガレスは机の上にある別の紙を一枚手に取った。
「これも見てみよう。書き方が違う理由がわかるかもしれない」
俺はその紙を手帳の横に置いた。
しばらくの間、俺たちは記述を照らし合わせた。
しかし、アレンが何を意図していたのか、やはり確信は持てなかった。
ガレスは椅子の背にもたれた。
「こういうものを見ていると、あいつがこれを書いていたとき、そばにいられたらよかったのにと思うことがある」
俺は手元の手帳を見た。
「そばにいたとしても、全部説明してくれたかどうかはわからないぞ」
ガレスはかすかに笑った。
「たぶん、まずは俺が自分で理解するのを待っただろうな」
「それで、理解できなかったらからかってきたはずだ」
「間違いない」
俺たちはしばらく黙っていた。
やがて、ガレスが紙をまとめ始めた。
「今日はここまでにしよう。明日、もう少し頭がすっきりしてから続きをやればいい」
俺も異論はなかった。
手帳を閉じ、ほかの紙と一緒に置いた。
今日も、新しい答えを見つけることはできなかった。
だが、少なくともどこまで調べたかはわかっている。
机の上のランプを消す前に、俺はもう一度だけ手帳に目を向けた。
それからガレスと一緒に書斎を出た。




