第15話 遅れてきた客
「準備はいいか?」
父さんの声を聞いて、僕は目の前の土の山を見つめた。
「うん、できてる」
「じゃあ、始めろ」
右手を前に突き出す。
ここ数日練習していた魔法を発動させるため、魔力を集中させた。
最初はなかなかうまくいかなかった。小さな火花しか出なかったり、生まれた炎を長く保てなかったりしたのだ。
でも、今回はいける気がした。
大きく息を吸う。
「ファイアボール!」
手の先に小さな炎が現れた。
炎は急速に膨らみ、僕の拳より少し大きい球になる。そして勢いよく前へ飛び出し、標的に向かった。
できた!
土の山に当たる、と思ったその瞬間、父さんが片手を上げた。
「アースウォール」
地面から分厚い土の壁がせり上がり、火球を遮った。
炎は壁にぶつかって散った。
数秒後には火も消え、標的も壁の向こうで見えなくなっていた。
父さんが壁の脇から顔を出す。
「いいな」
僕は父さんを見た。
「いいって?」
「ああ」
「今の、ちゃんと見たよね?」
「見たぞ」
「じゃあ、なんで止めたの?」
父さんが片眉を上げる。
「お前に攻撃されたら、反撃するなってことか?」
「父さんを攻撃したんじゃない。標的を狙ったんだよ」
「だから標的を守ったんだ」
僕は土の壁を見た。
それから父さんを見る。
「ずいぶん公平だね」
「ありがとう」
褒めてない。
とはいえ、認めるべきところは認めなければならない。
僕は火球を作れるようになるまで数日もかかった。なのに父さんは、ほとんど苦もなくその魔法を防いでしまった。
実力の差は歴然としていた。
「もう一回やってみるか?」と父さんが聞いた。
僕はうなずいた。
父さんが壁を消す。
目の前に土の山が再び姿を現した。
今度はさっきよりも簡単に魔法を発動できた。
「ファイアボール!」
炎が勢いよく飛んでいく。
父さんは手を上げなかった。
火球は標的に命中した。土の表面に一瞬炎が広がり、すぐに消える。
思わず笑みがこぼれた。
「今度は当たった!」
父さんがうなずく。
「ああ。魔力の量もうまく調整できていたな」
僕は自分の手を見た。
最初の頃より、ずっと楽に魔法を作れるようになっていた。
「もう少し大きくしてみてもいい?」
「大きくすることはできる」
「じゃあ――」
「だが、今日はここまでだ」
言いかけた言葉を遮られた。
「やっと成功したところなのに!」
父さんが腕を組む。
「だからこそ、ここで終わりにするんだ。魔法を一度成功させたからって、すぐにもっと強いものを試す必要はない」
しばらく父さんを見つめた。
それから、目の前の黒く焦げた土に視線を戻す。
本当はもう一回やりたかった。
でも、父さんの表情を見ればわかる。
考えを変えるつもりはなさそうだ。
「わかったよ」
父さんが笑った。
「よし。じゃあ、ここを片づけようか」
僕は土の山を見た。
それから父さんを見る。
「壁を作ったのは父さんでしょ」
「火を飛ばしたのはお前だろ」
「でも壁のほうが大きかったよ」
「じゃあ、分担しよう」
僕は眉を上げた。
「どうやって?」
「自分で作ったものは自分で片づける。俺もそうする」
少し考えた。
悪くない条件だ。
「いいよ」
父さんはしばらく僕を眺めていた。
そして笑い出す。
「どうしたの?」
「いや。前のお前なら、これにも文句を言っていただろうなと思ってな」
僕は肩をすくめた。
「もう五歳だからね」
父さんが声を上げて笑った。
「そうだな。すっかり大きくなった」
やっと気づいたか。
* * *
五歳の誕生日から、四日が過ぎていた。
五歳になったからといって、日常が大きく変わったわけではない。朝は相変わらず父さんと訓練し、母さんと魔法の練習をして、機会があれば町へ出かける。
ただ、この数か月で上達したことはいくつかあった。
特に魔力の制御だ。
以前は土を少し盛り上げるだけのつもりが、魔力を使いすぎて周りの地面まで崩してしまうことがあった。今では思った形に整えるのも、ずっと簡単になった。
剣の腕も少しは上がった。
もっとも、父さんの攻撃はまだ防ぎきれない。
いや、正確には、ときどき防げるようにはなった。ただ、その次の一撃に対処するのが難しいのだ。
父さんはそれで普通だと言っていた。
「まずは正しい動きを覚えろ。速さはそのあとだ」
僕もできるだけその言葉に従っていた。
それでも、動きを間違えていないはずなのに負けることがある。
そんなときの父さんの説明は単純だった。
「相手だって剣の使い方を知ってるんだぞ、ルーク」
わざわざ言われなくてもわかっている。
訓練のたびに思い知らされているのだから。
とはいえ、今の僕は訓練だけで毎日を過ごしているわけではなかった。
テアと知り合ってから、もう何か月も経っていた。町に行くたびに会えるわけではないけれど、時間があればダレンの工房に顔を出している。
しかも、最近はテアと二人きりで遊ぶことばかりではなかった。
ミラとブラムも、よくそこにいるのだ。
知り合ったばかりの頃、ブラムは競争することしか頭にないように見えた。
今だって競争は大好きだ。
でも最近は、テアと一緒に剣の練習もするようになった。
初めてその光景を見たときは、少し驚いた。
ダレンの工房の裏庭に行くと、二人が向かい合い、木剣を構えていた。
ダレンは少し離れたところから見守っている。
テアが斬りかかった。
ブラムは剣を上げて受け止めたものの、体勢を崩して後ろによろめいた。
「剣を上げすぎなんだよ」とテアが言う。
ブラムはすぐに姿勢を立て直した。
「こうしないと防げないだろ!」
「うちの父さんはそんなふうにしないよ」
「お前の父さんはずっと強いじゃないか!」
テアは一瞬黙った。
それから父親を見る。
「それはそうだね」
ダレンが笑った。
「力があるのは助けになるが、それだけじゃないぞ」
ブラムが振り向く。
「じゃあ、どうやって防げばいいの?」
ダレンは二人のそばへ行き、剣をどの角度で構えればいいかを教えた。
ブラムは真剣に見ていた。
それから同じ動きを試す。
テアがもう一度攻撃すると、今度はさっきよりうまく受け止められた。
「ほら!」とブラムが声を上げる。
テアもうなずいた。
「さっきよりいいね」
少し間を置いて、こう続けた。
「じゃあ、次は私が攻撃するよ」
ブラムが眉をひそめる。
「さっきから攻撃してただろ!」
「もっと速くするの!」
二人を眺めながら、僕は笑っていた。
少なくとも今は、本当に互いに教え合おうとしているらしい。
僕も加わって、しばらく一緒に練習した。
僕が父さんに習った動きをいくつか見せると、ダレンは興味深そうに見ていた。
「ラルフはこう教えているのか?」
僕はうなずいた。
「うん」
「悪くないな」
するとテアがすぐに口を挟んだ。
「でも、父さんが教えるほうが上手だよね?」
ダレンは少し考えた。
「教え方が違うんだ」
テアが眉を寄せる。
「どういうこと?」
「どちらのやり方も覚えればいいってことさ」
テアはその答えにあまり納得していないようだった。
一方ブラムは、さっそく両方の動きを試そうとしていた。
その日の稽古は、思ったより長く続いた。
ミラも庭にはいたけれど、僕たちと剣の練習はしていなかった。
彼女の興味は別のものに向いていた。
魔法だ。
僕が魔法を使えると知ったときから、ミラはずいぶん興味を示していた。その好奇心は、その後も薄れることがなかった。
ある日、ミラは小さな本を持って僕のところへ来た。
「ここに風の魔法が載ってるの」
ページをのぞき込んだ。
よく知っている魔法だった。
『ささやく風』。
「それなら使えるよ」
ミラはすぐに顔を上げた。
「本当に?」
「うん」
「見せてくれる?」
僕は庭の端に落ちていた小さな葉っぱを指さした。
手を伸ばす。
「ささやく風」
弱い風が起こり、葉っぱを地面から浮かせて数歩先まで運んだ。
ミラはじっと見つめていた。
それから自分も試してみたがった。
手を前に伸ばす。
「ささやく風!」
何も起こらない。
ミラは眉をひそめた。
もう一度試す。
葉っぱはぴくりとも動かなかった。
「言い方が違うのかな?」とミラが聞いた。
僕は首を横に振った。
「ううん」
「じゃあ、どうしてできないんだろう?」
少し考える。
「魔力を動かそうとするとき、何か感じる?」
ミラは自分の手を見つめた。
「あんまり何も感じない」
僕は何と答えればいいかわからなかった。
魔力をどう感じているのか、言葉で説明するのは思ったより難しい。
僕の使う言葉が、ミラにとっても同じ意味になるとは限らないからだ。
「母さんに聞いてみようか」と、僕はようやく言った。
ミラが顔を上げた。
「本当にいいの?」
「うん。僕だって何でも知ってるわけじゃないし」
それを認めるのは少し悔しかった。
でも事実だ。
ミラは本を閉じた。
「じゃあ、今度聞いてみよう」
僕はうなずいた。
それからもミラは、会うたびに魔法についていろいろ質問してきた。
まだ自分で魔法を発動させることはできていない。でも、何を学びたいかははっきりしてきたようだった。
ブラムとテアが剣を振り、ミラが魔法の本をめくっているのを眺めるのは、なかなか楽しかった。
興味のあるものはみんな違う。
だからこそ、ときどき助け合うこともできる。
もちろん、そううまくいかないときもある。
特にテアが一度こうと決めたときには。
* * *
五歳の誕生日には、三人ともまた会いに来てくれた。
母さんは朝早くから準備を始め、ミリアも手伝っていた。
家の中には一日中、おいしそうな料理の匂いが漂っていた。
父さんはそんなお祝いまで、自分の手柄にしようとしていた。
「俺にもおめでとうくらい言ってくれていいと思うんだが」
母さんが振り向いた。
「どうして?」
「父親になって五年だぞ」
「ルークもあなたに五年間付き合ってきたのよ」
ミリアが笑い出した。
僕も吹き出してしまった。
父さんはしばらく僕たちを見回し、それから首を横に振った。
「自分の家でくらい、もう少し敬意を払ってもらいたいもんだ」
「ちゃんと尊敬してるよ」と僕は言った。
父さんの表情がぱっと明るくなる。
「さすが俺の息子だ!」
「でも、母さんの言うとおりだと思う」
今度はミリアが声を上げて笑った。
父さんは裏切られたような顔で僕を見た。
その後も賑やかな一日だった。
午後にはテア、ミラ、ブラムがやって来た。
テアは誕生日を祝ってくれたあと、僕が五歳になったと聞いて満足そうにうなずいた。
「よかった。私に近づいてきたね」
「年の差は変わってないけど」
「でも、もう四歳じゃないでしょ」
「そうだね」
「じゃあ近づいたんだよ」
僕は答えなかった。
テアとの言い合いは、ときには黙っているほうが楽だ。
ブラムは小さな木のおもちゃを持ってきてくれた。ダレンの工房で余った木片を使って作ったらしい。
二つの木片が組み合わさる仕組みになっていた。
最初、どうやって外すのかわからなかった。
ブラムはそれがおかしかったようだ。
「僕だって外せるんだぞ」と得意げに言った。
するとテアがすぐに取り上げた。
「ちょっと貸して」
数分後、二人とも外せずにいた。
ミラがおもちゃを調べ、木片を反対方向に滑らせると、あっさり分かれた。
ブラムはしばらく黙っていた。
やがて木片を組み直し、僕に差し出した。
「もともと、そうやって外すものなんだよ」
みんなで笑った。
お祝いが終わり、みんなが帰るときには、次に会ったら何をするかという話になった。
ミラは母さんに魔法のことでいくつか質問したがっていた。
テアは新しく覚えた剣の動きを僕に見せるつもりらしい。
ブラムはその動きなら自分のほうが上手だと言い張っていた。
次に集まったときの様子が、なんとなく想像できた。
楽しい誕生日だった。
ただ、翌朝また早くから訓練に出かけることになり、五歳になっても特別扱いはあまりないのだと悟った。
父さんはそのあたり、ぶれない人だった。
* * *
「ルーク!」
母さんの声で物思いから引き戻された。
僕は庭の端に立ち、訓練で手についた土を払おうとしていた。
「なあに?」
「家に入る前に、ちゃんと手を洗ってね」
手を見る。
指の間にはまだ土が残っていた。
「はーい!」
水桶のところへ行って手を洗った。
家に入ろうとしたとき、遠くから蹄の音が聞こえてきた。
道のほうへ顔を向ける。
一人の男が馬に乗って家へ近づいていた。
最初は誰だかわからなかった。
でも少し近づくと、見覚えのある顔が見えた。
ガレス?
男は庭の門の前で馬を減速させた。
僕に気づくと手を上げる。
「ルーカス!」
僕は笑顔になった。
「ガレス!」
ガレスは馬を下り、手綱を握った。
前に会ったときから、あまり変わっていない。黒っぽい髪に混じる白髪もそのままだ。服装は地味な旅装だった。
馬の左右につけられた荷物が目に留まった。
「父さんは家にいるか?」とガレスが聞いた。
答える前に父さんの声がした。
「ガレス?」
父さんが家の脇から現れた。
友人の姿を見つけると、満面の笑みを浮かべる。
「ようやく来たか!」
ガレスが振り向く。
「よう、ラルフ」
父さんが近づいてきた。
「もっと早く来ると思ってたぞ」
「俺も早く来るつもりだった」
「何かあったのか?」
ガレスは手綱を直しながら答えた。
「招待状が届くのが遅かったんだ」
父さんは眉をひそめた。
「何週間も前に送ったぞ」
「俺のところには二日前に届いた」
「二日前?」
「ああ」
父さんはしばらくガレスを見た。
「それで誕生日に間に合わなかったのか」
「ほかに理由があると思うか?」
父さんはにやりとした。
「俺たちに会いたくないのかと思ってな」
ガレスがちらりと父さんを見る。
「今から帰ってもいいんだぞ」
父さんが笑った。
「まだ着いたばかりじゃないか!」
「だから帰るのも簡単だ」
二人のやり取りを聞いて、僕は笑ってしまった。
前に訪ねたときも、ほとんど同じ調子で話していたっけ。
ガレスは再び僕に向き直った。
「誕生日おめでとう、ルーカス。ちょっと遅れたがな」
「ありがとう」
「でも、手ぶらじゃないぞ」
僕の目はすぐに馬の荷物へ向かった。
それに気づいたガレスが小さく笑う。
「まずは馬を落ち着かせてやろう」
父さんが手綱を取ろうと手を伸ばした。
「こっちは俺がやるよ」
ガレスは礼を言ってから、鞍の脇につけた荷物袋を開いた。
中から布に包まれた小さな包みを取り出す。
そして僕に差し出した。
「気に入るといいんだが」
僕はわくわくしながら受け取った。
紐をほどき、布を開くと、焦げ茶色の革で作られた小さな肩掛け鞄が現れた。
肩紐がついていて、前には簡素な留め具がある。
両手で持ち上げ、じっくり眺めた。
「僕に?」
ガレスが片眉を上げる。
「ほかの誰の誕生日だったんだ?」
僕は笑った。
鞄の蓋を開けてみる。
小物ならいくつか入りそうな大きさだ。革は厚いけれど、思っていたより柔らかかった。
「すごくいいね」
「役に立つと思ってな」
肩紐をかけてみた。
鞄が膝のあたりまで垂れ下がる。
僕は立ち止まって下を見た。
ガレスが笑う。
「少し長かったか」
しゃがみ込んで肩紐を短くしてから、もう一度立ち上がった。
「どうだ?」
数歩歩いてみる。
鞄が体に軽く当たるけれど、歩く邪魔にはならない。
「ぴったり!」
父さんも近づき、鞄を確かめた。
「いいのを選んだな」
ガレスが父さんを見る。
「お前からそんな言葉が出るとはな」
「俺はいいものをちゃんと評価するんだ」
「自分以外のものもか?」
父さんの笑顔が消えた。
「たまには普通に話せないのか?」
ガレスは答えず、肩をすくめた。
僕は鞄の留め具を閉め、また開いた。
すると、あることを思いついた。
「ちょっと待ってて!」
二人を庭に残して家の中へ駆け込む。
階段を上がり、自分の部屋へ入った。
机の上には、四歳の誕生日に父さんからもらった古い方位磁針が置いてあった。
手に取って蓋を開ける。
針がかすかに動いた。
それを新しい鞄の中へ入れてみた。
ちょうどよく収まった。
留め具を閉め、また肩にかける。
階下へ戻ると、父さんとガレスはまだ庭にいた。
二人のところへ行き、鞄を開いた。
「見て!」
ガレスがかがみ込んで中をのぞく。
「方位磁針か?」
僕はうなずいた。
「去年の誕生日に父さんがくれたんだ」
ガレスは方位磁針をもう一度よく見た。
それから父さんに目を向けた。
「昔の方位磁針を渡したのか」
父さんが笑う。
「ああ。今はルークのものだ」
ガレスがうなずいた。
「大事にしろよ、ルーカス。お前の父さんが冒険者だった頃からのものだ」
「うん、大事にする」
ガレスが僕を見る。
「いつか旅に出たら、役立つはずだ」
僕は鞄を閉めた。
「じゃあ、そのときは両方持っていくよ」
「それがいい」
父さんが僕の頭に手を置き、髪をくしゃくしゃにした。
「その前に、もう少し大きくならないとな」
僕は見上げた。
「もう五歳だよ」
「ああ」
「あとどれくらい大きくなればいいの?」
父さんは考えるふりをした。
「もう少しだな」
ずいぶん具体的な説明だ。
ガレスは笑いながら首を振った。
「この件は父さんの言うことを聞いたほうがいいぞ」
僕はガレスを見る。
「ガレスまで?」
「たまには正しいことも言うからな」
父さんがすぐに顔を上げた。
「たまには?」
ガレスは答えなかった。
僕もまた鞄に目を戻した。
* * *
エリサは玄関にガレスが立っているのを見て驚いた。
「ガレス? いらっしゃい!」
「久しぶりだな、エリサ」
母さんはすぐに家へ招き入れた。
「遠くから来たんでしょう。お腹が空いてるわよね」
「少しな」
父さんが口を挟む。
「少しなんて言ってるけどな。昔からそう言って、食卓のものを全部平らげてたんだぞ」
ガレスが父さんを見た。
「お前に全部食われないようにするには、急ぐしかなかったんだ」
エリサが笑った。
「昔話がたくさん聞けそうね」
父さんは首を振る。
「こいつの話は半分くらい嘘だぞ」
「残り半分は、お前が思い出したくない話だ」とガレス。
母さんは二人を見比べて笑った。
「それは楽しみね」
ミリアもガレスに挨拶し、食事の支度を手伝った。
しばらくすると、僕たちはみんな食卓を囲んでいた。
ガレスは旅の話をした。手紙が遅れて届いたせいで早く出発できず、いくつか用事を片づけてから来たのだという。
父さんは、手紙がそんなに遅れたことをまだ不思議がっていた。
「普通はそこまでかからないんだが」
ガレスは肩をすくめた。
「今回はかかったんだろ」
「途中で何かあったのかもしれないな」
「かもな」
ガレスはあまり気にしていないようだった。
ようやく父さんも別のことを尋ねた。
「家のほうはどうだ?」
「相変わらずだ。庭の手入れをしたり、修理するものがいくつかあったりな」
「まだ全部一人でやってるのか?」
「大体はな」
父さんが首を振る。
「本当に人に頼るのが下手だな」
ガレスが父さんを見る。
「お前に言われるとはな」
父さんが一瞬黙り込んだ。
それから二人とも笑った。
やがて、ガレスがどれくらい滞在するかという話になった。
「数日泊まらせてもらおうと思っている」とガレスが言う。
母さんはすぐにうなずいた。
「もちろんよ。部屋を用意するわ」
「手間をかけるな」
「そんなことないわ。久しぶりに来てくれたんだもの」
ガレスは礼を言った。
僕もその知らせがうれしかった。
前に会ったとき、父さんの昔の冒険について面白い話をたくさん聞けたのだ。
何日か泊まってくれるなら、もっと聞けるに違いない。
* * *
午後、僕はガレスと庭に座っていた。
父さんは少しの間、家の中へ入っていた。ガレスは手元のコップをテーブルに置き、周りを眺めている。
「いい家だな」
「うん」
「ここで暮らすのは好きか?」
僕はうなずいた。
「好きだよ」
ガレスが微笑んだ。
それから庭の端に置かれた木剣に目を向ける。
「父さんにずいぶん鍛えられてるようだな」
「うん、結構ね」
「調子はどうだ?」
「悪くないよ」
「悪くない、か」
僕は少し考えた。
「まだ父さんには勝てないけど」
ガレスが笑った。
「お前はまだ五歳だぞ、ルーカス」
「知ってる」
「もう少し時間をかけろ」
「僕に?」
「二人にな」
僕は眉をひそめた。
「父さんに時間が必要だとは思えないけど」
ガレスはしばらく僕を見つめた。
そしてまた笑う。
「それもそうだな」
少しの間、静かになった。
ガレスは再び木剣を見た。
「魔法ばかりやってるわけじゃないのは、いいことだ」
「剣も使えるようになりたいんだ」
「どうしてだ?」
その質問は予想していなかった。
少し考える。
「父さんが上手だから。僕も覚えたい」
ガレスがうなずいた。
「なるほどな」
そして付け加えた。
「でも焦るなよ。動きを速くするより先に、正しくできるようにならないとな」
僕は笑った。
「父さんも同じこと言うよ」
「ほう。ちゃんと教えてることもあるんだな」
「あるんだな、って?」
「ああ」
これは父さんに報告しなければ。
ガレスはしばらく庭を眺めてから、僕に向き直った。
「父さんから、友達ができたって聞いたぞ」
僕はうなずいた。
「テアとミラとブラム」
「どんな子たちだ?」
僕はまず、テアが冒険者になりたがっていることを話した。
父親のダレンも昔は冒険者で、今は大工をしていて、テアに剣を教えていることも。
最近はブラムもテアと一緒に訓練している、と付け加えた。
ガレスは興味深そうに聞いていた。
「お前も一緒にやるのか?」
「ときどきね」
「いいことだ。いろんな相手と練習すると役に立つ」
「父さんもそう言ってる」
ガレスがうなずいた。
「その調子じゃ、お前の父さんの言葉を全部聞かされそうだな」
「聞きたいなら話すけど」
「いや、遠慮しておこう」
僕は笑った。
それからミラの話をした。
「あの子も魔法を覚えたいんだ」
ガレスが片眉を上げた。
「そうなのか?」
「うん。本は読んでるけど、まだ魔法は使えないんだ」
「お前が教えてやってるのか?」
「知ってることは話してる。でも魔力をどう感じるかっていうのが、うまく説明できなくて」
ガレスは考え込むようにうなずいた。
「誰もが同じように学べるわけじゃないからな」
「うん」
「その子に合った教え方のできる人が必要なのかもしれん」
「母さんに聞いてみようって話してたんだ」
「いい考えだ」
それからもしばらく話をした。
テアが冒険者になりたがっていると聞いて、ガレスは自分の若い頃の話を始めた。
父さんと一緒に受けた初期の依頼は、僕が思うほど刺激的なものばかりではなかったそうだ。
長旅をしたり、行方不明の家畜を探したり、何日も地味な仕事を続けたりすることもあったという。
「冒険者ってのは、いつも剣を振り回してるわけじゃないんだぞ」
「知ってるよ」
「本当か?」
「父さんが教えてくれた」
「何を?」
「隊商の護衛とか、人探しとか、魔物との戦いとか」
ガレスがうなずいた。
「そうだな」
少し考えてから、こう付け加える。
「でも、一番疲れることは教えてないようだな」
「何それ?」
「ラルフと旅することだ」
僕は笑い出した。
ちょうどそのとき、父さんが庭に出てきた。
「俺の話か?」
ガレスは間髪入れずに答えた。
「ああ」
父さんは立ち止まった。
「隠す気もないんだな」
「隠す必要がないからな」
父さんは椅子を引いて僕たちのそばに座った。
「今度は何を話した?」
「昔の依頼のことだ」
「どの依頼だ?」
「まだ特定の依頼の話はしてない」
父さんはほっとしたように見えた。
僕はそれに気づいた。
「なんで?」と聞く。
父さんが僕を見る。
「何が?」
「特定の依頼じゃなくて安心してたでしょ」
ガレスの口元がわずかに動いた。
父さんは少し考えてから答えた。
「いや、安心なんかしてないぞ」
「そう見えたよ」
「見間違いだ」
ガレスが口を挟んだ。
「ルーカス、お前の父さんがまだ話してないことは山ほどあるぞ」
父さんは首を横に振る。
「長い滞在になりそうだな」
ガレスが笑った。
「まだ初日だぞ」
* * *
夕方になると、僕たちはまた食卓を囲んだ。
ガレスが来てから、食事の時間まで長くなった。
父さんとガレスが昔話をして、母さんが時折質問し、ミリアも話を聞いて笑っていた。
僕は熱心に耳を傾けた。
特に父さんの若い頃の話には。
ガレスは、かつて隊商の護衛をしたとき、父さんが目的地までの日数を間違えて計算した話を始めた。
今回は父さんも、あまり言い訳をしなかった。
「隊商が思ったより遅かったんだ」
「隊商の速さを基準に計算するべきだったな」とガレス。
「わかってるよ」
ガレスは驚いた顔で父さんを見た。
「今、自分の間違いを認めたのか?」
父さんは肩をすくめた。
「たまにはな」
ガレスがうなずいた。
「年を取ったな」
父さんが笑う。
「お前もな」
しばらくして、ガレスはその依頼にアレンも同行していたと言った。
「旅の二日目、アレンはみんなの前でラルフに、いつ着くのか聞いたんだ」
父さんがかすかに笑った。
「覚えてる」
「するとラルフは、あと一日だって答えた」
「あのときはそう思ってたんだよ」
「三日目にもアレンは同じことを聞いた」
「わかってる」
「四日目にもな」
母さんが笑い始めた。
父さんは首を振る。
「結局、ちゃんと着いただろ」
「ああ」とガレス。「六日目にな」
僕は笑いをこらえて唇を結んだ。
父さんがそれに気づいた。
「何か言いたいことでもあるのか?」
「ないよ」
「本当か?」
「本当」
ガレスが笑った。
「賢い子だ」
父さんはため息をついた。
「お前たち、気が合うな」
否定はできなかった。
夕食が終わったあとも、しばらく一緒に座っていた。
でも、だんだん眠くなってきた。
最初に気づいたのは母さんだった。
「ルーク、そろそろ寝る時間よ」
僕は顔を上げた。
「まだ早いよ」
母さんは窓を指さす。
外はすっかり暗かった。
「そうは思わないけど」
何か言い返そうと口を開いた。
その途端、あくびが出た。
父さんが笑う。
「説得力があるな」
僕は父さんをにらんだ。
ガレスまで笑っている。
この言い争いには勝てそうもなかった。
僕は立ち上がった。
母さんがそばに来て、髪を整えてくれた。
「おやすみ」
「おやすみ、母さん」
ミリアにもおやすみを言い、階段へ向かった。
でも上がりかけたところで立ち止まり、ガレスを振り返った。
「明日もいるんだよね?」
「ああ」
「一つ聞いてもいい?」
「なんだ?」
「父さんが若い頃にした、ほかの変なことも知ってる?」
父さんがすぐに身を起こした。
「ルーク!」
ガレスの顔に満面の笑みが広がる。
「山ほど知ってるぞ」
「ガレス!」
「明日教えてやる」
僕はうなずいた。
「わかった!」
父さんは椅子に深くもたれた。
「まったく、最高だな」
階段を上がるときも、僕は笑っていた。
部屋に入ると、新しい鞄をベッド脇の椅子に置いた。
方位磁針を取り出して蓋を開く。
針がしばらく動いてから止まった。
もう一度鞄にしまった。
ガレスが数日泊まってくれるのはうれしかった。
明日もまた、いろいろな話を聞ける。
父さんは喜ばないだろうけど、僕は間違いなく楽しめるはずだ。
ベッドに横になった。
階下からかすかに話し声が聞こえてきた。
しばらく耳を澄ませてみる。
でも、やめた。
何を話しているのか、どうせ聞き取れない。
毛布をかぶり、目を閉じた。
* * *
【ラルフ】
ルーカスが二階に上がると、家の中は少しずつ静かになった。
エリサとミリアは台所を片づけたあと、それぞれ部屋へ引き上げていった。
ラルフとガレスだけがテーブルに残っていた。
二人はしばらく昔の依頼について話していた。
やがて、会話が自然に途切れた。
ラルフは友人の前にあるコップに目を向けた。
「旅の疲れはまだ残ってるか?」
「少しな」
「じゃあ明日はゆっくり休めよ」
ガレスは首を横に振った。
「休むために来たわけじゃない」
ラルフは彼を見た。
「だろうな」
ガレスが片眉を上げる。
「わかってたのか?」
「誕生日だけのために来たとは思ってなかった」
ガレスは何も答えなかった。
ラルフは椅子に座り直した。
「何があった?」
ガレスはしばらく考えてから立ち上がった。
「待ってろ」
扉のそばに置いていた旅鞄を取る。
テーブルまで運び、中を開けた。
ラルフはその様子を見ていた。
ガレスが取り出したのは、革表紙の薄い手帳だった。
それをテーブルに置く。
ラルフにはすぐにわかった。
「アレンの手帳か」
ガレスがうなずいた。
ラルフはしばらく表紙を見つめた。
数か月前、ガレスの家で見たものだった。
アレンが魔法について研究した記録や、図、計算が書き込まれている。
「どうして持ってきた?」
ガレスは椅子に座った。
「お前たちが帰ってから、また読み返していたんだ」
「何かわかったのか?」
「いや、はっきりとは」
ガレスは手帳を開いた。
最初のページには、見慣れたアレンの文字が並んでいた。
魔法についての理論、失敗した実験、無詠唱魔法を使おうとして記した覚え書き。
ラルフにも覚えのある内容がいくつかあった。
ガレスは数ページめくった。
「この辺りは前にも見せたな」
「ああ」
「だが、まだ見せていないところがある」
ラルフは眉をひそめた。
「どういうことだ?」
ガレスはページをめくり続けた。
途中から、文字の様子が変わっていた。
一見するとアレンの筆跡に見える。だが、単語の間には意味のわからない記号が入り込み、文字の並びが崩れている行もあった。数字と小さな図だけが書かれた箇所もある。
ラルフは身を乗り出した。
「これは何だ?」
「俺もそれを知りたいんだ」
ラルフは数行読もうとした。
だが、読めない。
「アレンの字は昔から汚かったが、これは別だな」
「ああ」
ガレスはあるページを指さした。
「わざとこう書いたんじゃないかと思っている」
「暗号か?」
「おそらくな」
ラルフはもう一度、手帳を見た。
「いつから調べてる?」
「ずいぶん前からだ。だが、お前たちが来てからはもっと念入りに調べ始めた」
「何かわかったか?」
ガレスは首を横に振る。
「一人では無理だった」
ラルフは椅子の背にもたれた。
「俺に手伝ってほしくて来たのか?」
「そうだ」
「ガレス、俺は暗号解読なんて得意じゃないぞ」
「知ってる」
「なら、どうして?」
ガレスは手帳を彼のほうへ押した。
「お前もアレンを知っていた。どう考えるやつだったか、何にこだわっていたかも知っている。俺が気づかなかったことを、お前なら思い出せるかもしれない」
ラルフはしばらく黙った。
「本気でそう思うか?」
「いや、わからん」
あまりに即答だったので、ラルフは思わず笑ってしまった。
「少なくとも正直だな」
「試すだけなら損はないだろ」
ラルフは手帳を手に取った。
ゆっくりとページをめくる。
ところどころ、見覚えのある魔法用語が読み取れた。だが、それだけでは何の意味も成さなかった。
「それにしても、どうして今なんだ?」とラルフが尋ねた。
ガレスはテーブルに身を寄せた。
「ルーカスのことがあるからだ」
ラルフの手が止まった。
ガレスは続けた。
「あの子に起きたことと、アレンの研究に関係があるのかはわからない。だが、この手帳から何か手がかりが見つかるかもしれん」
ラルフが顔を上げた。
「何も見つからなかったら?」
「そのときは、やれることをやったということだ。少なくとも、何もわからないまま同じことを恐れ続けなくて済む」
ラルフはしばらく返事をしなかった。
「俺は息子に何か起きるのが怖いんだ、ガレス」
「わかっている」
ガレスの声は落ち着いていた。
「だから俺も来たんだ」
ラルフは目の前の手帳を見た。
少ししてから、また口を開いた。
「ルーカスにこれをいじらせたくはない」
「俺もだ。だからお前に持ってきた」
ラルフはうなずいた。
そして、またページをめくり始めた。
最初のほうは、ほとんど読める。
だが先へ進むほど、そうはいかなかった。
記号は増え、見慣れた言葉の代わりに、意味を読み取れない行が続いていた。
ラルフはあるページで手を止めた。
「アレンはいつこれを書いたんだ?」
ガレスがのぞき込む。
「正確にはわからん」
「最後の頃かもしれないか?」
「あり得る」
ガレスは数秒間、手帳を見つめた。
「ただ、後半の大部分が読めない。それだけは確かだ」
ラルフは最後のほうのページへ進んだ。
ほとんどが、同じような不可解な記号で埋め尽くされているページもあった。
しばらく何も言わなかった。
やがて顔を上げる。
「どうして今まで、二人でここを調べなかったんだ?」
ガレスの表情が変わった。
「あの頃は、読めるところだけで十分だと思っていたからだ」
ラルフはもう一度、手帳に目を落とした。
アレンがどのように無詠唱魔法の研究を始めたのかは知っていた。
どんな困難にぶつかったのかも。
だが、その研究の果てに何を見つけたのか。自分たちは思っているよりずっと知らないのかもしれない。
ガレスが沈黙を破った。
「数日はここにいる。明日、一緒に調べよう」
ラルフはうなずいた。
「わかった」
ゆっくりと手帳を閉じる。
だが、ふと手を止めて、もう一度開いた。
さっき見ていたページへ戻る。
言葉とも思えない記号を、改めて見つめた。
「ガレス」
「何だ?」
ラルフは一行を指さした。
「アレンが何を書いたのかもわからないのに、あいつが最後に何を追いかけていたのか、本当にわかっていると言えるのか?」
ガレスは答えなかった。
二人は、開かれたままの手帳を見つめていた。




