↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
15/20

第15話 遅れてきた客

「準備はいいか?」


父さんの声を聞いて、僕は目の前の土の山を見つめた。


「うん、できてる」


「じゃあ、始めろ」


右手を前に突き出す。


ここ数日練習していた魔法を発動させるため、魔力を集中させた。


最初はなかなかうまくいかなかった。小さな火花しか出なかったり、生まれた炎を長く保てなかったりしたのだ。


でも、今回はいける気がした。


大きく息を吸う。


「ファイアボール!」


手の先に小さな炎が現れた。


炎は急速に膨らみ、僕の拳より少し大きい球になる。そして勢いよく前へ飛び出し、標的に向かった。


できた!


土の山に当たる、と思ったその瞬間、父さんが片手を上げた。


「アースウォール」


地面から分厚い土の壁がせり上がり、火球を遮った。


炎は壁にぶつかって散った。


数秒後には火も消え、標的も壁の向こうで見えなくなっていた。


父さんが壁の脇から顔を出す。


「いいな」


僕は父さんを見た。


「いいって?」


「ああ」


「今の、ちゃんと見たよね?」


「見たぞ」


「じゃあ、なんで止めたの?」


父さんが片眉を上げる。


「お前に攻撃されたら、反撃するなってことか?」


「父さんを攻撃したんじゃない。標的を狙ったんだよ」


「だから標的を守ったんだ」


僕は土の壁を見た。


それから父さんを見る。


「ずいぶん公平だね」


「ありがとう」


褒めてない。


とはいえ、認めるべきところは認めなければならない。


僕は火球を作れるようになるまで数日もかかった。なのに父さんは、ほとんど苦もなくその魔法を防いでしまった。


実力の差は歴然としていた。


「もう一回やってみるか?」と父さんが聞いた。


僕はうなずいた。


父さんが壁を消す。


目の前に土の山が再び姿を現した。


今度はさっきよりも簡単に魔法を発動できた。


「ファイアボール!」


炎が勢いよく飛んでいく。


父さんは手を上げなかった。


火球は標的に命中した。土の表面に一瞬炎が広がり、すぐに消える。


思わず笑みがこぼれた。


「今度は当たった!」


父さんがうなずく。


「ああ。魔力の量もうまく調整できていたな」


僕は自分の手を見た。


最初の頃より、ずっと楽に魔法を作れるようになっていた。


「もう少し大きくしてみてもいい?」


「大きくすることはできる」


「じゃあ――」


「だが、今日はここまでだ」


言いかけた言葉を遮られた。


「やっと成功したところなのに!」


父さんが腕を組む。


「だからこそ、ここで終わりにするんだ。魔法を一度成功させたからって、すぐにもっと強いものを試す必要はない」


しばらく父さんを見つめた。


それから、目の前の黒く焦げた土に視線を戻す。


本当はもう一回やりたかった。


でも、父さんの表情を見ればわかる。


考えを変えるつもりはなさそうだ。


「わかったよ」


父さんが笑った。


「よし。じゃあ、ここを片づけようか」


僕は土の山を見た。


それから父さんを見る。


「壁を作ったのは父さんでしょ」


「火を飛ばしたのはお前だろ」


「でも壁のほうが大きかったよ」


「じゃあ、分担しよう」


僕は眉を上げた。


「どうやって?」


「自分で作ったものは自分で片づける。俺もそうする」


少し考えた。


悪くない条件だ。


「いいよ」


父さんはしばらく僕を眺めていた。


そして笑い出す。


「どうしたの?」


「いや。前のお前なら、これにも文句を言っていただろうなと思ってな」


僕は肩をすくめた。


「もう五歳だからね」


父さんが声を上げて笑った。


「そうだな。すっかり大きくなった」


やっと気づいたか。


* * *


五歳の誕生日から、四日が過ぎていた。


五歳になったからといって、日常が大きく変わったわけではない。朝は相変わらず父さんと訓練し、母さんと魔法の練習をして、機会があれば町へ出かける。


ただ、この数か月で上達したことはいくつかあった。


特に魔力の制御だ。


以前は土を少し盛り上げるだけのつもりが、魔力を使いすぎて周りの地面まで崩してしまうことがあった。今では思った形に整えるのも、ずっと簡単になった。


剣の腕も少しは上がった。


もっとも、父さんの攻撃はまだ防ぎきれない。


いや、正確には、ときどき防げるようにはなった。ただ、その次の一撃に対処するのが難しいのだ。


父さんはそれで普通だと言っていた。


「まずは正しい動きを覚えろ。速さはそのあとだ」


僕もできるだけその言葉に従っていた。


それでも、動きを間違えていないはずなのに負けることがある。


そんなときの父さんの説明は単純だった。


「相手だって剣の使い方を知ってるんだぞ、ルーク」


わざわざ言われなくてもわかっている。


訓練のたびに思い知らされているのだから。


とはいえ、今の僕は訓練だけで毎日を過ごしているわけではなかった。


テアと知り合ってから、もう何か月も経っていた。町に行くたびに会えるわけではないけれど、時間があればダレンの工房に顔を出している。


しかも、最近はテアと二人きりで遊ぶことばかりではなかった。


ミラとブラムも、よくそこにいるのだ。


知り合ったばかりの頃、ブラムは競争することしか頭にないように見えた。


今だって競争は大好きだ。


でも最近は、テアと一緒に剣の練習もするようになった。


初めてその光景を見たときは、少し驚いた。


ダレンの工房の裏庭に行くと、二人が向かい合い、木剣を構えていた。


ダレンは少し離れたところから見守っている。


テアが斬りかかった。


ブラムは剣を上げて受け止めたものの、体勢を崩して後ろによろめいた。


「剣を上げすぎなんだよ」とテアが言う。


ブラムはすぐに姿勢を立て直した。


「こうしないと防げないだろ!」


「うちの父さんはそんなふうにしないよ」


「お前の父さんはずっと強いじゃないか!」


テアは一瞬黙った。


それから父親を見る。


「それはそうだね」


ダレンが笑った。


「力があるのは助けになるが、それだけじゃないぞ」


ブラムが振り向く。


「じゃあ、どうやって防げばいいの?」


ダレンは二人のそばへ行き、剣をどの角度で構えればいいかを教えた。


ブラムは真剣に見ていた。


それから同じ動きを試す。


テアがもう一度攻撃すると、今度はさっきよりうまく受け止められた。


「ほら!」とブラムが声を上げる。


テアもうなずいた。


「さっきよりいいね」


少し間を置いて、こう続けた。


「じゃあ、次は私が攻撃するよ」


ブラムが眉をひそめる。


「さっきから攻撃してただろ!」


「もっと速くするの!」


二人を眺めながら、僕は笑っていた。


少なくとも今は、本当に互いに教え合おうとしているらしい。


僕も加わって、しばらく一緒に練習した。


僕が父さんに習った動きをいくつか見せると、ダレンは興味深そうに見ていた。


「ラルフはこう教えているのか?」


僕はうなずいた。


「うん」


「悪くないな」


するとテアがすぐに口を挟んだ。


「でも、父さんが教えるほうが上手だよね?」


ダレンは少し考えた。


「教え方が違うんだ」


テアが眉を寄せる。


「どういうこと?」


「どちらのやり方も覚えればいいってことさ」


テアはその答えにあまり納得していないようだった。


一方ブラムは、さっそく両方の動きを試そうとしていた。


その日の稽古は、思ったより長く続いた。


ミラも庭にはいたけれど、僕たちと剣の練習はしていなかった。


彼女の興味は別のものに向いていた。


魔法だ。


僕が魔法を使えると知ったときから、ミラはずいぶん興味を示していた。その好奇心は、その後も薄れることがなかった。


ある日、ミラは小さな本を持って僕のところへ来た。


「ここに風の魔法が載ってるの」


ページをのぞき込んだ。


よく知っている魔法だった。


『ささやく風』。


「それなら使えるよ」


ミラはすぐに顔を上げた。


「本当に?」


「うん」


「見せてくれる?」


僕は庭の端に落ちていた小さな葉っぱを指さした。


手を伸ばす。


「ささやく風」


弱い風が起こり、葉っぱを地面から浮かせて数歩先まで運んだ。


ミラはじっと見つめていた。


それから自分も試してみたがった。


手を前に伸ばす。


「ささやく風!」


何も起こらない。


ミラは眉をひそめた。


もう一度試す。


葉っぱはぴくりとも動かなかった。


「言い方が違うのかな?」とミラが聞いた。


僕は首を横に振った。


「ううん」


「じゃあ、どうしてできないんだろう?」


少し考える。


「魔力を動かそうとするとき、何か感じる?」


ミラは自分の手を見つめた。


「あんまり何も感じない」


僕は何と答えればいいかわからなかった。


魔力をどう感じているのか、言葉で説明するのは思ったより難しい。


僕の使う言葉が、ミラにとっても同じ意味になるとは限らないからだ。


「母さんに聞いてみようか」と、僕はようやく言った。


ミラが顔を上げた。


「本当にいいの?」


「うん。僕だって何でも知ってるわけじゃないし」


それを認めるのは少し悔しかった。


でも事実だ。


ミラは本を閉じた。


「じゃあ、今度聞いてみよう」


僕はうなずいた。


それからもミラは、会うたびに魔法についていろいろ質問してきた。


まだ自分で魔法を発動させることはできていない。でも、何を学びたいかははっきりしてきたようだった。


ブラムとテアが剣を振り、ミラが魔法の本をめくっているのを眺めるのは、なかなか楽しかった。


興味のあるものはみんな違う。


だからこそ、ときどき助け合うこともできる。


もちろん、そううまくいかないときもある。


特にテアが一度こうと決めたときには。


* * *

五歳の誕生日には、三人ともまた会いに来てくれた。


母さんは朝早くから準備を始め、ミリアも手伝っていた。


家の中には一日中、おいしそうな料理の匂いが漂っていた。


父さんはそんなお祝いまで、自分の手柄にしようとしていた。


「俺にもおめでとうくらい言ってくれていいと思うんだが」


母さんが振り向いた。


「どうして?」


「父親になって五年だぞ」


「ルークもあなたに五年間付き合ってきたのよ」


ミリアが笑い出した。


僕も吹き出してしまった。


父さんはしばらく僕たちを見回し、それから首を横に振った。


「自分の家でくらい、もう少し敬意を払ってもらいたいもんだ」


「ちゃんと尊敬してるよ」と僕は言った。


父さんの表情がぱっと明るくなる。


「さすが俺の息子だ!」


「でも、母さんの言うとおりだと思う」


今度はミリアが声を上げて笑った。


父さんは裏切られたような顔で僕を見た。


その後も賑やかな一日だった。


午後にはテア、ミラ、ブラムがやって来た。


テアは誕生日を祝ってくれたあと、僕が五歳になったと聞いて満足そうにうなずいた。


「よかった。私に近づいてきたね」


「年の差は変わってないけど」


「でも、もう四歳じゃないでしょ」


「そうだね」


「じゃあ近づいたんだよ」


僕は答えなかった。


テアとの言い合いは、ときには黙っているほうが楽だ。


ブラムは小さな木のおもちゃを持ってきてくれた。ダレンの工房で余った木片を使って作ったらしい。


二つの木片が組み合わさる仕組みになっていた。


最初、どうやって外すのかわからなかった。


ブラムはそれがおかしかったようだ。


「僕だって外せるんだぞ」と得意げに言った。


するとテアがすぐに取り上げた。


「ちょっと貸して」


数分後、二人とも外せずにいた。


ミラがおもちゃを調べ、木片を反対方向に滑らせると、あっさり分かれた。


ブラムはしばらく黙っていた。


やがて木片を組み直し、僕に差し出した。


「もともと、そうやって外すものなんだよ」


みんなで笑った。


お祝いが終わり、みんなが帰るときには、次に会ったら何をするかという話になった。


ミラは母さんに魔法のことでいくつか質問したがっていた。


テアは新しく覚えた剣の動きを僕に見せるつもりらしい。


ブラムはその動きなら自分のほうが上手だと言い張っていた。


次に集まったときの様子が、なんとなく想像できた。


楽しい誕生日だった。


ただ、翌朝また早くから訓練に出かけることになり、五歳になっても特別扱いはあまりないのだと悟った。


父さんはそのあたり、ぶれない人だった。


* * *


「ルーク!」


母さんの声で物思いから引き戻された。


僕は庭の端に立ち、訓練で手についた土を払おうとしていた。


「なあに?」


「家に入る前に、ちゃんと手を洗ってね」


手を見る。


指の間にはまだ土が残っていた。


「はーい!」


水桶のところへ行って手を洗った。


家に入ろうとしたとき、遠くから蹄の音が聞こえてきた。


道のほうへ顔を向ける。


一人の男が馬に乗って家へ近づいていた。


最初は誰だかわからなかった。


でも少し近づくと、見覚えのある顔が見えた。


ガレス?


男は庭の門の前で馬を減速させた。


僕に気づくと手を上げる。


「ルーカス!」


僕は笑顔になった。


「ガレス!」


ガレスは馬を下り、手綱を握った。


前に会ったときから、あまり変わっていない。黒っぽい髪に混じる白髪もそのままだ。服装は地味な旅装だった。


馬の左右につけられた荷物が目に留まった。


「父さんは家にいるか?」とガレスが聞いた。


答える前に父さんの声がした。


「ガレス?」


父さんが家の脇から現れた。


友人の姿を見つけると、満面の笑みを浮かべる。


「ようやく来たか!」


ガレスが振り向く。


「よう、ラルフ」


父さんが近づいてきた。


「もっと早く来ると思ってたぞ」


「俺も早く来るつもりだった」


「何かあったのか?」


ガレスは手綱を直しながら答えた。


「招待状が届くのが遅かったんだ」


父さんは眉をひそめた。


「何週間も前に送ったぞ」


「俺のところには二日前に届いた」


「二日前?」


「ああ」


父さんはしばらくガレスを見た。


「それで誕生日に間に合わなかったのか」


「ほかに理由があると思うか?」


父さんはにやりとした。


「俺たちに会いたくないのかと思ってな」


ガレスがちらりと父さんを見る。


「今から帰ってもいいんだぞ」


父さんが笑った。


「まだ着いたばかりじゃないか!」


「だから帰るのも簡単だ」


二人のやり取りを聞いて、僕は笑ってしまった。


前に訪ねたときも、ほとんど同じ調子で話していたっけ。


ガレスは再び僕に向き直った。


「誕生日おめでとう、ルーカス。ちょっと遅れたがな」


「ありがとう」


「でも、手ぶらじゃないぞ」


僕の目はすぐに馬の荷物へ向かった。


それに気づいたガレスが小さく笑う。


「まずは馬を落ち着かせてやろう」


父さんが手綱を取ろうと手を伸ばした。


「こっちは俺がやるよ」


ガレスは礼を言ってから、鞍の脇につけた荷物袋を開いた。


中から布に包まれた小さな包みを取り出す。


そして僕に差し出した。


「気に入るといいんだが」


僕はわくわくしながら受け取った。


紐をほどき、布を開くと、焦げ茶色の革で作られた小さな肩掛け鞄が現れた。


肩紐がついていて、前には簡素な留め具がある。


両手で持ち上げ、じっくり眺めた。


「僕に?」


ガレスが片眉を上げる。


「ほかの誰の誕生日だったんだ?」


僕は笑った。


鞄の蓋を開けてみる。


小物ならいくつか入りそうな大きさだ。革は厚いけれど、思っていたより柔らかかった。


「すごくいいね」


「役に立つと思ってな」


肩紐をかけてみた。


鞄が膝のあたりまで垂れ下がる。


僕は立ち止まって下を見た。


ガレスが笑う。


「少し長かったか」


しゃがみ込んで肩紐を短くしてから、もう一度立ち上がった。


「どうだ?」


数歩歩いてみる。


鞄が体に軽く当たるけれど、歩く邪魔にはならない。


「ぴったり!」


父さんも近づき、鞄を確かめた。


「いいのを選んだな」


ガレスが父さんを見る。


「お前からそんな言葉が出るとはな」


「俺はいいものをちゃんと評価するんだ」


「自分以外のものもか?」


父さんの笑顔が消えた。


「たまには普通に話せないのか?」


ガレスは答えず、肩をすくめた。


僕は鞄の留め具を閉め、また開いた。


すると、あることを思いついた。


「ちょっと待ってて!」


二人を庭に残して家の中へ駆け込む。


階段を上がり、自分の部屋へ入った。


机の上には、四歳の誕生日に父さんからもらった古い方位磁針が置いてあった。


手に取って蓋を開ける。


針がかすかに動いた。


それを新しい鞄の中へ入れてみた。


ちょうどよく収まった。


留め具を閉め、また肩にかける。


階下へ戻ると、父さんとガレスはまだ庭にいた。


二人のところへ行き、鞄を開いた。


「見て!」


ガレスがかがみ込んで中をのぞく。


「方位磁針か?」


僕はうなずいた。


「去年の誕生日に父さんがくれたんだ」


ガレスは方位磁針をもう一度よく見た。


それから父さんに目を向けた。


「昔の方位磁針を渡したのか」


父さんが笑う。


「ああ。今はルークのものだ」


ガレスがうなずいた。


「大事にしろよ、ルーカス。お前の父さんが冒険者だった頃からのものだ」


「うん、大事にする」


ガレスが僕を見る。


「いつか旅に出たら、役立つはずだ」


僕は鞄を閉めた。


「じゃあ、そのときは両方持っていくよ」


「それがいい」


父さんが僕の頭に手を置き、髪をくしゃくしゃにした。


「その前に、もう少し大きくならないとな」


僕は見上げた。


「もう五歳だよ」


「ああ」


「あとどれくらい大きくなればいいの?」


父さんは考えるふりをした。


「もう少しだな」


ずいぶん具体的な説明だ。


ガレスは笑いながら首を振った。


「この件は父さんの言うことを聞いたほうがいいぞ」


僕はガレスを見る。


「ガレスまで?」


「たまには正しいことも言うからな」


父さんがすぐに顔を上げた。


「たまには?」


ガレスは答えなかった。


僕もまた鞄に目を戻した。


* * *


エリサは玄関にガレスが立っているのを見て驚いた。


「ガレス? いらっしゃい!」


「久しぶりだな、エリサ」


母さんはすぐに家へ招き入れた。


「遠くから来たんでしょう。お腹が空いてるわよね」


「少しな」


父さんが口を挟む。


「少しなんて言ってるけどな。昔からそう言って、食卓のものを全部平らげてたんだぞ」


ガレスが父さんを見た。


「お前に全部食われないようにするには、急ぐしかなかったんだ」


エリサが笑った。


「昔話がたくさん聞けそうね」


父さんは首を振る。


「こいつの話は半分くらい嘘だぞ」


「残り半分は、お前が思い出したくない話だ」とガレス。


母さんは二人を見比べて笑った。


「それは楽しみね」


ミリアもガレスに挨拶し、食事の支度を手伝った。


しばらくすると、僕たちはみんな食卓を囲んでいた。


ガレスは旅の話をした。手紙が遅れて届いたせいで早く出発できず、いくつか用事を片づけてから来たのだという。


父さんは、手紙がそんなに遅れたことをまだ不思議がっていた。


「普通はそこまでかからないんだが」


ガレスは肩をすくめた。


「今回はかかったんだろ」


「途中で何かあったのかもしれないな」


「かもな」


ガレスはあまり気にしていないようだった。


ようやく父さんも別のことを尋ねた。


「家のほうはどうだ?」


「相変わらずだ。庭の手入れをしたり、修理するものがいくつかあったりな」


「まだ全部一人でやってるのか?」


「大体はな」


父さんが首を振る。


「本当に人に頼るのが下手だな」


ガレスが父さんを見る。


「お前に言われるとはな」


父さんが一瞬黙り込んだ。


それから二人とも笑った。


やがて、ガレスがどれくらい滞在するかという話になった。


「数日泊まらせてもらおうと思っている」とガレスが言う。


母さんはすぐにうなずいた。


「もちろんよ。部屋を用意するわ」


「手間をかけるな」


「そんなことないわ。久しぶりに来てくれたんだもの」


ガレスは礼を言った。


僕もその知らせがうれしかった。


前に会ったとき、父さんの昔の冒険について面白い話をたくさん聞けたのだ。


何日か泊まってくれるなら、もっと聞けるに違いない。


* * *

午後、僕はガレスと庭に座っていた。


父さんは少しの間、家の中へ入っていた。ガレスは手元のコップをテーブルに置き、周りを眺めている。


「いい家だな」


「うん」


「ここで暮らすのは好きか?」


僕はうなずいた。


「好きだよ」


ガレスが微笑んだ。


それから庭の端に置かれた木剣に目を向ける。


「父さんにずいぶん鍛えられてるようだな」


「うん、結構ね」


「調子はどうだ?」


「悪くないよ」


「悪くない、か」


僕は少し考えた。


「まだ父さんには勝てないけど」


ガレスが笑った。


「お前はまだ五歳だぞ、ルーカス」


「知ってる」


「もう少し時間をかけろ」


「僕に?」


「二人にな」


僕は眉をひそめた。


「父さんに時間が必要だとは思えないけど」


ガレスはしばらく僕を見つめた。


そしてまた笑う。


「それもそうだな」


少しの間、静かになった。


ガレスは再び木剣を見た。


「魔法ばかりやってるわけじゃないのは、いいことだ」


「剣も使えるようになりたいんだ」


「どうしてだ?」


その質問は予想していなかった。


少し考える。


「父さんが上手だから。僕も覚えたい」


ガレスがうなずいた。


「なるほどな」


そして付け加えた。


「でも焦るなよ。動きを速くするより先に、正しくできるようにならないとな」


僕は笑った。


「父さんも同じこと言うよ」


「ほう。ちゃんと教えてることもあるんだな」


「あるんだな、って?」


「ああ」


これは父さんに報告しなければ。


ガレスはしばらく庭を眺めてから、僕に向き直った。


「父さんから、友達ができたって聞いたぞ」


僕はうなずいた。


「テアとミラとブラム」


「どんな子たちだ?」


僕はまず、テアが冒険者になりたがっていることを話した。


父親のダレンも昔は冒険者で、今は大工をしていて、テアに剣を教えていることも。


最近はブラムもテアと一緒に訓練している、と付け加えた。


ガレスは興味深そうに聞いていた。


「お前も一緒にやるのか?」


「ときどきね」


「いいことだ。いろんな相手と練習すると役に立つ」


「父さんもそう言ってる」


ガレスがうなずいた。


「その調子じゃ、お前の父さんの言葉を全部聞かされそうだな」


「聞きたいなら話すけど」


「いや、遠慮しておこう」


僕は笑った。


それからミラの話をした。


「あの子も魔法を覚えたいんだ」


ガレスが片眉を上げた。


「そうなのか?」


「うん。本は読んでるけど、まだ魔法は使えないんだ」


「お前が教えてやってるのか?」


「知ってることは話してる。でも魔力をどう感じるかっていうのが、うまく説明できなくて」


ガレスは考え込むようにうなずいた。


「誰もが同じように学べるわけじゃないからな」


「うん」


「その子に合った教え方のできる人が必要なのかもしれん」


「母さんに聞いてみようって話してたんだ」


「いい考えだ」


それからもしばらく話をした。


テアが冒険者になりたがっていると聞いて、ガレスは自分の若い頃の話を始めた。


父さんと一緒に受けた初期の依頼は、僕が思うほど刺激的なものばかりではなかったそうだ。


長旅をしたり、行方不明の家畜を探したり、何日も地味な仕事を続けたりすることもあったという。


「冒険者ってのは、いつも剣を振り回してるわけじゃないんだぞ」


「知ってるよ」


「本当か?」


「父さんが教えてくれた」


「何を?」


「隊商の護衛とか、人探しとか、魔物との戦いとか」


ガレスがうなずいた。


「そうだな」


少し考えてから、こう付け加える。


「でも、一番疲れることは教えてないようだな」


「何それ?」


「ラルフと旅することだ」


僕は笑い出した。


ちょうどそのとき、父さんが庭に出てきた。


「俺の話か?」


ガレスは間髪入れずに答えた。


「ああ」


父さんは立ち止まった。


「隠す気もないんだな」


「隠す必要がないからな」


父さんは椅子を引いて僕たちのそばに座った。


「今度は何を話した?」


「昔の依頼のことだ」


「どの依頼だ?」


「まだ特定の依頼の話はしてない」


父さんはほっとしたように見えた。


僕はそれに気づいた。


「なんで?」と聞く。


父さんが僕を見る。


「何が?」


「特定の依頼じゃなくて安心してたでしょ」


ガレスの口元がわずかに動いた。


父さんは少し考えてから答えた。


「いや、安心なんかしてないぞ」


「そう見えたよ」


「見間違いだ」


ガレスが口を挟んだ。


「ルーカス、お前の父さんがまだ話してないことは山ほどあるぞ」


父さんは首を横に振る。


「長い滞在になりそうだな」


ガレスが笑った。


「まだ初日だぞ」


* * *


夕方になると、僕たちはまた食卓を囲んだ。


ガレスが来てから、食事の時間まで長くなった。


父さんとガレスが昔話をして、母さんが時折質問し、ミリアも話を聞いて笑っていた。


僕は熱心に耳を傾けた。


特に父さんの若い頃の話には。


ガレスは、かつて隊商の護衛をしたとき、父さんが目的地までの日数を間違えて計算した話を始めた。


今回は父さんも、あまり言い訳をしなかった。


「隊商が思ったより遅かったんだ」


「隊商の速さを基準に計算するべきだったな」とガレス。


「わかってるよ」


ガレスは驚いた顔で父さんを見た。


「今、自分の間違いを認めたのか?」


父さんは肩をすくめた。


「たまにはな」


ガレスがうなずいた。


「年を取ったな」


父さんが笑う。


「お前もな」


しばらくして、ガレスはその依頼にアレンも同行していたと言った。


「旅の二日目、アレンはみんなの前でラルフに、いつ着くのか聞いたんだ」


父さんがかすかに笑った。


「覚えてる」


「するとラルフは、あと一日だって答えた」


「あのときはそう思ってたんだよ」


「三日目にもアレンは同じことを聞いた」


「わかってる」


「四日目にもな」


母さんが笑い始めた。


父さんは首を振る。


「結局、ちゃんと着いただろ」


「ああ」とガレス。「六日目にな」


僕は笑いをこらえて唇を結んだ。


父さんがそれに気づいた。


「何か言いたいことでもあるのか?」


「ないよ」


「本当か?」


「本当」


ガレスが笑った。


「賢い子だ」


父さんはため息をついた。


「お前たち、気が合うな」


否定はできなかった。


夕食が終わったあとも、しばらく一緒に座っていた。


でも、だんだん眠くなってきた。


最初に気づいたのは母さんだった。


「ルーク、そろそろ寝る時間よ」


僕は顔を上げた。


「まだ早いよ」


母さんは窓を指さす。


外はすっかり暗かった。


「そうは思わないけど」


何か言い返そうと口を開いた。


その途端、あくびが出た。


父さんが笑う。


「説得力があるな」


僕は父さんをにらんだ。


ガレスまで笑っている。


この言い争いには勝てそうもなかった。


僕は立ち上がった。


母さんがそばに来て、髪を整えてくれた。


「おやすみ」


「おやすみ、母さん」


ミリアにもおやすみを言い、階段へ向かった。


でも上がりかけたところで立ち止まり、ガレスを振り返った。


「明日もいるんだよね?」


「ああ」


「一つ聞いてもいい?」


「なんだ?」


「父さんが若い頃にした、ほかの変なことも知ってる?」


父さんがすぐに身を起こした。


「ルーク!」


ガレスの顔に満面の笑みが広がる。


「山ほど知ってるぞ」


「ガレス!」


「明日教えてやる」


僕はうなずいた。


「わかった!」


父さんは椅子に深くもたれた。


「まったく、最高だな」


階段を上がるときも、僕は笑っていた。


部屋に入ると、新しい鞄をベッド脇の椅子に置いた。


方位磁針を取り出して蓋を開く。


針がしばらく動いてから止まった。


もう一度鞄にしまった。


ガレスが数日泊まってくれるのはうれしかった。


明日もまた、いろいろな話を聞ける。


父さんは喜ばないだろうけど、僕は間違いなく楽しめるはずだ。


ベッドに横になった。


階下からかすかに話し声が聞こえてきた。


しばらく耳を澄ませてみる。


でも、やめた。


何を話しているのか、どうせ聞き取れない。


毛布をかぶり、目を閉じた。


* * *

【ラルフ】


ルーカスが二階に上がると、家の中は少しずつ静かになった。


エリサとミリアは台所を片づけたあと、それぞれ部屋へ引き上げていった。


ラルフとガレスだけがテーブルに残っていた。


二人はしばらく昔の依頼について話していた。


やがて、会話が自然に途切れた。


ラルフは友人の前にあるコップに目を向けた。


「旅の疲れはまだ残ってるか?」


「少しな」


「じゃあ明日はゆっくり休めよ」


ガレスは首を横に振った。


「休むために来たわけじゃない」


ラルフは彼を見た。


「だろうな」


ガレスが片眉を上げる。


「わかってたのか?」


「誕生日だけのために来たとは思ってなかった」


ガレスは何も答えなかった。


ラルフは椅子に座り直した。


「何があった?」


ガレスはしばらく考えてから立ち上がった。


「待ってろ」


扉のそばに置いていた旅鞄を取る。


テーブルまで運び、中を開けた。


ラルフはその様子を見ていた。


ガレスが取り出したのは、革表紙の薄い手帳だった。


それをテーブルに置く。


ラルフにはすぐにわかった。


「アレンの手帳か」


ガレスがうなずいた。


ラルフはしばらく表紙を見つめた。


数か月前、ガレスの家で見たものだった。


アレンが魔法について研究した記録や、図、計算が書き込まれている。


「どうして持ってきた?」


ガレスは椅子に座った。


「お前たちが帰ってから、また読み返していたんだ」


「何かわかったのか?」


「いや、はっきりとは」


ガレスは手帳を開いた。


最初のページには、見慣れたアレンの文字が並んでいた。


魔法についての理論、失敗した実験、無詠唱魔法を使おうとして記した覚え書き。


ラルフにも覚えのある内容がいくつかあった。


ガレスは数ページめくった。


「この辺りは前にも見せたな」


「ああ」


「だが、まだ見せていないところがある」


ラルフは眉をひそめた。


「どういうことだ?」


ガレスはページをめくり続けた。


途中から、文字の様子が変わっていた。


一見するとアレンの筆跡に見える。だが、単語の間には意味のわからない記号が入り込み、文字の並びが崩れている行もあった。数字と小さな図だけが書かれた箇所もある。


ラルフは身を乗り出した。


「これは何だ?」


「俺もそれを知りたいんだ」


ラルフは数行読もうとした。


だが、読めない。


「アレンの字は昔から汚かったが、これは別だな」


「ああ」


ガレスはあるページを指さした。


「わざとこう書いたんじゃないかと思っている」


「暗号か?」


「おそらくな」


ラルフはもう一度、手帳を見た。


「いつから調べてる?」


「ずいぶん前からだ。だが、お前たちが来てからはもっと念入りに調べ始めた」


「何かわかったか?」


ガレスは首を横に振る。


「一人では無理だった」


ラルフは椅子の背にもたれた。


「俺に手伝ってほしくて来たのか?」


「そうだ」


「ガレス、俺は暗号解読なんて得意じゃないぞ」


「知ってる」


「なら、どうして?」


ガレスは手帳を彼のほうへ押した。


「お前もアレンを知っていた。どう考えるやつだったか、何にこだわっていたかも知っている。俺が気づかなかったことを、お前なら思い出せるかもしれない」


ラルフはしばらく黙った。


「本気でそう思うか?」


「いや、わからん」


あまりに即答だったので、ラルフは思わず笑ってしまった。


「少なくとも正直だな」


「試すだけなら損はないだろ」


ラルフは手帳を手に取った。


ゆっくりとページをめくる。


ところどころ、見覚えのある魔法用語が読み取れた。だが、それだけでは何の意味も成さなかった。


「それにしても、どうして今なんだ?」とラルフが尋ねた。


ガレスはテーブルに身を寄せた。


「ルーカスのことがあるからだ」


ラルフの手が止まった。


ガレスは続けた。


「あの子に起きたことと、アレンの研究に関係があるのかはわからない。だが、この手帳から何か手がかりが見つかるかもしれん」


ラルフが顔を上げた。


「何も見つからなかったら?」


「そのときは、やれることをやったということだ。少なくとも、何もわからないまま同じことを恐れ続けなくて済む」


ラルフはしばらく返事をしなかった。


「俺は息子に何か起きるのが怖いんだ、ガレス」


「わかっている」


ガレスの声は落ち着いていた。


「だから俺も来たんだ」


ラルフは目の前の手帳を見た。


少ししてから、また口を開いた。


「ルーカスにこれをいじらせたくはない」


「俺もだ。だからお前に持ってきた」


ラルフはうなずいた。


そして、またページをめくり始めた。


最初のほうは、ほとんど読める。


だが先へ進むほど、そうはいかなかった。


記号は増え、見慣れた言葉の代わりに、意味を読み取れない行が続いていた。


ラルフはあるページで手を止めた。


「アレンはいつこれを書いたんだ?」


ガレスがのぞき込む。


「正確にはわからん」


「最後の頃かもしれないか?」


「あり得る」


ガレスは数秒間、手帳を見つめた。


「ただ、後半の大部分が読めない。それだけは確かだ」


ラルフは最後のほうのページへ進んだ。


ほとんどが、同じような不可解な記号で埋め尽くされているページもあった。


しばらく何も言わなかった。


やがて顔を上げる。


「どうして今まで、二人でここを調べなかったんだ?」


ガレスの表情が変わった。


「あの頃は、読めるところだけで十分だと思っていたからだ」


ラルフはもう一度、手帳に目を落とした。


アレンがどのように無詠唱魔法の研究を始めたのかは知っていた。


どんな困難にぶつかったのかも。


だが、その研究の果てに何を見つけたのか。自分たちは思っているよりずっと知らないのかもしれない。


ガレスが沈黙を破った。


「数日はここにいる。明日、一緒に調べよう」


ラルフはうなずいた。


「わかった」


ゆっくりと手帳を閉じる。


だが、ふと手を止めて、もう一度開いた。


さっき見ていたページへ戻る。


言葉とも思えない記号を、改めて見つめた。


「ガレス」


「何だ?」


ラルフは一行を指さした。


「アレンが何を書いたのかもわからないのに、あいつが最後に何を追いかけていたのか、本当にわかっていると言えるのか?」


ガレスは答えなかった。


二人は、開かれたままの手帳を見つめていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。