(7)お盆
三者面談には佳代子が奈美に付き添って出席した。担任教師からは、奈美の成績なら東京の中堅クラスの私大薬学部は十分合格圏内だが、さらに上のレベルを目指すとなると、より一層の努力が必要だと言われた。
夏休みになった。高校の同級生の多くが予備校の夏期講習に参加したが、奈美は参加せず、自宅で勉強した。私立大学の薬学部へ進学すればかなりの学費がかかるため、予備校の費用まで両親に負担してもらうわけにはいかないと考えたこと、それに、これまで同様、自分のペースで、目標とする大学の試験内容に照準を合わせて勉強した方が効率的であると判断したからである。
ただ、これから入試までの期間、毎月行われる予備校主催の模擬試験は受けることにした。試験の雰囲気に慣れることと、自分の実力を客観的に知るためにである。勉強不足を理由に逃げは許さず。義務として自分に科した。
薬剤師になる。東京の大学へ進学し、東京で暮らす。そう考えると、奈美はやる気が湧いた。
お盆には毎年、父方の祖母が住む本家に親戚一同が集まる。
「私は勉強があるがら行がねぁ」
奈美は断った。高校生になった頃から親戚の集まりに行くのが嫌で、しぶしぶ行っていたのだが、今年は受験を口実に行かないつもりでいた。
「こんた集まりに出るのも大事なごどだぞ。一日だげだんて、奈美も一緒さ行げ」
修二がそう言った。
「でも……」
「奈美はえぇんでねぁ」
佳代子は、奈美をかばった。
「いや、勉強も大事だんだども、こんたのも大事だ」
修二に重ねて言われたので、やむなく奈美も家族と一緒に出かけた。
奈美の家から本家までは歩いて約二十分の道のりである。陽射しが照りつけて、暑い。途中、田んぼ道を通る。修二が先頭を歩き、佳代子は日傘をさしている。久美は、途中、立ち止まって路傍のシロツメクサを眺め、四つ葉のクローバーを探したりしている。
奈美は、日焼けするのが嫌だった。日傘をさし、バケットハットをかぶり、長袖のブラウスを着てきた。日焼け止めも顔と手にばっちり塗っている。
奈美も以前は、今の久美と同じように、この道を歩くのが楽しかった。お盆に本家へ行って、親戚に会うのが何日も前からの楽しみだった。でも、もはや楽しいことではなく、義理と化していた。
本家に到着した。入母屋造の大きな屋根の家である。
「おうおう、待ってだぞ。よぐ来だな」
修二の兄で、本家を継いだ幸一が出迎えた。広間にはテーブルが長く並べられ、すでに大人たちは宴会を始めていた。おじ、おばたちに交じって、高校を卒業した年長のいとこたちも、慣れないせいか居心地悪そうに座っている。
「奈美ぢゃん、薬剤師になるって聞いだげど」
「……はい、薬学部へ行ぎでゃって思ってます」
「東京の大学さ行ぐんだってね?」
「はい、そのづもりです」
「すごぇね」
「……」
「おい、血圧で病院さ通院してで、毎月、薬局で薬もらうんだんだども、薬剤師さんは白衣着で、しったげびしっとしてらよね」
「奈美ぢゃんはべっぴんさんだんて、白衣着だら似合うべね」
「……」
「奈美ぢゃんみだいな薬剤師さんがいだら、おい、毎日病院さ行って、薬局さ薬もらいに通ってしまうな」
「あほなごど言うな」
大広間が笑いに包まれた。
「ほんに、奈美ぢゃんは賢ぇね」
「いえ、まだこれがら受験ですから」
「けっぱってな」
「はい、けっぱります」
いつものことながら、おじ、おばたちにひとしきり酒の肴にされると、奈美は久美と一緒に子供たちが集まっている部屋へ行った。
「奈美ぢゃん、久美ぢゃん、久しぶり」
子供たちの中では、高三の奈美が最年長である。
お菓子やジュースが置いてある。みんな飲んだり食べたりしながら、テレビゲームやボードゲームで遊んでいる。
久美はいとこたちに交じって楽しく遊んでいる。奈美も、いとこたちがやっているボードゲームにしばらく参加したが、頃合いを見計らって、
「さっと、私、気分がわりぇわ」
と言った。
「大丈夫?」
いとこが心配している。久美は、
「お姉ちゃん、勉強のし過ぎだよ」
と言った。
「私、帰るわ」
奈美はそう言い、子供たちの部屋を出て、大広間へ行った。
宴会はにぎやかに続いている。
「奈美ぢゃん」
すっかり酔っぱらったおじが、奈美を見て言った。
「いやあ、ほんにえぇ女になったな。頭もえぇし、才色兼備どは奈美ぢゃんのごどだな」
(面倒くさい)
奈美はそう思ったが、相手にならずに、佳代子のそばへ行った。
「私、気分がわりぇがら帰るね」
そばにいた修二、それにおじ、おばが奈美を見た。
「どうしたの? 大丈夫?」
佳代子が心配そうに言った。
「さっと疲れが出だみだい」
「帰るって、一人で帰れるの?」
「うん、大丈夫」
そう言って、奈美は立ち上がった。
「奈美ぢゃん、帰ってしまうの?」
おじがそう言うと、佳代子は、
「さっと疲れが出だみだいで。すみませんが、先さ帰します」
と言い、奈美と一緒に大広間を出て、玄関へ行った。
奈美は靴を履いた。
「ごめんね。家で休んでるがら。急いで帰って来ねでもえがらね」
「分がった。気つけでね」
佳代子に見送られて、奈美は本家を後にした。
(脱出成功!)
奈美は喜々として家路についた。まだ陽が高く、相変わらず暑いが、行きと比べて足取りが軽い。親戚の集まりに夜遅くまで付き合ってなどいられない。奈美は最初から口実をつくって早引けするつもりでいた。
家に帰り着くと、本当に疲れが出て、ふらっとした。奈美は冷蔵庫から冷えた麦茶の容器をとり出し、コップに注いで一気に飲み干した。それから自分の部屋へ行き、クーラーをつけてベッドの上で横になると、いつの間にか寝入ってしまった。




