(8)何年ぶりに
奈美は夕食にそうめんをゆでて食べ、入浴を済ませて、自分の部屋で勉強していた。
夜十時過ぎ、修二、佳代子、久美が帰ってきた。
誰かが奈美の部屋のドアをノックした。
「はい」
佳代子か久美だと思い、奈美が返事をすると、入ってきたのは修二であった。
(げっ!)
修二が奈美の部屋へ来ることなど、もう何年もなかった。奈美は一瞬にして嫌悪感に包まれた。酒臭い。
「なに?」
「具合はどうだ?」
「大丈夫」
「そうが」
修二は部屋の入口付近に座り、部屋を出て行こうとしない。
「さっとえぇが?」
「なに?」
奈美は露骨に邪険な態度をとったが、修二は気にしない。
「若ぇどぎは、ものの見方片寄ってしまうのは仕方がねぁ面もあるど思うげど」
「え?」
「親戚集まって、酒飲んで酔っぱらって、冗談言って騒ぐなんて無意味だで思うのも、若ぇどぎは仕方ねぁがもしれねぁ」
「なに?」
「勉強も大事だ。大館の田舎臭さが嫌で、東京へあごがれる気持ぢも分がらねぐはねぁ」
奈美は真顔になった。自分が仮病を使って親戚の集まりから一人早引けしたことも、大館を出て東京に住みたい気持ちを膨らませていることも、修二はすでに見抜いていたことを悟った。
「だがな、どんた身分や立場になるべども、一番大事なのは人との関係なんだ。家族、親戚、友達、職場の同僚や上司、先輩、後輩。自分と関係する人を大事にしねぁど、結局自分さ跳ね返っでぐるんだ」
「……」
「べたべた人とづぎ合えって言ってらんでねぁ。人との関係を大事にするごど肝さ銘じで、これがら奈美自身の行動考えでほしぇんだ」
「……」
「おいは兄貴どあんまり仲良ぐながった。年近ぇせいもあったで思うが、小さぇ頃がら寄るどさわるどげんかばかりしてだ。んだども、おいが若ぇ頃、工場のライン整備で使ったウエスを調合タンクの中さ置ぎ忘れでしまって、そのあど製造したスープが異物混入で全部駄目になってしまったごどがあったんだ。損失額三千万円だ」
「そんたごどがあったの?」
「そう。おいは莫大な損失出した責任追及されで、工場長はじめ、いろんな人から叱責受げだ。当然と言えば当然だが、おいはもう職場さ居だだまれなぐなって、工場辞めるべがで思った」
「……」
「当時まだおいは本家さ住んでだんだが、兄貴に工場辞めるごど話したら、辞めぢゃ駄目だって言われだ。んで、兄貴はおいの手引っ張って工場長のどごろまで出向いで、土下座して謝ってくれだんだ」
「へぇー」
「そのどぎはしびれだよ。あんまり仲の良ぐねぁ兄貴が、おいのために土下座までしてくれだんだんて」
「……」
「世の中には、自分の力だげではどうにもならねぁごどがじっぱりある。そもそも人は、他人の助げ借りねば生ぎでいげねぁんだ。自分一人だげで生ぎでらわげでねんだ」
「……」
「奈美には勉強もけっぱってほしぇんだども、人との関係大事にするごども学んでほしぇ。おいが奈美さ言いでゃのはそいだげだ」
修二はそう言うと、奈美の部屋を出て行った。
奈美はしばらく茫然とした。やがて我に返ると、何年かぶりに修二を父親として見直した。ただ単に汚らしいオヤジというだけではなく、人生経験を豊富に持っている尊敬すべき大人であると奈美は思った。
だが、人との関係が大事であることは頭では理解したつもりであっても、奈美の中では親戚のぐだぐだした集まりに今後も顔を出すことはやはり苦痛に感じられた。
(酒臭いし、オヤジ臭がする)
部屋の空気が濁ったことを感じた奈美は、すぐに消臭スプレーを振りまいた。




