(6)三者面談前
奈美の高校では、七月に三者面談が行われることになった。奈美は、それまでに両親と志望校のすり合わせをする必要が生じた。
(もう引き延ばせない)
ある日、奈美は夕食後、いったん二階の自分の部屋へ入ったが、しばらくしてから部屋を出て、階下のリビングへ行った。
リビングでは修二と佳代子がソファに座ってテレビを見ていた。奈美は、母がつくったパッチワークの敷物の上に座った。
「話があるんだげど」
奈美が恐る恐る切り出すと、修二と佳代子が同時に奈美を見た。
「何?」
佳代子が聞き返すと、奈美はしばらく間をおいてから、言った。
「七月に高校で三者面談があるの」
「あら、そうなの」
「……それで、志望校のこどだげど」
「ほう、決まったのが?」
修二がそう言った。
「……私、薬剤師になりでゃの」
「薬剤師?」
「そうだったの? 初めで聞いだ」
奈美は、呼吸を整えた。
「薬剤師になるには、薬学部さ六年間通う必要があるの」
「六年間?」
「そんなに?」
「薬剤師は女性が多い職業なの。給料もけっこう高いし、資格さえあれば、将来、出産や育児でいったん仕事離れでも、また仕事復帰するごどがでぎるの。それに日本全国、どごでも働げるし」
「なるほどね」
「んだども、私立大学の薬学部だど、六年間で学費千二百万円ぐらいかがるの」
「千二百万円!」
「……けっこうかがるんだな」
修二と佳代子は顔を見合わせた。
「国立大学の薬学部だばそんたにかがらねぁべ?」
「そうなんだども、国立は共通テストで国語や社会も科目にあるし、それにどごも難関なの。東日本には東大、千葉大、東北大、北大、北陸だど富山大、金沢大に薬学部があるげど、さっと私には手ぇ届がねぁの」
「確がに、どごも難しそうだな」
「奨学金の申請するつもりだげど」
しばらく沈黙が続いた。
「バイトもするし」
「あんた、何どがなるわよ」
佳代子がそう言うと、修二はしばらく考えていたが、やがて、
「えぇんでねぁが」
と言った。それを聞いて、奈美は胸をなでおろした。
「父っちゃ、母っちゃ、ありがとう」
「薬剤師どは、立派なものだ」
(まずは第一関門突破)
「それで、薬学部だげど、県内にはねぁの」
「そう言えば、秋大でも弘大でも、薬学部って聞いだごどねえな」
奈美は、再び呼吸を整えた。
「私、東京の私立大学の薬学部さ行ぎでゃの」
「へぇー、東京か」
「東京なら、いろいろなレベルの薬学部があるがら、選択肢多ぇってごどもあるし」
修二と佳代子はまた顔を見合わせた。
「遠いな」
「寂しくなるね」
しばらく沈黙が続いた。
「県内にはなぐでも、東北の近隣には薬学部はねぁのが?」
「いぐづがあるんだども、東北大以外は、正直言って、あまりレベル高ぐねぁの」
「そうか」
「まだどの大学受げるが具体的には決めでいねぁんだども、なるべぐレベルの高ぇ大学目指してけっぱるがら」
沈黙が続いている。
奈美は、もし駄目と言われても、粘り強く説得しよう、と心に決めていた。
「まあ、奈美がけっぱるって言うんなら、それもえんでねぁ」
修二がそう言った。奈美は、ようやく胸のつかえが取れるのを感じた。
(やった!)
「ありがとう。私、ほんにけっぱるね」
「とぎどぎ奈美に会いに東京さ出るのもわりぐねぁが」
東京は大館から遠いし、交通費もかかるから、修二はそんなに頻繁には来ないだろう。そのぐらいはがまんしよう、と奈美は思った。
奈美は、両親からもっと反対され、もめるだろうと思っていたのだが、実際には東京の大学へ行きたいという希望も拍子抜けするぐらいすんなりと許可してもらえた。自分の見立て違い、気持ちがふさぐほどに悩む必要などなかったことに気づき、自分はまだまだ未熟だ、と思った。
修二と佳代子は、奈美が部屋へ戻ると、しばらく黙ってテレビを見ていた。
「やっと言ってぎだね」
「いづ言ってくるべが、ってずっと待ってだんだども、ながなが言って来ねがったな」
「相当悩んでだみだいだしね」
「おいがだは大館がら出だごどがねぁんだども、若ぇうぢに地元出るのもえぇ経験になるべしな。東京さ行ってみでゃ、っていう気持ぢも分がらねぐはねぁし」
「大館がら出で、そのまま戻って来ねぁがもしれねぁげど」
「それもまあ、仕方あらね。ウチの会社んだども、大卒はほどんどが転勤族で、地元で暮らしてらヤツなんていねぁがらな。大学さ行ぐ以上、それは覚悟しておがねぁど」
「そうね。寂しぇんだども」
「でも、東京の大学さ行ぎでゃってごどは分がってだんだども、薬剤師になりでゃってのは知らながったな」
「私も、知らながったわ」
「六年間は長ぇな。金もけっこうかがるし」
「娘のためにって、堅実に暮らしてぎだがら貯金もあるし、私のパートで貯めだお金もあるがら、大丈夫よ」
「手さ職がづぐがら、それもわりぐねぁな」
「んだども、薬剤師は真面目で堅ぇ仕事だし」
「東京さ行って、すれっからしにならなげりゃえんだどもな」
「そんたごどねぁだべ。奈美のごど信じるべ」
「そうだな、そうするべ」
修二は、庭でたばこを一服しようと立ち上がりかけたが、思い直してやめることにした。
「あんた、喫わねぁの?」
「今日はやめる」
「体の具合でもわりぇの?」
「いや、そうでねぁげど」
「じゃあ、なして?」
「だって、薬剤師の親がたばこぷかぷか喫ってぢゃあ、まずぇべ」
「まあ、気が早ぇ。奈美はこれがら大学受験なのよ」
佳代子にそう言われ、修二は一瞬迷った。
「……やっぱ、今日はやめどぐ」
佳代子は吹き出してしまった。




