(4)面食い?
昼休み、奈美がトイレから教室へ戻る途中、廊下で翔太とすれ違った。
「さっと、いい?」
翔太が声をかけてきた。
「え?」
「一緒に来てぐれねぁが」
「なに?」
翔太はそれには答えず、そのまま廊下を歩いて行った。
奈美は仕方なく、翔太の後について行った。
翔太は階段を上がり、三階にある美術室へ入った。
奈美も翔太に続いて美術室へ入った。ほかに誰もいない。
翔太は文系クラスの男子である。一年生のときに奈美と同じクラスだった。長身で坊主頭、先日引退したが、ずっとバレーボール部に所属していた。
奈美は、一年生のときには翔太と話したことがあったが、二年生以降、会話を交わしたことはなかった。
翔太は、奈美と向き合って立った。顔がこわばっている。奈美は、長身の翔太を見上げている。
「俺と付ぎ合ってぐれねぁが?」
「えっ?」
告白されるかも、と思って翔太についてきたが、実際に告白されると、奈美は慌ててしまった。
「ずっと好ぎだっただ。んだから、俺と付ぎ合ってぐれねぁが?」
「さっと待って。急にそんたごど言われでも」
「今すぐ返事しねでもえぇ。考えでおいでほしい」
(考えるって、今は大学進学のことだけで頭がいっぱいなのに)
奈美はそう思ったが、翔太はもう美術室から走り出て行ってしまっていた。
奈美は二年生以降、翔太のことを考えたことはなかった。そんな翔太から、ずっと好きだったと言われた。そのこと自体はうれしかったが、奈美は、翔太がそんな思いを抱いていたことにまったく気づかなかった。
奈美は、女の勘で、自分に好意を寄せている男子のことはうすうす分かるものだと自信を持っていた。だが、翔太の思いには奈美のアンテナは反応しなかった。
(やらせか?)
気づかなかったのではなく、そもそも翔太がそんな思いを抱いていなかったとしたら、気づく道理はない。もし仮に翔太の告白にOKしたとたん、
「馬鹿が、おめのごど好ぎになるわげねぁべ」
などと種明かしされたら無残である。男子が何人かでつるんで、そんなひどい遊びをすることも考えられる。
放課後、結衣にそのことを話した。
「それは、奈美の考え過ぎだよ。彼はほんに奈美のごど好ぎなんだよ」
「そうかしら」
「だいたぃウチの高校の生徒で、そんた悪ふざげするような男子はいねぁと思うし、それにお互い三年生で大学受験控えでらども、わざわざそんたごどする暇はねぁと思うよ」
「そうがもしれねぁね」
結衣の言う通り、やらせの告白と考えるのは恐らく邪推に過ぎないだろう、と奈美は思った。
「んだども、彼がそんたごど思ってだなんてまったぐ気づがねがった。私、男子に好がれでらがどうがは分がる自信があったんだどもね」
「そんたごど、簡単さ分がるはずねぁよ」
どうも自分は自己分析が甘い。自分のことを分かっているようで分かっていない。奈美はそう思った。
「で、彼がらの告白受げるの?」
結衣が興味津々に聞いた。
「いや……」
もとより、奈美は翔太からの告白を受けるつもりはなかった。
「やっぱり、受験があるがらね」
「それもあるげど……」
「彼のルックスが好みでねぁのね?」
「分がる?」
「奈美は面食いだもんね」
結衣にそう言われ、奈美は改めて、自分が面食いであることに気づかされた。妹の久美がイケメン好みであり、そんな久美を少々苦々しく思っていたのだが、自分も久美と同じだ、と思った。
翔太は背が高く、スタイルは良いが、顔はそれほどかっこ良くなかった。少なくとも、奈美の好みではなかった。奈美は、廊下で翔太に声をかけられたとき、仮に告白されたとしても、顔の好みが合わないという理由だけで、翔太を自分の彼氏にするのは無理だと思った。
そんな自分の心の動きも、奈美の気持ちを曇らせた。男子を顔で判断する。心の中では、男子は顔ではない、顔で選ぶべきではない、といくら思ってみても、生理的には男子の好悪を瞬時に顔で評価している。
建前と本音。ここでも奈美はこの問題にぶち当たった。
(男子だって、露骨に女子を顔で判断している)
クラスの男子を見ていても、かわいい女子と、そうではない女子とでは話しかける態度からして大きな違いがある。女子も男子から顔で値踏みされている。お互いさまだ、と思ったが、そんなことは奈美の心の中で免罪符とはならなかった。
「結衣は面食いでねぁよね?」
「さあ、どうだべ。あまり考えたごどねぁげど」
「好ぎな芸能人は阿部サダヲだもんね」
「あの人、かっこえぇべ」
「そうかしら」
結衣は美人だ、と奈美は思っている。男子にモテる。だが、男性の好みの基準が奈美とはだいぶ違っている。単なる美醜だけで好き嫌いを選んでいないことだけは確かであった。




