(3)親友の結衣
奈美は自転車で高校へ通っていた。
途中、大館駅前を通る。
大館駅は、奥羽本線と花輪線の二路線が交差していて、花輪線では終着駅でもある。秋田県北部の玄関口の駅ではあるが、利用客は毎年減る一方であり、みどりの窓口はあるものの、びゅうプラザは何年か前に閉鎖された。
駅周辺に店は少なく、閑散としている。黒く汚れたコンクリート造りや、赤錆びた波トタンの建物が多い。駅前の道路や歩道はひび割れが多く、自転車で走るとでこぼこにハンドルをとられ、お尻が痛くなる。
新駅舎建設や駅周辺整備の噂があるが、どうなることやら、と奈美は思っていた。
(忠犬ハチ公、秋田犬、比内鶏、きりたんぽ、大館曲げわっぱ、とんぶり……)
大館の名物と言われるものを奈美は思い浮かべた。どれも全国に名を知られてはいる。
だが、大館の駅周辺は、有名なハチ公像がある東京の渋谷とは比ぶべくもない。
秋田の大館にいてさえも、テレビやネットでは東京の街やショップの情報ばかりがやたらと目を引く。まるで、田舎を捨てて、東京へ出て来なさいとけしかけられているようなものだ。
理性的にとらえれば、そんな情報にあおられ、踊らされる者の問題であり、現実には大館の若者みんながみんな東京へ出るなどということはない。むしろ、東京へ出る者はごく少数である。
奈美は、自分自身を理性的で、自律的な人間だと思っている。でも、そんな自分が東京へのあこがれを募らせ、たとえ地元の閉塞的な息苦しさから逃れたいという欲求があるにせよ、東京へ行きたい気持ちのかなりの部分が情報に踊らされているという側面を否定できないことに後ろめたさと苛立ちを感じていた。
建前と本音、理性と感情。奈美はまだ自分の中でそれらを十分に整理できずにいる。
高校に到着し、教室へ入ると、結衣と目が合った。
「おはよう」
「奈美、元気ねぁね」
「……分がる?」
「髪の毛、寝ぐせがづいでる」
「あっ」
奈美は、ふだんは身だしなみをきちんと整えてから家を出るのだが、この日はぼんやりしていて、髪にくしを通すのを忘れていた。こんなことは初めてである。
奈美は慌てて手ぐしで髪を整えた。
「志望校のごと?」
「……親にまだ言えねぇで」
「言うしかねぁよね。もしかしたら、すんなり認めでくれるがもしれねぁよ」
(そうかもしれない。けど……)
六年制の薬学部、それも東京の私立大学へ行くことを両親は意外とあっさり認めてくれるかもしれない。だが、地元や家族、親戚に対する否定的な感情を悟られずにうまく伝えられるかどうか、奈美は自信が持てないでいる。
奈美と結衣は同じ理系クラスである。結衣は実家から通える弘前大学農学生命科学部を第一志望にしていて、大学で農業経済を専攻したいと考えている。結衣の実家は中規模の農家であり、大学卒業後は実家の農業を継いで、合理的な農家経営をするのが夢である。
「結衣は東京の大学へは行ぎだぐねぁの?」
「行ぎでゃ気持ぢはなぐはねぁけども、私、自炊とか洗濯とか面倒ぐさぇがら、実家がら通える方がえぇの」
「ふうん」
結衣はさりげなくそう言っているが、東京へのあこがれとか、東京の情報にあおられるとか、そういう感覚からは超越していて、腹を据えて冷静に目標を見定めている、と奈美は見ていた。地元を離れたいという思いも結衣にはない。奈美は、自分は結衣のような感覚にはとてもなれない、と思っている。
「だども、大学生になったら、東京さ遊びに行ぐね」
「うん、うだね」
奈美は、結衣が東京へ遊びに来て、二人で渋谷や原宿へ行く姿を想像した。




