9. 修繕科は今日も音を聴く
出仕初日の王宮工廠は、音でできていた。
門で守衛に名札を見せる。カルデン、と読み上げられて、胸の奥がひとつ鳴った。この名札を、俺は今日から毎朝ここで見せるのである。
朝の火入れ。何十もの魔晶炉が順に目を覚まし、低い脈が石壁を伝って重なっていく。まるで鋼騎士の楽隊である。下町の工房がひとつの太鼓なら、ここは太鼓の海だ。立ち止まり、しばらくその音を聴いた。何十の脈が重なっても、一つずつ聴き分けられる。耳は、どこへ行っても俺の耳である。
配属は、修繕科である。修繕科の棚には、部品よりも道具が多い。使い込まれた木槌、柄の艶だけで持ち主の分かる鑿。道具の多い職場は、いい職場だ。
新型を組む新造科が花形で、修繕科は古株の吹き溜まりだと、案内の係官は気の毒そうに言う。科の親方は白髭の大男で、開口一番こう言った。
「新品を造るのは、若造にもできる。三十年働いた機体を、明日も働かせる。それがうちの仕事だ。――不満か」
「いえ。うちの店と、同じ看板です」
「ほう」
白髭の奥で、目が笑う。それから始まったのが、古株たちの「試し」である。
儀典機の胸装甲の奥で、歩くたびに何かが鳴るという。目隠しで原因を当ててみろ、と古株たちがにやにやしながら取り囲む。壁の向こうでは、賭けの銅貨が鳴っている音までした。宮廷も下町も、職人のやることは変わらない。
目隠しの布は、誰かの前掛けの端切れだった。油の匂いで、かえって耳が澄む。聴診棒を当て、脈を聴き、三歩歩かせて、俺は答えた。
「故障ではありません。装甲の裏に、道具が落ちています。……たぶん、聴診棒です。触針の鋼が、鋲と喧嘩する音がする」
装甲を開けると、油に汚れた古い聴診棒が出てきた。科がどよめき、白髭が唸る。
「二十年前に辞めた男の道具だ。ずっと、探し損ねていた」
「道具が、主を待っていたんでしょう」
拾われた聴診棒は綺麗に拭かれ、科の道具棚のいちばん上に祀られている。賭けの銅貨がどちらへ流れたのかは知らないが、その日から古株たちは俺を「坊」ではなく「耳」と呼ぶようになった。悪くない渾名である。渾名というのは職場の籍のようなもので、貰ってしまえばこちらのものだ。下町で「坊」を二十年やったから、知っている。
昼からは、懐かしい顔と再会した。
十三番である。試験を終えた三型は教材機として工廠に残り、修繕科の隅で膝を抱えていた。教材機の札は、廃棄の荷札より字が丁寧だ。生き延びたな、相棒。声には出さずに装甲を叩くと、眠り脈がこつんと返ってくる。試験でいちばん得をしたのは、ひょっとするとこいつかもしれない。
右膝の詰め金は、あくまで応急だ。軸受を開け、擦り減ったブッシュを抜く。抜いた筒は薄紙のように痩せて、光に透かすと向こうが見えた。三十年ぶんの膝の苦労である。油を含ませた新しいのを打ち込み、締まりの音が澄むまで、木槌の拍を落とさない。ひとつ仮締め、ふたつで半目。宮廷の高い天井の下でも、締め歌は同じ拍で歌える。
「報せ書。十三番、右膝ブッシュ打ち替え完了。使用制限――解除」
書き終えた報せ書に、白髭が黙って検印を捺す。それが妙に、嬉しかった。
夕刻、格納の窓の外に、学院帰りの人影が立つ――。
彼女だ。
週三の契約の、確認に来たのだという。彼女は膝の治った十三番を見上げて、小さく笑う。
「修繕科は、いかがですか」
「音のいい職場です」
「あなたらしい、褒め方」
「明後日から、よろしくお願いします。後席どの」
帰り際のことである。
工廠の奥、廊下の突き当たりに、ひときわ重い扉があった。錠が三つ、どれも型が違う。閉めた人間が、開ける人間を信じていない錠の付け方である。その上に、封蝋がひとつ。前を通り過ぎようとして――足が、止まる。
微かに、聴こえるのだ。
火を落とした炉の、魔晶石だけが刻む余熱の律動。眠り脈である。それも、十三番と同じ三型の系統の――もっと、澄んだ音。
「触るな、耳」
白髭が背後から言った。
「監理卿の封だ。十五年、誰も開けとらん」
◇
手帳の余白より 夏初月二十日
契約の確認という口実で、工廠まで行きました。口実、と自分で書いてしまうのが癪です。窓の外から見たあの人は、油まみれで、道具棚の前の古株たちと笑っていて、下町の店で見たのと同じ顔でした。宮廷はあの人を変えないのだと、なぜか安心している自分がいます。契約書の「週三」の文字を、帰りの馬車で三度も読み返しました。数字は変わらないのに、読むたびに胸の音が速くなる。理由は、まだ考えないことにします。




