第一章 旅へ 6
「スーさん! カカさん! 少しだけ、懲らしめてやってちょうだい!」
あれ、なんだか既視感があるような……?
ちょっと待って! もしかして、私、いま、前々世と前世の時に大好きだった水戸の黄門様みたいな世直し成敗しちゃってるんじゃないのぉぉぉ!?
私は、思わず興奮に瞳を見開いた。
「任せておいて、ぼくのお姫様!」と、スーさんが飛び、
「わたくしに、おまかせ遊ばせ!」と、カカさんが舞う。
武家の娘の用心棒は、屈強な男たちであった。しかし、スーさんとカカさんにかかれば、相手が誰だろうと関係ない。
二人はクルクルと華麗に舞うように、男たちの拳を受けながら、その体を薙ぎ倒していく。乱舞のように、とはよく言ったもので、彼女たちはまるで演舞を披露するかの如く、用心棒の男をバッタバタと倒していった。
それは、ほんの数十秒の出来事だった。
「う……そ。私の用心棒は……ネオ大江戸でも最強の武家の者たちなのよ……!」
そう言いながら、武家の娘は腰を抜かしかけている。
その時だった。
私の背後に回り込んだ、最後の用心棒が私の頭上に刀を振り下ろす。
しかし、私は動かない。
姫とは常に、動じないものだから。
「皇凛様に、それ以上近づくことは、ぼくたちが許さないわ!」
「皇凛様に、それ以上近づくことは、わたくしたちが許さないわ!」
スーさんとカカさんの連携技によって、用心棒はあっけなく撃ち止められる。男の唸り声が上がり、そしてバタンと轟音を立てて倒れる音が背後で上がるその間すらも、私はしゃんと背筋を張ったまま、娘たちから視線を外すことはなかった。
茶会の前に静寂が戻った時、やはりその静寂を切り裂いたのは、武家の娘だった。
「あんた、一体なんなのよぉぉぉぉ!」
「それ以上の無礼な慎み、許しませんよ!」と、カカさんが声を張り、
「この紋章を見てもなお、同じことが言えるかな?」と、スーさんは胸元から、一つの首飾りを取り出した。
真珠と紅玉で作られたその首飾りは、この国でたった七つしか存在しない。
紅玉の真紅はこの国を讃える色であり、それは、大奥制度の姫、つまり七姫であることを示す首飾りだ。
将軍様の嫁になるために、ニホンノクニの色を首元に巻き、将軍様に忠誠を誓うことを示す私の足枷だ。
私は一歩前に出る。
「私の名を、皇凛! 東の大地の領土を任され、慧花の姫の名を持つ、大奥の姫です! 控えなさい!」
私の声に身を震えさせた娘たちは、皆、膝を折ると深々と頭を下げた。
武家の娘はそれまでの行いを思い返したのだろう、顔面蒼白でガタガタと歯を震えさせている。
私はカカさんからあるものを受け取って、娘たちの前まで足を運んだ。
「顔をあげなさい」
娘たちは怯えた様子で顔を上げる。体を震えさせながら、何度も何度も「申し訳ございません、申し訳ございません」と、呪文のように謝罪を呟く者もいる。
それもそうだ。七姫の私たちは、将来のニホンノクニの国母になりうる人材。七姫に逆らうということは、将軍様に逆らうということだから。
しかし、私は、七姫として旅に出たわけじゃない。
私は、武家の娘の手を取った。
彼女はびくりと体を強張らせる。その指先は氷のように冷たくなってしまっている。恐怖のせいか、緊張か。そのどちらもかもしれないわね。
これでいい。
この緊張感を忘れないで。だから、これで懲りてほしい。そしてあなたは、前世の私と同じ過ちはしてはいけないわ。
そう願いながら、彼女の手の中に包みを乗せる。
「これを、あげるわ。あなたのお友達と一緒に飲みなさい?」
武家の娘の手の中に、私はニホン茶の袋を乗せる。
「こ……これは……!」
「きっと、そこにいる商家の娘さんと一緒に飲んだら、とても美味しいと思うのよ? ほら、見て? 彼女が用意してくださっているお菓子は、このお茶のお供に素晴らしいわ。女の敵はね、いつか女の味方になるものよ? こんなところで歪みあっていたら、将来の友を捨てているのも同然だわ。それにね、仲良しさんは多い方が、人生って楽しくなるものよ? 歪み合う前に、わかり合いましょうよ……ね?」
武家の娘は、私の言葉に安心したのだろう。涙を流しながら頷いている。
そして、私は商家の娘へと視線を向ける。
「きっと、あなたにとって、このお茶会は意味のあるものだったのでしょう? でもね。派手に着飾ることだけで勝とうとしたら、それは野生に生きる鳥たちと一緒だわ。着飾るのは見栄ではなくて、心しましょう? これほどまでに見事な茶会を主催するあなたですもの、それだけの知性と行動力が、おありでしょう?」
商家の娘も頷いて、そして、武家の娘の涙を自身の袖衣で拭ってやっていた。
「さぁ! これにて、一件落着ね! だけど、みなさん、一つ約束してくださいまし! 私が、この場にいたってことは『シー』、内緒でお願いね? 私は今、お忍び旅行中なの!」
舌を出して笑って見せると、娘たちは「まぁ、姫様ったら」と一緒になって小さな笑みを浮かべた。
***
中庭から退席したした時に、私は思わずスーさんとカカさんに抱きついてしまった。
「す! すごいわ! スーさん! カカさん! 二人が強いことは知っていたけれど! あんなに強いなんて! それに、それに、それにぃぃぃぃぃ! さっきの事件の流れはまるで──!」
興奮冷めぬ私の言葉を落ち着かせるように、スーさんとカカさんが一斉に言葉を返した。
「「姫様の憧れの、悪代官成敗、ですよね?」」
スーさんは、思わずっといった風に高らかに笑い声を放ち、言葉を続ける。
「姫様は小さい頃から、悪代官を成敗するって話が好きでしたからねぇ」
「そうなの! まるで夢のようなひとときだったわ!! 私、ずっと憧れていたんだもの! 素晴らしいお供を連れて、世直しをするってことに──!」
そして、私は閃いてしまった。
「そうよ! どうして気がつかなかったのかしら! スーさんとカカさんがいれば、百人力だわ! 決めたわ! このスローライフな旅で、私、悪代官を成敗いたします!」
こんな素晴らしいことはないわ。
だって、私はずっと、正義の名の下で生きていきたいって願っていたんだもの!
もしかしたら、前世の後悔からかもしれない。前々世でやる気を見出せなかったからかもしれない。
そうかもしれないけれど、それでも!
私、皇凛は、私が私であるために、自分らしい行動で生き方を示したいの!
こうなった私は、もう誰にも止められない。
それをスーさんとカカさんも知っているから。
二人は「「仕方ないですね」」と、小さく笑った。
左側に立ったスーさんこと、左京鈴華は、やる気に満ちた顔で腕をまくり、
右側に立ったカカさんこと、右京花梨華は、「んもう」と肩で息をする。
これから、私の素晴らしい旅が、始まろうとしている!!!
***
同日、ネオ大江戸城にて。
「我が君、ご報告があります。慧花の姫の行方がわからなくなったとの噂が入りました──」
金色の屏風の前に座った将軍、徳川瑳和希の前で、一人の側近が冷や汗を流しながら頭を下げた。
「我の姫の一人か……。慧花の姫の領地はどうなってる……」
「それが、噂通り、領地運営には申し分なく。姫不在の今となっても、他の領地に負けぬほど、いえ、それ以上の領地管理がなされているようです──!」
側近の言葉を聞きながら、瑳和希はニヤリと口角を持ち上げた。
「興味深いな……。大奥の姫の中でも一番の頭角を現した姫が、消えた──か……。探せ! なんとしてでも、慧花の姫を我の元へと連れて参れ!」
「ははぁ!」
側近は足早に将軍の間から退室した。
誰もいなくなって部屋の中で、瑳和希は「はっはっはっは!」と高笑いを上げる。
「おもしれぇ。オレから逃げようってか? そうはいかせねぇよ、慧花の姫──!」




