第一章 旅へ 5
「本物なのであれば、将軍様からの文があるはず! それを持ってして、もう一度、真のニホン茶を準備しなさいな! それができないのであれば、あなたの準備したニホン茶は、偽物、ということになるわ! そうでしょう!」
「ですから! 文は父上がお持ちなのです! 今ここにあるわけがないでしょう! それに、いくら将軍様からのススメがあろうとも、こんな土壇場でニホン茶のご用意ができるわけはない──と、あれはそう易々と手に入るものではない──と、あなたにならそれがわかるはずではありませんか!」
二つの女の叫び声が、宿屋の中庭から流れてくる。
耳を澄ませなくとも、何があったのは一目瞭然だ。
私が、中庭へと赴いた頃、二人の娘は顔を真っ赤にして歪みあっている最中であった。対立した二人の娘の後ろには、綺麗に組を作ったように、茶会に招かれた女子たちが二つの群れを作り、隔たりを作り上げていた。
なるほど。この二つの派閥こそが、ここネオ大江戸の女軍団ってところかしら。
商家の娘筆頭の、金持ちの娘たち。
武家の娘筆頭の、権力を持った娘たち。
きっとこの娘たちの背後にいる大人も、同じように歪みあっていることだろう。
金と権力、混ぜるな危険……ね。
茶会に招待もされていない、平民の娘を装っている私が顔を出したことに気が付きもしない娘たちは、今にもつかみかかろうとする勢いで口喧嘩を炸裂させている。
私は口を挟むべき頃合いを見極めていた。注意しなくてはいけないのは、この子たちが良家の娘たちだということ。
一見これは、娘たちのただの茶会だ。
年頃の娘が集まれば、互いの揚げ足を取り、立場の違いを見せつけようとする、見栄と嫉妬のぶつかり合いが始まる。十分に起こり得る筋書きだ。
しかし、それだけで終わらないのが、政治の世界というものだ。
彼女たちの背後には、屈強な用心棒兼お目付役の者たちが腕を組んで様子を見守っている。下手に手を出せば、こちらが武力を持ってして取り押さえられる。
そして、私が手を出そうが出さまいが、さしずめ、この喧嘩の行く末は彼女たちの親の耳に入ることになる。つまり、誰かが掴み掛かった瞬間に、政治問題に発展しかねないというわけだ。
嫌になるわ。せっかく、スローライフを楽しんでいるところなのに。
まさか、前世の私がしでかしそうな寸劇が、今まさかに目の前で繰り広げられているなんて。
このままいけば、どちらかの名家が潰れることになるのは目に見えている。
さて、どうしたものかしら。と、私が思案を始めること、私のお使いを終えたカカさんが戻ってきた。
「凛様? 御用のものをお持ちいたしました。けれど、よろしいのですか? このような者たちに、この品をお渡ししてしまって?」
「いいのよ。こんなもののために喧嘩を仕掛けたせいで、代々繋がれてきた血筋で消えてしまうなんて、馬鹿馬鹿しいことこのうえないじゃない?」
前世の私もそうだった。くだらない自尊心とたった一瞬の見栄のために、起こし続けた愚行が、レイブン家が断絶してしまったのだから。
私は、茶会の前まで足を進め、声を上げる。
「大きなお声が、外まで響いていましたよ。そのあたりで辞めになさったら? それに、あなたたちが求めるものなら、私が持っております!」
私の言葉に呼ばれるように、一斉に娘たちの視線が集められる。
すると、すぐさま、武家の娘がキッと睨みを効かせて声を荒げた。
「なによ、あなた! ここはね! 由緒正しい娘たちのみが入ることのできる、お茶会ですのよ! あなたのような一般人の小娘が、足を踏み入れていいような場所ではないの! さっさと、出ていきなさい! 汚らわしい!」
興奮のままで嫌悪をたっぷりと含んだ言葉を浴びられる。
私がそれを平然と聞いていると、スーさんが「誰に向かってそんな口を──!」と言いかけた。
瞬時、私は右手を挙げて、スーさんを制する。
「しかし……」と、スーさんが苦虫を噛み締めたような声を出した。
「いいの。考えがあるから」と、私は小声で言葉を返す。
私は、一歩足を踏み出して、胸を張る。顎を引き、前を見据えて、凛と声を放つ。
「悔しいわよね。将軍様のススメ──なんて太鼓判を押されたものを見せつけられては? 嬉しいわよね。そんな太鼓判を押された家の娘というのは。ですが、お忘れでなくって? その地位も名誉も、金も権力も、あなた方が生み出したものではないということを──。それは、代々と、あなた方の先祖が血と汗と努力を流して築いていた礎だということを! そんなものに惑わされて、一瞬の快楽のために、他を蹴落とそうなど、見苦しいにも甚だしい。恥を知りなさい!」
私の言葉に、武家の娘を筆頭とした娘たちが、頭に血を上らせた。
「小娘が!」「引っ込みなさい!」「恥を知るのはそっちよ!」
と、罵倒は鳴り止まない。
「なによ! なんなのよ! 庶民の娘には、関係のないことだわ! ちょっとあんた達、さっさとあの小娘を摘み出しなさい!」
武家の娘の人差し指が、私に向けられる。すると、後方で控えていた用心棒たちが一斉に私へと駆け寄ってきた。
「仕方ないわね。牽制はしましたからね!」
私は「はぁ」とやるせない息を吐く。スーさんとカカさんへ目配せをし、
「スーさん! カカさん! 少しだけ、懲らしめてやってちょうだい!」
私のすべての前世の記憶の中で何千回も聞いた、憧れの決め台詞は、私の想像以上にすんなりと、私の口から放たれた。




