第一章 旅へ 4
宿屋で無事に部屋、確保。さて、街散策でも行こうかしら──と、そう思っていた時のことだった。
宿屋の中庭から、不穏な声が上がっているのが聞こえてくる。
「何かあったのかしら? 少し、騒がしいようね?」
不思議に思った私の独り言に、すかさず行動に移したのはスーさんだった。さすが用心棒、常に張り巡らせている警戒心と行動力はお手のものね。
「様子を見てきましょう」
私に声をかけたと思った瞬間には、スーさんは音もなく私の隣からいなくなっていた。
「凛様は、わたくしの元から離れないでくださいね?」
瞬間、カカさんが私との距離を詰めた。
二人は私の用心棒だ。私に何かがあればその命を投げ打ってでも、私のことを守ってくれるのだろう。それが嬉しくもあり、そんな二人と一緒だから私は旅に出ることができる。
だけど、同時に切なくもある。
私のために、命なんてかけないでほしいのに。
そのことを何度言っても、二人は笑顔で私の言葉を明後日の方向へと受け流してしまうのだけれど。
だから、私はなるべく目立たず、安全に、旅をすることを心がけないと。
私に危険が及ぶということは、二人を危険に晒すということになるだから。
***
確か、宿屋の中庭では茶会が行われていたはずだ。仲居さんの話だと、良いところの商家の娘が主催している茶会だとかで、「それはそれは、豪華な茶会になりますよ」──と、鼻高々と語っていた。
これだけの老舗の宿屋の庭を貸し切って催す茶会なのだから、さぞかし、身分位の高い娘たちが集まるのだろう……と思っていたのだけど。
そういう集まりって、往々にして、碌なことがないのよね。私、知ってます。だって、元悪役令嬢ですもの。
私のため息が落とされる頃、スーさんが音もなく戻ってきた。
「凛様、戻りました。凛様のお耳を汚すほどのことでもないかとは思いますが……ご報告しますか?」
「スーさん、ありがとう。お願いするわ。何があったの?」
「実は……」
スーさんが言うには、こういうことらしい。
商家の娘主催の茶会は、それは見事に開催されるはずだった。
この時期には咲かないはずの切り花を惜しげもなく使って、彩られた中庭。
隣国から特別に取り寄せられた珍しい茶菓子。
招待されたのは、有名どころの娘たち。
そして、この茶会の目玉となるはずだったのが、将軍様御用達で、将軍様からのススメがなければ購入することすら許されないとされる──、ニホンノクニでも一番の銘柄・ニホン茶だったらしい。
将軍様からのススメ、それはすなわち、将軍との繋がりの強さを示す。
この茶会の目玉にふさわしく、名家の娘が自慢の種にするにも申し分ないだろう。
その、ニホン茶が盗まれたのだそうだ。
盗まれたのであれば、犯人を探し出すか。
もしくは、茶葉を再度手配すればいいだけの話。
なのだが……、そうはいかないのが、女の園だ。
私は、重々しい息を吐きながら、スーさんへと視線を向けた。
「当てててみましょうか? さしずめ、犯人はもうわかっているのね? それも、その茶会に招待された娘の中にいる。そうね……商家の娘と張り合えるのであれば、武家の娘……かしら? そして、どうせ、その茶葉は偽物だったと、武家の娘が騒ぎ立てている。違うかしら?」
呆れ混じりの私の言葉に、スーさんは「わぉ!」と瞳を輝かせた。
その反応を見る限り、私の推理は当たってしまったらしい。
嫌になるような事実なのだけれど、私の前世、悪役令嬢としての記憶と経験が、こういう時にものをいう。
女の維持。女の見栄。女の戦い。女の中の女になるための蹴落とし合い。その中を生き、そしてそれに殺された私には、女の心のドス黒いところが、手に取るようにわかってしまう。
女の戦いは、時間が経つごとに炎が大きくなる。まさに、時限爆弾なのだ。
誰かが仲裁に入らねば、この小さな火種は面倒ごとになるだろう。
「時は一刻を争うわね?」
あぁ、予定変更。せっかく、旅の一日目を祝すために街へ繰り出そうと思っていたけれど。
私はカカさんへ耳打ちをして、とある指示を出した。
そしてその足で、女の戦いが巻き起こっているらしい中庭へと、私は向かったのであった。




