第五章 雨宿りの口づけ 2
とろとろになった顔の凛をそのまま帰すわけには行かないから、オレと凛は少しだけ街の中を歩き回った。
あいつの頬がようやく外気に冷やされた頃、オレはあいつを宿屋に送り届けた。
「あぁーあ。やっちまった……」
手を出す気はなかった。
最初は、面白ぇ女がいる──そう思って近づいただけだった。
それが時間と共に過ごせば過ごす度に、束縛したい欲求に駆られた。密着した凛の熱に溶かされるように、気がつけば、髪を触り、頬に触れ、手を握った。
自分らしく──生きたい。
そう願う凛の瞳は眩しくて、惚れて刺さっていた矢が一気に心を貫通した。
彼女の強さ、美しさ、柔軟さ、聡明さ。あどけない顔も、怒る顔も、そして、凛の生きるその姿勢にも、オレの心は懐柔された。
そしたら欲求は止まらなくなって。
気がついたら『好きだ』と伝えてしまっていた。
オレはバカだ。だけど、凛もバカだ。
オレの言葉なんかいつもみたいに強気にあしらえばいいのに、バカ正直に『私も』なんて顔をしやがった。
だから、唇を奪ってやった。
その場で全てを攫ってやりたかったけど、きっとあいつは何もかもが初めてだろうから──。なけなしの理性を全部使って、接吻だけでその場を凌いだ。
「だけど、あいつが好きなのは……」
続く言葉は、独り言でも言えなかった。
あいつが好きなのはオレじゃなくて、『瑳希』としての仮初の姿だ。
オレを肩書きとしてではなく、受け入れてくれたのは凛が初めてだった。
けれど、もしもオレがあいつにオレの本当の正体を打ち明けたとしても、あいつはオレを受け入れてくれるのだろうか。
それが、『自分らしく生きたい』という凛の夢に反するものだとしても。
「騙さなければ、良かったのかな……」
後悔が少しだけ溢れ出た。
こんなのは、オレらしくない。
聡月の君という通り名で呼ばれ、
常に心を消し、本音を誰にも悟られずに生きてきた、
オレ……いや、我、ニホンノクニの将軍、徳川瑳和希に、らしからぬため息だった。




