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第三章 危険な香り 6




「カカさん、綺麗! ううん、綺麗なんて言葉じゃ足りないわ! 天女様みたい!」


「ありがとう、姫様。いえ、今のあちきが言うには、『ありがとうござりんした』」


 私は何度目とも知れない感動のため息を連発している。美しい花魁姿のカカさんが登場したからだ。

 深紅の着物には、花の刺繍が施されており、それはこの花京町で一番の花魁を示すもの。金色の帯と大きな髪飾り。しっとりと塗られた紅が、カカさんの色気を爆発させる。

 私が男の人だったら、この色気を拝んだ瞬間に失神してしまうだろう。


「だけど、花梨華。ぼくは心配だよ。君の実力を持ってすれば、潜入捜査だって容易いだろうけれど……。穢らわしい男が君に触れるかもしれないって思うと……」


 スーさんは心配そうにカカさんの頬をするりと撫でる。


「鈴華? わたくしを舐めないでくださらない? あなたのわたくしは、そんなに弱く、簡単に身体を許すような女だと?」


 カカさんの頬を触れるスーさんの手の上に、カカさんが自分の左手を添える。そして、もたれさせるように、スーさんの手のひらに頬を埋めた。


「心配ご無用よ? わたくし、誰にも触らせませんもの」


「花梨華……」

「鈴華……」


 二人の空気の間に割って入ったのは、銀之助だった。


「あぁぁぁぁぁぁ。独自の空気感を纏ってるとこに申し訳ねぇけど、心配しなさんなぁ。潜入捜査に入る花魁・華には、俺が付き人の男衆おとこしとして一緒に客に付く。だから、鈴華、安心しろ」


「本当は、ぼくはついていきたいところだけれど……」


「バァカ。お前が男衆なんかしてみろ。お前だって客の餌食になっちまう」


「そうだよ、スーさん。スーさんが男衆をしたら、カカさんとダブルパンチで美しさ倍増だもん! 銀之助みたいな、筋肉ムキムキ男がお客さんをビビらせるくらいじゃないと!」


「鈴華? 姫様をお願いね?」


「それなら、心配いらないよ?」


「では、姫様? 姫様も、ご無理なされませんように」


「うん! カカさんもね! 銀之助も、しっかりカカさんをお守りしてね!」


 こうして、太陽と月が入れ替わる時、カカさんの遊女屋潜入作戦が始まった。



 瑳希から情報をもらった私たちは、早速、噂の遊女屋のことを調べ尽くした。しかし、夜の街の人間は強情なほどに口が堅い。なかなか割らない花街の人間に痺れを切らせたのは、銀之助だった。

『誰かが花魁にでもなりゃぁ〜、さっさと実地が取れんですけどねぇ』

 そして、誰からともなく。視線はカカさんへと集められた。


 潜入捜査のために、カカさんが花魁になることは想像以上に簡単だった。

 むしろ、花街こぞってカカさんを花魁にしようと、声掛けが止まらなくなったくらいだった。もちろん、瑳希から教えてもらった遊女屋『宴遊郭えんゆうかく』もその中の一つ。


 こうして、いとも容易く、カカさんの潜入捜査が決まったのだ。



***



 潜入捜査から二晩目。事件は一気に進展をみせる。


 カカさんが花魁として使用している座敷の天井裏で、私とスーさんは息を潜めていた。途中、客の男がカカさんとの距離を詰めようとするたびに、私の隣でスーさんの舌打ちが鳴らしている。カカさんは器用に、そして優雅に、客の男に酒を注ぐふりをして、男の距離を一定に保っていた。

 酒が回ってきたのだろう、客の男が瞳をとろんとさせて呟いた。


「なぁ。花魁の姉さんよ。あんた、金は必要なのかい?」


金子きんすをいらぬおなごが、いると思いなんし?」


「はっはっは! 違いねぇ! それなら、花魁の姉さんの美貌を祝って、俺が羽振りのいぃ〜話、紹介してやろうか?」


「そうでありんすなぁ。主のお話でしたら、聞きとうありんす」


「へ! そう来なくっちゃ! これなんだけどよ……」


 そう言って、木戸きどと名乗る男は胸元から小さな小瓶を取り出した。その小瓶は、あの香油屋で使われている小瓶と同じもので間違いないだろう。


 ……かかったわね!


 私とスーさんは視線を合わせて頷いた。吐息すらも立てないように息を殺して、二人の会話を見守っていく。


「その瓶は、なんでありんしょう?」


「おっと! 花魁の姉さん、触るのは危険だぜ。こいつは、ちょっとした代物でな。なぁ〜に、俺が指示する客の酒瓶に、チョイっとこいつを混ぜてくれさえすりゃ〜いい」


「主が指示する……でありんすか?」


「あぁ! 花魁の姉さんくらいの別嬪さんだ。客として座敷に入りたい男がわんさかいる。その中で、これから俺が名前を教える客に、これを飲ませてくれ」


 カカさんは瞳をキラリを光らせて、木戸を見つめる。

 スルッとかんざしを外して、木戸へそれを見せつけた。


「あちき、これが好きでありんす」


 甘えるような色っぽい声を出したカカさんに、木戸はブルブルと分かりやすく興奮を体で示した。


 カカさんは上手い。『引き受ける』とも言わず『いくら支払うのか』とも聞かずに、木戸の話に乗ったのだ。


「何本でも! この仕事さえすりゃ〜、何本でも簪が買えるだろうよ! いいや! 年季をぶっ飛ばしちまうことだって、できるかもしれねぇな!」


 この宴遊郭は、花街の中でもトップ中のトップ。客としてここに来る男たちは、相当の権力者か金持ちだろう。その客を暗殺しようというのだ。報酬は計り得ないことだろう。

 しかし、このままではまだ証拠が不十分だ。

 私の心配をよそに、カカさんが笑みを浮かべた。


「しかし、あちき、怖いでありんす。そんに大層なこと、あちきだけでできるでありんしょうか」

 

 言いながら、カカさんはゆらりと両手を畳へとついた。まるでこれ以上力が入らないわ──、そんな様子で。


「主が近ういてくれる──そう思うことができるなら……いかに、いかに、心持ちが強うなれましょうか……」


「わかった! わかったよ! こうしよう。君が座敷についている間、俺も隣の座敷にいるとしよう。花魁の姉さんが、この瓶の中身を無事に客へ飲ませることができた暁には、二人で盃を交わそうじゃないか!」


 木戸はそう言って、カカさんの肩を支えた。その瞬間──「あの男、この仕事が終わったら殺す」と言ったスーさんの言葉を私は聞き逃さなかった。



 

 しかし、カカさんの機転のおかげで準備は整った。



 明日。

 木戸が暗殺したい客がこの座敷にやってくる。

 木戸が隣の座敷で待機してくれるのであれば、殺人の現行犯として拘束しやすくなるだろう。




 ついに、花の町・花京町の裏の顔が暴かれようとしている。






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