第三章 危険な香り 4
「お前らはついてくるなよ!」
瑳希にそう言われてしまったスーさんとカカさんは宿屋で留守番となってしまった。しかし、用心棒を連れずに男性と二人だけで出かけるのは、気が引ける。
私は瑳希と交渉し、銀之助をお供に連れて行くことにした。
一つの条件付きで、だけれど。
「おい、いいか。お前、絶対オレ達の邪魔はするなよ!」
と、瑳希は銀之助に念を押している。
目配せを送ってきた銀之助に私は視線だけで『何かあったらお願いね?』と合図を返して、銀之助は忍者として身を潜め、私たちのお出かけを見守ることになった。
「まったく、お前のお付きは心配性すぎやしないか? ただのデートだってのに」
瑳希は、うーんと背伸びをしている。やっと邪魔者がいなくなった──、そんなことを考えていそうな雰囲気だ。
瑳希は、こういうことには慣れているのだろうか。緊張する素ぶりを見せない彼の隣で、私は少しだけ落ち着かない心持ちのまま呼吸を整えていた。
デ……、デートという単語を使うのは、私は少し苦手だ。だって、それは愛し合う者達が使う言葉だから。
そしてそれは、七姫の私が使うことの許されない言葉だから。
だって、私は七姫で、そんな私に恋愛の自由はないのだから。
デートという単語に過剰な反応をするのは少しだけ癪だったから、私はあえてその言葉には触れないで返事を返すことにした。
「で、瑳希は私をどこに連れて行きたいの?」
その問いに、瑳希はきょとんとした顔でこちらへ視線を投げかける。
「まさか、何も考えてないの?」
あれだけ強引に誘っておいて、無策だったなんて──思わず「ふふっ」と笑い声が溢れてしまう。
「オレは! 行き当たりばったりで街を歩くのが好きなんだよ!」
笑われたことに罰が悪くなったのか、瑳希は少しだけ不貞腐れたようにそう言うと、グイッと私の手を取った。
「ほら! いくぞ!」
そうして走り出した彼に引っ張られるように、私も街を駆け出した。
***
瑳希に連れられて、大きな花園へとやってきた。
というか、花京町には庭園がたくさんあるので、歩き回っていたらバッタリ辿り着いた花園に入った──という方が表現は正しいかもしれない。
「キレイ──!」
ほわっと息が漏れ出すように、何度目とも知らない言葉が漏れ出した。この街は、どの花畑にいっても種類の違う花を見ることができる。何日もここに滞在しても、毎回違い風景を堪能できるので、飽きる気がしない。
「ほんと、女って花とか好きだよなぁ……」
「あら? 瑳希は花は好きじゃないの?」
「好きでも、嫌いでもない」
つまらなそうに答えた彼は、私は食い気味に質問を投げる。
「じゃぁ、瑳希は何が好きなの?」
「特に……これといって、好きなものなんて……ねぇなぁ……」
そういった彼の瞳はどことなく寂しげで、言葉の後ろに隠れる切なさに私は少しだけ悲しくなった。豪胆で強引な印象の彼だけれど、もしかしたら、何か心の中に抱えるものがあるのだろうか。
出会ったばかりの私では、わかる術はないのだけれど。
「好きなものがないなんて……寂しいわね……」
私の言葉が、花の香りと共に宙を舞う。
すると、瑳希がグッと私の顔を覗き込んだ。
「じゃあ、さ? オレが寂しい奴だってお前が思うのなら……お前は、オレの寂しさを埋められるの?」
距離が近くなる彼の声色が、さっきまでよりも低くなるから、私の背中にピリピリと感じたことのない痺れが駆け抜ける。
ふいに近づいた彼の瞳は、海よりも深い蒼だった。
寂しいでもない、怒っているでもない、揶揄っているでもない、彼の真剣な瞳を向けられて、私はドキマギと視線を離す。
「んもう! 近いわ! それに、私は、好きなものの話をしているの! 趣味とか、何か、あるでしょ?」
「えぇ〜、趣味なぁ……。考えたこともなかった」
瑳希は「ちぇっ!」と舌打ちをして、私の顔から離れていった。
「それに! 私の名前は『お前』じゃないわ。凛って名前があるんだから!」
皇凛と名乗ることはできないけれど、『凛』と名前を教えるくらいなら、大丈夫だろう。
「はいはい、わかった、わかった。ほら、さっさと次行くぞ!」
瑳希はあしらうように適当に返事をすると、「ん」と言って私に左手を差し出した。その意味をすぐに理解できなくて、私が小首を傾げていると「ったく、バァカ」と少しだけ頬を赤くしてから、強引に私の手を取った。
そっか……エスコートのために手を差し伸べてくれたんだ。
恥ずかしくなって俯き加減で「ありがと」と力なく声を出すと、瑳希は何も言わずに私の手を取ったままで花畑の中を歩き始めた。
どうしてだろう。
瑳希には振り回されてばっかりで。
彼はぶっきらぼうで、強引で、オレ様な態度で、だけど、それが嫌じゃなくて。
ワクワクしはじめている私がいた。




