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第三章 危険な香り 3




「凛様! 凛様! 有力情報……に、なるかはわからないですが、面白い話を入手いたしました!」


 私がスーさんと花畑に情報収集に赴いていた時のことだ。

 カカさんが小さな赤い小瓶を片手にやってきた。


「カカさん、その小瓶はなぁに?」


「それなんです! 連日、あの香油屋にお客として視察に行っていた甲斐がありましたわ!」


 そうしてカカさんが見せてくれた小瓶は、どうやら香油のようだけれど。


「あの店の上客にならないと購入できない品だそうで、本日、わたくし、香油屋の主人より購入することができました!」


 たった三日で香油屋の上客になるとは、カカさんはあの香油屋に一体いくら注ぎ込んだのだろう……と、不安になるも、私はその小瓶に視線を落とした。


「なにか、変わった香油なの? 見た目は、可愛いらしい朱色の香油瓶だけれど?」


 カカさんがその香油瓶の栓を抜くと、ふわりと上質な香りが私の鼻腔を掠める。これは、薔薇の香りだろうか? けれど、それだけではないような?


「こちらは、『愛の香油』として香油屋の主人に上客と認められた者にのみ販売されているそうです」


「愛の香油? どうして、そんな名前が……?」


 私は思わず首を傾げる。

 すると、そんな私の隣で、スーさんがカカさんの手を取った。カカさんの手のひらを握りしめながら、カカさんが握ったままの香油の瓶を鼻元へと近づける。

 そして、スーさんが一言呟いた。


「この香り……媚薬か……」


「媚薬!?」


 カカさんはにっこりと頷いてみせる。


「花梨華、こんなものを買ってきて、どうするんだい?」

「あら、もちろん。あなたに使うに決まってるじゃない?」


 と、いつものスーさんとカカさんのやりとりはスルーして、私は思考を巡らせる。


 そうだ。花の産地の香油屋であれば、媚薬の材料集めには事欠かないだろう。

 それに、大々的に『媚薬』を販売しているとなれば、噂を聞くつけた役人が香油屋の調査に乗り込んでくることは容易に想像できる。

 香油屋は、あくまでも油を売る店だ。媚薬を生成するというのは、薬屋の仕事だろう。媚薬を販売する薬屋もいるとは聞くけれど、こうして隠れるように販売しているというのは、少し怪しい。

 それに、媚薬を作る技術があるとすれば、他の薬を……ましてや毒を生成することだって、簡単なはずだ。媚薬だけに留まっていればいいけれど……。


「なんだか、きな臭くなってきましたね」


 私の微笑みに、スーさんとカカさんが微笑みで応えていた。



***



 さらにもう一日、私たちは香油屋の周りを洗いざらい嗅ぎ回った。

 しかし、不信感を募らせないで調査するのには限度がある。結局、私たちは『香油屋で媚薬を売っている』という事実しか得ることができず。

 

「もうこれ以上は……、何も出てこないかもしれないわね……」


 私はシボシボと落ち込みながら、茶店でお茶を啜っていた。


 すると、


「なぁ〜に、らしくねぇ声出してんの?」


 と、私の背後で声が上がった。聞き覚えのあるその声に呼ばれるようにして、振り返ると、そこにはあの男が立っている。

 深い青を髪と瞳を持った、飄々としていて強引な人。


「よ! また会ったな! お嬢さん!」


「あなたは! あの時の──! 確か、瑳希さきといったかしら?」


「お!? ちゃんと、名前を覚えていたか! 偉いんじゃん?」


 瑳希は偉そうに鼻を鳴らしながら、右側の口角をニッと持ち上げる。


「偉いついでに、もう一個。覚えてるか? オレとの約束?」


「約束をした覚えはないけれど……あなたの情報を買うって話よね?」


「そういうこっと〜!」


 瑳希は不思議な男だ。話しやすいような雰囲気を纏っている割に、同時に、壁のようなものも感じる。

 瑳希は私の座席の机へ頬杖をついて、私に視線を送った。

 まるで、スーさんとカカさんなんて眼中にないといった様子だ。こんなに美人な二人を前にして、視線を泳がせないなんて、相当な自信家なのか、女の人への耐性があるのか。

 

 私がそんなことを考えていると、スーさんの手刀が瑳希の目の前を掠めていった。彼女の手のひらが、私と瑳希の間に割って入る。


「失礼いたしました。距離が少し、近いと思いましたので」


 と、瑳希に視線を落とすスーさんの瞳は、笑っているようで笑っていない。

 スーさん、完全にキレていらっしゃるみたい。怖いよ、スーさん!


「おっと! これは失礼!」


 瑳希はわざとらしく両手をあげて、私との距離はスッと保つ。


「だけど、オレの登場は幸運以外のなにものでもないと思うぜ? 嗅ぎ回ってるんだろ? 香油屋の周りを?」


「そ……それは!?」


「オレは情報屋だ。買うだろ?」


 私は「うっ──」と言葉を飲み込んだ。

 私たちで知り得なかった『何か』を瑳希が知っているとして、それがあの『毒の花いの香油』に繋がるかもしれないのであれば、私はそれを野放しにすることなんてできない。

 私の正義が、それを許さないからだ。


 ……だけど。お金で情報を買うなんて……いいのかしら。


 躊躇いながら適切な言葉を探していると、瑳希が言葉を付け足した。


「なぁ〜に。オレは金を寄越せっていってるわけじゃない。オレはただ、お前が面白いことをするところが、また見たいだけだ」


 飄々と言ってのける瑳希の思考は、私には読みきれないけれど……。


「でも、瑳希は『情報を買うか』って私に聞いたわ。それは……情報に同等するだけの何かしらの対価を支払ってことでしょ?」


 私の言葉に『待ってました』と言わんばかりに、瑳希が笑みを作った。それは、それまで彼が見せていた口角を上げるだけの薄ら笑みではなくて、くしゃっと笑う、少年のようなにこやかな笑み。

 初めて出会った時に一瞬だけ見せた、あの笑顔だった。

 やっぱり、なんだか憎めないのよね……と、私の頬も緩やかに綻んでいく。



 しかし、瑳希は想像もしないものを情報の対価として要求してきた。



「情報が欲しんだろ? いくぞ!」


 それだけを言って、瑳希は強引に私の右手を奪った。

 ぎゅっと握られた手のひらの熱が温かくて、私の心臓がドクンと跳ねる。


「ちょ! ど、どこにいくのよ!」


「お前、オレと逢い引き(デート)しろ!」



 こうして、私と瑳希のデートは突然始まってしまった。






 

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