飲み過ぎにはご注意を
夕食は美味しかったけれど、私は気もそぞろだった。何しろ今晩は犬に挟まれて眠れるのだ。あ、だけどその前に「談話」というルールだかマナーがある筈。面倒くせえ、と心から思ったが仕方がない。もちろん、それがリリからの刷り込みである事には全く気付いていなかった。
「では」
夕食が終わるとデパコスに促されるように手を差し伸べられた。
「母上、リリ、俺達は休む前に少し話をしようと思いますので、先に失礼致しますね」
ギネヴィア様が何だか珍妙な表情になり、リリは我が意を得たり!という調子で笑顔を浮かべた。
デパコスは、部屋の脇に控えた従僕に「サザン・コンフォートをストレートで一杯、彼女には………何か口当たりの良いハーブティーを淹れて持って来て欲しい」と伝えている。
「あ、ちょっと待って」
今日は私も飲んじゃおうかな。何しろ夢のような時間を過ごすのだから、少しは浮かれても良いだろう。
「………飲めるんですか?」
確かに香取雪だった頃には浴びるように飲んでいたけれど、この体になってからはアルコールが欲しい、とは全く思わなかった。以前の夜会でシャンパンを口にした時も、何だか体に合わない気がして、すぐに飲むのをやめてしまったし。
「うーん、分からないけど、今日はちょっと飲みたい気分」
そうですか、では彼女にはバイオレット・フィズを、とデパコスが伝えた。
「貴女の瞳や髪と同じ色のお酒です。軽いし、飲みやすいですよ」
んなもんジュースだわ、と思ったが、今の体を労ってあげよう。そして私達は主寝室のソファに向き合って座った。時を置かずにすぐにお酒が届けられる。
「エインズワースにようこそ、アルティ」
私達は今日何回目かの乾杯を再び交わした。
あ、なんか美味しいかも…………
かなり薄く作ってくれているのか、とても飲みやすい。私はハルとハナの仔犬の頃のやんちゃぶりを楽しく聞きながら、気がつくとぐいぐいとグラスを空けていた。
…………終わっちゃった。
物欲しげにデパコスのグラスを見る。
「………一口飲んでみますか?」
ハイ!喜んで!と私は茶色い液体が入ったグラスを持った。その時点でかなり酔っ払っていると気づけよ、私。
「甘いですよ」
え?甘いんだ。じゃあフィズみたいな物かなあ、と私はその琥珀色の液体を一気に煽った。…………咽せた。確かに甘かった。だけど、これ生のウィスキーじゃん。凄く強い。
「な………なんちゅー物を飲ませるんですか」
私は咳き込んで尋ねた。
「貴女が飲みたいと言ったんでしょう?
デパコスがふんわりと笑った。
「水を、持って来させましょうね」
デパコスがテーブルの上の鈴を鳴らすと直ぐに侍女さんが入って来る。「彼女に水を」そう言うと、侍女さんは頭を下げて直ぐに水を持って来てくれた。
「大丈夫ですか?」
「ふぁい、大丈夫れす。全然平気です!」
「もし気分が悪くなったら、直ぐに俺の部屋をノックして下さい。そして鍵を開けてくれれば介抱出来ますから」
「あ!じゃあ!鍵かけないでおいた方が便利ですね!もし私がベッドから落ちるような音がしたら助けに来てくらさい」
「貴女は………俺が健康な成人だという事を分かっていますか?」
え、分かってますよ。健康で大人れす。だから何れすか?
デパコスが額に手を当てて難しい顔をしていた。
「今日はこれで失礼します。ハルとハナもベッドの上で待っていますから」
着替えの侍女を寄越しますね、そう言って立ち上がったデパコスを私も立って見送ろうとしたが、おっと、足がよろめいた。私はデパコスの腕に抱きしめられ、それから額に唇を落とされた。
「で、でへへ」
私は笑った。デパコスはいつもいい匂い。抱きしめられるのは嫌いじゃない。いやむしろ好き。何か、おでこに何かされた気もするがどうでもいい。
「…………貴女からは?」
へ?と私が顔で問いた。
「ハルとハナの額にはキスしていたでしょう?俺にはしてくれないんですか?」
ぶほっと吹いた。
「犬にヤキモチ?」
「ええ勿論。十分悋気を感じていますよ」
しょーがねー男だなあ、と私は思った。
「じゃあ、しゃがんで。とても届かないから」
喜んで、と膝を折ったデパコスの額に私は軽いキスを落とした。ハルとハナとおんなじノリである。
デパコスがくしゃりと笑った。あ、笑い皺。この人、こんなふうに笑う事も出来るんだな、と私は少し感動していた。
やがて、夜着に着替える侍女さんが来たタイミングで、デパコスは「おやすみなさい」と言って自室に戻って行った。窮屈なドレスから楽な夜着に着替えた私は、イヤッホォォォォ!とベッドにダイブする。両側に犬。犬、犬、ああ犬。今日は良く眠れそうだなあ、と思う間もなく私はあっという間に眠りに落ちた。
どれくらい時間が経った頃だろうか。
主寝室のドアノブが静かに回った。
「……………鍵をかけて下さいと言ったのに」
夢かなあ、何だかデパコスの声が聞こえる。
ハルとハナが顔を上げた気配がしたが、問題ないと思ったのか再び横になる。
何となく薄明かりが感じられるけれど、眠いし酔っているしもうどうでもいい状態である。
デパコスが、自室から漏れる薄っすらとした灯りを頼りに、私の寝顔をずっと見つめていた事に、私は気付きもしなかった。
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